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クールジャパンって実際どう?日本と海外、アニメブームの陰で必要な施策とは

アニメのイラストであふれる秋葉原

「クールジャパン」という言葉が有名無実化しつつある。

エヴァンゲリオンシリーズの碇シンジ役などで知られる声優・アーティストの緒方恵美さんが1月、ハフポストのネット番組「ハフトーク」に出演した。

緒方さんは日本のコンテンツ業界で、作り手側がさらされている苦境を明かし「クールジャパンと(国が)おっしゃるなら、その文化を発信するためのきちんとした仕組みづくりを国にお願いしたいです」と語った。 

【ダイジェスト】
いいコンテンツを作っても、海外のファンにちゃんと届かない…?
声優業界で今起きていることについて、緒方恵美さん(@Megumi_Ogata)に聞きました。
ハフポスト日本版がお送りするニュース番組 #ハフトーク は毎週木曜日22時から生放送!動画全編はこちら→https://t.co/reag6bs2Rxpic.twitter.com/hFaqHzjhrG

— ハフポスト日本版 (@HuffPostJapan) February 18, 2019

海外でも人気の日本アニメ。でも市場シェアはわずか4.2%…

番組にはこの日、緒方さんの愛称「アニキ」にちなんで、「#アニキに聞きたい」のハッシュタグで多くの質問が寄せられた。その中の1つに、2017年に緒方さんが実施したクラウドファンディングのキャンペーンについて問うものがあった。

デビュー25周年を記念して制作したカバーアルバムを国内外に同時に届けるというこのキャンペーン。

緒方さんは「ふつうに出せば、日本国内に住んでいる、いつもほしいと思ってくださる方のところには届きます。でも、せっかくの周年記念なので、チャレンジさせていただきたいと思って」という。

クラウドファンディングをしようと思った理由は、大きく分けて2つ。1つは、日本で作っているアニメのDVDや音楽CDの販路だ。

クールジャパンと言われていますが、とても日本の業界はガラパゴスで、私たちがつくっているものの現物は、海外になかなか流通しないようになっています。向こうでは買えないようになっていて届けることができず、海外のファンから毎回『それはどこで買えますか』と聞かれる。それを教えてあげられない、届けられないということがあって

だが、クラウドファンディングならば、出資者へのリターンという形で届けることができる。

もう1つは、クラウドファンディングをするときに、ホームページ上で日本語と外国語で「なぜこれをやるのか」を伝えられる点だ。

日本のアニメも音楽もなかなか流通していないということを、まずは国内のファンの方に知って頂きたかった」という緒方さん。

更に、業界の窮状を訴えることで、何とかして海賊版や違法アップロードではないカタチで海外の方に見てもらえて、何かを受け取ってもらえたら。その中から、私たちでは考えられないようなことを考えてくださる方が、アイデアを出してくれたらうれしいなと思いました」と語った。

ハフトークに出演し、アニメ業界の現状について語る緒方恵美さん(中央)

いま世界では、これまで日本の代名詞だった自動車や家電、電子機器などに肩を並べて、アニメや漫画コンテンツの需要が高まっている。

経済産業省の2016年度コンテンツ産業強化対策支援事業では、アニメ、ゲーム、漫画のほか、音楽や映画、ドラマといったエンターテインメント産業における海外需要の市場規模を調査した。

報告書によると、世界最大のエンタメ市場といえるアメリカでは、2015年に19.21兆円、2020年には20.20兆円にのぼると予想。

成長著しい中国では、2011年に2.03兆円だった市場規模が、2015年にはほぼ倍の4.03兆円に伸び、さらに2020年には6.72兆円に増加すると見込まれている。

また、映画館が禁止されているものの、各家庭でのテレビ需要などから、エンターテイ ンメント分野への投資に関心を有するサウジアラビアでは、2020年には需要が10年前の約4倍に伸び、800億円に到達するとみられる。

しかし、報告書によると世界のコンテンツ市場における日本由来のコンテンツのシェアは4.2%程度にとどまっている。

こうした状況に緒方さんは「まずは日本の国内に、海外に向けてコンテンツを送り出すためのプラットフォームがほぼない。YouTubeは全世界で見られると思われるかもしれないのですが、YouTube Redという方式が採用されたときに、(方式の規約に契約していない)各レコード会社では、出していたPV(プロモーションビデオ)が海外からは見られないというようなこともあって」と説明。

YouTube Redをめぐっては、利用者が動画のダウンロードができてしまう点などから、音楽ビデオを主力の収入源のひとつにしているレーベルは、規約に署名しにくい面もあり、大きな問題となった

クールジャパンって結局、現場はどう思ってるの?

ここで気になるのが、2010年から政府の肝入りで進められていたはずの「クールジャパン政策」。

だが2017年3月末時点の会計検査院の調査によると、コンテンツの海外流通を促すクールジャパン機構は、約310億円の投資・融資によって約44億円を失っている。

2018年6月には、これらの状況を受けて同機構の太田伸之社長が退任するなど、迷走が続いていた。

こうした現状に緒方さんは「すごいショックを受けました。クールジャパンというワードはアピールとして使っても、もうその販路を開くために協力してはくださらないのだろうかと。(販路を)整えていっていただけるような仕組みを、クールジャパンといってくださるのなら、国にお願いしたい」と声を落とした。

海外の需要に応えるように日本でも海外発注のアニメ制作が増えているが、これに関して緒方さんは「私たちの技術を使って制作しているのですが、一部では、さながら日本のアニメーション業界が海外の工場のようになっているのです」と指摘。

従来多かったアニメの輸出方式では、「一部では出せば出すほど日本の制作会社が損をするシステムになっていた」と話す。

海外の発注側から制作費として一定金額を受領し、アニメを作るという形式では「著作権は全て海外の会社にあり、私たちは一定の制作費で作って渡すだけ。これでは海外の会社は儲かっても、日本の制作会社は……著作権のシステムのようなものができていけばいいのですが。本当にみんな頑張っているのですが、小さな会社単位では動けないこともある。国が主導してくださればと思う」と語った。

アニメが若年層のトレンドになり始めた中国では、日本への作品の発注も増え一大市場になっている。

しかし、緒方さんが指摘するような請負型の業務提携も多く、こうしたモデルからの脱却が望まれている。

経済産業省 平成28年度コンテンツ産業強化対策支援事業・調査報告書より

日本と海外企業の日本法人で製作委員会をつくるモデルであれば、著作権を持つことができるため、売れるほどその対価が入ってくる。

しかし経産省の報告書では、法制度上のハードルのほか、海外側からの働きかけが多く、日本は受け身であり、積極的な売り込みができていないことや、日本の制作側が海外企業の参加に抵抗感を持つなどの理由が課題に挙げられていた。

インバウンド対策は?

海外販路が法律上のハードルがあり、なかなか進まないのであれば、年々増える国内へのインバウンド対策はどうなのか。

例えば「聖地巡礼」といって、アニメや映画ファンが訪れる新たな観光地として注目される全国のロケ地。文化庁では、全国ロケーションデータベースというサイトを立ち上げている。

ただ、映画の名前を調べても、ロケ地が出てこないものが多い。毎年形式もほぼ変わらない。 

文化庁がクールジャパン施策の一環としてオープンしているロケーションデータベース

しかし管理などに使う年間の費用は、2017年度予算で1600万円。単年度ではなく、2016年度と2018年度も1600万円かかっている。2019年度はシステム更新を予定しており、その分が予算でアップするため、約3000万円ほどとなる予定。

文化庁の担当者によると「こちらは、映像ファン向けでもありますが、特にロケをしたい制作者向けでもあるので、仕様的に見にくいかもしれない。

また、各地のフィルムコミッションに情報更新をお願いしているので、忙しいなどの理由によってロケ地が入っていたり入っていなかったりする」という。

予算のうち情報の更新などは、ジャパン・フィルムコミッションに1300万円を委託業務として支払い、残りはサーバーのシステム管理会社に支払っている。

文化庁の担当者は「使いやすいものにするため、ロケをする際の規制情報を載せたり、さらに情報を入れたりなどしていきたい。ロケ地が入っているところとないところなどで差があると指摘も受けている。今後は忙しいフィルムコミッションを支え、研修などを開くことで差がなくなるように努めたい」と話している。

文化事業は海外の先例も

世界への販路をつくるため、国が文化事業を後押しする例には、海外での成功例もある。

クールジャパン政策が参考にした韓国の「クールコリア戦略」は、1997年のアジア通貨危機をきっかけに、国外への文化事業の輸出を目指して立ち上がった。

2000年以降は、国家予算の1%の水準で文化事業を担当する文化体育観光部の予算に充当。ドラマ制作費を国が補助したり、海外へ売り出すための字幕や吹き替え事業にも出資した。

結果として、韓国ドラマやK-POPは「韓流ブーム」としてアジアを巻き込み、欧米諸国にも伸びていった。

この先例について緒方さんは、パリで毎年開催される漫画やアニメの祭典「ジャパン・エキスポ」についても言及した。

エキスポには2010年に韓国政府所管のコンテンツ振興院のブースが「マンファ(漫画)」として出店

エキスポは、ジャパンという名を冠しているが、日本のものだけ置いているわけではない。漫画・アニメを中心とした文化の祭典として、フランスの同人作家や、タイや台湾、アメリカなどの様々な企業も参加している。

ただ、韓国などの国を挙げた勢いに対して、当時のクールジャパン室長は「ここもいずれマンファに席巻されるかもしれない」と話している

日本の危機感に対して、緒方さんは「では日本の政府は、そこを広げてくれないのかと思ってしまいます。アニメや音楽など、日本には素晴らしいコンテンツを作るクリエイターと、その技術がある。小さな単位で世界に、は難しい。韓国の政府のように日本でも応援していただけたらと思います」と訴えている。

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業田良家『自虐の詩』 複雑すぎる人間の本性を4コマで描く伝説のマンガ

業田良家『自虐の詩』(竹書房)

お気に入りの小説やマンガが映画化されると聞くと、「やめておけばいいのに……」と思うことは少なくない。原作に対する愛着が深いほど、「汚される」という懸念が強まるからだ。

これまで、「映画化なんてムチャはよせ」と思った筆頭格は、小説ではアゴタ・クリストフの『悪童日記』、マンガでは業田良家(ごうだよしいえ)の『自虐の詩』だ。前者は劇場に足を運んで「まあ、こんなもんだよな」と達観し、「無かったこと」として処理したが、後者はどうにも見る勇気が起きず、未見のままだ。

「もうダメ」ってなる

業田の代表作『自虐の詩』は、「泣ける4コマストーリー漫画」の代名詞的存在だ。

手元の竹書房の文庫版上巻に収められたインタビューで、漫画家・内田春菊は何度読んでもラストに差し掛かると「『もうだめ』ってなっちゃって最後まで泣きっぱなし」と語っている。白状すると、私も再読するたびに「熊本さん」が出てくるあたりから「泣き笑いモード」になってしまう。しかも、これは内田もインタビューで指摘していることなのだが、年齢を重ねるごとに「泣きポイント」が増えているのだ。

なぜこのマンガには、いい歳をした大人の心を強く揺さぶる力があるのだろう。

未読の方のために、簡潔に作品の概要をまとめておこう。

主人公は内縁の夫婦である森田幸江と葉山イサオの2人。イサオは無職で、いわゆる「ヒモ」のような生活を送るどうしようもない男で、定食屋「あさひ屋」に勤める幸江のわずかな稼ぎを酒やギャンブルで浪費する。そんなイサオに、いかにも不幸と貧乏を呼び寄せそうな容姿の薄幸の女・幸江は心底惚れている。

この2人を軸に、物音が筒抜けの壁の薄い安アパートの「隣のおばちゃん」や、「あさひ屋」のマスター、イサオの子分のタロー、幸江の父・家康(すごいネーミングだ……)など一癖あるキャラクターたちが絡んで、物語は進む。

綱渡りのような離れ業 

「物語」と言っても、本作は4コマ漫画なのでストーリー漫画のように、話の筋が綺麗に流れるわけではない。『週刊宝石』に掲載された時点では、『自虐の詩』は「幸江・イサオ」以外の物語もとりまぜた連載だったようだ。

作品の前半はひたすら「不幸を引き寄せる幸江」をネタにしたギャグが続く。オチの多くは、『自虐の詩』名物のちゃぶ台返しだ。イサオの悪癖のちゃぶ台返しは、徐々に他のキャラクターもぶちかます定番ネタになっていく。

「ちゃぶ台返しモノ」のあたりは、ネタは練られてはいるものの、はっきり言ってしょうもないギャグ漫画でしかない。だが、そのしょうもない4コマ漫画が後半、ドラマチックな「泣ける漫画」に豹変する。

幸江の悲惨な子供時代の回想シーンが増えるにつれて作品のストーリー性が高まり、中学の同級生の「熊本さん」の登場、イサオとの出会いのあたりから読者はグイグイと引き込まれ、ネタバレになるので詳細は書けないのだが、最後は内田が言うところの「もうだめ」という境地に持っていかれる。

ジェットコースターにたとえれば、前半のくだらなさでカタカタと位置エネルギーを稼ぎ、そこから一挙に急カーブあり、ループありの波乱の展開が待っている。

さらにこの作品が凄いのは、この怒涛の後半部分でも、ただの「お涙頂戴」には走らず、作者・業田が「ギャク4コマ」の常道をはみ出さないで、各話にきっちりオチをつけて笑いを取ってくることだ。笑いと涙を行き来するバランス感覚は、まさに綱渡りのような離れ業としか言いようがない。

小気味よいリズム感

未見なのに評価を下すのはフェアではないが、私が「映画では再現不可能だろう」と感じるのは、この離れ業がマンガという表現手段、それも4コマギャグ漫画という縛りのきついジャンルだからこそ、可能なものだと考えるからだ。

「ストーリー性が強い4コマ漫画」には、ちょっと思いつくだけで『ぼのぼの』(いがらしみきお)や『あずまんが大王』(あずまきよひこ)など、マンガ史に名を残すであろう作品があり、特異な手法ではない。むしろ、いわゆる「日常系」などを含めて定着したジャンルになっていると言っていいだろう。

これは、4コマ漫画の特性がある種のストーリー展開において有効なツールになりうるからだろう。4コマ漫画は、通常のマンガの演出の肝である見開きや「コマ割り」が使えないという制約を背負っている半面、「4コマで一区切り」という縛りが作品の進行と読者の読むペースに自然なリズムをもたらす強みを持つ。

『自虐の詩』でも、前半のギャグ主体の部分はもちろんのこと、後半部分でもこの小気味好いリズム感は大きな武器になっている。ストーリー漫画なら1話分に相当するエピソードが、4コマあるいは8コマ単位の怒涛のリズムで畳みかけられる。

「均等なコマ割り」という制約を逆手にとった名場面もある。「熊本さんのロングショット」と言えば、ピンとくる方がいるかもしれないあるシーンは、見開きや大ゴマではないからこそ、胸に迫る描写になっている。私は毎回、ここで「もうだめ」となってしまう。

なお、正確に言えば、本作には半ページの大ゴマを含む「5コマ漫画」が数本置きに挿入される。前半はこの「大ゴマ」に特に存在感はない。だが、クライマックスに入ってからの数枚は、この「大ゴマ」の1枚絵が素晴らしい効果を上げている。

再読するたび出る「味」

そして、『自虐の詩』を名作たらしめているのは、こうした「4コマ漫画マンガならでは」の巧みな作劇術を用いながらも、ストーリーテリングではテクニックに走らず、真正面から「人間」を描いている姿勢だ。

未読の方々のためにこれ以上、余計なことは書きたくない。「まずは黙って読んでくれ」としか言えない。あえて野暮な解説をするなら、優しさと残酷さ、勤勉と怠惰、決心と迷いなどなど相反するものが同居する、どうしようもない人間の本性と、絶望と救い、幸と不幸が綾なす人生のタペストリーが、下手な小説など及びもつかない深みをもって語られる。いや、やはり、こんな言葉は野暮だ。とにかく読んでほしい。

蛇足ながら、この作品の連載期間が1985年から1990年までで、『BSマンガ夜話』に取り上げられ、映画化につながるブームのきっかけとなったのが2004年だった、という事実が個人的には非常に興味深い。日本がバブルの絶頂に駆け上がる時代に貧困をテーマにした作品が描かれ、「失われた20年」のボトムに近い時期に「再発見」されたわけだ。このタイムラグは、作者・業田の持つ普遍性と先見性、日本社会の価値観の変遷を映し出しているように思える。

竹書房の文庫版なら上下巻でわずか1200円ちょい、マンガを読みなれた人なら1時間もあれば読み通せてしまうコンパクトな作品だ。しかも、歳を重ねて再読するたび「味」が出る。手元に置いておいて損はないと自信をもって保証する(高井浩章)。

(2019年2月15日フォーサイトより転載)


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紙からスマホへ。東村アキコさんが「縦読みマンガ」の無料連載を始めた理由

東村アキコさん

『東京タラレバ娘』や『かくかくしかじか』などで知られる漫画家、東村アキコさん。東村さんはいま、「ウェブトゥーン」と呼ばれるスマホ向けの縦読みマンガに挑戦している。

ウェブトゥーンは、Web(ウェブ)とCartoon(マンガ)を組み合わせた造語で、韓国の若者世代を中心に発展した。1枚ずつページをめくるのではなく、スマホ画面を縦にスクロールすることでマンガを読む。

東村さんは2017年12月、韓国発のマンガアプリ「XOY」で、アラサー女性を主人公にした『偽装不倫』の日本語・韓国語版同時連載を開始。毎週土曜に更新され、1日1話、無料で読むことができる。(日本語版は現在LINEマンガで連載中)

紙からスマホへ。20年のキャリアを持つ人気作家が、新しいマンガ表現に踏み切った理由は何なのか? 東村さんの仕事場を訪ねた。

漫画家の東村アキコさん。今は紙の原稿ではなく、iPadとペンタブでマンガを描いている。アシスタントが使うのもiPadだ。

縦スクロールは、「やればすぐに慣れるだろう」

━━先生の作品をずっと紙のコミックスで読んできました。紙で描いてきた漫画家さんが縦スクロール(縦読み)マンガを始めるのは、かなり思い切った決断だと思うのですが…。

縦スクロールは、やればすぐに慣れるだろうな、というか。

描き方自体は実は今までと変わらなくて、私は普通のマンガと同じように1ページずつ描いてるんですよ。

1ページの原稿に描いたものを、編集の方が1コマずつバラして、縦スクロールの形に割り振ってくれるんです。

「偽装不倫」の41話より。従来型の原稿に描いた絵やセリフを、編集者が1コマずつバラして「縦読み」の原稿にしているという。全コマがフルカラーだ。

<「偽装不倫」の線画。>

━━ウェブトゥーン(縦読みマンガ)の連載を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

まず、数年前から白黒で描くのもカラーで描くのも手間はあまり変わらないな、と思っていて。

今はデジタルが普通になってきてるんですけど、スクリーントーンを貼るのは結構手間がかかる作業なんです。カラーは色を決めて塗るだけだから、むしろカラーの方が速いんじゃないか、と。

そもそもトーンって活版印刷の技術で、白黒の紙で色の濃淡を表現するためにあるんですよね。スマホ向けのウェブトゥーンはフルカラーが基本なので、このデジタルの時代に白黒のトーンを貼る意味って何なのか?と思っていたんです。

そのタイミングで連載の話をいただいて。

私の場合フルカラーでも速さは変わらないだろうし、白黒のマンガばかりだとこの先ダメじゃないかと思っていたので、連載を始めました。

━━紙の方がいい、という作家さんもいると思います。デジタルに抵抗はなかったのでしょうか?

私は、そんなに抵抗はなかったんですよね。

私としては、デジタルに移行しても何も困らないし、むしろ旅行先に10冊マンガを持って行くよりiPadで読めるなら、それがいいかなって思っています。

「コミック誌を毎月読まない」現代の中高生

━━電子化が進み、マンガの読まれ方はどんどん変化しています。去年夏、先生が京都精華大学の講演で話していたエピソードが印象的でした。福岡の中学校に行った時、コミック誌を読んでいる中学生が全然いなかったと…。

そうそう。

私達が子どもの頃は、「りぼん」とか「ちゃお」とか、毎月必ず読んでいたじゃないですか。男子は「ジャンプ」や「マガジン」、「サンデー」を読んで、みたいな…。

でも、福岡の中学校で講演会をした時、「定期購読している雑誌がある人」って聞いたら、手を挙げたのがたった3人で。おもしろかったから、写真を撮ったんだけどね。

東村さんが見せてくれた写真。「雑誌の定期購読をしている人」という質問で、手を挙げたのはたった3人だった。

講演する時にこういう質問を聞くようにしてるんですけど、10年前は、手を挙げないとしても「すみません、読んでないんです」って罪悪感が漂う空気があったんですよね。

それが、この時はみんなが「ん?何を聞かれてるのかな?」って顔をしてた。「雑誌の定期購読ってどういうこと?」みたいな。

「定期購読」の概念すらない世代、という感じがしたんです。

━━それは衝撃を受けますね。

それで、手を挙げた3人に何を読んでいるか聞いたら、親が買っている「まんがライフオリジナル」が1人、残り2人は「ジャンプ」でした。

実質2人だな、と思ったの。この子たちが高校生になり、大学生になる未来を考えた時に、「これはもうダメだな」と思ったんです。

ウェブトゥーンの連載で「外見至上主義」という人気作品があるんですけど、「じゃあ『外見至上主義』を読んでいる人?」って聞いたら、みんなが知っているような反応だった。

その時に、雑誌じゃなくウェブトゥーンを読んでるんだな、って実感しました。

うちの子も中学生なんですけど、私がどの雑誌でどんな連載をしているか全然知らないのに、ウェブトゥーンで連載を始めた時だけ「みんなが言ってる」って唯一反応があって。

だからもう、そういう時代なんですよ。しょうがないんです。

雑誌でやっていると、「お客さんの実体が見えづらい」

━━紙でマンガを読んでいた世代としては、寂しい気持ちもあるんですが…。

でも、もう雑誌でやっていてもどうしようもないと思います、私は。固定のお客さんはもちろんついてくれているけど、雑誌を毎月買ってくれる人はよほどのマンガファンか、関係者だけ。

昔を懐かしんだり振り返ったり、「あの頃の雑誌はよかった」とか言っても、意味はないんです。どんどん変わっていくし、その変化に自分が合わせていくしかない。時代は戻らないですから。

昔はメインとして載ってる人気作家さんの作品と一緒に、新人の作品もいっぱい載っていて、それも全部読んでたでしょう? 端から端まで。その人が成長していくのを見守る、みたいな。

でも、今はお笑いもそうだけど、「面白いものだけ見たい」という文化になってきている。雑誌文化が時代と合わなくなっているんだと思います。

私はよく雑誌を「船」に例えるんですけど。

━━「船」ですか?

雑誌がタイタニックみたいな大きな船で、編集や漫画家を船で演奏するオーケストラだとすると、今はお客さんがほとんど乗っていない船みたいなんです。

一応たゆたっているし、その船でみんなずっと暮らしてはいける。でも、お客さんの実体が見えづらいんです。

こっちは演奏しているけれど、お客さんがホーンテッド・マンションの「透明な人」みたいなイメージ。

反響がないんです、雑誌でやっていても。10〜15年前はみんなアンケートに感想を書いてくれたり、ファンレターが届いたり、ネットに感想が上がったりしたけど、今はそれほどの反響がない。

今まではメインのピアニストのファンがたくさんいて、オーケストラの一員でも食っていけた。それが、いきなり荒波に放り出されて、自分で小舟を漕いで釣りをしながら食っていく、みたいな世界になってる。

あとは港や道端で演奏して、チャリンチャリン小銭を稼ぐという…。

だったら私は港に行って、少人数しか小銭を払ってくれないけれど、生身の人の前で演奏したいな、という気持ちでいます。

━━すごく厳しい時代に突入していますね。

若い世代がマンガをまったく読んでいない、というわけではなくて。「東京喰種」とか「亜人」、「進撃の巨人」とか、作品単位で1日1時間くらいは読んでいるのかな、という印象はあるんですよね。

だから、今後はビーチフラッグみたいに、その1時間をどう奪い合っていくか。厳しいですけど、その勝負に乗り込んでいくしかないと思います。

同時に複数の連載を抱える東村さんは、漫画家の中でも有数の筆の速さを持つ。

でも、あまり儲からない? ウェブマンガの課題

━━ウェブトゥーンでの連載の反響はどうですか?

もちろんいい反応もあれば、もうちょっとこうしたら?みたいな感想もあるんですけど、すごく反響があるんですよね。

やっぱり嬉しいですし、やりがいがあります。「お客さんはここにいたんだ」という感じがします。

━━私も縦Uスクロールマンガを読みますが、一方で見開きを使った大胆な表現がないなど、紙と比べて物足りなさも感じます。

そこは、ウェブトゥーンが負けるところで。見開きの迫力を見せられないから、動きがあるバトルものとかスポーツものとか、向かないジャンルもあるんですよね。

どちらかというと、会話劇とかの方が向いてる。映画で例えるなら、『アベンジャーズ』みたいなものはやりにくいけれど、『かもめ食堂』みたいなものはやりやすい。

だから、紙で、見開きでやってほしいな、と思うマンガもやっぱりあるんですよね。

「偽装不倫」43話より。ウェブトゥーンには「背景を描き込みすぎない方がいい」などの特徴もあるという。

一方で、より内容の質が高いものが求められるようになるのでは、とも思っています。イラスト付きの携帯小説と似たようなものだから、小説的な要素や面白さがないと持たないのかな、と。

雑誌だと見開きでバーンって勢いで見せられるけど、そういうのが通用しないから。読ませる力がある作家の方が上手くいくのかな、という気がしますね。

ただ、あまり儲からないと思います。漫画家を目指している若い子がここに参入して、食っていけるように頑張ろうと思っても、今の状況だとなかなか厳しい。

━━そうなんですね…。

雑誌文化が衰退してきてるから、雑誌に「見切り」をつけてウェブをやってるのでは、と感じる人もいると思うんですけど、そうじゃなくて。こっちが儲かる、というわけじゃないんです(笑)。

雑誌なら、若くても新人だとしても、暮らせる程度の原稿料をちゃんともらえるんですよ。売れっ子の先生が頑張ってくださるおかげで原稿料をもらえるのが、雑誌システムのいいところで。

ウェブの場合は、完全に一匹狼になってやるわけだから。雑誌で連載するほどの給料が出るかと言えば、難しいですよね。だから、「それでもやるのか?」という話になってくるんですけど…。

でも、それでもやる人が天才なのかな、とも思うので。逆に絞れていいのかな、とも思うんですけどね。

表現が限られることと儲からないこと。ウェブトゥーンのデメリットと改善していくべきところはそこだと思います。

━━稼げるかどうかは、いずれ紙とデジタルが逆転するのでは、とも思うのですが…。

でも、ウェブトゥーンは基本的にタダのコンテンツですしね。とんでもない才能やアイデアがある人はちゃんと稼げると思いますけど、そもそも若い子がお金を出す文化があまりないので。

だから、バイトをしながらマンガをやっていくしかないんじゃないかな。こういう話は、京都精華大学の講演でも話しました。

日本と韓国、2カ国で連載する難しさ

━━『偽装不倫』は韓国語に翻訳され、韓国でも連載されています。グローバル展開も視野に入れているのでは?

私はK-POPがすごく好きなんですけど、K-POPがYouTubeとか無料コンテンツを戦略的に使って、世界中に広がっていくのをリアルタイムで見ていて、本当に驚いたんですよね。

最初はまさかそんな日がくるとは思ってなかったんだけど、とうとうBTSがアメリカの番組に出演し始めて。その時に、韓国のコンテンツの拡散力ってすごいな、と。

その拡散力にちょっと乗っかってみたいな、と思ったのが、韓国のマンガアプリで連載を始めた理由の一つでもあります。

あと、K-POPのアイドルの子に私のマンガを読んでもらいたい、という。これが大事なんですよ。

━━そういう理由もあるんですね(笑)。

でも、そういう理由もないとやらないでしょう?毎週毎週、やらないですよ。儲からないって言ってるんだから(笑)。

ただ、グローバルで垣根なくやっていくと言ったって、やっぱり政治状況によって摩擦が生じることは多いので、乗っかればいいという単純な話でもないんですよね。

国際的に仕事をすることの怖さやリスクは、やっぱりある。だから、日本は日本でちゃんとコンテンツを作って、自分の国で根を張って頑張ることもしないと絶対にダメだ、と思っています。

━━リスクはあれど、『偽装不倫』を読んでいる韓国の子と日本の子が同じ話題で仲良くなれるとか、そういう繋がりが生まれたらいいのかな、とも思います。

それはあるかもしれないですよね。結局マンガとかアイドルとか、エンターテインメントの究極の良さって、誰かを元気にできるとか救いになるとか、そういうところにありますからね。

自分の漫画家人生を振り返ってみても、「あの時先生のマンガを読んで元気になりました」とか言われた時、私はこのために仕事をしているんだろうなって毎回思うんですよね。

それが韓国の人にも広がったり、自分のマンガがきっかけで日本と韓国の子が仲良くなったりしたら、すごく嬉しいなと思います。

「儲からない」とかいろいろ言っていますけれど…本当はそっちの方が大事ですから(笑)。

━━どちらも大事なので…。お話を聞いて、ウェブトゥーンはまだ「発展途上」の一面もあるのだと思いました。

そうですね。私がウェブトゥーンで連載していることで、漫画家を目指している若い子たちに「こっちは儲かるんじゃないか?」と期待させてもよくないので、そこはちゃんと伝えたいところです。

でも、やらずにいて、数年後「あのときウェブトゥーンで描いていたらよかった」と後悔するのは嫌なので。チャレンジしたことに悔いはないですし、あと1〜2年は頑張ってみようかなと思っています。

連載を数本抱えて体力的にもしんどいんですけど、「やってみたけど、あまり儲からなかったんだよね」って言えた方がいいかな、と思うんですよね。

 ◇

『偽装不倫』は、スマホアプリ「LINEマンガ」で毎週土曜に更新される。コミックスは第1巻が発売中(文藝春秋)。第2巻が2月28日に発売予定。


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漫画『ダルちゃん』大ヒット。“ふつう“の24歳・派遣社員の物語に、なぜ心を揺さぶられるのか

「ダルちゃん」(はるな檸檬)

漫画『ダルちゃん』の主人公は24歳の派遣社員。でもちょっと気を抜くと体の輪郭がぶよんと崩れて、「ダルダル星人のダルちゃん」になる――。

資生堂のカルチャー情報発信サイト「ウェブ花椿」での人気連載を経て、2018年12月に全2巻で単行本化。発売後に即重版し、4刷で17万部を突破しているヒット作だ。

「ふつう」になりたくて”擬態”しながら必死に日々をもがく24歳女性の物語は、なぜこんなにも多くの人の心に響いたのか。

「人は最初に”自分”をいじめる。加害する相手として、いちばん手近で楽だから。でも若い人たちがそんなふうに自分をいじめる姿を見たくない」

そう思いを語る、作者のはるな檸檬さんに話を聞いた。

漫画家のはるな檸檬さん

「ふつうの派遣社員」が創作に向かうまで

――主人公の「ダルちゃん」こと丸山成美は、24歳の派遣社員。”ふつう”に「擬態」して居場所を探す彼女の姿に、連載中からSNSでは多くの共感の声があがりました。

私自身もダルちゃんみたいに「周りに合わせるのがしんどい」という感覚をずっと持っていて。もちろん大勢の人が持っているものだとは思うんですけど。

そういう感覚を一番単純化して、記号として表したら、「ダルダル星人」という姿になりました。孤独をずっと感じている人物を描きたい、という思いもありました。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)

最初は「20代の女性に向けた作品を」というお話だったんです。

「共感を軸にしたストーリーを」と考えていたのですが、『花椿』編集長さんにお会いしたときに、「詩の公募をしているんだけど、会社員や主婦の方からの応募がすごく多い。一般の方たちの創作に対する欲求の高さに驚かされます」という話を聞いたんですね。

じゃあ、派遣社員の24歳女性が詩を「書く」ようになるまでの間には何があるのか、みたいなものを描いてみようと思いました。

――派遣社員としてのダルちゃんの職場風景がとてもリアルです。自分はどう振る舞えばいいかわからないダルちゃんは、「役割がある」ことで安心できる。

私自身も派遣社員として3年間働いた経験があったんです。

楽しいこともあったけど、外に出せなかったこともたくさんあった。だから自分の中にずっとためてきたことを取り出しながら『ダルちゃん』を描きました。

――そもそも、「ウェブ花椿」で連載が決まったのはどんな経緯だったのでしょうか。

「ウェブ花椿」担当編集:はるなさん自身が体験した産後のつらさを描いたコミックエッセイ『れもん、うむもん!』を読んだことがきっかけです。

私も2人の子どもを出産しているのですが、産後しばらくはすごく苦しかったんですね。

授乳のために万年寝不足のなか、小さな命を生かすことに精一杯で、我が子をかわいいと思う余裕すらない。こんな自分は「ダメな母親だ」と自分を責めていたのですが、数年が経過して『れもん、うむもん!』を読んだときに、そのときのダメな自分が救われたんです。

あのときの小さな感情の揺らぎを丁寧にすくい上げて、「大丈夫だよ」と言ってもらえた気がしました。

この方が20代の女性に向けてのマンガを描いたら、どんなストーリーになるんだろう、という思いから連載をお願いしました。

――はるなさんにとっては初めてのストーリーマンガだそうですが、やはり手探りで進んだ部分もありましたか?

1話目はまだ方向が定まってなかったんですよ。私はずっとギャグマンガの人だと思われてきたから、「ちょっとふざけなきゃ」みたいな思いもあって。

でも主人公が、「ふつう」を”擬態”している「ダルダル星人」で、詩の創作を絡めて描くという設定にしちゃった時点で、「あ、これギャグにしてらんない」と気づいた。

何かを表現したり創作したりする人は、孤独に対する強い自覚を持っている、と私はずっと思っていて。ダルちゃんが孤独を感じている設定を最初にバンと出すために、前半はモノローグが増えましたね。

孤独を感じている人はどんな出来事を経て、何に背中を押されて、創作に向かうのだろうか。そういう大まかな流れだけ決めておいて、あとは描きながら考えていきました。

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つらいとき、人は最初に自分をいじめる

――社会の中で、役割を演じる。多くの人が当たり前のこととして捉えている「常識」がもたらす苦しみや孤独が、「擬態」という言葉で的確に表現されています。

本当はみんながみんな、「社会」にあわせようとして無理してるんじゃないかと。

よく考えたら、社会生活を営むこと自体が不自然なわけで。例えば、今、私たちは服を着て暮らしていますけど、「裸の状態でいない」ってよく考えたら「自然」ではないですよね?(笑) 

私、美術系の大学を志望していたので、高校生のときに性器がめっちゃ写っている写真集を家で見てたんです。

そしたら母が「何、それ?」って怪訝な顔をするんですよ。でも私としては「いや、だって、みんなあるよね? 本当は隠すほうがあべこべなことだよね?」という思いが強くて。そういう「自然」と「社会」が矛盾していることへの違和感は、昔からずっと持っていました。

今、4歳の子どもを育てているんですけど、子育てって思いっきり「自然」じゃないですか。

私たち大人は「自然」だった幼い頃からずっとチューニングし続けて「社会」に寄ってきたのに、いきなりまたスケジューリングできない生活にガッ!って勢いよく引き戻されるみたいな。子育てをしているとそういう感覚があります。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)

――30代になった今のはるなさんにとっては、20代の苦しさは「通り過ぎた過去のもの」として捉えていますか。

私、「あのときの私はこう思っていた」みたいな感情の記憶力がめちゃくちゃいい方で。だから、派遣社員のときに抱いた「鬱屈しつつも、にこやかに立ち回っていた20代の自分」の気持ちも、はっきり記憶に残っています。

人って、つらいときはいちばん最初に”自分”をいじめると思っています。責める、加害する相手として、いちばん手近で楽だから。

私自身はつらかったあの時期を通り過ぎて、今は前よりは平和な土地に来てしまった。

だけど、今まさに無意識に自分をいじめている若い女の子たちの肩を揺さぶって、「本当にそれでいいの?」と問いかけたい気持ちがあるというか。

フェミニズムにはあえて振らなかった

――はるなさんは、少しずつ「平和な土地」にたどり着けたのでしょうか。

いえ、私の場合ははっきりビフォーとアフターがありました。25歳のときにつきあっていた人と別れて、3日ぐらいごはんが食べれなかったことがあって。そのときにノートが1冊埋まるぐらいの勢いで、自分の気持ちをめちゃくちゃに書き連ねたんです。

それを全部書き終えて、読み返したときに、スッと何かが抜けて、地に足が着いた感覚があった。世界の見え方が全然変わっちゃったというか…。脱皮して別の人間に生まれ変われたような感覚がありました。

それまでは自分の気持ちをごまかして、信じたいものだけを信じようとしていた。自分も相手も実際よりちょっと上のあたりに置いて、「良きもの」と思い込んでいた。

でも現実はそうじゃなかった。

自分も彼も当たり前に欲深い、ほころびだらけのただの人間だった。

そういう現実を見つめる勇気を初めて持てたときに、「あ、自分で自分を受け入れるってこういうことか」と初めて実感としてわかったんです。自分のダメなところをひとつひとつ認めていくと、すごくつらいけどすごく楽になれるんだな、って。

だから、『ダルちゃん』は、ジェンダーやフェミニズムを描く方向にはあえて振らなかったつもりです。そういう風に捉えてもらってもいいのですが、私としてはそこよりも自分で自分を騙している状態、気づかず自傷している人の普遍的な物語を描きたかったのです。

誰かに受け入れられた記憶は、孤独の糧になる

――『ダルちゃん』前半のクライマックスは、自分を見下している男性社員のスギタさんとダルちゃんがラブホテルへ行くくだりです。

ここは痛いですよね。私も描きながら超つらかったです、ここ。

でも、ダルちゃんはここで一回傷ついてもらわないといけなかった。自分を守ろうとするつもりで、自分を裏切っている。そういう底まで落ちるくらいの出来事がないと、物語として次へ行けないと思っていたので。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)

――手ひどく傷つけられる一方で、恋愛のいちばん美しい瞬間も描かれます。足に障害のあるヒロセさんとの恋は、ダルちゃんの世界を広げてくれますね。

恋愛の初期の頃って、好きな人と一緒にいられれば場所なんてどこでもいいじゃないですか。道端でしゃがんでるだけで「超楽しい!」みたいな。自分が好きな人が、自分のことを好きだと言ってくれる。世界がキラキラするような奇跡ですよね。

誰かに受け入れられる体験って、生きていく上ですごく大きい後押しになるというか。それがあることでだんだんと人は自分を受け入れられるようになるし、いつかひとりになったとしても孤独を受け入れられるんじゃないかな、と私は思っています。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)

でもそれとは別に、恋人や家族でも侵してはならない領域があると思うんですね。他人が判断を加えるべきではない、その人だけの苦しみや悲しみもある。そのことを表現しようと思って描いたのが、終盤のダルちゃんとヒロセくんの美術館デートの場面です。

ちっちゃいコマなんだけど、ヒロセくんが美術館の人に車椅子を薦められるシーンを挿れてるんですよ。その光景を見たダルちゃんが「ああ、この人はずっとこうやって生きてきたんだ」と実感してしまう。彼には彼の苦しみがあるんですよね。

『ダルちゃん』(はるな檸檬)

雨宮まみさんも、女性たちの幸せを願っていた

――ダルちゃんを励ます年上の女性サトウさんは、20代の女性たちにエールを送るはるなさんの姿にも重なって見えます。個人的な感想ですが、はるなさんとの共著もあるエッセイストの雨宮まみさんを思い出しました。生前の彼女もまた、”妹”世代の女性たちに心を寄せてエールを送っていましたよね。

……雨宮さん。……すみません、雨宮さんを思い出すと……いっつも泣いちゃう……。ああ、でも雨宮さんは本当にそうで、「後進をいかにハッピーにするか」みたいな使命感をすごく持っていましたよね。

私も同じで、自分より若い子たち、年下の女性たちに、幸せになってほしいんです。すごく。

すごく清らかで、でもずっと戦っているような人でしたよね。……今でも時々、雨宮さんにすごく会いたいなって思う瞬間があります。実際会ったときは宝塚の話しかしてなかったんですけど(笑)。今になってそういうことがすごく悔やまれます。

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次作は「欲望」が行き着く先を描きたい

――WEB発でコミックエッセイ「れもん! 産むもん!」を経て、ストーリー漫画『ダルちゃん』で作家として新境地を拓かれましたが、次作の予定は?

直近でやりたいなと思っているのが「欲望」をテーマにしたお話です。欲望が行き着く先、みたいなものを、一切共感できないであろう女性を主人公にして描きたい。

「ダルちゃん』を読んで「共感しました」という感想をたくさんいただけて、それはすごく嬉しかったんですね。でもだからこそ、次はちょっと違うことを描いてみようと思っています。

「ダルちゃん」1.2巻(小学館)

(『ダルちゃん』1.2巻、小学館より発売中)

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(取材・文:阿部花恵 編集・写真:笹川かおり)


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アニオタ1人当たりの「お布施」は平均2万円? 矢野経済研究所のオタク市場調査に衝撃

ボーカロイド分野は減少が著しいという調査結果に

アニメが好き、アイドルが好き。そして漫画が好き。声優やコスプレ、同人誌ーー輝くまぶしい推しのためなら、いくらでも投入できる気がする。そんなオタクの熱い愛を、データとしてまとめた矢野経済研究所のレポートが1月24日に発表された。

アニオタ1人がつぎ込むお金は年間2万円。まじか。

2018年調査では、国内に住む15~69歳までの男女1万408人にインターネットでアンケート調査を実施。オタクと自認している人またはオタクと言われたことのある人に対し、どの分野に興味があるか、年間の消費額はどのくらいかなどを聞いた。

アンケートの結果から、21分野の「オタク」の人口を拡大推計。

第1位は「漫画」の約640万人、次いで「アニメ」約598万人、「アイドル」約280万人、「オンラインゲーム」約216万人と続いた。「漫画」「アニメ」については3年連続で1位、2位を占めている。

ただ、経年で調査している20分野では、アイドル分野以外のすべてで人数が減少していた。

特に初音ミクの登場で注目を集めたボーカロイド分野は減少が著しく、2016年には68万人と推定されたが、2018年には6割減の26万人になった。

2018年の調査によると、年間にオタク活動へつぎ込む金額はアイドルオタク(ドルオタ)が断トップの10万3544円。次いでメイドカフェや執事カフェなどの「メイド・コスプレ関連サービス」が6万8114円だった。

また、アニメオタク(アニオタ)は2万308円と控えめ。月額にすると約1700円だ。カードキャプターさくらであれば、ケロちゃんのマグカップより安く、ちょっこりさんの各キャラクターぬいぐるみより高い程度。

年間の推しへの投資は...アイドルオタクが断トツのトップ

オタクに対するネガティブなイメージは薄れ、ライトユーザーも参入できるように

オタクといえば、あまり明るいイメージがない言葉。コトバンクには「社会的にその価値が理解されがたいサブカルチャーや趣味に嗜好をもち、その細部にこだわり、自分の世界に閉じこもって没頭する傾向が強い」とあり、ネガティブに捉えられがちだ。

イメージ画像

しかし、オタク市場の拡大に伴い、矢野経済研究所は「近年『オタク』という言葉からネガティブなイメージは薄れつつあり、『オタク』はもはやマイナーな存在ではなくなっている」と指摘。

「オタク」=マニアックというマイナーな存在ではなくなっていったことで、ライトユーザーの参入もしやすくなっていった結果、市場が広がる要因になっているとみられる。

お布施もさまざま、理由もさまざま

ドルオタを自認するオタク、アニオタを自認するオタクにとっての年間10万円、年間2万円はとても安く感じるかもしれない。だが、2018年にKDDI総合研究所が発表したレポートでは、意外な結果が見えた。

18~34歳のオタク1000人を対象にしたアンケートで、展示や物販、同人イベントのほか、ミュージカルやライブに「参加したことがない」と答えた人はいずれも65%以上を占める。反面、1カ月に2回以上足を運ぶ人は2%以下だった。

オタクのイベント参加頻度は、「3年に1回未満」「1年に1回程度」「半年に1回程度」という人が多く、参加頻度は必ずしも高くなかった。

また、オタク活動に充てる月額金額については、アニメ関連では約半数のオタクが「お金は使っていない」と愛だけで乗り切っている様子がうかがえた。

一方で、1~2%は月に3万円以上を推しにつぎ込んでいる。平均すると、年間2万円程度は納得できる金額なのかもしれない。

イベントやグッズに月3万円以上をつぎ込むオタクは1~2%だった...

では、沼にはまりATMとなっていくオタクたちは、なぜお金を使うのか。

アンケートでは大別して「応援・還元」「自己満足」「優越感」の3種類の真理があると分析。だが、「新商品を誰よりも早く手に入れたい」などの優越感よりも、「入手できるものはできるだけ収集したい」といった自己満足や、「作品の制作者にお金が入るのであれば払うことに抵抗感はない」といった応援目的のほうが多く割合を占めていた。

コンテンツへの愛情はお金だけではないが、溢れる推しへの愛を、誰でも伝えられる手段が購買活動でもある。楽しめる範囲でオタク活動にいそしんでいけたら、人生はより幸せになることは間違いない。


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高橋留美子さんがアングレーム国際漫画祭グランプリ「マンガの慣例を超えた最初の人物」

漫画家の高橋留美子さんがグランプリを受賞した

フランスで最も古く「漫画界のカンヌ」と呼ばれる第46回アングレーム国際漫画祭は1月23日、漫画家の高橋留美子さんがグランプリを受賞したと発表した。

この賞は、世界の漫画家1672人が投票で決定する。漫画祭の主催者は高橋さんについて「日本は、違いを受け入れない(出るくいは打たれる)社会だ。そのなかで、高橋留美子はアウトサイダーや変人を前面に押し出し、彼らにもチャンスがあることを示そうとこだわっていた」と評価。

彼女から描き出されるヒーローやキャラクターたちは、時にコメディを装いつつ、極めて進歩主義的な作品に仕上がっているとした。

また、当時は珍しかった少年誌での女性漫画家という立場についても「彼女は、マンガの慣例を超えていった最初の人物」と指摘した。

高橋先生すごすぎるっちゃ。卒論と同時並行でラムちゃんを描く

みんな一度はラムちゃんに恋したと思います

1978年、少年サンデーの短期集中連載「勝手なやつら」でデビュー。同年に「うる星やつら」の連載が始まった。「~だっちゃ」が口グセの宇宙人・ラムちゃんの破天荒ぶりが少年少女の心を鷲掴みにした。

大学時代に通っていた「小池一夫劇画村塾」では、作家の小池一夫さんが「君はプロになる」と舌を巻いたほどの才能。

卒論を仕上げて大学を出た後、本格的にマンガ業にのめり込んでいった。格闘コメディ「らんま1/2」や「犬夜叉」など、少年漫画史に燦然と輝く作品を生み出し続ける一方、未亡人と大学生の恋愛感情の機微を面白おかしく映し出した「めぞん一刻」のほか、サスペンス要素を盛り込んだ「人魚シリーズ」など、多岐にわたるジャンルを開拓し続けている。

止まらない高橋先生

漫画に対する真摯な姿勢は、多くの編集者の間でも語り継がれている。

週刊ヤングサンデーで不定期連載された、根性なしのボクサーが主人公の「1ポンドの福音」で3代目の担当編集を務めた八巻和弘さんは、少年サンデーSのコミックス2億冊突破記念号(2017年5/1号)で「高橋先生は漫画を面白くするためには、絶対に諦めませんし、出口が見つかるまで粘り続けます」とつづっている。

連載終了後、いとまなく新作が生み出され、それが超人気シリーズになっていくという40年余りを過ごし、累計発行部数は1995年に1億冊を突破、2017年には2億冊を突破した。

時代時代の少年誌愛読層のメインストリームであり続け、圧倒的な構成力と読みやすさを追求した漫画はどんな読者も拒まず取り込んでいく。キャラクターひとりひとりが個性的で、ときにそのセリフは名シーンを作り出していった。

三鷹コーチ「お金じゃ愛は買えないけれど、お金があった方が愛が潤います」

もはや休み知らずと言っても過言ではない高橋先生。2017年に「境界のRINNE」の連載が終わったが、2019年春にまた新連載が始まる予定だ。



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「ラインハルト様、なにやってんすか…」と大反響。パピコと銀河英雄伝説のコラボが斜め上すぎる(動画)

江崎グリコ(本社・大阪府)は11月9日、人気アイスクリーム「パピコ」と、SF小説が原作で1988年から2000年に放映されたアニメ「銀河英雄伝説」がコラボしたWEB動画「銀河エエ湯伝説」を公開した

動画は、お風呂上がりの忙しさに疲れた女性を、銀河英雄伝説の主要キャラクターの1人であるラインハルトがパピコによって癒すというストーリー。

ラインハルトの登場シーン

作品内では、宇宙を舞台に戦う原作をモチーフにしてパピコが戦艦のように連なり、宇宙を駆け、ビームを出すという異様な仕上がりとなっている。

ビームを出すパピコ

パピコと銀河英雄伝説という、まったく想定外のコラボはネット上で話題となった。

なぜこのような組み合わせとなったのか、江崎グリコの担当者に取材した。

担当者によると、今回の動画は30代から50代の男女を狙ったもの。

この世代に人気のあるアニメの中でも、銀河英雄伝説は宝塚歌劇で演じられたり、2018年にアニメがリニューアルされたりと話題に事欠かない。

2019年には映画も公開されるので、「話題性があると考えた」と語った。

「お風呂上がり」という設定については、秋から冬にかけて寒くなるとアイスクリームのイメージが薄くなる。

この季節に冷たいアイスを食べてもらうために「体が熱くなるお風呂上がりを狙った」という。

今回の意表を突くコラボについて、Twitter上では「リスペクト半端ないけどカオス」や「ラインハルト様、なにやってんすか…」など、原作ファンを中心に反響を呼んでいる。

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理想の上司vs.悪魔的起業家 ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』–高井浩章

「理想の上司像は?」という質問に、私は定番の答えをもっている。「パトレイバーの後藤さん」というのがそれだ。

 ゆうきまさみの『機動警察パトレイバー』(小学館)は、東京を舞台とする近未来SFマンガの傑作だ。多足歩行式ロボット「レイバー」が広く普及し、急増するレイバー犯罪に対処するため、警視庁が本庁警備部内に設置した「パトロールレイバー中隊」特車2課の活躍が描かれる。「後藤さん」はこの特車2 課の第2小隊を率いる後藤喜一隊長のことである。

「大人の世界」が作る味

 アニメ、実写と何度も映画化されたこのマンガが極上のエンターテインメントであることは、今さら指摘するまでもないだろう。掲載誌は『週刊少年サンデー』だったが、大人の鑑賞にも十分耐える。というより、大人でなければ十分味わえないほど、警察や企業など「大人の世界」の機微や緊迫感が作品の味を作っている。

 例えば、当時はテレビや映画でもほとんど取り上げられることがなかった警察組織内のキャリアとノンキャリの微妙な関係も、スパイスとして効果的に使われている。敵役のレイバー「グリフォン」の母体になる多国籍企業「シャフト・エンタープライズ」の社内抗争の綱引きも、戯画的ではあるが十分なリアリティーがある。多様なレイバーも技術発展の裏付けを持ったリアルな存在として描かれ、キャラクターの造形やそれぞれのドラマも丁寧で、恐ろしく完成度が高い。

「有事」に抜群の切れ味

 さて「後藤さん」である。

 このマンガの「表の主人公」は特車2課のレイバー98式AV(アドヴァンスト・ビーグル)、通称「イングラム」と女性操縦士である泉野明(いずみ・のあ)だ。彼女を中心とする若手の隊員たちの活躍と成長の軌跡がストーリーの軸なのは間違いない。

 だが、大人の読者がもっともシビれる登場人物は、後藤隊長だろう。

 昼行燈ともいわれる飄々とした風貌で、仕事は部下任せ、シリアスな場面でも不謹慎で乾いたジョークを連発する。「平時」は高田純次的ないい加減さを漂わせるこの中年男が、「有事」には抜群の切れ味をみせる。

 そのギャップに加え、「むき出しの肌のように敏感」と後藤が描写してみせる、ナイーブな若手隊員たちとの接し方の絶妙さが実に魅力的なのだ。

 野明やコンビを組む篠原遊馬(あすま)など20代の隊員たちは、次々にトラブルや「壁」にぶち当たる。後藤は、ある時には厳しい指導によって、またある時には対話や「飲みニケーション」で、部下の成長を促す。そうした場面では、後藤の警察官の社会的使命への真摯な姿勢と、諦念にも近い覚悟を持った現実主義者の顔がのぞく。

 隊員の士気を高めるべきとき、あるいは現場の判断を重視すべき局面では、組織内の手続きをすっ飛ばす決断力を発揮し、「上」との摩擦も辞さない。そして、隊員の不手際に際しては、組織の長として責任を取りながら、部下は責めず、むしろユーモアをもって柔らかく接し、「前」を向かせる。まさに「理想の上司像」ではないだろうか。

「組織のはみ出しモノ」

 この後藤と対峙する敵役、「シャフト」日本法人の企画7課課長の内海、別名リチャード・王(ウォン)も、後藤に引けを取らない魅力的なキャラだ。

 企画7課は表向きビデオゲームの開発を担っているが、実際には極秘プロジェクトとして戦闘用レイバー「グリフォン」を開発・製造している。「手段のためには目的を選ばない」男・内海は、企業の損得や倫理観などは眼中になく、「世界最強のレイバーを作り、それを見せびらかす」という自らの子供じみた欲望のため、当代最高性能を誇る特車2課の「イングラム」に挑戦する。

 新規プロジェクトに邁進する内海は社内起業家のような存在だが、会社からすれば悪魔のような異分子だ。開発資金が足りなければ社内システムをハッキングして使途不明金を不正流用し、グリフォンの少年パイロットは人身売買組織から調達。密輸やテロ支援もためらわない。反社会性は露わなのに、「世界最強のレイバーを作る」というビジョンと大胆な行動力に引っ張られ、エンジニアや企画7課のスタッフは内海と一蓮托生の道を歩む。この人材を引き付ける悪魔的な魅力も、スティーブ・ジョブスやイーロン・マスクなど狂気を宿した起業家に通じるものがある。

「パトレイバー」を傑作たらしめているのはこの後藤と内海というオジサンのキャラの立ち具合であり、2人の駆け引きや組織内遊泳術に作品の醍醐味がある。後藤と内海は直接対峙することはなく、終盤に電話で2度会話するだけだが、「組織のはみ出しモノ」という似たもの同士でもある両者の間には、物語を通じて因縁が絡み続ける。特に、ある事件を巡る電話での駆け引きは、緊迫感とユーモアのバランスが絶妙で、会話の流れや後藤の表情や仕草の描写が素晴らしく、漫画史に残る名場面といっても過言ではないだろう。

「ないもの」と「あるもの」

 オジサン2人の対決という本筋以外にも、この作品には「過去から見た未来像」と現実を比較するという楽しみ方がある。

 本作の時代設定は連載開始時1988年から10年後の近未来、つまり20世紀末となっている。今、その20年後の未来の目でみると、現実と比較して作中に「ないもの」と「あるもの」がパラレルワールドを覗き見するような興を与えてくれる。

「ないもの」の筆頭は携帯電話だ。堀井憲一郎は好著『若者殺しの時代』でテレビドラマを徹底検証し、携帯電話は「1989年に一部の人が使い始め、1995年にかなり出回り、1997年からみんなが持つようになり、1998年以降、持ってないことが許されなくなった」と簡潔にまとめている。『パトレイバー』の『サンデー』の連載は1994年に終わっている。自動車電話は何度か出てくるが、個人はまだポケベルどまりで、「すぐつかまらない」ことがしばしばトラブルの火種になる。つくづく、我々のコミュニケーションが「携帯以前」と「携帯以降」で様変わりしたのを感じさせられる。前述の後藤と内海の交渉シーンも、固定電話と公衆電話でなければ「味」が損なわれるだろう。

 逆に「あるもの」に目を向けると、本作の先見性には驚かされる。レイバーの性能を握るオペレーションシステムの対立という構図や、手の動作と連動したレイバーの操作系などのテクノロジーだけでなく、人手不足と外国人労働者受け入れ問題、自動運転の普及に伴う労働者側の失業への懸念、過激化する環境保護運動、日本の対テロ対策の甘さなど、その視野は社会問題にまで及んでいる。

 先見性という面では、巨大生物「廃棄物13号」事件のエピソードにみられる、「巨大怪獣と対決する政府・行政組織」という展開と撃退の決定打となる対抗策には、映画『シン・ゴジラ』の先行作という趣もある。

 今回、このコラムを書くにあたって再読した際には、第2小隊のまとめ役である熊耳武緒(くまがみ・たけお)の内海に対する愛憎半ばする複雑な思いが、意外なほど胸に響いた。ネタバレになるので詳細は避けるが、最終盤、熊耳が内海に「リチャード‼」と呼びかけるシーンが、強い印象を残した。不可解にも思える熊耳の一連の行動を説明しつくす、うなるような絶妙なセリフだ。ぜひ、本編で味わってみてほしい。

 映画版やアニメ版も一流のスタッフが腕を振るった秀作ぞろいで私も一通り見ているが、マンガ版がもっともバランスのよい娯楽作品に仕上がっていると思う。脇役も含め、魅力的なキャラクターたちに再会したくなると、ついつい再読してしまう。

高井浩章 1972年生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験があり、金融市場や国際ニュースなどお堅い分野が専門だが、実は自宅の本棚14本の約半分をマンガが占める。インプレス・ミシマ社の共同レーベル「しごとのわ」から出した経済青春小説『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』がヒット中。 noteの連載はこちら https://note.mu/hirotakai

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(2018年11月6日フォーサイトより転載)


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「めくる異文化交流」日本で暮らすアフリカ人青年の葛藤をコミカルに描いた漫画が話題に

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日本育ちのアフリカ人青年の体験をコミカルに描いた漫画『アフリカ少年が日本で育った結果』が今、Twitter上で話題を呼んでいる。

 この作品を生み出したのが、ある時は身長180cmの体をスーツに包んでビジネス街を闊歩し、またある時は謎のアフリカンカラーのTシャツ姿で漫画を執筆。さらには、流暢な関西弁まで操ってしまう星野ルネさんだ。カメルーン生まれで、4歳の時に母親が日本人と再婚したことを機に来日。兵庫県姫路市で暮らし始めた。

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 「日本に来たばっかりの頃はフランス語と部族の言葉をちょっとだけしか喋れなかった。でも、同じ白いキャンパスに同じクレヨンを持てば言葉は一切いらないんで、みんなとコミュニケーションが取れた。初めて日本の人たちと触れ合えた瞬間。だから絵を描くことが好きになった」。

 今年3月、作品をツイッター上に投稿したところ、「日本とカメルーンの文化が出会うことで起こる化学反応が面白い」「作者の洞察力と関西人要素がいい感じに効いてて無茶苦茶笑える」「自分が持ってる先入観に何度も気づかされた」と瞬く間に話題となり、フォロワー数は5か月で4万人を突破した。投稿にも工夫が光る。「だいたい朝方、5時から7時に投稿している」。Twitterへのアクセスが増える通勤・通学の時間帯を狙って毎朝投稿することで読者の習慣化を狙う。また、スクロールしなくても読めるよう、話は1ページ完結だ。

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 投稿から3か月後には出版の話も舞い込み、先月には単行本化された。編集を担当した毎日新聞出版株式会社の久保田章子さんは、「兄弟が外国人と結婚していて、甥っ子、姪っ子がハーフ。ルネさんの体験ってすごく参考になると思ったし、同じような境遇の子たちにも読んで貰いたいなと」と話す。無名の作家としては異例の注文数、紀伊国屋書店では棚の一番目立つところに置かれる破格の扱いだ。さらに、アマゾンの社会学カテゴリーではなんとランキング1位を獲得した。

■「葛藤とか悩み、違和感を楽しみながら分かってもらえる」

 今も1日1本のペースで作品を投稿しているが、ネタ切れの心配は当分ないという。「タレント活動もしているので、仕事用に面白い話をまとめてあった。それが数百本分溜まっている。なかなかテレビ出る機会もなかったので、それを漫画で発信していこうかなと思って。書いたことに対してリアクションがあるので、リアクションを経て、これも言いたいというふうに毎日思いつく」。

 「日本人が持つステレオタイプなアフリカ人像」をギャグを交えて伝えることで多くの人々を惹きつけていることについて、「日本って他の国と比べて、ハゲてるとか色が黒いとか、見た目をいじるギャグが多い気がする。僕は冗談だとわかるが、海外から来たアフリカ人は受け入れられないと思う。そういう感覚を知っていて欲しいし、それを伝えていくのが自分のできること」と話す。

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 「身体能力神話」と題したエピソードでは、運動会の短距離走で”黒人は足が速いから勝って当たり前”という無言の期待を寄せられ、3着という結果に驚く周囲の様子を描いた。「子どもの頃から黒人って勝って当たり前と思われている。実際、幼稚園から小学校3年くらいまでは1番だったし、いつの間にか自分もその神話を信じていた。でも、小学4年生くらいの時に3着になってしまった。周りは”え?ルネが負けた?”みたいになって。漫画には描いてないが、いろんな感情が込み上げてきて大号泣した」。

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 また、親しくなって間もない友人と車に乗った際に、遠くにある標識を読むよう言われたエピソードも描いた。視力は右が0.8、左が0.6のルネさんが読めないことを伝えると、友人は「アフリカの人って視力10.0くらいあるんじゃないの?」と驚いた様子を見せる。

 「僕は日本育ちだから日本の文化の事をよく知ってるし、悪意がないってことも分かるから、どういじられても優しく返せる。けど、ずっとアフリカや他の国で育った黒人がこういう質問をされると、差別されてるとか、嫌味で言われていると感じると思う。日本には僕以外にもアフリカ少年が沢山いると思う。ヨーロッパ少年も南米少年もおるやろし、アジア少年もおるやろし、北欧少年も。みんなアイデンティティ問題で悩んでいると思うので、僕の漫画がちょっとヒントになるかもしれない。日本人にも、僕らが抱えている葛藤や悩み、違和感を楽しみながら分かってもらえる。お互いがこれを読むとお互い半歩ずつ近付けて、日本社会のこれからの未来の役に立てるんじゃないか」。

■「半分ずつ、お互いがちょっとずつ譲っていくような社会になれば」

 社会学者で大正大学准教授の田中俊之氏によると、「ステレオタイプは誰もが持っている。社会のパターンを習得していく中で備わる。ステレオタイプに優劣の考えが加わると『偏見』が生まれ『差別』につながる可能性がある」とのことだ。

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 ルネさんと仲の良いタレントのパックンは「アメリカ人はみんな陽気だと思われているが、実際に陽気(笑)。でもそれだけじゃなくて、銃の問題など、いろいろな面で理解を深めれば、”外国人って怖くないんだ。案外人間同士として付き合えるものなんだな”となるはず。アフリカ人に対するハードルはアメリカ人よりも高いから、ルネさんは本当に大事な存在だと思う」と話す。また、タレントの宮澤エマは「自分が持っている常識みたいなものを覆された時に、自分が否定されたと考えるのではなく、”そういう人もいる。そういう考え方もある”と受け止められたらいい」と語っていた。

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 50人に1人は、在留外国人になっている日本。ルネさんは「外国人の方が増えてきて、急速に国際化しようみたいな動きがあるけど、それはちょっと違うと思っている。日本人には外国人に対して大目に見て欲しいと思うし、逆に日本に来る外国人には日本の文化を学んでから来て欲しいと思っている。半分ずつ、お互いがちょっとずつ譲っていくような社会になればいいんじゃないか」と語った。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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