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週刊文春『好きな・嫌いなジャニーズランキング2018』結果、キンプリメンバーも複数ランクイン

週刊誌『週刊文春』最新号が『好きな・嫌いなジャニーズランキング2018』を発表し、その結果が注目を集めています。 昨年4月に発表された『好きなジャニーズランキング2017 TOP20』では、1位(194票)が中居正広さん・・・

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辺野古で何が起きているのか? 県の反対押し切り土砂投入。22年間の経緯を振り返る

辺野古の埋め立て海域に投入される土砂=2018年12月14日午前、沖縄県名護市

12月14日午前11時、沖縄県名護市の辺野古沿岸に、国が土砂の投入を開始した。

土砂の投入は、アメリカ軍普天間飛行場の返還に伴い、辺野古へ基地を移設するためだ。

沖縄県の地元紙・琉球新報の号外

14日朝、沖縄防衛局が「埋め立て工事に着手する」と県海岸防災課へ連絡。

玉城デニー知事は報道陣に対し「予定ありきで県民の民意を無視して進める工事に強い憤りを禁じ得ない」と感情をあらわにした。

辺野古沿岸への新基地建設に対し、反対を表明している玉城知事は、前日の12月13日、菅義偉官房長官や、岩屋毅防衛相と会談し、翌14日に迫った辺野古沖への埋め立て土砂投入に再度中止を求めていた

米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐり、会談する沖縄県の玉城デニー知事(右)と岩屋毅防衛相=2018年12月13日、防衛省

会談前には自身のTwitterを更新。「言いなりにはならない」と決意を述べていた。

対話は継続する。
されど対抗しなければならないことにはきっぱり対抗する。
言いなりにはならない。

— 玉城デニー (@tamakidenny) 2018年12月13日

辺野古移設って?

そもそも「辺野古移設問題」とは何なのか。日米両政府が1996年4月に普天間飛行場の返還に同意してから22年。

歴代の沖縄県知事は政権とどのように対峙していたのか。その流れを、いままでの報道をもとに時系列でまとめた。

1996年――橋本龍太郎首相、ビル・クリントン合意「普天間返還。移設先は海上」

1996年4月12日、大田昌秀県知事(当時)は、橋本首相(当時)から電話を受けた

「普天間が返ることになった。協力してくれ」

大田知事は、即答せず「県三役に相談する」と伝えた。

「基地のない暮らし」は念願でもあった。

1995年のアメリカ兵による小学生の少女暴行事件をきっかけに、県内では「反基地感情」が高まっていた。

前政権との衝突もあった。日米安保の堅持を掲げた前・村山富市首相が、米軍用地の強制使用について、代理署名を拒否した大田知事を相手取って職務執行命令請求の訴訟を起こし、係争していた。

この年の3月には、判決が下された。大方の予想通り、大田昌秀知事に代理署名を命じるものだった。

国側勝訴の判決後、記者会見する大田昌秀沖縄県知事(沖縄・那覇市の沖縄県庁)=1996年3月25日

この裁判は、本土と沖縄の深い溝を見せつける結果となった。

前政権の宿題として残された普天間移設問題。引き継いだ橋本首相は、クリントン大統領と詰めの協議を続けた。4月の大統領来日までに、何らかの形を示すことを目指していた。

大統領来日目前の4月12日夜、橋本首相はモンデール駐日米大使(当時)と会談。

共同記者会見で「普天間飛行場は今後五年ないし七年以内に、全面返還される」と発表した。

沖縄米軍基地縮小(普天間基地返還に合意)について会談後、共同会見する橋本龍太郎首相(左)とモンデール駐日米大使(東京・首相官邸)=1996年4月12日

9月には、普天間飛行場の返還に対し、ヘリポート移設先として「撤去可能な海上ヘリポートの建造」をアメリカ側が提案。両政府がこの案を受け入れることとなった。

移設先は当初、沖縄本島東側の中城湾などが浮上した。しかし県が埋め立て開発事業に支障が出るとして反対し、名護市辺野古沖のキャンプ・シュワブ水域に焦点があてられた。

これが現在まで問題となっている名護市辺野古への移設とつながっている。

1998年――県内移設賛成派の稲嶺恵一知事が誕生

1997年12月21日、辺野古沖への移設について、名護市の市民投票が行われた。

投票者数に対し、反対52.86%、賛成45.33%。投票率は82.45%となった。

海上ヘリポートをめぐる基地建設の是非を問う名護市民投票が告示され、賛成、反対両派の運動で混雑する名護十字路(沖縄・名護市)=1997年12月11日

この結果を受け、翌1998年の年明け、大田知事は「結果を尊重することが大事だ」と所感を述べ、2月に正式に反対を表明した。

しかし、同じく2月には、名護市長選で海上基地建設賛成派が推す岸本建男氏が初当選。

11月の知事選も辺野古移設反対の現職・大田氏に対し、県北部に軍民共用の飛行場建設を掲げた新顔の稲嶺恵一氏が当選。様相が変わった。

当選が確定し、花束を掲げて喜ぶ稲嶺恵一氏(沖縄・那覇市の選挙対策事務所)=1998年11月15日

1999年4月には、2000年の沖縄サミットが決定。基地問題を21世紀に繰り越したくないという焦りも見え始める。

稲嶺知事は辺野古への移設に際し「米軍使用は15年」という期限を要請した。「移設案」が一気に進むと思われた矢先、アメリカ側がこの期限に難色を示す。

2006年――現行案「辺野古にV字滑走路」に日米両政府が合意

2004年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落した。この事故を機に、再び基地問題が注目を浴びた。

沖縄国際大学1号館付近に散らばった米軍ヘリコプターの残骸(ざんがい)を調べる米軍関係者(沖縄県宜野湾市)=2004年8月15日

当選当初、辺野古への移設を進めていた稲嶺知事。だが、移設は反対派の抵抗で現地調査が滞っていた。

政府は県に反対派の排除を要請したが、稲嶺知事が拒み、徐々に政府との関係は冷え込み始めた。

そんな状況下の2006年5月、日米両政府は「名護市辺野古崎にV字形の滑走路を造る計画」(現行案)に合意。

移設先を沖合から沿岸部にしたことに対し、集落へ近づいたことに懸念を示した稲嶺知事は、政府の計画を拒否した。

この年の12月、稲嶺知事は退任する。2期8年で普天間返還が叶わなかったことに対し、記者会見で「一生懸命やったが、(戦後から)61年の糸が絡まっていて、なかなか解けない」と述べた。

後継となった仲井眞弘多知事は、稲嶺氏の時代よりも政府との関係性を重視した。「現行のV字形案のままでは賛成できない」としながらも、県内移設も「やむを得ないことはあり得る」との姿勢を示した。

一方で2008年には、野党が多数派を占めた県議会で、辺野古への移設に対する反対決議が議決された。

2009年――「最低でも県外」政府に翻弄される沖縄

2009年、長く政権を握っていた自民党が大敗し、民主党政権が誕生する。

衆院選を前にした7月19日、民主党の鳩山由紀夫代表(当時)は、県内の聴衆に向かってマイクを握った。

那覇市内で演説する鳩山由紀夫氏(左)=2009年7月19日

「最低でも県外、その方向に向けて積極的に行動を起こさなければならない」

この「最低でも県外」は、9月に始まった鳩山政権の公約でもある。

基地問題の気風は一気に潮目が変わった。2010年には、名護市長が辺野古移設反対派の稲嶺進市長に変わった。移設容認派だった仲井眞知事も、同年11月の知事選挙で「県外移設」を公約に掲げた。

だが、鳩山政権は1年も経たず論を覆し、「県外移設」の断念を表明。県外移設で盛り上がった民意は地に落とされた。

2012年――第2次安倍政権の誕生。仲井眞知事「埋め立て承認」、地元の反発

3年間の民主党政権は、基地移転問題が進まないまま幕を閉じた。2012年12月、政権は自公のもとに戻り、第2次安倍晋三内閣が誕生した。

県内移設を拒んだ仲井眞知事と、辺野古移設を進めたい安倍政権の折衝は1年続いた。交渉では、「オスプレイ訓練の沖縄県外での引き受け」などの新たな基地負担軽減案が提示された。

2013年12月27日、仲井眞知事は普天間基地を辺野古へ移設するための国の埋め立て申請を承認した。この選択は県民の反感を買い、仲井眞知事は2014年11月の知事選で10万票近くの差をつけられ、惨敗に終わる。

2015年――辺野古移設反対、翁長雄志知事の抵抗

この知事選を戦ったのは、那覇市長を務めていた翁長雄志氏だった。普天間返還合意があった1996年以降、「辺野古移設反対」を掲げた候補が当選したのは初めてのことだった。

沖縄県知事選挙で支持を訴える翁長雄志氏=2014年11月15日夜、沖縄県那覇市

2015年10月、翁長知事(当時)は仲井眞前知事が合意した「辺野古沿岸の埋め立て承認」を取り消した

辺野古の埋め立て承認問題は法廷闘争へもつれこむ。一時は工事停止になったが、2016年12月、最高裁はこの承認取り消しを「違憲」と判断

国は工事を進めていくことになった。2017年4月、国は辺野古護岸工事に着手する。

しかし、県は同年7月に工事差し止めを求め、国を提訴

2018年3月に那覇地裁が県の訴えを却下すると、7月には翁長知事が「埋め立て承認撤回」を表明。

だが撤回の手続きのさなか、8月8日、翁長知事は死去した。

2018年――玉城デニー知事、過去最多得票で当選「辺野古移設反対」

県は2018年8月末、辺野古の埋め立て承認を撤回する。9月には翁長知事の死去による沖縄知事選が始まった。

知事選は、翁長前知事の「後継」として辺野古移設反対を掲げた玉城デニー氏が、過去最多となる39万6632票を獲得し、初当選。政府、与党が全面支持をした前宜野湾市長の佐喜真淳氏を、8万174票の大差で破った。

沖縄県知事選挙に勝利し、花束を受け取る玉城デニー氏(右)=2018年9月30日、那覇市

知事就任直後の10月12日には、対話を求めて安倍首相と会談。しかし5日後の17日、国が「承認の撤回」に対し行政不服審査法に基づき、撤回の効力停止を申し立てた。

玉城知事は「わずか5日後に対抗措置を講じた国の姿勢は、知事選で改めて示された民意を踏みにじるもので、到底認められない」とコメント

11月にはアメリカを訪れ、玉城知事自ら国務省に直談判したが「辺野古移設が唯一の解決策」というアメリカ側の姿勢は変わらなかった。

12月3日、国は「12月14日からの土砂投入」を通知。玉城知事は県の規則や条例違反があるとして、政府などに作業の停止を求めていた


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東名高速の「あおり運転」で懲役18年。危険運転致死傷罪を認める

あおり運転による死傷事故の判決が言い渡される横浜地裁前で、傍聴券を求めて列をつくる人々=12月14日午前、横浜市

東名高速で2017年6月、あおり運転で停車させて後続の車による追突事故を引き起こし、家族4人を死傷させたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)罪などに問われている被告の男性の裁判員裁判の判決が12月14日、横浜地裁であった。

横浜地裁は、懲役18年を言い渡した。報道各社が報じた

この裁判では、危険運転致死傷罪に当たるかどうかが焦点となっていた。NHKニュースによると、横浜地裁は罪に問えると判断した。


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猛毒のソウシハギ、晩ご飯の鍋になっていた? 食べた家族3人は無事

売れ残っていたソウシハギとみられる魚

日本列島が真冬の寒さに包まれた12月。鍋が美味しい季節だが、思わぬ落とし穴が待っていた。

 

■「うちで売っていた魚に毒があったかもしれない」

12月11日、三重県大台町のスーパーマーケット「味彩館キッチン海ものがたり」から、三重県庁に「うちで売っていた魚に毒があったかもしれない」と通報があった。

この魚は「皮はぎ」の名前で同日昼ごろに、3匹が店頭に並んでいた。11日夜時点で2匹がすでに販売済みで。売れ残った1匹は、長さ50cm幅15mほどで、重さは745グラム。480円の値札がついていた。普段売っていたカワハギと姿が違うことから、気になった従業員がネットで検索して通報したという。

売れ残りの1匹を県庁が調べたところ、カワハギ科のソウシハギの可能性が高いことが分かった。ソウシハギは内臓に、フグ毒「テトロドトキシン」の10倍の毒性がある猛毒「パリトキシン」を含むことで知られている。三重県庁によると、もし食べた場合には呼吸困難、歩行困難、胸部の圧迫、麻痺、けいれんなどの症状が出て、重篤な場合は死に至ることもあるという。

すでに皮が剥がされていたが、スーパーの担当者の聞き取り調査によると、体に黒と青い斑点があることなど、ソウシハギと酷似していたという。

11日夜の時点で、1匹は販売先を特定し、県庁が回収したという。しかし、もう1匹は特定できず、県庁は「健康被害が発生する可能性がある」と注意を呼びかけていた

 

■鍋料理にして食べたけど無事。なぜ?

この行方不明だった1匹は、三重県玉城町に住む人が購入し、家族3人で食べていたことが判明した。家族が12日に新聞記事を見て「うちで食べた魚では?」と思い、県庁に連絡したという。

13日午前に三重県伊勢保健所が職員を派遣し、この家族に聞き取り調査をしたところ、「家族3人で身も肝も鍋に入れて食べた。今のところ体調に問題はない」と話したという。毒の潜伏期間は12時間から24時間とされているため、県庁では「健康被害はなかった」と判断。骨を回収して、種の特定を急いでいる。

内臓ごと食べたのに、なぜ毒がなかったのか。三重県医療保健部の担当者は、ハフポスト日本版の取材に以下のように答えた。

「ソウシハギは生まれたときから毒があるわけではなく、エサから毒を体内に濃縮します。個体差があるので、今回は幸運なケースだったのかもしれません」

今後、三重県庁では種類の分からない魚を売らないように、小売店に広く呼びかけるという。


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SOGIハラとは? レインボー国会で議論「差別は広がっていて、それは人の命を奪うもの」

性自認や性的指向による差別を解消しようと、国会議員や当事者、企業の担当者が語った

どういう性別の人を好きになるか、自分がどんな性別なのかが自由に受け入れられる社会を目指し、法整備を進める「レインボー国会」が12月13日、衆院議員会館で開かれた。レインボー国会は今回で3回目。

企業や行政による、性的マイノリティの人に対する差別を禁じることが明記された「LGBT差別解消法案 (通称)」が、12月5日に野党6党・会派によって再提出されてから初めての回となった。

国会議員が法案についての進捗を説明したほか、自治体や企業の取り組みが紹介された。

SOGIって?

性的指向・性自認という意味を示すSOGI

SOGIハラ、という言葉を聞いたことがあるだろうか。

SOGIとは、Sexual Orientation(性的指向)・Gender Identity(性自認)の略。つまり、どういう性別の人を好きになるか、自分の性別をどのように認識しているかという意味だ。

レインボー国会では、SOGIを理由に差別的な嘲笑をされたり、嫌がらせや暴力などを受けるSOGIハラスメントを防ぐためにはどういった法規制が必要なのかが話し合われた。

LGBT(L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダー)という言葉が、性的マイノリティというカテゴリーとして「特異な存在」と意識されてしまうことに対し、SOGIはすべての人に対し、自分の属性が何かを示すものとなっている。

ただ、セクシャリティと法について詳しい金沢大学の谷口洋幸准教授は「法政策を考えるにあたっては、LGBTもSOGIもどちらも重要な言葉」と注釈した。

谷口教授は「LGBT当事者の人々が抱える困難があるという現状は、裏を返せば、いまの法政策がLGBTではない人だけを前提に作り上げられているということ。つまり、性的指向・性自認(SOGI)によって人々が分断されている状況だ」と指摘。

さらに「こうした法政策が明示的にせよ黙示的にせよ、この分断に加担してしまっているのではないか」と話した。

国際的な法政策は?

セクシャリティと法について詳しい金沢大学の谷口洋幸准教授(右)

SOGIに関する法政策は、2001年に世界で初めてオランダで同性婚が認められる法律が施行されてから、国際社会で急速に議論が進み始めた。アジアでは台湾で2017年5月、同性のカップルに婚姻の権利を認めないのは、憲法に定められる「婚姻の自由」と「平等」に反するという憲法解釈がなされた。

婚姻のほかにも、SOGIを理由にした差別をなくし、安心して暮らせる社会にするための法政策が各国で議論されている。

谷口准教授は、差別をなくすための法整備では「尊重・保護・充足・実現の観点が重要」と説明する。

性自認を法的に承認するなどして、個人の尊厳として性的指向・性自認を位置づけ、ありのままに生きられるように尊重する。

相談事業を行ったり、現状を調査し「何が問題なのか」を認識する。そしてLGBTの人々への偏見・差別を防止し、救済するシステムを構築することで保護し、安心して暮らせるようにする。

充足や実現の観点では、社会の基盤を整えることが重要だ。個人個人のSOGIを理由として、教育の機会や社会保障などの不利益を受けないように、教育現場でSOGIとは何かを伝えたり、法曹界や警察などの専門家の意識啓発をしたりといった政策が求められる。

谷口准教授は「日本は、国連LGBTコア・グループのメンバー国でアジアの代表という重要な地位にあるが、国内での法政策は進んでいるとは言いがたい。いまあることをもう一度やるのではなく、次に何が必要で、どこに問題があるのかを再度確認して法政策を考えていかないといけない」と話した。

自治体の条例について語る内藤忍・副主任研究員

また、労働政策研究・研修機構で労働法についての研究をする内藤忍・副主任研究員は東京都の多摩市や渋谷区の条例について言及し「調査の結果、必要な場合は是正勧告や指導をすることや、相談の申し立ての制度などについても書かれている。『~してはならない』という文言だけでは実効性はない。きちんと救済される制度をつくることが大切」と指摘した。

法律婚や事実婚での制度を同性婚パートナーにも拡大

今回のレインボー国会では、内定者にトランスジェンダーであるという告白をした人がいたことから、2017年ごろから制度や従来のスタンダードを変えようと動いたJR東日本の事例も紹介された。

人事部の業務革新・ダイバーシティ推進グループで制度変更にあたった尾上さやか課長は「自身の性自認などについて隠さず、ストレスなく働ける職場にするには、正しく知るというところから始めた。こうした動きは、性的マイノリティのお客様へのサービス品質向上にもつながる」と語った。

企業の人事担当者が取り組みを紹介した

JR東日本では、2017年から人事担当者を対象にした研修やマネジメント研修に性的マイノリティを含むダイバーシティの項目を追加。また障がい者や外国籍、性的マイノリティの人に対するキャリア相談を設けた。

そうした会社方針をCSR報告書などにも記載するようにしたという。

既存の枠組みでは法的な配偶者のほか、事実婚カップルに対して認めていた同居家族の看護のための休暇措置や忌引き、扶養手当や結婚祝い金などの制度を、戸籍上同性のカップルに対しても拡大していく方針だ。

パートナーの認定には、自治体でのパートナーシップ制度がなければ、双方に署名してもらう宣誓書を提出するか、民生委員の証明書などを適用する。

こうした動きに対し、社員からは「健康保険や年金など、現在も課題は多い。社内制度はある程度拡張されたが、法律改正は時間がかかると思っている」「『カミングアウト』しないことが一番良いと思う。例えば、自分は男です!という自己紹介をする人はいない。普通でいられればいいなと思う」といった声があがったという。

一方、コンサルティングファームのアクセンチュアでは、1社での取り組みではなく業界を巻き込んだ改革について言及。

性的マイノリティの知人を差別によって亡くした経験を持つ人事部の東由紀さんは、2017年に開かれた第1回レインボー国会から参加しているという。「人事部に報告されてくる事例は、決して楽しいことばかりではない。就労するうえで差別を受けたり、困難を抱えたりする。差別はまだまだ職場の中で広がっていて、それは人の命を奪うものだと思う」と述べた。

アクセンチュアのほかEY Japanなど数社が賛同し、企業が抱える課題を調査し、提言をする予定だという。

「コンサルティングファームというビジネスは、問題を洗い出し、深堀をして分析し、そこに対する解決策を提言できることが強み。一つ一つの企業が個人の努力で工夫してきたが、もっと大きな形でまとめて提供できたらと考えている」と語った。


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蒼井そらさんは、妊娠報告で問いかけた。「AV女優の親だと不幸なのか」

蒼井そら

元AV女優でタレントの蒼井そらさんが12月11日、妊娠5カ月であることをブログで発表した。ブログでは「元AV女優が子どもを産むこと」について自身の心境をつづっており、蒼井さんにエールを送る声がネット上に広がっている。

「AV女優の親だと不幸なのか」

蒼井さんは11日、1月に結婚したDJ NONさんとの間に第1子を授かったことをブログで発表した。つわりに苦しんだが、妊娠5カ月で安定期に入ったという。

ブログは、「AV女優が子供を作るなんて子どもがかわいそう。結婚発表をした時、そんな言葉を目にしました」という書き出しで始まった。蒼井さんは、こうした言葉を目にしたことで、「AV女優の親だと(子どもは)不幸なのか」考えたという。

それでも、「子どもが将来いじめにあう」などの考えは個人の価値観に過ぎないとし、「AVをやってたから不幸せということでは無い」など、自身の思いを吐露した。

「生まれて来るんじゃなかったとか(中略)子どもに言われないように日々頑張るだけよ。それって、職業じゃないし、環境だと思うのね」

(中略)

「で、不幸だとか、幸せとか決めるのは、他人ではなく その子、自身だと思うの」

-「ご報告。」蒼井そらオフィシャルブログ「今日のSOLA模様」より(2018/12/11 22:47)

かつて人気AV女優として活動し、中国でも絶大な支持を得る蒼井さん。自身の両親は、一度も蒼井さんを「否定」せず、蒼井さんの意見を尊重してくれたという。

容易な道ではないとしながら、「どう考えても私、やっぱり子どもが欲しい。そして、私の母みたいな母になりたい」と子どもを持つことへの決意をつづった。

蒼井そらさん(2016年撮影)

反響広がる 「すごく背中を押されました」

蒼井さんの妊娠発表と思いをつづったブログは、大きな反響を呼んだ。

InstagramやTwitterには、妊娠を祝うコメントなどが多数寄せられ、蒼井さんは13日、「妊娠発表に思うこと。」と題したブログを投稿。

批判的な声も予想していたが、「想像以上に応援メッセージが多く 涙しながら見たコメントも沢山ありました」と喜びや感謝をつづった。

誰もがインターネットに簡単にアクセスできるようになった現代では、自分の子どもが蒼井さんの過去の仕事を知ることは容易で、「隠すことなどできない」と考えているという。

その上で、「人より試練だろうなとは思うし強く生きて欲しい、しか今は言えないな」「お母さんの子どもで良かった。って言われることを目標に頑張りたいです」と決意を新たにした。


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2018年「#Metoo」案件の数々。の巻

国会会期末、改正入管法や改正水道法など、この国の行く末を左右するような重要法案が次々と成立した。しかも、議論が深まったなどと、まったく言えないまま。そんなものに、どこか麻痺してしまっている自分がいる。「またか」と諦めそうになっている自分がいる。第二次安倍政権が始まって、6年。この6年の間に、何度も何度も強行採決を見せつけられてきたことが、「黙らない」と決めたはずの私の中で、無力感として大きくなっている。危険とわかりつつも、恐ろしいことに無力感を完全に振りきる方法を私は知らない。

 そんな年の瀬に、今年一年を振り返りたい。

 まず自分のこととしては、今年は『「女子」という呪い』、『非正規・単身・アラフォー女性』の2冊を出版した。

 前著は私が初めてジェンダー問題と向き合い、女子にかけられている呪いの数々について綴った一冊。後著はタイトル通り、非正規で単身のアラフォー女性たちに仕事や結婚、将来の不安などについて取材した一冊だ。フリーランス単身アラフォー女性である私自身の悩みや不安についても存分に書いた。

 どちらも、この国で女性が生きることに付随する困難さを描いたという点では共通している。このように正面からジェンダーを取り上げた本を出版したのは初めてのことで、そんな2018年は「#Metoo」の一年でもあった。

 ざっと振り返っても、セクハラ絡みの話題には枚挙に暇がない。これまで蓋をしてきたものが一斉に溢れ出したかのような印象だ。

 思いつくままに綴ってみても、財務省事務次官のセクハラ、TOKIO山口達也メンバーの強制わいせつ事件、早稲田大学教授のセクハラ、アラーキーのモデルだった女性や、ブロガー・はあちゅう氏、モデルの水原希子氏などによる告発、新潟県知事が「援助交際」で辞任、文科大臣が公用車で「セクシー個室ヨガ」通い、群馬県みなかみ町長や東京都狛江市長のセクハラなどなどが思い出される。

 セクハラが注目されることによって、セクハラへの無理解が露呈した一年でもあった。

 例えば財務省は、セクハラ被害を受けた女性に「名乗り出る」ことを呼びかけるなどして最悪の地雷を踏み、自民党・長尾敬議員はセクハラに抗議する女性議員たちについて「私にとって、セクハラとは縁遠い方々です」などと発言して批判を浴びる。また、麻生財務大臣に至っては、セクハラについて「はめられた可能性」「セクハラ罪という罪はない」などと開き直る始末。

 そんな中、8月には東京医大の不正受験の問題が発覚。「女だから」という理由で女子受験者は一律減点されていることがわかり、他の医大でも同様の不正が行われていることが明らかとなった。

 一方、世界に目を向けると、年明けそうそうのゴールデングローブ賞の授賞式では、多くの女性たちがセクハラに抗議する黒のドレスを着用して登場。また、5月にはノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーが今年の選考見送りを発表。理由は、アカデミーのメンバーの夫による性的暴行疑惑などだった。18名の女性が、暴行を受けたと現地メディアに告発したのだった。

 10月には、#Metooムーブメントをさらに後押しするようなことが起きる。性暴力に対して声を上げてきた女性と、性暴力被害者に寄り添ってきた男性がノーベル平和賞を受賞したのだ。

 女性は、イラクの少数派・ヤジディ教徒のナディア・ムラドさん。IS(イスラム国)に拉致され、「性奴隷」として人身売買された経験を持つ彼女は、自らの被害を実名で証言してきた。

 男性受賞者は、婦人科医のデニ・ムクウェゲさん。紛争が続くコンゴ民主共和国で、5万人以上の性暴力被害者の治療にあたってきた人だ。

 性暴力と、文字通り命がけで闘ってきた二人のノーベル平和賞受賞は、多くの女性たちに勇気を与えるものだった。

 一方で、この国では女性議員が、性暴力被害者の伊藤詩織さんを貶めるような発言をするなど残念すぎる事実もある。

 そうして「平成最後」である今年、流行語大賞のトップテンには「#Metoo」が入った。ちなみに平成元年(89年)の流行語大賞・新語大賞を受賞したのは「セクハラ」だ。

 セクハラが「新語」として認知され、「#Metoo」として被害者が声を上げられるようになるまで、実に30年。今も嘲笑や声を封じる力はあるけれど、やっとやっと、スタートラインになんとかつくまで30年。その間、私たちは世界中で声を上げた女性たちがどのように貶められ、バカにされ、晒し者にされるかということを嫌というほど目にしてきた。だけどやっと今、「セクハラされてるうちが華だよ」とか「うまくかわすのが大人の女だよ」とか、そんな言葉に曖昧に笑わなくてよくなったのだ。

 「こんなことで傷つくなんて社会人失格?」「私って自意識過剰?」とか思わずに、まずは自分で自分に「被害を被害と認識していい」と、自分を大切にしてもいいのだと、そう思えるようになったのだ。

 会期末の国会を見ながら無力感にばかり苛まれていたけれど、この一年、少しは前進したこともあった。来年は、もっともっと前進しますように。そう祈っている。

(2018年12月12日 雨宮処凛がゆく!より転載)




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今度はT.M.Revolution。登美丘高校ダンス部の「HOT LIMIT」がキレッキレすぎる(動画)

登美丘高校ダンス部の公式YouTube動画より

2017年の「バブリーダンス」で一躍有名になった大阪府立登美丘高校ダンス部が、「新作」のダンス動画を発表した。演目は、コスチュームを見れば一目瞭然。1990年代に大ヒットを記録したT.M.Revolution の「HOT LIMIT」だ。12月10日にYouTubeで公開された動画の再生数は、既に180万回を超えている。

動画の冒頭で映し出されるのは、人文字で描かれた「TMR(T.M.Revolution)」。次の瞬間、ぴったりと息の合った動きで「TDC(登美丘高校ダンス部)」の文字へと陣形を変える。

イントロが終わると同時に、「西川貴教さん風」の高校生たち数十人が登場。本家に勝るとも劣らない、キレキレのダンスを披露する。空撮も駆使した、迫力たっぷりの内容だ。

西川さん本人も「リリースから20年経っても、こんな風に楽しんでもらえるなんて凄いうれしいです!」と喜びのツイートをしている。

「HOT LIMIT」リリースから20年経っても、こんな風に楽しんでもらえるなんて凄いうれしいです!登美丘高校ダンス部の皆さん、本当にありがとうございます! https://t.co/hiRtbU88bB

— 西川貴教 (@TMR15) 2018年12月11日

ちなみに「本家」はこちら。ネット上では、早くもコラボを期待する声も上がっている。


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