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高嶋ちさ子、ダウン症の姉が小学生から「喋らないでくれる?」 フォロワーからは怒りの声

2018年5月の高嶋ちさ子さん

バイオリニストで毒舌タレントとしても活躍する高嶋ちさ子さんが11月2日、Twitterを更新し、ダウン症の姉が通っている教会で、小学生から心ない言葉をかけられたことを明かした。「小学生に『ダウン症なんでしょ?喋らないでくれる?』と言われた」と、姉から憤慨の電話があったのだという。

みっちゃんからいつも通ってる教会で小学生に「テレビ出てたでしょ、ダウン症なんでしょ?喋らないでくれる?」と言われた、と憤慨して電話があった。っていうか、今までダウン症だってわかんなかったんだ、と驚いた私。けどそこじゃないね。
教会変えなさいと言っといた。正解?

— 高嶋ちさ子official (@chisako824) November 2, 2018

高嶋さんは10月3日に放送された「1周回って知らない話」(日本テレビ系)に家族で出演。特別扱いせずに姉と接する様子に、「素敵な家族」との声が上がっていた。

姉への小学生の心ない言葉を知った高嶋さんは、「教会変えなさいと言っといた。正解?」とフォロワーに問いかけた。これに対してTwitterユーザーからは、「正解」というコメントや、「みっちゃんが、教会を変えることはない」などの声が寄せられた。

高嶋さんと同じくダウン症の家族を持つユーザーからは、「ウチの娘もダウン症だが、何が悪いのかわからない。家の手伝いもしてくれるし、妹や認知症の祖母の世話もしてくれる」などと、当事者ならではのツイートも返信されていた。

高嶋さんはフォロワーからの反響を受けて、ツイートを投稿。

「皆さま多数の慰めのお言葉ありがとうございます」としながら、「けど、よく考えたらみっちゃんが先になんか気に触ること言ったのかもです…。問い詰めてみます。なんせ口の立つ頭脳派ダウン症なので」と、持ち前の「毒舌」ぶりを発揮した。

皆さま多数の慰めのお言葉ありがとうございます。
けど、よく考えたらみっちゃんが先になんか気に触ること言ったのかもです…。問い詰めてみます。
なんせ口の立つ頭脳派ダウン症なので。

— 高嶋ちさ子official (@chisako824) 2018年11月2日

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25年前に父は「トイレのドア」になった

2歳のときに両親が離婚した。

それ以来、父親とは一切会ってはいない。

最後の父の姿はトイレのドア

「これがお父さんと会う最後だから」と母は小さな私の手を握って少し前まで家族3人で暮らしたマンションの一室、重みのあるドアを開けた。

「お父さん!」ドアが開いた瞬間私は勢いよく思い出の詰まった部屋に入った。

しばらく会っていなかった。どのぐらい会っていなかったなんて覚えていない。でも、「会いたい」と強く思っていたことは覚えてる。

きっと奥のリビングにいるだろう、「お父さん!」と呼びかけながら探す。

リビングの扉の手前、寝室のドアからお父さんがでてきた。

とても嬉しかった。

「お父さん、ぎゅーってしてよ」そう言いかけたとき、父は私に背を向けて向かいにあるトイレに入った。

「お父さん!」

「お父さん!!」

「肩車してよ!」

「会いたかったよ!!」

トイレのドアに向かって私は叫び続ける。

「お父さん!トイレ終わったらぎゅーってして!」そう叫んだ直後、母は私を抱えてマンションを去った。

何かが欠けている

あれから25年の間、誕生日が来るたび「今年はお父さんから連絡が来るかもしれない」と期待し、進級、進学をするたび「お父さんからお祝いの連絡がくるかもしれない」と期待した。

でも、そういった期待は木っ端微塵に砕け散るだけだった。

「期待は絶望への近道」、そうわかっていても毎年決まって期待し、連絡がこないことに落ち込む小さな私を「大丈夫だよ」と抱きしめた。

6歳のときに新しい父親が現れた。

お父さんと同じように大きくてお腹が出てて、とても優しい人。

パパと呼ぶのが恥ずかしくて「パパちゃん」と呼び始めた日のことはまるで昨日のことのようだ。

そんな継父と親子関係なって今年で丸20年。

彼は出会った日から結婚して家を出た今だって、変わらぬ愛を私に注いでくれている。

でも、やっぱり、なにか欠けているんだよ。

実父とは2、3年の付き合いだったけど、継父とは20年の付き合いだ。

たくさん一緒に笑って喧嘩もした。「なんでこんなことしてしまったんだろう」と後悔するほど傷つけるようなこともした。でも、変わらずに私を愛してくれる。

私がこうしたいと言えば、「そう思うならやってみれば」と笑顔で背中を押してくれる。とても寛大な人だ。

でも、やっぱり実父に愛されたという何かが欲しい。

そして、そう感じるたび母親や継父に対する後ろめたさがあった。


「トイレのドア」は私を責める

授業中や移動中、ふと頭に「トイレのドア」が頭をよぎる。

そのたび、心のなかにいる2歳の私はずっと薄暗い箱のなかで小さくなって自分を責める。

「私のなにがいけなかったんだろう」

「顔も見たくなくなるほど私は悪い子だったのか」

もういい加減そんな自分を解放してあげたい。

そう思い、インターネットの力を借りて、父親を見つけ出したのが今年の3月。

予想より早く見つかり仲介者からメールアドレスを受け取った。

仕事そっちのけでメールの文章を考えて勇気を出して送信ボタンを押した。

数日待っても返事は来なかった。

「あぁ、やっぱり私の存在はなかったことにしたいんだ」と、心のなかの小さな私は声を殺して泣いていた。

26歳の私は、そんな姿をみて立ち尽くすしかなかった。

その後、仲介者から「メールの送信が上手くいかないため電話して欲しい」と実父の電話番号が送られてきた。

恐る恐る電話をかける。

「もしもし…?」聞き覚えのある声だった。

泣きながら応答するだろうと予想していたのに「あ、もしもし私だけど元気?」と返事をした。

それから10分ほど話し、9月に実父が住んでいる中国・大連に行くことが決まった。

嬉しいようで嬉しくない

どんな人なのか、今どんな生活をしているのかまったくわからない。

なによりも、今の私を見て彼が後悔するのではないか…という不安で胸が張り裂けそうだ。

この25年間、それなりに悪いこともしたし、人もいっぱい傷つけてきた。

高校の現代史のテストでは「EU連合」を間違えて「ヨU連合」と書いたし、数学のテストの点数はいつだって一桁だった。

泥酔して、友達の眉毛を剃り落とたり、シリアルナンバー入りのジッポをその辺の植木鉢に植えたりした。

でも、私はたくさんの人に愛されてきたはず。

いろんな人に救われて25年間生きてきた。

それは何事にも変えられない事実だ。

でも、長い時間離れていた娘、当時2歳だったはずの娘は今では26歳、そんな時空を飛び越えて現れたような娘の私を父は受け入れてくれるのだろうか。

お父さん、お願いだから2歳で止まっている心の中の私を救って欲しい。

もし罪悪感を感じているのなら、私がそれを拭うから。

お父さん、やっとトイレから出てきてくれるんだね。

もう肩車をするのは難しいと思うけど、私を抱きしめてね。

(2017年9月12日 えるあき「まだまだ、おこさまらんち」より)

家族のかたち」という言葉を聞いて、あなたの頭にを浮かぶのはどんな景色ですか?

お父さんとお母さん? きょうだい? シングルぺアレント? 同性のパートナー? それとも、ペット?

人生の数だけ家族のかたちがあります。ハフポスト日本版ライフスタイルの「家族のかたち」は、そんな現代のさまざまな家族について語る場所です。

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大人になったわたしたちが、親と旅行するときの話

※写真はイメージです。

​​​​​​​親元をすでに離れているのに、両親と一緒に休暇をすごそう、なんて決断はなかなかしないですよね。

でも、一緒に長い時間を過ごす機会がしばらくなかったのなら、あなた自身も親も旅への期待も、以前とはすっかり変わっているかも?

じゃあ思い切って、親と一緒に旅行してみる?

親との旅できっと経験する5つのポイントと、より良い旅のコツを紹介します。

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1. あなたが「おとな」だっていうことを、両親は忘れがち

イングランドのサリー州に住むタムジン・アイビーさん(26)は不定期ながらも、両親と20歳、22歳になる妹2人と家族旅行をしている。

彼女にとって一番大変なのは「また、子どもみたいに、扱われること」。

「父は、まるで私たちがなくし物をするんじゃないかって、家族全員分のパスポートと搭乗券を自分が持つって言い張るんです。母も私が荷造りできないと思ってる。なんども1人で旅行しているのに」と、アイビーさんは話す。

彼女はこれを「全体からすれば、小さなこと」だと話す。子どもの頃よりも親との共通点があるし、旅が楽になるからだ。

2. 「大きな子ども」に戻るのはかんたんだけど

タムジンさんの親が休暇中、かつての「親と子ども」の関係に戻りがちだという一方で、レイチェル・ランケスターさん(51)は、そうすることに罪悪感があるという。

83歳になる母との関係は、「ふたりとも強く、自立した女性で、自分のやり方で生きてきた。だから2人で一緒にどこかに行くと、時々スペースが足りなくなるの」。レイチェルは冗談めかして話す。

「疲れたり、予定通りにものごとが進まなかったりしたら、子ども役に戻っちゃうこともあるかな」。

2人が繰り返し旅をする理由は、それだけではない。レイチェルと母は、8年前に父が亡くなって以来、モロッコ、コスタリカ、ボスニアなど様々な土地を最低でも年に1回は旅行しているという。

「私にとっても母にとっても特別な時間。去年クロアチアのドゥブロヴニクの城壁を歩いたんですが、母の友人はみんなそんなの出来っこないって言ってた」とレイチェルは語る。

「母には、きっと私と一緒じゃなければやらないことがたくさんあって、それを手助けできるのは嬉しいし、知識や経験を共有できるのもうれしい。時が経つにつれ、そんな時間がより貴重だと感じる」

3. お互いのことをもっと知る機会になる

アダム・ブラッドフォールドさん(25)は両親との旅行を中断せず、続けている。3人は少なくとも年に1回旅行していて、最近はスペインなどヨーロッパ地方を回っている。

「めまぐるしい毎日を離れた、家族の絆の時間は、とても大切です」。そう、彼は話す。

「両親のいつもと違った面を見られるのは楽しいこと。好きなことや食べ物など、たくさんの共通点を発見できます」

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4. 旅費を、親が払ってくれることもある

エイミー・ニッケルさん(27)にとって、両親との旅行は、息子との格安家族旅行のチャンスだ。おじいちゃん・おばあちゃんが「大変、ありがたいことに」旅費のほとんどを払ってくれるからだ。4人は最近はカリブ海へ行ったばかりだが、普段はスペインやレジャー施設を訪れているという。

「私のお給料では行けないような、すごいところに連れて行ってくれる」。彼女はそう話す。

「人生は短いんだから、お金と経験は共有すべきでしょ、というのが両親の考えなんです」

5. 理想の休暇を諦めなければいけない時も

ロンドン出身のサバ・カーンさん(26)は、両親が離婚した後、日頃の感謝を伝えるため、旅行しようと決めた。いとことその母もあわせて、みんなでマドリードへの旅行を計画していた。

しかし、彼女といとこの2人と、母2人は楽しみ方が全く違うことが発覚、「私たちはほとんどを妥協しなければいけなかった。体力も大きく違ったし」

「それに、現地のかっこいい男性と遊びに行きたいと思っても、友達と旅行するときの様にはっちゃけたことができなかったのは辛かった!」

家族と楽しく旅行するには

家族や両親との旅行を楽しく過ごすために、リレーションシップカウンセラーのレイチェル・デイビスさんが送るヒントはこちら。

  • なんとかなるって期待しないこと。誰かが運転や料理をしてくれると、みんなが考えていたら…。心を読んだり、こうだろうと決めつける前に、ちゃんと話そう。
  • 別行動の時間をとろう。そうしたら、集合したときに、話すことが増えるよ。
  • 両親は「子どもの面倒を見なくては」と考えがちで、子どもも両親といると「お子様」になりがち。自分の休暇でもあるんだから、あなた自身の意見も大切に。もう親の許可はいらないから。
  • 同じように、これは親の休暇でもあるわけで、楽しく過ごしてもらいたいでしょ? ちょっとの「妥協」は誰も傷つけないし、潤滑油になるよ。
  • 違うことに興味・情熱がある大人たちだということを、最大限利用して。ちょっと違うことにトライするのがいいですよ!

ハフポストUK版から翻訳しました。

家族のかたち」という言葉を聞いて、あなたの頭に浮かぶのはどんな景色ですか?

お父さんとお母さん? きょうだい? シングルぺアレント? 同性のパートナー? それとも、ペット?

人生の数だけ家族のかたちがあります。ハフポスト日本版ライフスタイルの「家族のかたち」は、そんな現代のさまざまな家族について語る場所です。

あなたの「家族のかたち」を、ストーリーや写真で伝えてください。 #家族のかたち#家族のこと教えて も用意しました。family@huffingtonpost.jp もお待ちしています。こちらから投稿を募集しています。


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