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「この子捨てていい?」――地獄のような「産後うつ」乗り越え、ふたりで涙した夜

ボクが42歳、妻は41歳のときに、元気な男の子を授かった。中年になってはじめてパパママとなったのだが……子育てというものがまったく上手くいかなかった。

まず妻のおっぱいの出が悪い。妻は区がやってる授乳教室に通うなど必死に努力していたが、それでも出ない。やっとの思いで出たと思ったら、今度は赤ちゃんが上手く飲んでくれない。くわえて赤ちゃんがアレルギーであることが発覚。「小麦粉・乳製品・大豆・卵・いもアレルギーの可能性あり」と診断されたのだ。妻の方針で「ミルク・母乳半々」で育てていため、妻も食事制限を強いられることに。質素で楽しくない、それは食事というより、ただの栄養補給。それでも「赤ちゃんのため」と、無表情でそれらを口に流し込んでいた。

それでも母乳まわりのことが上手くいかない。そして赤ちゃんは慢性的な便秘。食事制限で栄養の足りてないおっぱいだから、赤ちゃんが飲んでくれないのか。そもそも赤ちゃんのおっぱいの飲み方がへたくそなのか。あるいは母乳の出し方に問題があるのか。これらの疑問がメビウスの輪のように絡まり、妻は次第に産後うつになってしまった。

これまで家庭内のすべての家事を担当し兼業主夫として妻を支えてきたが、ここまでなのか。何せ、問題はおっぱいだ。男のボクに何ができるのか。

 

赤ちゃんがママにだけなつかない

ある日、妻の頭髪に500円玉大のハゲができた。そんなとき、「おっぱい問題」を遥かに凌駕する大問題が勃発した。赤ちゃんが妻だけになつかないのだ。泣きはじめた赤ちゃんを妻が抱っこすると、さらに大きな声でギャン泣きするのだ。

考えてもみてほしい。2年もの不妊治療の末に授かった、僕らにとっては奇跡の赤ちゃんだ。それがママだけになつかないのだ。これは地獄だ。妻も相当、心を痛めただろう。こんなにもおっぱいのことで身も心も捧げているのに、当の子どもが自分になつかないのだから。

原因はわからない。逆に、ボクは泣き止ましが得意だった。どんなに泣いていてもボクが抱っこするとすぐに泣き止み、すぴーすぴーと寝てくれた。この姿を、妻はどんな気持ちで見ていただろう。

しかも赤ちゃんは、よく泣いた。「赤ちゃんは泣くのが仕事」とよくいうが、それならウチの子は過労死寸前だよ、というくらい泣いた。冗談ではなく1日中泣いていた。

ゆえにそれだけ泣き止ましの回数があり、そのたびに妻はギャン泣きされ、存在を否定される。泣き止まし担当はなんとなくボクの仕事となった。

「これベランダから捨てていい?」

ある日もボクが泣き止ましをしているときだった。すると妻は僕からひったくるように赤ちゃんを抱え、泣き止ましに挑戦しだしたのだ。妻の顔を見ると、泣いていた。赤ちゃんはママに抱かれ、つんざくようなギャン泣きをしている。

それでも妻は止めない。30分経っても止めない。1時間経過し、泣き止んだというより、泣き疲れて声がやっと止んだ。すると妻はがガクッとひざから倒れこみ、床に伏し、赤ちゃんに向かってこう叫んだ。

「ねえ、ママが悪いのかな? おっぱいの出が悪いから、おっぱいが不味いから、ママのことが嫌いなのかな? ねえ? ねえ? ねえ!」

気がつけば、ボクも泣いていた。やおら妻はボクのほうを見て、こう言った。

「ねえ、これベランダから捨てていい?」

抱いている赤ちゃんをあごで指していた。我が家はマンションの6階にある。

「しっかりしろ! しっかりしてくれよ!」

とっさに妻の肩を抱きしめ、ボクはそう叫んでいた。ふたりとも泣きながら、途方もない不安と無力感、それらと必死に闘っていた。妻の頭を抱きしめると、ふたつめの大きなハゲができていた。

いま考えてみれば、あの日が底の底だった。

 

あの地獄の日々はなんだったのか 

それからしばらくすると、妻のおっぱいの出がよくなった。次第に妻は表情を取り戻し、口角が上がり、ボクが大好きなあの笑顔を見せてくれるようになった。ある日など、「こんなに出るんだよー」と風呂場で早打ちガンマンのように母乳を出すと、それがぴゅっ! ぴゅっと飛んでいき、壁に命中。ボクは「おお~」と感嘆し、ふたりで笑い合った。

母乳の出が関係しているかはわからないが、同じタイミングで赤ちゃんのおっぱいの飲みはよくなり、「んぐんぐ」とほお張るほどに。赤ちゃんの便秘も解消された。いつの間にか「赤ちゃんが妻だけになつかない」問題も消えていた。

あれは本当になんだったんだろう? と今でも思い出す。少なくとも、あの3カ月間、「ボクは逃げなくてよかった」と本当に思う。妻、赤ちゃんから逃げず家事はもちろんのこと、おっぱい以外の育児も全部分担した。夜泣きの際、何十回、夜中に外であやしたか。

ボクはライターという在宅就労者だ。つまり1日中家にいることも多い。それゆえ、ある意味逃げ場がないのだ。だからこそ妻と一緒に闘えたし、逃げずにいられたのだ。

妻の産後うつは落ち着き、妻は「おっぱいあげているときが一番好き」と口癖のように言っていた。「♪あかちゃん おっぱい ちゅっちゅっちゅっ じょうずじょうず~」と自作の歌をうたうこともあった。その顔は慈愛に満ち、見たことはないけど、まるでマリア様のようだった。

今思えば、母乳まわりのことを気にするあまり、ボクたちはジェットコースターのように、地獄の日々と天国の間を行き来した。妻は母乳が出るようになったが、そうでない人ももちろんいるだろう。事情や考え方は人それぞれで、正解はない。そんなとき男は何ができるのか。ボクは一緒に寄り添うことしかできなかった。でも妻が限界だったときに抱きしめてあげられてよかったと心から思う。

 

そして断乳。ふたりで涙を流した夜 

それから5カ月、妻の会社復帰に合わせ、赤ちゃんを保育園に通うことにさせた。それにともない、妻は断乳を決めた。その日、妻は例の自作の歌をうたいながら、おっぱいをあげていた。「ねえさあ、もうおっぱいあげられないんだ。きょうで終わりなんだよ。そんなの悲しい」そう言って、妻は泣いている。

地獄のような思いをし、やっと手に入れた平安。それを自ら捨てる決断をしたゆえの涙。

「そうだよね。りえちゃん、本当によく頑張ったもんね」。いつの間にかボクも泣いていた。ふたりで泣いた、断乳の夜。これこそが「あの日々」をふたりで戦ってきた、何よりの証拠だった。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

ハッシュタグ #子どものじかん で、みなさんの声を聞かせてください。

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渋谷で「孤育て」していた私が、1200人の親子とつながるまで。

こんにちは、神薗まちこ(かみぞのまちこ)です。現在、5歳児と夫の3人で渋谷区に住んでいます。 

渋谷といえば、皆さんどんなイメージを持つでしょうか?

大都会で、ハロウィーンや109、スクランブル交差点や原宿など、たくさんの人が行き来し、若者文化に溢れる街をイメージする方が多いのではないでしょうか?

 

(写真はイメージ)渋谷駅前のスクランブル交差点

 

実は渋谷には、違う側面もあります。

例えば、私の住んでいる代々木の界隈は、小さな商店街があって、なじみの店でゆったりとした会話があったり、5分も歩くと明治神宮や代々木公園の大きな木々に囲まれ、ピクニックが出来たりします。近くにはプレーパークなど、子どもたちが自由に泥んこで遊べる公園もあります。

他のエリアでも、同様の環境があり、職住接近だったりするので、意外と子育てしやすかったりします。 

どちらの顔も渋谷で、文化の最先端を発信する街でもあり、地域に根差した商店街や自然や遊び場があり、そこに住む人々のコミュニケーションがある街でもあります。

私自身、独身時代は大都会・渋谷に、地域のつながりって存在するんだろうか?と思っていました。

人の住んでいる場所に、人と人とのつながりが生まれ、地域になる。

当たり前のことかもしれませんが、独身の頃や子どもが生まれる前は、なかなか地域のつながりにアクセスできませんでした。

では、子どもが産まれたら、すぐに地域とつながりができたか? というと、そうでもありませんでした。

いざ子どもを産んだら、想像以上に「孤育て」でした。

私は鹿児島出身で、近くに親はおらず頼れません。出産以前、家は単に帰って寝る場所でしたので、近所づきあいもありませんでした。

ずっと子どもとだけ向き合って、1日が過ぎていきます。

子どもを抱っこしながら、スマホに目を移し、情報を漁る日々。

自分だけが母乳がうまく出ない? 子どもが泣き止まない?

1つひとつが不安で、焦る日々でした。

渋谷区の子育て支援センターの「Nobody’s Perfect」プログラムで、子ども抜きで、はじめて近所のママたちと大人の会話が出来ました。

自分たちが抱える子育ての不安や課題を共有し、どうしたらいいかなと話し合うことで、「ああ、自分だけが悩んでたんではなかったんだ」そう心から思えるようになりました。

地域の施設でつながった同年齢の子どものママたちと一緒に、「孤育て」環境を変えるイベント「渋谷papamamaマルシェ」を立ち上げました。

区の子ども家庭部の後援、渋谷の子育て支援団体の方々の協力で、自分の子育てにあったサポーターを見つけられる場や、先輩や同世代パパママとつながれる場を作ることが出来ました。

2016年の初開催から3年間で、1200人の親子との出会い、世代間・地域のつながりができ、多くの発見がありました。

地域とのつながりは、同世代のパパママだけでなくって、何十年も渋谷の子育てを支えてきてくれている大先輩たちとのつながりに広がりました。関わってくれた子どもたちの成長を見て、たくさん気づき、学びました。

渋谷papamamaマルシェのテーマ「こそだて、わたしそだて、まちそだて」が、まさに現実になっていった実感があります。

毎年、長谷部・渋谷区長も来てくれています。

参加者の方からも、こんな感想をもらいました。

・今まで知らなかった育児団体や活動を知ることができたので、これからの育児が楽しくなりそうです。妊娠期、引っ越してこられた方にもお勧めしたいです。 

・スタッフの方々・出展者の方々を見て、渋谷区で、地域の子育てを盛り上げよう・楽しもうと活動なさっている方がこんなにいるんだと知り、心強く、嬉しくなりました。

・今後子どもが大きくなったときに家族で行ける場所が身近にたくさんあることに安心し、楽しみになりました。 

私自身も、このイベントをやることがきっかけで、たくさんの地域とのつながりができました。「子育て」は地域とつながり、人の手や知恵を借りることで、豊かになっていくんだと感じています。

今は、スマホ一つで色んな情報にアクセスできます。でも徒歩20分圏内の情報って、街にアナログな感じで転がっていて、地域の掲示板にのっていたり、地元で活動している方々が知っていたりします。 

子育て世帯の方は、例えば子どもと一緒に行ったお祭りで、地域の方にちょこっと声をかけてみたりすると、今よりももっと子育てが楽になるかもしれません。子どもが、あなたと地域の懸け橋になってくれます。

未婚の方やDINKSの人たちは、地域にアクセスしづらいと思います。

私もまだ、どんな形が理想的なのか?  模索しているので、考えて、カタチにしていきたいと思います。

子どもも大人も育ち合って、未来を創っていくことで、毎日ワクワク暮らせる、そんな社会になったらいいなと考える毎日です。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。 

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

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AI時代到来。私たちが受けてきた教育は「錆びついた武器」なのではないか。

アナウンサーの仕事も遠くない将来、AIに取って代わられるのだろうか。

昨年9月に発表された「世界経済フォーラム」の報告書は、身に迫るインパクトがあった。2025年までに50%以上の仕事を機械が行うようになるという。

報告書によれば、データ入力などの事務職や、レジ打ち、ホテルのフロント、タクシー運転手など、自動化で多くの仕事が失われる一方で、科学者やソフトウエア開発者、ソーシャルメディア専門家らの需要や、営業や顧客サービスなどの必要性は高まり、これまでにない新しい職種も増えるという。

いずれにしろ、現存する仕事の半分はなくなってしまうのだとしたら、今の子どもたちは、私たちが辿ってきたものとは全く異なる世界で生きていくことになる。AIには真似できない「人間力」とは何なのか。常にそれを突き付けられる人生になることだろう。

果たして私たちは、自分が経験したことのない未知の、そして遠くはない未来のために必要な教育を、今の子どもたちに与えることはできているのだろうか。

子どもが本当に欲しがっていたもの

2000年代だが、同時多発テロ事件を受けてアメリカがアフガニスタンを空爆したときに、難民キャンプを取材した。集まってきた4、5歳の子どもたちに「今、何が一番欲しい?」と聞くと、彼らはお菓子でもおもちゃでもなく「教育」と答えた。すごく驚いた。

「なぜ教育が欲しいの?」と聞くと、「算数がわかれば、お買い物ができるから」「教育を受けたら、先生になるという夢が持てるから」とあどけない子どもたちが口々に答えるのを聞きながら、そうか教育って「夢」なのかと目が覚めたような思いがした。

一定の年齢になると当たり前のように教育を受けることのできる日本にいると、勉強といえば面倒だったり、つらいものでしかないように思えるかもしれない。でも、難民キャンプの子どもたちにとっては違う。教育は生きていくための「武器」であり、「夢」をかなえる「ツール」である。そして、本来「教育」とはそのためにあるはずだ。

テストでよい点を取ること、大学受験に合格すること、単位をとること、卒業できること。「数字」をとることを目標に据えているのが日本の教育の現状だ。

しかし、生身の「人間」が経済の担い手となり成長を支える時代ならともかく、「AIにはできないことを成し遂げる人間力」が求められる未来に、この教育が何の「武器」になりえるのだろうか。

AIにはできない教育。その芽生え。

私たちがこれまで受けてきた教育や「役立つと思っていること」はもはや、今の子どもたちにとって「錆びついた武器」なのではないか。そんな考えを巡らせている中、俳優の伊勢谷友介さんと話す機会があった。

以前からエシカルエコノミーの普及に向けた社会活動や、東北の復興支援など積極的に行動を起こしてきた彼は、この春から通信制高校と連携して高等学院を開校する。その学校につけられた「Loohcs(ルークス)」という名前は、「School」をひっくり返したもので、文字通り、これまでの教育をひっくり返そうという思いが込められているという。

例えば、今の学校で”問題児”とされている子どもたち。問題とされている理由の多くは「しゃべりすぎで進行を妨げる」とか「学校の規則を守らない」と言ったものだという。つまり、意志がありすぎて当てはまらない子どもたちなのだ。

意志がありすぎるということは、新しいものを生み出すパワーでもある。「『問題児だから』とその才能を埋没させず、伸ばしたい」のだと伊勢谷さんはいう。

子どもたちにとってよい点数をとることが目標になるような教育ではなく、ひとりひとりが何のために勉強するのかを自覚して能動的に取り組んでくれるような教育。

まだまだこれからだが、「AIにはできない、人間力を育てる教育」に向けた挑戦は始まっている。

「子どものじかん」。それはみんなで「未来を考える時間」

2019年の始まりに、ハフポスト日本版は「#子どものじかん」を立ち上げた。とかく親視点になりがちなテーマをなるべく「子ども視点」で考えていきたいという編集部の思いが込められている。

私のように子育て経験がなくて「関係ないな」と思う人もいるかもしれないけど、私は「#子どものじかん」を「未来を考える時間」に置き換えている。その中で私自身、未来に向けてどんな教育が必要なのかを考えていきたい。

子どもを取り巻く環境はもちろん、たくさんの人にとって日本がもっと生きやすい社会になるために、様々な意見交換や挑戦のできるプロジェクトに成長させることができたらいいなと思っている。2019年もハフポスト日本版をどうぞよろしくお願いします。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

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核家族の時代に、「拡張家族」で子育てしてみた。どう変わった?

「拡張家族」で子育てしてみた

2017年9月から、渋谷キャストの13階にあるコミュニティ、拡張家族「Cift」のメンバーとして19部屋40人(当時)で家族の実験を始めた。

たくさんの人に、様々な場所で、拡張家族とのコミュニティ子育てを紹介して1年半。驚きや共感、そして批評と様々な声が届いた。その体験を振り返ってみたい。

もともと、都内に自宅とオフィスがあり、夏に滞在する大分県竹田市の一軒家との多拠点生活だった。そこにCiftが加わって、超近距離・多拠点生活が始まった。

ベビーカーに積んだ「着替え一式」さえあれば、その日の気分で好きなところに帰れるスタイルが私には合っていたし、子どもも意外とどこでも大丈夫だった。

「(同じ)家に帰らなければいけない」という暗黙のルールがなくなったことで楽になれたし、何より誰かが迎えてくれる、人のいる家に帰れることが幸せだ。

Ciftで、4組でシェアを始めたその部屋は、「子ども部屋」というコンセプトで、私とアッコが子連れ、トムとエリが未婚の単身者というライフスタイルだった。

実験的に始めた暮らしの中で、タイムシフト的に入れ替わりながらシェアする時期から、やがて自然に共に寝起きして、生活のタイムラインを重ね合わせるようになっていた。

夫が出張の時にはCiftで過ごし、新潟、沖縄、大分とCiftメンバーの拠点を訪ねる「拡張家族の旅」もした。

神田沙織さん提供

愛は赤字だったけど、子育て部門は黒字だった

私の生活を、「信頼経済」的に表現すると、2018年は子育て部門は黒字だった。

2018年6月、Ciftに入って半年を過ぎた頃、私は「愛が赤字です。」と言っていた。

引越先で保育園が見つからず、もともと通っていた私立の認可園に、区をまたいで電車登園しなければならず、その大変さに途方に暮れていた。

それから半年ほどで、黒字と言えるようになったのは、毎日の生活で暮らしを共にしてくれる人たちのおかげだ。

Ciftでも、最初は同じ部屋の4人+子育て経験者の10人以下だった”子育て応援団”が、今では20人くらいになったと感じている。

神田沙織さん提供

もちろん、隣に座ってご飯を食べる、息子には手を出さないけれど、食事やおやつを作っておいてくれる、10分廊下で遊んでくれるなど、息子との接点とその面積は、それぞれだ。

子どもを囲む輪が少しずつ、部屋のメンバーの4人から、60人になった拡張家族に広がりながら溶けていった。これからも、きっと息子と関わりながら見守ってくれる人は少しずつ増えていくだろう。

一般に、いまの社会では、都心に暮らす子どものいない人が、隣近所の子どもと食事を共にしたり、10分遊んだりすることには、大きなハードルがあるだろう。暮らしを共にするだけで、ゆるやかにつながる機会があるのだ。

子育てを開いた結果、いまでは、子どもを1泊2日預けても不安のない人が5人はいる。

核家族が大半で、日常的には祖父母にも頼れないこの時代に、5人もの人が! 私たち親子や1人の子どもに、いつでもおいでと声をかけてくれる。

こんなママでいたい。自分のエゴが苦しめたことも

こんな私でも、子どもが生まれたことで、アイデンティティ・クライシスのようなものを経験した。

子育てをしていると、この時間までに食事を用意し、できるだけ遅くならないように寝かしつけして……と、たくさんの「なるべく」がのしかかってくる。

それは、社会や一般常識を内面化しただけの単なる私の思い込みかもしれないが、「なるべく」良いものを食べさせ、健康に、文化的に、おしゃれに……と、子どもといえど、1人の人間の生活環境を整えて、人に見せても恥ずかしくないように演出し続けることは相当な労力を必要とした。

フリーランスに産休はないから、産後6週間で復帰した仕事。一時保育の予約も大変だった。慣れない子育てをしながら、思った通りの働き方はできなかったが、子育ても仕事も「なるべく」両立したいと思っていた。

「なるべく」こんなママでいたい、という私自身のエゴが自分を苦しめていた。思い通りの自分でいられないことを、自分で認めたくない……自分の姿が見えなくなっていた。

でも本来、「なるべく」と言うのは何の強制力を持ってはいないはずで、「なるべくしてなる」か、「なるようにしかならない」のでは、と拡張家族の実験の中で気がついた。

部屋を完璧に掃除して、子どもを一張羅に着替えさせて友人を迎えた直後のお漏らし。徒歩5分の駅までの道のりを30分かけて寄り道して「探検したい」と泣く息子。

とにかく私自身や、大人や社会の都合で「なるべく」こうしたいという考えを、息子がことごとく破壊してくれたからだ。

彼は、いつも通り食べて出して、汚すだけ。「なるべく」汚したくない、なんて理屈は一切通用しない。

彼が大好きな山手線に、朝の通勤ラッシュの時間に乗れないことも、15分に1本のりんかい線だったらなんとか電車登園できることも、知る由もない。

そんな時、「なるべくしてなってしまった」食卓の惨状を、「なるようにしかならない」息子の気持ちを、Ciftを通して出会う人々がそっと支えてくれた。

私たち親子のどうにもならない瞬間を、一緒に泣いて笑って、なんとかしてくれる。その小さな経験によってひとつずつ集めた勇気で、Ciftでできたことを、少しずつ外側へ持ち出してみることにした。

これはもう、ひとつの社会だ。

私が開いてみた子育ての小部屋が、小さな広場になった。

「子連れ100人カイギ」でみんなと語りたい

2018年の暮れに、私はCiftメンバーとして住んでいた渋谷キャストの部屋を手放した。部屋はまた別のメンバーが引き継ぎ、私はまた帰りたい時にどこかの部屋へ帰る。いまは、自分の部屋はなくても、受け入れてくれる家族がいる。

渋谷キャストを手放した私達は、飛騨高山にまたひとつ新しい部屋を持つことにした。高山には、夫の仕事を通じて出会った家族とも呼べる仲間達がいる。

神田沙織さん提供

私の人生はいつも、半年と同じ状態が続かない(笑)。

私のような暮らしや、Ciftのような場所は、どこでも誰にでもできる訳じゃない。でも、みんなが子育てしながら社会とつながる場所があるといいなと思う。私も、なんとか自分と息子の居場所を社会の中に作りたいと願ったことが原点だった。

そんな思いから、「子連れ100人カイギ」を立ち上げた。

実は、子連れ100人カイギは、2017年暮れに行われたハフポストの取材をきっかけに誕生した。

初めはCiftの話を実践者として紹介していたのだが、インタビュアーの笹川かおりさんと話しているうちに、お互いの息子が同級生で、この2年ほどを同じような境遇で乗り越えてきた仲間だとわかり、意気投合。そのままブレストのように、お互いの想いが溢れ出た。

当時騒がれていた熊本市議の議会への子連れ出席の是非をめぐる報道、「#子連れ会議OK」というTwitterの呼びかけ…。

「子連れを取り巻くネガティブなイメージを払拭するような、ポジティブな子連れの場を開きたい」

こうして「爆誕」した子連れ100人カイギのコンセプトを話すと、次々と仲間が見つかった。3カ月後には渋谷キャストのホールで2日間のイベントができてしまった

神田沙織さん提供

声をかけるまで出会えなかった、この場があったから来てくれたたくさんの子連れの人たち。気軽にみんなで集い、考え、語り合う対話の場なったように思う。子どもたちの時間も大切にして遊び場も工夫した。

3回目の子連れ100人カイギは、3月24日。

子連れ出勤など、様々なワードが飛び交う中でもポジティブな子連れのあり方を話し合って、ムーブメントにしたい。大人も子どもも楽しく学べて、新しいアクションを始めるきっかけになればいいと思っている。

もちろん、子どもがいない人でも気軽に足を運んでほしい。あえて「親子」ではなく「子連れ」という言葉にしたのは、年の離れたきょうだいや拡張家族など、親子関係に限らない多様な子どもとのパートナーシップを広めたいという気持ちを込めた。

子連れ100人カイギに来てくれたら、”即席子連れ”になれる。

大人と子どもも、1:1ではできないことも、100:100ならできるかもしれない。

休日、都心で子どもとの行き場がないかつての私のような親子や、子どもと接点がないけどサポートしたい気持ちはある人も、気負わずに集まれる場になるように。

子どもの時間は、わたしたちのすぐそばに転がっている。

ちょっと立ち止まって、しゃがんで、同じ目線で覗き込んだら、ほら、子どもの時間

親も、子どもも、ひとりの人間。

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妻はきっと知らない。ボクが家事・育児の“ワンオペ夫“を14年続けられる理由。

みなさん、はじめまして。ライター・コラムニストの村橋ゴローです。

突然ですがボクは結婚以来14年間、ほぼほぼの家事と育児を担当している兼業主夫(シュフ)をしています。掃除・洗濯・炊事・家の備品や食料の買い出し・そして育児、これらをほぼひとりでやっております。ワンオペという言葉がなかったその昔から、これらをほぼひとりでこなしてきました。

そんなことを人に話すと、「なんで?」「きつくない?」と聞かれます。なんでもクソも好きだからやってるんですよ。妻からは結婚以来「家事をやれ」とひと言も言われたことはありません。すべて自主的に、自分から家事をこなしてきました。

だってね、原稿を書こうと机に向かっても、そんなスラスラと進むものでもありません。それならばと掃除や洗濯と体を動かしていると、意外にも集中力が増してきます。業者のようにT字の水切りワイパーで窓掃除をしつつも、頭の中では文章の構成ができあがったりするのです。そして家事が終わったら、一気に原稿! だからライターと家事って、すげえ相性がいいんですよ。

手作り弁当の中身は……?

妻は会社員をしております。そのため、お弁当もボクが作っています。これも14年間、ほぼほぼ欠かすことなく続けています。これも人に話すと「すごい!」「えらい!」と誉められますが、もう意地だけでやっている。いや、もちろん弁当作るのが好きでやっているんですが、「好き」と「意地」は双子の兄弟というか。好きで始めたこととはいえ、それを持続させるには意地という力が必要になってきます。

なにも人に見せられるようなキレイな彩りではありません。前の日の晩飯の残りを詰めたり、『クックドゥ』で野菜や肉を炒めたような茶色い系です。さらには、大量に作りすぎてしまったおでんや、スーパーで衝動買いしたものの、僕自らが早々に飽きてしまった「黒にんにく」を毎日10粒ほど弁当箱に詰めることも。こうなると妻からすれば「対ねりもの」「対黒にんにく」の日々です。

(写真はイメージ)

ですが、それすらも「今日も食べきったー!」と笑顔で報告してくれる妻の愛があってこそ。人は「毎日弁当作ってえらいね」と誉めますが、僕からすれば「どんな雑な弁当でも笑顔で食べてくれてありがとう」なのです。男の家事や炊事ですから、雑なところも多々あるでしょう。ですが妻から文句を言われたことは、結婚以来一度もありません。いつも「ありがとう」と返してくれる。だから嬉しくて、またがんばる。

まるで母親と小学生の息子のようですね。「ママのためにセミの抜け殻30個取ってきたよ!」卒倒しそうになりながら「すごいわねえ、ありがとう!」という、例のアレです。

ボクが思う「究極の家事」

毎日家事をしているとたまに考えるのです。家事の「100点満点」って、どこにあるんだろう?って。日々、努力や工夫を重ねて家の中をまわしているつもりです。でも、もしかしたら、その究極って「評価されない」ことにあるのかなと思うんです。

家人に気づかれないままトイレットペーパーを補充する、昨日洗濯機に突っ込んだ服が翌日にはクローゼットに畳まれ収納されている。

「歯磨き粉が切れちゃって困ってたんだ。買ってきてくれてありがとう!」などと感謝されているうちは、100点じゃねえよなと思うのです。「評価されない」のが「究極の家事」なんですから、シュフは辛いなあ。

そうなると自分との戦いです。「誰も評価してくれないなんて、最高の仕事をしているじゃないか。ボクはただ自分の中のシュフ業をまっとうしていくだけだ」という心境にたどりつくわけで、もうほとんど職人ですね。

家事が楽しくなるライフハック

さて、ここまで読んでくださった読者のために、家事のライフハック的なやつをひとつ。この季節、洗濯物ってなかなか乾かないじゃないですか。特にTシャツやトレーナーのワキの部分が全然乾かない。そこでオススメしたい干し方といえば、コレ!

グータッチ法!まるでジャイアンツの原監督が、ホームランを打った自軍選手を迎え入れるかのようなグータッチ干し!誰が呼んだか、洗濯界のホームラン王!そして、「いや、私は野球よりゴリゴリの格闘技派よ!」というそこの奥様にオススメしたい干し方といえば、コレ!

グレイシートレイン!エリオを筆頭にホイラー・ヘンゾ・ホイスのトレイン入場!この干し方をすれば(柔術家の)グレイシー一族同様、家族にも鉄の絆が生まれること間違いなし!家事とは愛とクリエイションなのであります。

42歳からはじめた不妊治療

とまあ、このように妻とふたり、楽しく暮らしてきました。ダブルインカムですから贅沢はせずとも我慢することはない。でもこうも思ったのです。世界中のワインを飲み干す日々と、フードコートのたこ焼きを家族3人でほお張る週末、どちらが幸せなんだろう?と。よそ様のことはわかりませんが、ボクと妻が出した答えは後者でした。

結婚して7年目、互いに39歳を過ぎたころ僕らは不妊治療にとりかかりました。そして3年もの治療の末、待望の第一子を授かったのです。互いに42歳、遅すぎるパパママとなった我が家に”育児”という大きな仕事が加わった。在宅就労者ゆえ、それはボクの両肩に大きくのしかかり、”ワンオペパパ”の意味はさらに拡大していったのであった。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

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島根県飯南町に子育て世代が熱視線を送る理由。移住者の中野良介さん「ここでは、生きている実感がある」

2012年に神戸から島根県飯南町に移住した中野さん一家

中国地方の山間部にある人口5000人ほどの小さな町が、子育て世代の注目を集めている。島根県の飯南町だ。

出版大手の宝島社が1月4日に発行した『田舎暮らしの本』2019年2月号に掲載された「2019年版住みたい田舎ベストランキング」。人口10万人未満の「小さなまち」カテゴリーの「子育て部門」で1位に選ばれた。

飯南町が「田舎での子育て」の拠点として人気の背景には何があるのか、調べてみた。

 ■「若い移住者の割合が高い」と、専門誌の編集長

このランキングは、2013年2月号より企画が始まり、今年で7回目だ。ランキングの順位は、移住・定住の推進に積極的な市町村を対象に、移住支援策、医療、子育て、自然環境、就労支援、移住者数など、約220項目のアンケートを実施し、データを集計した上で決定している。

『田舎暮らしの本』2月号(宝島社)「2019年版住みたい田舎ベストランキング」より

その「小さなまち」(人口10万人未満が対象)のカテゴリーの「子育て部門」で、島根県飯南町が1位を獲得した。

島根県飯南町は、県中部にある人口4891人(2019年1月1日時点)の小さな町だが、町によると、昨年度は人口の1%以上となる54人が町の移住施策を通じて移住しており、その中でも子育て世代である20代~40代の家族は7世帯24人。約45%が子育て世代という計算だ。

島根県飯南町

島根県飯南町が1位になった理由について、宝島社「田舎暮らしの本」編集長の柳順一さんはこう話す。

「島根県飯南町は、小さいまち(567自治体が回答)のカテゴリーの「総合部門」でも2位になっています。 これはつまり、基本的な定住支援策を高水準で充実させているということが言えます。そのうえで、とくに子育て世代にフォーカスした施策を充実させており、今回の1位につながったと思います」(※「子育て世代が住みたい田舎」部門のランキングを算出する計算にあたっては、「総合部門アンケート」の点数*0.1を算入している)

「人口が5000人に満たないのに、移住支援の専任スタッフが4人もいることからわかるように、人的な支援体制が充実しており、 地元の人が移住者の受け入れに協力的です。 子育てに関しては、町営塾を運営するなど教育環境がよく、安心して子育てできますし、また、人口の割に移住者数が多く、とくに若い移住者の割合が高いのです」

■町職員が話す「田舎ならではの魅力」とは?

今回の結果を、町はどう受け止めているのか?具体的にどんな取り組みが行われているのか?島根県飯南町の職員・大江基博さんに聞いた。

「長年地道に取り組んできた施策の成果が評価されたのだと受け止めています。都会では大きな悩みである待機児童の数もゼロですし、保育園から高校まで一貫して行う『保小中高一貫教育』に力を入れています。町営で運営する塾では、大手予備校のサテライト授業を受けられるシステムを導入するなど、教育面での充実を図った上で、飯南町の豊かな自然を活かしてのびのびと子育てが出来る環境を提供したいと考えています」

大江さんはさらに、都会にはない「田舎」での子育ての魅力について、こう語る。

「都会に暮らしていると、隣に住んでいる人がどんな人か実際にわからないという中で子どもを育てなければいけないことも少なくないと思うのですが、その点、飯南町のように小さな町では、町のみんなが自分のことを知っている。それはすなわち、周りの人と一緒に子どもを育てているという感じがあって、それが安心・安全に繋がっている。これは田舎町ならではの魅力だと思います」

■営業マンから農家に転身した中野良介さん、「ここでは、生きている実感がある」

では、実際に移住してきた家族は飯南町での子育てをどう見ているのか?中野良介さんに聞いた。

中野さん一家は4人家族。2012年に神戸から飯南町に移住した。移住前は、食品関係の会社で営業マンとして働いていた良介さん。農業経験はなかったが、移住後に2年間の農業研修を経て「中野あおぞら農園」を開園し、現在はパプリカ栽培に従事している。

2012年に神戸から島根県飯南町に移住した中野さん一家

「元々は私よりも嫁の方が田舎暮らしに興味があったんです。でも、移住前はちょうど30代半ばに差し掛かった頃で、特に仕事にやりがいがなかった。だから、思い切って移住を決めました。子どもが2人いるので、子育てや教育面も含めて色々と情報を調べていくうちに、飯南町に魅力を感じたんです」

小さな田舎町での生活を始めた中野さん一家。子育てや教育の面で、都会との大きな違いを感じたという。

「学校でも学校の外でも、この町では社会全体で子どもたち1人ひとりにちゃんと目が行き届いているんですよね。だから安心して子どもを任せられる。小学3年の次女は発達障害を抱えているんですが、何かあれば教育委員会や行政と私が直接相談が出来る。そして対応も早い。大きな街や都会じゃ、なかなかそれは難しいでしょう?」

実施する子育て制度の充実さはもちろんだが、飯南町には「町全体」で子育てや教育に目を向ける土壌がすでにあるのだ。

「移住前はどこか生活が無機質だったんです。でもいまは生きているという実感がある。それが、一番大きいですね」

時代が急速に進む今、子育てのあり方のヒントは田舎にあるのかもしれない。


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「自慰行為は健全で正常なこと」子供とのオープンな会話を専門家が勧める理由

子どもとのオープンな会話が大切

マスターベーションの話を子供にするのは少し気まずかったり、恥ずかしかったり、またはとても不愉快でさえあるかもしれない。しかしセックスと自身の体について健全な理解を持つ子供を育てたいと思う親にとって、それは必要な会話だ。

「マスターベーションは人間のセクシュアリティーの非常に重要な一部です。それは自律性、喜び、アイデンティティー、親密さに対する個人の考えを形成します」と性教育の教師であるキム・カヴィルさんはハフポストUS版に語った。「邪魔をしようとしたり、恥じ入らせたり、やめさせようとしたりすると、子供たちに深刻な害を与えます。解決すべき問題ととらえるのではなく、子供たちが性的に健康な大人になれるようにするスキルや考えを教える機会としてとらえましょう」。

このような会話に関する情報を伝えるため、ハフポストUS版はカヴィルさんとその他2人の性教育者に、子供にマスターベーションまたは自慰行為に関わる話をする最適な方法を聞いた。子供の親や保護者が覚えておくべき、専門家によって裏付けられたガイドラインとコツを以下に紹介する。

早くから始める

幼いころからオープンな話し合いを促すことで、子供の自分の体への理解の基礎を築くことができる。このような会話の話題はマスターベーションを含め、多岐にわたるだろう。

「セクシュアリティーに関するあらゆる会話と同じように、一度に重大な話をするのではなく、早くから徐々に段階的に取り組むべきことです」と性教育者のリディア・M・バウワースさんは述べた。「それから、私たちは性的でない方法での喜びについても話をするべきです。『風が顔に当たる感じが好き』だとか『紫色は私を幸せな気持ちにしてくれる』だとかです。子供たちが言語能力と、気持ちがいいことは恥ずかしいことではないという知識の両方を発達させることができるようにです」。

カヴィルさんは通常9歳~16歳で始まる思春期の到来より前にセルフプレジャー(自慰行為)について子供に話をすることを勧めた。多くの親にとってこのような会話はもっとずっと早い段階で起こる。子供たちが自身の体を非常に幼い時から探り始めるからだ。

「私たちは通常、マスターベーションをティーンエイジャーと結びつけますが、1歳~5歳の子供の幼児期のマスターベーションも非常によくあることです」とカヴィルさんは述べた。多くの幼児が自分の気持ちを落ち着かせる方法の一つとして自分の性器に触る。指しゃぶりのようなものだ。この行為は性的な考えに駆られたものではなく、性器の辺りは多くの神経末端があり単に触ると気持ちがいいという事実によるものだ。

「どんな年齢であってもマスターベーションは淫らなことではないし、恥ずかしいことでも反道徳的でもありません」とカヴィルさんは述べた。「それどころか、人間がマスターベーションにふけるのは完全に正常で健全なことです」。

母娘の会話 イメージ写真

マスターベーションは正常であることを強調する

恥が伴わない方法でマスターベーションについて話をすることで、マスターベーションを正常なものとすることが親と保護者にとってきわめて重要だ。子供がすでにセルフプレジャーを始めている場合は特にそうだ。

「嫌悪感を抱いたり、叱ったり、否定したりすることは子供が教訓になりません。それどころか以後の人生で、恥に感じ続けたり自己嫌悪に陥る恐れすらあります」とカヴィルさんは述べた。「受け入れることを伝える方法は簡単で、このような感じです。『自分のペニス/外陰部/肛門に触ってるんだね。気持ちいいよね。そういう部分を触るのは、体の他の部分、例えばヒジとかヒザを触るのとは全然違う感じがするものだよ。あなたが自分の体を理解するようになってうれしい。だって体はとってもクールなものだからね』」。

また、子供またはティーンエイジャーがマスターベーションをしなくてもまったく正常だ。どちらにせよ会話を始めることはセルフプレジャーについてのよりポジティブな理解を促進する。自身の体について理解するようになるため子供たちにとって有益だろう。またこのような会話は衛生管理や性器の正式な名称、それに危険な接触への対処法などについて話し合う機会にもなるだろう。

「子供たちが自由に自分の体を探ることができると、子供たちは自己意識を発達させます。それにより危険な接触が起きた時にそれを見分ける用意ができます」と性教育者のメリッサ・カーネギーさんは説明した。「若者が自身の体についてより多くの情報と自信を持っていると、大人として同意の上の、より安全で楽しいセックスを支持するようになるでしょう」。

マスターベーションは私的なことであると説明する

親は、セルフプレジャーは正常で自然なことだと伝えたら、それが私的なことであることもはっきりさせることだ。これは枕や家具、おもちゃなどに性器をこすりつけることがある幼児には特に重要だ。

「プライバシーは他人には見えないものまたは場所。パブリック(公共)は他人が見ることのできるものまたは場所、として定義できます」とカヴィルさんは述べた。「プライバシーを教える方法はこんな感じです。『あなたがペニス/外陰部/肛門を触って自分の体を楽しんでいることがとてもうれしい。それは普通こっそりと、または他人には見えない場所でやることだよ』。それから一番近くのプライベートな空間に行こうと提案し、『ここがあなたが自分のペニス/外陰部/肛門を触るためのプライベートな場所だよ。ここではいつでも好きな時に一人きりになれるよ』と言うのです」。

障害またはその他の要因でその他の会話方法を使っている家族については、家の共通エリアと私的エリアを分類する絵記号によってもこのコンセプトを教育できるとカヴィルさんは指摘した。

幼児は身の回りの出来事について必ずしも強く意識しているとは限らないため、セルフプレジャーをするのに適した時間や場所を示すための注意や、優しく正しい行動を促すのは親の役目だ。バウワースさんとカーネギーさんは「自分の体を触ると気持ちいいのは分かる。でもあなたのペニスは私的な部分の一つだから、それは夕食の席ではなくて自分の部屋で一人でやることだよ」というような言葉、または単に「人前にいる時は手をズボンから出しなさい」と言うことを勧めた。

心配しすぎない

親が自分の子供がどのくらい頻繁に自分の体を触っているのか心配するのは普通のことだ。カヴィルさんは、問題となるのはマスターベーションが体に害を及ぼしているか、または日常生活を妨げている場合だけだと述べた。

「マスターベーションをしたり繰り返し自分を傷つけたりするために、学校や様々な活動を避けたり、食事をしなかったり、その他の日常生活の活動を避けたりする場合は、医者やセラピストなどの専門家の支援を求めるべきです」とカヴィルさんはアドバイスした。「マスターベーションが日常生活を妨げたりケガを引き起こしたりせず、一人きりで行われている場合、このようなことはあまり起こりません」。

日常生活に支障をきたしている場合は、恥を伴わない方法で子供と共にその懸念に対処するようバウワースさんは勧めた。「体は気持ちいいけれど宿題や家事、さらには友達とのつきあいもおろそかにしてはいけないと認めることです」と彼女は述べた。「マスターベーションをするのは毎日のシャワー中はどう?寝る前は?」。

さらに親はマスターベーションは性的虐待のサインかもしれないと心配することもある。「他の関連する懸念または危険信号がないかぎり、それは原因でない場合が多いです」とカーネギーさんは述べた。「子供の性的な健康または行動に不安を感じたら、親は子供の小児科医と連絡をとるべきです」。

父息子の会話 イメージ写真

自分自身の羞恥心を取り除く

マスターベーションのような話題をオープンに語って、してはいけない質問はないことをはっきりとさせてくれる親や保護者がいることは、子供が性的健康の面で安全であり知識を持つことに役立つ。多くの親にとってこのような環境をつくるにはいくらか自分の考えを見直すことが必要だ。

「私たちのマスターベーションに対する考えがどのように子供たちへの対応に影響しているか考えることが重要です。私たちの多くはマスターベーションについて話をすることなく成長しました。そのため自分の子供たちとそのような話をするのが気まずいのです。宗教的な背景のある人は、性器を触ることについて話すことにある程度の羞恥心があります」とバウワースさんは説明した。「自分自身の考えについて評価する時間をとることで、自分の考えを認識して、その代わりにどんなメッセージを子供に伝えたいかを決めることができます」。

内面化された恥を抱えていたりトラウマを経験していたりして、子供とマスターベーションについて肯定的な会話をするのが難しい場合、親として助けを求めることの重要性をカヴィルさんは強調した。このような問題に向き合うことは家族の全員にとって有益だ。

「私たちの多くがこのような会話に羞恥心を感じます。それは育てられ方や過去の経験、自分自身の体との関係、またはトラウマが原因です」とカヴィルさんは述べた。「このような感情があると、恥を伴わない方法でこの話をするのは困難に思えるかもしれませんが、そのような感情に黙って苦しむ必要はありません」。

「私たちは親としてサポートを受けるに値します」とカヴィルさんは続けた。「子育てはとても大変な仕事です。子供たちは、私たちが見て見ぬふりをしたい自身の部分に私たちを向き合わせる傾向があります。 私たちは必要な時に支援を求めることを自分に許す必要があります。すべての答えを知っていなくてもいいこと、これを独りでする必要はないことを理解するためにです」。

日本でも基本は同じ

以上はアメリカの専門家によるアドバイスだったが、日本ではどうか? 性教育に詳しい埼玉医科大学病院産婦人科医師の高橋幸子先生は、「日本でも基本の部分は同じ」とハフポスト日本版に話した。セルフプレジャーに対して否定をせず、思春期前に性についての会話をもつ事を勧めている。「日本では親も性教育を受けていませんから、親自身から会話を始めるのはとても難しいことです。逆に子どもから質問されたり、セルフプレジャーと見られる行動があった際に、それをチャンスとしてオープンに会話をすると良いと思います」。

また、今は性に関する子ども向けの本もあるので、それを活用するのも良いとのこと。男の子であれば『おれたちロケット少年』や『ジェームズ・ドーソンの下半身入門』、女の子には『女の子はじめます。』『ティーンズボディブック』が高橋先生のオススメ。保護者には、一家に一冊置いておく事をお勧めしているそうだ。

ハフポストUS版の記事を翻訳、編集、加筆しました。


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大人が思っている以上に、子どもは人なんだ vol3

チャーミングケアという、病気や障害のあるどんな子どもにも、子どもらしくいるための外見ケアやメンタルケアなどの重要性を推奨・啓蒙しているチャーミングケアラボの石嶋です。

チャーミングケア ラボで連載している「大人が思っている以上に、子どもは人なんだ」の第3弾として全介助が必要なお子さんのケアをしながら病児服などを扱うECサイト「パレットイブ」を運営している奥井のぞみさんに寄稿していただきました。

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ vol2

写真提供:奥井のぞみさん

親の目線、きょうだい児の目線

24時間人工呼吸器管理、胃ろう、導尿・ナイトバルーン、全介助が必要な伊吹(小2)と、次男(小1)を出産するまでの葛藤。そして、きょうだい児として育つ次男にとって障がいを持つ兄はどう映るのか、本人に聞いてみました。

夫からのひとことで、初めて自分の姿に気が付いた

2010年6月、原因不明の出産事故により、伊吹はピクリとも動かない障がい児になってしまった。

なにがいけなかったのか

なんで私はうまく産めなかったのか

出てくる言葉は、なんでなんでなんで。いつまでも自分を責める私にしびれを切らした夫が言った。

夫「いつまで悲劇のヒロインぶってんの。一番かわいそうなのは伊吹だよ。」

私「…産んでもないくせに、何がわかるの!!」

しかし、時間が経つにつれ「こんな体に産んでごめんね」と思う回数が減ってきた。

この言葉は自分ことしか考えてない言葉だと思えてきた。

一番「なんで?」と思っているのは伊吹本人かもしれない。

いくら自分を責めても、健康だった伊吹の体は戻ってこない。

伊吹と私たち夫婦の遺伝子検査の結果は、誰にもなんの問題もなかった。

医師「次はほぼ健康なお子さんを望めます。」

緊急帝王切開になった私のお腹には、縦に手術の痕が残っていた。

医師の言葉で、確信した。

私たちには問題はなかった。…次は絶対健康な子どもを産む。

衝撃の事実

世の中にはVBAC(帝王切開で出産後に、次の出産するときに経腟分娩で出産をすること)という方法があるらしい。ネットで経験者の話を読んでは期待し、母子ともに高リスクを負う出産方法であることに恐怖を感じた。

そんなことよりも次は絶対普通分娩で!!変な使命感が私にはあった。

だって、私たちにはなんの問題もなかった。だから普通に分娩ができるはず!

伊吹を出産して1年が経過し、第二子を妊娠した。

「よっしゃ、絶対できた!!!」(直感)

病院に行ったらだいぶフライングをしていたようで翌週に持ち越しになったが、その後無事に妊娠が確定した。

そんな矢先、自宅に分厚い封筒が届いた。

産科医療補償制度の原因分析の報告の書類だ。

難しい医学用語の中に「子宮下節の菲薄化」という言葉を見つけて血の気が引いた。

妊婦健診に書類を持って行き「これはどういう意味ですか?」と産科医に聞いた。

産科医「本物(原因分析の冊子)初めて見たな~!こんなんなんだー!」

(いやいやいや、関心せんで答えてください。)

産科医「そうですね、子宮壁の一部が薄くなっていたということですね。」

VBACなんて無理だ。

だけど、次の子どもを産める体を残してくれたことに心の中で感謝した。

そして、帝王切開にて次男が誕生。

が、オペ室で取り上げた次男の鳴きが悪い。テレビで見て感動のご対面と違う。

オペ執刀医「N(NICU)の先生呼んできてー!」

横目で見える赤ちゃんの血色が明らかに悪い。伊吹の介護のおかげで、私の知識レベルが上がっていた。

カンガルーケアはいらないから、早くNICUに連れてって…。心の中で叫んだ。

NICUに運ばれた赤ちゃんには3日間、人工呼吸器が挿管された。

しかし色々あったが、私たちの第2子は母親よりも2週間ほど後に無事退院することができた。

晴れて障がい児と赤ちゃんがいる新生活がはじまったのである。

編集・制作:チャーミングケア ラボ

お母さんはスーパーマンじゃないといけないのか??

経験のある方もいるであろう、ガルガル期。新生児がいても我が家の生活はすべて伊吹を中心に時間が組まれている。そんな我が家は夫の母、つまりは義母と同居をしている。

翌日仕事にしっかり専念してもらうためにも、夜間のケアはすべて私がやっていた。そこに新たに新生児が加われば、それこそもう医療機器のアラーム音と痰の絡む音と新生児の鳴き声の戦場だ。

またこれがタイミングよく伊吹のケアの時に限って次男が泣き出す…。伊吹を待たせて授乳をし、隙を見ては吸引・オムツ替え・体位交換…そして泣き出す次男に授乳…。

いかん、このままじゃ発狂する。

助けてほしいけど2階で寝ている夫と義母を起こすのは忍びない。でも、聞こえん?泣いてる声?ぐるぐると頭の中で葛藤をする。

ある日「夫はほかの家庭の夫よりもよく家のことをしてくれているんだから、もうちょっと休ませてあげて。」と言われた。

なにかが切れる音がした。

その日から2日間、私は夫に伊吹のことも次男のこともさせず、全部一人でやった。もう意地だった。

「気がおかしくなったんじゃないか?」

いい嫁キャンペーン終了のゴングが鳴った。

一つ屋根の下で暮らす以上、言いたいことを言えず暮らすのはこれ以上無理!夫と話し合って決めた伊吹のケア分担。どうにもこうにもしようもない。私だって自分の体を大事にしたい。

自分の意見をできるだけ伝えるようにした。口答えをする嫁の完成だ。結果、年に一度はガチンコでぶつかることが今でもあるが、一緒に買い物や食事、お出かけもする、ほどよい距離感を義母とは築いている、と思う。

これがあの「きょうだい児」というものか

伊吹が一時危篤になった時は、私たちにとって次男を預ける保育園は救世主だった。

在宅介護をしていると、日中の外出なんてできず、児童館ではすでにママグループが構築されている。私には近くに住むママ友がいなかった。しかし、保育園なら同年代の子どもたちと一緒に過ごせる上に、家にいるよりも子どもの成長に絶対いい!そう思っていた。

保育士「日中、次男くんが荒れていて…ご自宅でなにかありましたか?」

3歳の子どもだからあまり伊吹の状況はわからないだろう。そう思っていた私たちは後悔した。伊吹にばかり重きを置いていたことを、小さい体でわかっていた。

次男との時間をきちんと作ろう。両親揃ってお出かけすることは難しいけれど、土日はどちらかが次男を連れていろんなところに出かけよう。健康な次男と行ける場所は、いっぱいあった。

もちろん、伊吹も一緒に家族揃ってのお出かけもいっぱいした。

上野動物園、ディズニーリゾート、近所のお祭り、水族館、温泉旅行、いろんなところにみんなでお出かけをした。

年齢を重ねてくると、次男は伊吹におみやげを買ってくるようになった。

次男「いぶにぃー!みてー!」「いぶにぃにもおかしあげるね。」(口に突っ込む)

話しかける声はとても柔らかくやさしい口調だ。

次男は6歳になるまで伊吹がどうしてベッドの上で生活しているのか、動いたりしゃべったりできないのか聞くことはなかった。

きっと彼の中でこれが当たり前なのかもしれない。

写真提供:奥井のぞみさん

次男にとっての「障がい児」とは「よくわからない」

出かけ先で車いすに乗る子どもを見かければ、ソワソワしだし、近寄っていこうとする。そして、次男は伊吹との「違い」をこっそり耳元で教えてくれるようになった。

伊吹とおでかけをすれば、自分がバギーを押す!(前、前、前!!!)

伊吹がお風呂に入ると、自分も手伝う!(頼むから気切あたりにお湯かけないでー!)

いぶにぃの隣で寝る!(伊吹を踏まないでぇぇぇぇ!!!)

この文章を書くにあたり、小学1年生になった次男に聞いてみた。

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いぶにぃと一緒に遊んだりできないけど、どう思う?

次男「ん~、しかたないよね!」

いぶにぃがいると、お父さんとお母さん二人そろって次男とお出かけができないけど、どう思ってる?

次男「それはそうでしょ!たまに寂しいけど、いぶにぃも一緒におでかけすればいいんじゃん!」

―――――――――――――――――――――――――

最近とても驚かされたことがある。

次男「おとうさんとおかあさんがいなくなったら僕がいぶにぃをみなくちゃいけないから、いろいろおぼえないとね!」

唖然としつつも「いぶにぃを看るのはお父さんとお母さんのやることだから、次男はいぶにぃのお世話しなくちゃいけないって思わなくていいんだよ。」と答えた

伊吹のことは私たち両親が覚悟を決めて在宅介護を選んだので、次男にその責任を負わせることはしたくない。もちろん、本人が自然な流れでやりだすのなら問題ないのだが、なぜか私たち両親がいなくなった後の心配をしだしたので思わず笑ってしまった。

でも、そんなことを言った次男に心がギュっと苦しくなり、私は思わず抱きしめた。

いぶにぃと仲良くしてくれて、ありがとう。

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子どもの視点を伝えたい

チャーミングケアは、子どもが子どもらしくいるための治療以外のトータルケアをさすものです。

今回取り上げたメンタルケアだけではなく、どんな子どもでも可愛らしさやかっこよさを諦めない外見ケアなどの話も、子どもの目線を踏まえた上でクローズアップしていけたらいいなと思っています。

みんなのチャーミングケアラボラトリー


親が子どもと共に成長する“育自” について「アドラー式子育て」をおさらい

以前LAXICでは、「ほめず」「しからず」勇気づけて子どもを育てる「アドラー心理学」についてご紹介しました

以前もお話を伺ったアドラー心理学のプロフェッショナル、熊野英一先生が、親子教室「ここちの森」や、一時保育サービスを展開する伊勢丹新宿店の「ココイク」で、定期的に保護者向けワークショップ「アドラー心理学 勇気づけコミュニケーション講座」を開催していらっしゃるそう。

気になるアドラー心理学を初心に戻っておさらいすべく「入門編」に参加してきました。

子どもの自立を促す「勇気づけコミュニケーション」とは

ベストセラーにもなりました「嫌われる勇気」にもあるように、アドラー心理学では「勇気」という言葉がよく使われます。

勇気とは、目の前にある解決すべき課題や困難を克服する力。その力をつけるためには「ほめる」でも「しかる」でもない、ありのままを受け入れ、子どもの存在価値そのもの全てを受け入れることが大切。それが「勇気づけコミュニケーション」なのです。

子どもの “自立” を促す子育てには、この「勇気づけ」が不可欠なのですが、「ほめる」「しかる」を繰り返していると…親の想いとは裏腹に、子どもは「勇気がくじかれる」状態になり、我が子の自立の足を引っ張ることになるのです。何か新しいことをするときに「ぼく無理」「私やらない」と言う子どもが増えているそう。まさに勇気がくじかれている状態。では、一体どうすれば子どもは勇気づけられるのでしょうか?

子どもを”子ども扱い”しないで、一人の人として尊重すること

まずは自分が親としてどう関わっているか、知る必要があります。親の関わり方として、大きく分けて3タイプに分かれます。

傾向としては①か②のどちらかに偏る場合が多いのですが、③のいいとこ取りをするには、どうしたら良いのでしょうか。

朝食の時の飲み物を一つにしても、「オレンジジュースとりんごジュース、どちらにしますか?」のように選択肢を用意して、子ども自身に選ばせることが重要。そしてどれだけ忙しくても、できるだけ丁寧に接すること。丁寧に接してもらえたら、丁寧に返したくなる、これは子どもの気持ちになってみるとわかることですね。途中でりんごジュースが気に入らなくて、泣いてわめいてグズり始めたとしても「あれ?さっき、自分で選びましたよね?じゃぁどうしたらいいと思う? 自分で考えて」と。

大切なのは、子どもを子ども扱いしないで、一人の人間としてリスペクトして接すること。これは1歳ぐらいから始めても問題ありません。成長の過程に合わせて、少しずつ制限を外していくことで、自立を促していくのです。子育てはなに気ない日常の積み重ね。最初の1〜2週間は変わらないかもしれないですが、半年、1年続けると違ってきます。

「ほめる」「しかる」=子どもをコントロールしている

「ほめる」「しかる」を多用するとなぜいけないか。「ほめ」は基本的に上から目線なので、親子の上下関係が成立してしまいます。さらに頑張ったプロセスを励ますのではなく、結果だけをみて判断していることになります。そして「しかる」は、子どもの行動を支配するために使いがち。感情的になってしまっては、伝えたい本質が伝わりません。伝え方を改めて、どうして怒りたくなったのかを冷静に伝える方が有効的なのです。

ちなみに「すごいね! できてよかったね!」と、成長を喜ぶことはもちろん良いのですが、注意すべき「ほめ」と「勇気づけ」の違いってなにでしょう?

子どもに対して「いつも見ているよ!」を伝えること

「勇気づけ」で最も大切なのは良い時も悪い時も関係なく「あなたらしくいることが一番大切だよ」と言うことを伝えること。つい、なにか行動に対する評価や、親が気になるところばかりを指摘しがち。ジャッジするのではなく、「いつもあなたのことを大切に思っているよ!」そして「いつも見ているよ!」ということを伝えることが勇気づけにつながるのです。それでも困った行動に出る場合はどうしたら…?

もし注目を集めたくて不適切な行動をとっていた時は「あなたも嫌だったんだね。その気持ちはわかったよ。でもお母さんも困るからやめてほしい。お互いに良い関係を作りましょう」と丁寧に伝え、共感ファースト(まずは、相手の関心に関心を寄せること)を心がけましょう

子どもの心は大きなスポンジで、しかも超速乾性だとイメージしてください。すぐにカラカラになってしまいます。だから「いつもあなたのことをみているよ」とポタポタッと水を常に少しずつ垂らすイメージで、潤わせておくことが大切です。何か良くできた時だけバサーッ! と水を大量にかけてもすぐに乾いてしまいます。むしろ、ポタポタと、常にスポンジが満たされている状態にしておくこと。この状態が維持されることで、自立への力が備わるのです。

じつは筆者は一年前にも教わり、その後も本で何度も読み返していて「あぁそうだった、共感ファーストだよね」と思い出しながらも、気がつくと子どもを怒ってばかり…日々の行いを反省。終わってから正直にそのことを伝えると「それでいいんです。一度ですぐにはできません。お稽古と同じで、何度も何度も意識して取り組むことで、定着していきますよ」と励ましのお言葉。そうですね! こうして定期的に自分のことを省みる時間が大事なのですね! ありがとうございました!

次回は3月に開催予定なので、ぜひ興味を持たれた方は、ワークショップにご参加ください。詳しくはココイクHP、または株式会社子育て支援HPを参照ください。また、ワークショップには参加できない! という方はぜひ熊野先生の著書でご確認ください。

<熊野 英一さんプロフィール>

アドラー心理学に基づく「相互尊敬・相互信頼」のコミュニケーションを伝える〈親と上司の勇気づけ〉のプロフェッショナル。全国での多数の講演や「日経DUAL」「朝日おとうさん新聞」などでのコラム執筆を通して活発な情報発信も行う。約60の保育施設立ち上げ・運営、ベビーシッター事業に従事。2007年、株式会社子育て支援を創業、代表取締役に就任。2012年、日本初の本格的ペアレンティング・サロン「bon voyage 有栖川」をオープン。日本アドラー心理学会 正会員。

HP:株式会社子育て支援HP

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ライター 飯田 りえ
関西の女性誌編集部&MOOK編集部に勤務。とにかく自分で見て、歩いて、聞いて、食べて…… リージョナル誌編集者として7年過ごす。その後、結婚を機に上京しフリーに。雑誌、WEBを中心に幅広く執筆中。6歳3歳の男子に振り回されながらも「成長を見届けながらしっかり育児を楽しみたい!」と日々アクティブに活動中。

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LAXICは、「ワーママを、楽しく」をキャッチフレーズに子育ても仕事も自分らしく楽しみたいワーママやワーパパ、彼らを取り巻く人々のための情報を集めたWEBメディアです


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教育書100冊読んで、子育てを考える

子どもは何をどこでどう学ぶべきなのか。

親ならば、一度は考える話題だろう。

私は立場上、英語はいつ始めるべきか、お受験はどうか、インターナショナルスクールはどうかなど、いろいろな相談を受けることが多い。

しかし当然ながら、教育や子育てに絶対の正解はない。それぞれの環境や価値観で正解は変わるのだが、それだと素っ気ないので、自分なりの考えを書いてみることにする。

まず最初に考えることは、それはあの教育法がいいとか、あの学校がいいとか言う前に、「そもそも何のために子育てするのか?教育するのか?」ということだ。

子育ての目的を考えること 子育ての評価基準を持つこと

そもそも何のために子育てするのか?教育するのか?

これに対して各家庭なりに答えを持つことが、何より最初だ。

そんなことは当然だと、思うだろう。

でも本当にここに自分なりの回答を持っているだろうか?

あの塾に行くと記憶力が伸びるらしい、計算ができるらしい、英語ができるらしい、友達がいいと言っていた、友達が通っている、受験にいいらしい。

そうした情報に左右されて、なんとなく流されていないだろうか。もちろん、情報や選択肢に広がりがあることは素晴らしい。

しかし家庭なりの子育ての目的や方針、その評価軸がなかったら、情報洪水に埋もれて右往左往するだけだ。

例えばPCを買いたいと詳しい友人に相談する時、自分で何のために必要で、何ができる必要があるのか、予算はいくらなのか、など購買の基準が必要になる。これがあってこそ、良いアドバイスも成立するものだ。

各家庭により、子育ての状況や環境も違う。価値観も違うので、その目的や評価は当然違ってくる。

どんなことを学んで、どのような人間になって欲しいか。それを飛ばして、いきなり学校や塾などの、方法論だけ論じることは難しい。

私なりの子育ての目的

そんな中で、私が思う子育ての目的。

それは、天才を育てることではない。

幸せな人生を過ごせる人間になることだ。

当たり前な表現に聞こえるかもしれないが、これが全てだ。

幸せな人生とはなんだろうか。

実は同じような環境・条件で生きていたとしても、自分が幸せだと思う人もいれば、不幸だと感じる人もいる。

経験から皆わかっていることは、幸せかどうかは他人の判断ではなく、自分が幸せだと思うかどうかだ。

子どもには生きる中で、幸せな人生を歩んでいける力、幸せだと感じられる力を育んで欲しい。

では、そんなハッピーパーソンになるために何が必要だろうか。

ハッピーパーソンに2つの資質

子どもがなりたい自分になり、幸せになる。

そのための親の役割は、子どもに自信(自己肯定感)とイメージ(想像力)を与えることだ。

そもそも、子どもが幸せかどうかは親が決めることではなく、子ども本人が決めることだ。

親の最初の役割は、まず子どもの夢の実現にむけて、「あなたならできる」と生きる自信を与えることだ。

親や先生ができることは、能力を伸ばして最後まで結果を出させること、そのものではない。

そのきっかけや環境を与え、信じて励まし、自信を与えるのだ。

努力して頑張って結果を出したことが自信につながり、自己肯定感を育てるのだ。

「自信」と同様に大切だと思うことが、「イメージ」だ。

人は、自分のイメージや目標以上にはなれない。

例えばどんなにサッカーがうまかったり好きだとしても、地区大会優勝が目標だと思ったら、全国優勝することも、セリアAでプレイすることも、ワールドカップで優勝することもないだろう。もちろん目標が地区優勝でもW杯優勝でも、どちらが良くて一方が悪いということはない。

ここで言いたいことは、例え同じ能力や環境だったとしても、どこに自分のイメージや目標をおくかという視点の違いだけで、物事への取り組み方や、人生は大きく違ってくるということだ。自信があって、高いイメージがあるから、より頑張れる。たくさん頑張れる人間に育つのではないだろうか。

ではどうしたら、イメージを大きく持てるか。

1つは、周りが「おまえならもっとできる」「あなたならもっとやれる」「こんな考え方もある」「世界にはこんな人もいるよ」と励まし、世界を広げることだ。そして大きな夢や高いイメージを抱かせるのだ。小さな子どもに対して、「所詮人生とはこんなもの」「現実を見ろ」とばかり言っていたら、大きな目標や夢に向かって走ることはやめてしまうだろう。全幅の愛情と信頼を持って、高いセルフイメージを抱かせ、励ますのだ。

「Boys(and girls), be ambitious!

よく使われる言い回しだが、まさにこれだ。

もう1つは、子どもに言うだけではなく、親や友人など周りにいる人達が、イメージを高く持って努力し続けることだ。「夢は大きく持て」と子どもに説教をしたところで、その親自身が高いセルフイメージに向かって努力していなければ、説得力はない。勉強頑張れでも、自信を持てでも、高い目標を持てでも、自分ができていないことを子どもに強要してもしょうがない。子どもに勉強しろというならば、親が勉強している姿を見せた方がいいだろう。口で説教するより、背中で語れるようにし続ける姿勢・努力が大人にも求められるのではないだろうか。

そうしたハッピーな子ども達が、どう社会に貢献していくのかを考えられるようになって欲しいと思う。

アリヴェデルチッ!

(「教育本100冊読んでみた」より転載)


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