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テレビ朝日「アメトーーク!」「ロンハー」について「対応を慎重に検討」 吉本芸人”闇営業問題”で

宮迫博之(左)と田村亮

吉本興業が宮迫博之や田村亮ら芸人11人を6月24日に謹慎処分にしたことを受け、当該芸人が司会を務めるテレビ朝日の人気番組「アメトーーク!」「ロンドンハーツ」の今後に注目が集まっている

テレビ朝日広報部は同日夜時点で、ハフポストの取材に対し「収録済みの番組につきましては、対応を慎重に検討しております」と回答した。

通常だと次回の「ロンドンハーツ」は6月25日、「アメトーーク!」は6月27日の放送予定だが、両日の対応は決定していないことを明らかにした。

「アメトーーク!」は「雨上がり決死隊」の宮迫と蛍原徹が、「ロンドンハーツ」は「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮と田村淳が司会を務める。

いずれも吉本興業をはじめとした芸人らが多く出演する大人気番組だ。

しかし、反社会的勢力主催の会合に参加し金銭を受け取ったとして吉本興業が謹慎処分にした11人の中に、宮迫と田村亮が含まれていた。

テレビ朝日はまた、吉本興業の発表を受け「当該出演者に関しましては、今後の出演を見合わせることにいたします」とも説明している。

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ザブングルも謹慎処分に。”闇営業”の問題で金銭受け取り《コメント全文》

ザブングルの松尾陽介、加藤歩

お笑いコンビ・ザブングルの加藤歩と松尾陽介が過去に反社会的勢力の会合に参加したとして、所属事務所のワタナベエンターテインメントが6月24日、2人の謹慎処分を発表した。

同社によると、吉本芸人の宮迫博之ら11人が特殊詐欺グループとされる反社会的勢力主催の会合に参加していたとの週刊誌報道を受け、加藤・松尾に確認をしたところ、会合への参加が認められたという。

同社は「番組などで日頃お世話になっている他事務所の先輩芸人の方からお誘いを頂き、お断りすることは失礼にあたるということ、また、参加される先輩芸人の方々のお名前を確認し、存じ上げている方ばかりだったということで信用してしまい、急遽の連絡だったことから事務所に報告・確認すること無くお引き受けしてしまった」と説明。

報道されていた金額とは異なるものの、「先輩芸人」から直接金銭を受け取ったことも認められたという。

「その会合が反社会的勢力の主催であったことの認識は当人たちには無かったとはいえ、コンプライアンス違反と社内にて重く受け止め、今回の処分に至った次第です」と説明している。

問題をめぐっては、吉本興業は6月4日に芸人たちを仲介したとされるお笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也との契約を解除。24日には、宮迫博之や田村亮ら芸人11人を同日から謹慎処分にすると発表した。期間は「当面の間」としている。

「先輩の急なお誘い」「事務所に相談・報告することなく参加してしまった」

ザブングルのコメントは以下の通り。

「この度は、いつもお世話になっております。関係者の皆様、応援してくださっている皆様にご迷惑をおかけし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。お世話になっている他事務所の先輩の急なお誘いとはいえ、事務所に相談・報告することなく参加してしまった自身の確認不足、認識の甘さにより、このようなことになり本当に申し訳ございませんでした。相手先が反社会勢力の団体と知らずとはいえ、そのような場に不用意に参加してしまいましたこと、深く反省しております。二度とこのようなことのないようにいたします」


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吉本興業が宮迫博之、田村亮ら11人を謹慎処分と発表 反社会的勢力の会合に参加し、金銭受け取る【コメント全文】

宮迫博之(左)と田村亮

吉本興業は6月24日、宮迫博之や田村亮ら芸人11人を同日から謹慎処分にすると発表した。期間は「当面の間」としている。

謹慎処分となったのは、雨上がり決死隊・宮迫博之、ロンドンブーツ1号2号・田村亮、レイザーラモン・HG(住谷正樹)、ガリットチュウ・福島善成、くまだまさし、ザ・パ ンチ・パンチ浜崎、天津・木村卓寛、 ムーディ勝山、2700・八十島宏行、2700・常道裕史、ストロベビー・ディエゴの 11 人。

■「金銭の授受が認められた」

吉本興業によると、5年ほど前に、この芸人たちが特殊詐欺グループとされる反社会的勢力主催の会合に参加していたという。

吉本興業は「会合への参加により一定の金銭を受領していたことが認められました」としている。

芸人たちに反社会的勢力主催の会合であるという認識はなかったと、吉本興業は説明している。

宮迫らが振り込め詐欺グループの忘年会に出演していたことは、写真週刊誌『FRIDAY』が報じていた。芸人たちを仲介したとされるお笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也が吉本興業との契約を解除されている。

吉本興業は、「関係各位、ファンのみなさまには多大なるご迷惑をおかけしておりますことを、深くお詫び致しますと共に、今後、所属タレントへのコンプライアンス研修の一層の強化を図り、二度とこのような事態が起こらないよう、全社一丸となって、社内意識の徹底を行ってまいります」とコメントしている。

この発表が出る前に、一部スポーツ紙が「吉本興業 宮迫博之、田村亮ら芸人11人を謹慎処分 金銭の授受が発覚」と報じた。そのスポーツ紙の報道についてハフポストが吉本興業に取材したところ、広報担当は「誤報」と説明していた。その後、スポーツ紙が報じた内容の発表が吉本興業から出た。

 

■謝罪コメントを発表

雨上がり決死隊 宮迫博之

「この度は世間の皆様、関係者の皆様、並びに番組・スポンサーの皆様に大変なご 迷惑をおかけし申し訳ございません。そういった場所へ足を運んでしまい、間接的で はありますが、金銭を受領していたことを深く反省しております。相手が反社会勢力だったということは、今回の報道で初めて知ったことであり、断じて繋がっていたという事 実はないことはご理解いただきたいです。詐欺集団、そのパーティーに出演し盛り上 げている自身の動画を目の当たりにして、情けなく、気づけなかった自身の認識の甘 さに反省しかございません。どれぐらいの期間になるか分かりませんが、謹慎という期間を無駄にせず、皆さんのお役に立てる人間になれるよう精進したいと思います。改めて誠に申し訳ございませんでした」

ロンドンブーツ1号2号 田村亮

「特殊詐欺グループの開いた会に、私ロンドンブーツ 1 号 2 号田村亮が参加した件で、金銭の受け取りがございました。自分の都合のいいように考えてしまい、世間の 皆様に虚偽の説明をしてしまった事を謝罪させて頂きます。私を信用してくれていた世間の方々、番組スタッフ、関係者、吉本興業、先輩方、そして淳を裏切ってしまった事は謝っても謝り切れないです。ただ、特殊詐欺グループとは本当に知りませんでした。そこだけは信じて頂きたいです。このような行動をとった自分が恥ずかしくて堪えられないです。謹慎期間を通して、自分を見つめ直し二度とこんな行動をしない人間 になるようにします」

レイザーラモン HG

「この度は、自分の認識の甘さによる軽率な行動で多くの皆様にご迷惑をおかけして しまったことを深くお詫び申し上げます。この謹慎でしっかりと自分と向き合い、これか らの人生を覚悟を持って生きていきます。申し訳ございませんでした」

ガリットチュウ・福島善成

「5 年前とはいえ、反社会勢力と知らず、そこで芸をして出演料を頂きました。そのお 金が悪いことをして集められたお金とは知らず、生活費にあてました。報道のような高額ではありませんが受け取ったことは事実ですので、深く反省し二度とこのようなことがないようにします。いつも応援してくださるみなさま、関係者のみなさま、ご迷惑をお かけして本当に申し訳ございませんでした」

くまだまさし

「この度は、私の自覚不足、認識の甘さによる行動で、ファンのみなさま、関係者のみ なさま、先輩、後輩の芸人、多くの方々にご迷惑をおかけしましたことを心から深くお 詫び申し上げたいと思います。深く反省し、二度とこのようなことがないようにします。 本当に申し訳ございません」

ザ・パンチ・パンチ浜崎

「この度は、関係者のみなさま、先輩、後輩の芸人、多くの方々に ご迷惑をおかけしたことを心から深くお詫び申し上げます。 大変申し訳ございません。二度とこのようなことがないように致します」

天津・木村卓寛

「この度は、ファンの皆様・関係者の皆様・日頃お力添えを頂いている皆様にご迷惑 をおかけする形となり、本当に申し訳ございませんでした。心より深くお詫び申し上げ ます。私の認識不足でございました。二度と、このような事がないように深く反省致し ます。今後は少しでも世の中のためになっていけるように、しっかりと精進していきた いと思います。本当に、申し訳ございませんでした」

ムーディ勝山

「この度は、今回の件でご迷惑をお掛けしました皆様、心より深くお詫び申し上げたいと思います。近年地方でも応援してくださっている方がたくさんいる中、自分の認識不足により、このようなことになってしまい本当に申し訳ございませんでした。また精進できるよう、深く反省し二度とこのようなことがないように致します。本当に申し訳ござ いませんでした」

2700・八十島宏行

「今回の謹慎処分を受け、今頭が真っ白の状態です。関係者の皆様、ファンの皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。これからの期間で自分を見つめ直そう と思います」

2700・常道裕史

「この度は私の認識の甘さ、確認不足によりあってはならない関わりが生じてしまいました。ファンの皆さま、関係者の皆さま、先輩・後輩芸人、多くの方々にご迷惑をおか けしましたことを心から深くお詫び申し上げたいと思います。深く反省し二度とこのような事がないようにします。本当に申し訳ございません」

ストロベビー・ディエゴ

「私の認識の甘さから、多くの方々に多大なご迷惑、ご心配をおかけしました。 真摯に受け止め、深く反省しております。本当に申し訳ございませんでした」

 


「一発屋芸人には才能がある」 髭男爵・山田ルイ53世さんは断言する

「あの人、最近消えたよね」

「今テレビに出まくってるけど、すぐ消えそう」

ネットで、飲み会の席で、しばしばこんな風に話のネタにされる「一発屋芸人」たち。彼らの人生にスポットライトを当てた書籍『一発屋芸人列伝』(新潮社)が5月に発売され、反響を呼んでいる。

著者はお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さん。自らも「一発屋芸人」の1人だ。貴族風の衣装に身を包み、「ルネッサ〜ンス!」とワイングラスを掲げる”乾杯ネタ”でお茶の間の人気者になった。

山田さんが筆を取るモチベーションになったのは、「一発屋芸人」と称される彼らが心ない言葉で評価されてしまうことへの「悔しさ」だったという。

ネットが普及し情報があふれる現代社会では、目まぐるしいほどのスピードでブームが移り変わる。一発屋芸人たちは、まるで突風を起こすかのようにテレビ界に颯爽と現れ、話題をさらい尽くしたあと、人知れずブレイクの波から去っていく。

レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモ、とにかく明るい安村、波田陽区…。

『一発屋芸人列伝』の目次には、かつてテレビで脚光を浴びた芸人11組の名が並ぶ。

波田陽区(2015年撮影)

ハローケイスケ(2015年撮影)

髭男爵(2015年撮影)

「正統派漫才」とは一線を画するその芸風ゆえか、彼らは「嘲笑」の的になりやすい。テレビでも、Twitterでも、メディアでも、ブームが過ぎた後は「消えた芸人」として扱われてしまう。

「ネットでエゴサーチをしていると、誰かもわからない人に『おもんない』と言われたりして。『いやいや、おもろいから売れとんねん』とも思いますし、『なんでそんなこと言われなあかんねん』と。幼稚な怒りですけど、悔しさみたいな感情があって、根源的なところではその単純な思いがモチベーションになっています」

山田さんはそう話す。一貫して主張するのは、一発屋芸人は才能を持った人たちである、ということだ。

「みんな1回大きく売れただけあって、才能豊かで、しっかり芸の発明をしていたことが取材を通して再確認できました。全部に、みんなのギャグに理由があるというか。一発屋芸人はただ奇をてらってやっている、と思われがちなんですけど、実は全然違う。あまり芸人の立場からお客さんに向けて言うことじゃないんですが、まあ、僕1人ぐらい言う奴がいてもいいやろう、と思っています」

「売れるにはそれなりの理屈というか、ちゃんとした仕組みがある。それぞれの芸人の生い立ちから彼らが過ごしてきた人生、芸人になってから売れるまでの暮らしとか思いみたいなものが『フォー!』(レイザーラモンHGの決めポーズ)になったり、『右から来たものを左に受け流すの歌』(ムーディ勝山の持ちネタ)になったりするんです」

山田さんはそう話す。芸人が芸人について書くことの難しさはあったが、”傷の舐め合い”にならないよう、距離感に気をつけたという。

時にはツッコミを入れながら、フラットだが愛のある視点で芸人たちの個性とおもしろさをありありと映し出し、編集者が選ぶ「第24回雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。

レイザーラモンHG(2005年撮影)

ムーディ勝山(2015年)

『一発屋芸人列伝』が描くのは、テレビを見ているだけでは知ることができない、芸人たちの「素の顔」だ。ともすれば「イメージダウン」してしまうかもしれない一面ですら、赤裸々につづられている。

例えば、かつて「なんでだろう〜♪」のフレーズで一世を風靡したテツandトモ。現在は地方営業で大人気の彼らだが、作中には彼らのプロフェッショナルな一面を物語る、こんなエピソードが紹介されている。

テツandトモ含む一発屋芸人が出演するバラエティー番組の企画で、当時天才子役として注目を浴びていた芦田愛菜さんがゲストとして登場した時のこと。芦田さんが「なんでだろう〜♪」のリズムに合わせて番宣をするという内容だったが、こんなハプニングがあったという。

途中、愛菜ちゃんが上手くリズムに乗れなくなり、釣られて、テツも言い淀む。

次第に展開がグダグダになってきたその時、

「お前がちゃんとやれよ!!」

トモの、ツッコミと呼ぶにはあまりにも剥き出しの苛立ち……怒りが爆発した。

一気に緊張感を増す「旬じゃないルーム」(※)。息を呑む一発屋の面々。何より、天才子役の顔が引きつるのを筆者は初めて見た。

以来、トモがどれだけニコヤカに振る舞っていても、

(本当は”あれ”なんだ……)

未だに、あの空気が忘れられない。

P.78〜P.79より / ※編集部注:番組内の企画名

その後の山田さんのインタビューで、トモさんは当時の心境について、「ちゃんとしたかった」「営業でも、30分でと言われたら、30分で終わらせたい」と振り返ったという。プロ意識に徹するがゆえの、相方への厳しい叱責だった。

テツandトモ(2003年撮影)

プロの現場で起きたことだ。でも、もしこの一幕をお茶の間の子どもたちが見たり、知ったりしたら、どうなるのだろう…。こんな生唾を飲み込んでしまいそうなリアルな出来事も、山田さんはあるがままにつづっている。

「夢、壊れました?」と、山田さんはどこか”してやったり”の表情で笑う。

「本来、お茶の間の皆さんというか、お客さんでもある『視聴者』に伝えるべきではないことを書いてますからね」

「基本的に、ここに書いてる人たちの話は、全部芸人さんにも事務所にも原稿チェックをしていただいてます。でも『ここは切ってくれ』みたいのはなかった。テツトモさんも『大丈夫です、書いてください』というスタンスだったんで、逆に『すごいな、潔いな』というか。プロ意識が高いんです、テツトモさんは。特にトモさんは」

同著は月刊誌『新潮45』の連載を書籍化したものだ。「子どもは読者のターゲットと考えていない」と前置きしつつも、山田さんはこう話す。

「ただ、僕はそういうところも大人は子どもに見せるべきやな、とも思っていて。たとえば、今は何でも『0か100か』、わかりやすい味しか子どもに教えない。大人ですら、それこそネット空間とかでは、本当に『勝ちか負けか』みたいな、この2つしかない状況が多いですよね」

「いずれにせよ、みんなで叩いたり持ち上げたり、不気味なほどに二極化しているというか、単純な味しかみんな理解しないようになっている。そういう意味では、この本に載ってる人たちの人生は非常に複雑で、芳醇で、発酵食品のような味わい深いものだと思います。それがいいな、と思いますし、伝わってほしいと思うんです」

世間から「消えた」と言われる一発屋芸人たちの”その後”の人生は多様だ。

ラップ芸のジョイマンは、Twitterで「消えた」と呟く人たちに「消えてないよ!」と次から次へとメッセージを送ったり、お客さんが1人も来ないサイン会の様子をツイートしたりして、話題を呼んだ。波田陽区は福岡で再起を図っているところだ。キンタロー。さんはテレビ番組の企画で社交ダンスに打ち込み、日本代表に選ばれた。

ジョイマン(2015年撮影)

キンタロー。(2014年撮影)

「一発屋」として一世を風靡した彼らは、また大きな花火を打ち上げるために、今もしのぎを削っている。

芸能人に向かって、大上段に構えて『お前なんかおもんないわ』というのは自由ですけど…その意見に対して『そういうお前は何様やねん』と心の中でツッコんでいる人もいるはずで。去年テレビ番組で、その厳しい目を自分自身に向ける勇気はあるのか、みたいなことを言ったんですが、そういう意味でこの本に登場する人たちは、その厳しい目をみんな自分に向けています。本当に、1番厳しい目を自分の人生とか芸に向けている人たちですから

最終章では、自らのコンビ・髭男爵について書いた。

担当編集者から「最後は髭男爵で」と言われていたが、半年間は拒み続けたという。「相方のことをちょっと悪く書いて逃れるっていう迂回の仕方をしてます」と言いつつも、悩んだ末につづった自らの「列伝」には、まさしく「発酵食品のような味わい深さ」がつまっていた。

相方・ひぐち君との哀愁入り混じった「コンビ仲」が特に印象的だ。「コンビを組んで2、3年は、『どうせ樋口は帰る場所がある人間だ』と余り信用もしていなかった」(P.221)とドライな本音も赤裸々につづられた。

山田さんは中学生から芸人になるまでの6年間、引きこもりを経験している。これは2015年に自伝『ヒキコモリ漂流記』が出版され、広く知られたことだ。

「追い詰められていましたから、やっぱり。20歳まで6年間引きこもっていて、本当に社会の一員でも何でもなくなっていた状況でずっと生きていたもんですから。もう誰の言うことも信用できない、みたいな感じになっていたんですね」

その追い詰められていた時期に「髭男爵」の一員としてスタートを切った、10年後。”挫折”の日々を微塵にも感じさせないような、明るい「ルネッサ〜ンス!」のかけ声で、山田さんとひぐち君はブレイクした。試行錯誤し、笑いを追求した結果の大ヒットだった。

髭男爵(2009年撮影)

「視聴者」である私たちは、テレビに映る芸人たちの「本当の顔」を知らない。テレビの向こう側にいる彼らが何を思っているのか、本当はどんな人でどんな人生を送ってきたのか、「表」を映し出すだけのバラエティー番組を見て推し量ることは難しい。

だからこそ、「消えた」なんて後ろめたさを持たずに言えるのかもしれない。けれどもう少し、その前後のドラマにも、思いを馳せてみたい。

「ここまで来たらね。50歳とか60、70歳ぐらいになっても、シルクハットをかぶってひぐち君もあんな格好して、『何とかかーい』とか言うてたら、逆におもしろいかな、ということで。今はコンビとしてはそこを目指してます」

ひぐち君はワイン道を極めるために、「ワインエキスパート」の資格を取得した。髭男爵の2人のコンビとしての活動は、今は地方営業が主だという。数ある「一発屋芸人」たちと同じように、もちろん、山田さんの芸人人生も続いているのだ。


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