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「失敗しない男」が堕ちていく。木村拓哉が『検察側の罪人』でその姿をみせた意味

木村拓哉と二宮和也主演の映画、『検察側の罪人』が公開中だ。45歳の木村は、同作で”失敗知らず”のエリート検事・最上毅を演じた。

そのキャラクターは、2001年に大ヒットしたドラマ『HERO』の久利生公平検事とは”真逆”だった。最上は己の正義を盾に「物語」を作り、暴走していく。映画ではその痛々しさもありありと描かれた。

平成を代表するスター、木村拓哉がこの役柄を見事に演じきったことには、大きな意味がある。久利生公平と最上毅。木村が演じたこの2人を比べながら、その理由を解説する。

親しみやすく、愛された『HERO』の久利生公平

「木村拓哉と検事」と言えば、2001年にスタートしたドラマ『HERO』の久利生公平のイメージが大きい。常識にとらわれず、正義に従って真っ直ぐに生きる久利生のキャラは、多くの視聴者から愛された。

検事は通常、捜査の権限があっても、デスクワークがほとんどだという。『HERO』はそんな検事のイメージを覆し、自ら現場に出向き、警察のように捜査をする若手検事の姿を描いた。

また、久利生が高校中退で、青森の地検から東京地検城西支部にやってきたこと。ファッションも、スーツではなく「Tシャツにジーンズにダウンジャケット」というラフな出で立ちだったこと。これも、お堅い検事のイメージを打ち破った。

「検事=いじめる人、弁護士=守る人。これがあたしたちのイメージだもん」

『HERO』の中には、同僚の検事が言うこんなセリフがあるが、久利生は決して「いじめる」人ではなかった。その姿が視聴者の共感を生んだのだろう。

検事という”怖そう”な仕事をしている人たちの中にも、血の通った久利生のような人がいる。その人間的魅力を描くだけで、当時は十分に新鮮であった。

『検察側の罪人』の最上毅は、久利生と真逆だった

そんな『HERO』が誕生してから17年。木村拓哉は『検察側の罪人』で、再び検事を演じた。

それは、木村拓哉以外であっても、生半可な気持ちでできることではないだろう。前作のイメージを払拭し、まったく別の検事像を見せなくてはいけないからだ。そしてそれは間違いなく成功したと言える。45歳の、そして芸能界で常にスターであり続けた木村拓哉の新境地を見せてくれた。

『HERO』の久利生公平検事と『検察側の罪人』の最上毅検事は、真逆であった。

最上は凶悪事件を担当する刑事部の本部係の人間で、初動捜査からかかわることが当たり前である。そして普段から高級感の漂うスーツを着ている。登場シーンからして、新人検事に対して威圧感たっぷりに検事としての正義感を問う。

久利生は、通販番組に夢中で、テレビショッピングで何かを見つけては、執務室に商品を送ってもらっていた。対して最上は、ガベルという木でできた小槌をコレクションしている。海外の法廷もので裁判官が持っているのを見た人もいるのではないだろうか。

ガベル

このガベルを集めるという行為に、最上のフェティシズム(物神崇拝)も見えて、何か不穏な感覚をこちらに感じさせた。

ガベルは正義の象徴でもある。それをコレクションするということは、正義を手中にしたいという欲望にも思えるし、もっと強い執着のようなものも見える気がするのだ。

こうした最上の姿は、久利生とは極めて対照的だ。『HERO』の時に見せた親しみやすさはすっかり消え、『検察側の罪人』では、むしろ木村は「権力」を行使することに対して疑いを持たない人物になっていた。

まっすぐな「正義」と「身近なキャラ」は、もう新鮮ではない

昨今、検事が出てくるフィクションには、『99.9 -刑事専門弁護士-』(TBS系)や、『アンナチュラル』(TBS系)などがあった。

特徴的なのは、弁護士や法医学者が主人公のこれらの話では、法律がいかに守られているか、三権分立は成り立っているのか、というのも重要なテーマだったことだ。

検事という職業は、まさに「検事=いじめる人」にはなっていないか?こう疑う視線が描かれるようになったのだ。

『99.9』では、検事だけではなく、裁判官にもその視線は向けられた。『アンナチュラル』には、「白いものも黒くする』という異名をとる検事が登場した。

自分の「物語」で事件を見たてて、その「物語」に従って捜査を進めてしまう。白いものも黒くしてしまう。これがいかに暴力的であるかを描くことは、昨今のフィクションを見ていると、重要なことであると感じる。

しかも、刑事事件の有罪率が99.9%と言われる日本では、「白いものを黒く」することが、もしかして必然なのではないか?フィクション作品が、このような疑問と真正面に向き合うようになったとも言える。そして、『検察側の罪人』もその流れに沿っている。

2018年のフィクションは、久利生のように検事の身近なキャラクターとまっすぐな正義感を描けば新鮮に見える時代を過ぎ、現実社会とリンクした形で、正義とは、三権分立とは何かを問うくらいでないと、人々の心をとらえることはできないのかもしれない。

『検察側の罪人』で、木村拓哉は”ゆがんでいく”

『HERO』の久利生は、不正を許さず、社会的弱者に寄り添う優しさがあった。一方で、『検察側の罪人』の最上は、”正義”という盾を武器に己を転落させていく。この違いも特筆すべき点だ。

最上は、確かに「正義感」によって動く人物だ。

しかし、自らの正義感と執念から、過去に時効を迎えた未解決事件の重要参考人を裁こうと”暴走”していく。自分の正義を貫くために、ありもしない「物語」を作ってしまうのだ。

駆け出しの検事・沖野(二宮和也)は、初めは最上を尊敬していたが、次第に疑いを持つようになっていく。

自分の信念のためなら、「物語」をゆがめてもいい。この境地に彼を至らせたのは何なのだろうか。もちろん、検事を始めた頃には、そんな自分になりたいとは考えていなかったはずだ。

しかし、検事として「力」を手中にした感覚の中で毎日を過ごすうちに、ある部分では正義感に従って生きているのに、ある部分では、その自分だけの正義に溺れるようにもなったのではないか。

日本では使われることのない、つまり効力をなさないガベルを執務室にいくつも置いている最上を見て、妙にぞくっとする感覚を持った。

それは、ガベルという法の象徴を集めることと、自分こそが法の番人であると信じて疑わない万能感が重なって見えたからだったのだと、映画を見終わってから理解できた。

40代の木村拓哉と西島秀俊が演じた”失敗しない男”

『検察側の罪人』の公開と同じ時期に、NHKのスペシャルドラマとして『満願』という作品が三夜連続で放送された。

第一夜の西島秀俊主演の「万灯」も、40代後半の男性、しかも失敗の経験のない男性の慢心による、ある種の転落が描かれていた。

西島秀俊

西島演じる商社マンの伊丹は、資源開発の仕事を任され、活路を海外に求めて旅立つ。天然ガスの権利を得る交渉をするためだ。しかし、現地の人々は、この資源を海外に手渡すことを快く思っていない。そのうち、フランスの企業もガス開発に着手しようとしていることもわかる。

結局、伊丹も、「会社のために動く」ということが自分の使命であり、自分のアイデンティティが会社と同化していく中で慢心する。そして、大きな波に飲み込まれることとなる。部下に「自信過剰は寿命を縮めるぞ」とアドバイスしていたにも関わらずだ。

最上と伊丹は、組織の中で懸命に働く中で実績を出し、地位を得、自分の仕事に誇りを持ちすぎているという点が共通している。しかし、2人ともそのことで、無意識のうちに自分の信念に基づく行動は正しいと過信しすぎている。

その結果、木村拓哉演じる最上も、西島秀俊演じる伊丹も、本当に偶然ではあるが、己の信じる道が最も正しいという慢心から、夜中にシャベルを持ち、山奥の地面を掘り起こすこととなる。

ネタバレを避けるため、詳しくは書かないが、”己の信念”というものが、人を一番惑わせるものなのかもしれないと思わせるのである。

「力」を過信した人間の呪縛を解き放つには?

こうした二つの物語がリンクしているということは、キャリアを積み、この不況の世の中で負け知らずの仕事人間の男性は、自分を過信しやすいばかりに、とんでもない運命に巻き込まれることがあるということなのだろうか。

これを、「男らしさの呪縛」というと、安易すぎるように思う。しかし、仕事の上での業績により、とんでもない「力」を得たと勘違いした人間の呪縛の物語と考えると納得がいく。

『満願』の伊丹は、これが因果応報か…と思わせる結末を迎えるが、『検察側の罪人』の最上検事は、ある「新しき世界」の入り口に立つ。

それは決して観客をスッキリとはさせないものだった。しかし、『HERO』を観た後とはまったく異なる性質の問いかけを残してくれた。

2001年、Tシャツにジーンズ姿の久利生公平を颯爽と演じた木村拓哉は、2018年に地位も名誉もあるスーツ姿の最上毅を冷徹に演じきった。

裁かれる人の立場に立って職務を全うした久利生公平。内なる正義を守り抜こうとするばかりに人生の歯車を狂わせた最上毅。

同じ検事でも、その正義と力のありようは大きく違う。

何が真実かわからないことの多い平成の終わりに、最上が誕生したのは必然だったのかもしれない。

(執筆:西森路代、編集:生田綾、笹川かおり)

『検察側の罪人』

8月24日(金)全国東宝系にて大ヒット公開中

監督・脚本:原田眞人
原作:雫井脩介「検察側の罪人」(文春文庫刊)
キャスト:木村拓哉   二宮和也
吉高由里子 平岳大 大倉孝二 八嶋智人 音尾琢真 大場泰正 
谷田歩 酒向芳 矢島健一 キムラ緑子 芦名星 山崎紘菜 ・ 松重豊 / 山﨑努

公式HP:http://kensatsugawa-movie.jp

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アリアナ・グランデの胸触る? 牧師が謝罪、アレサ・フランクリンの葬儀で…

8月16日に亡くなったソウル歌手アレサ・フランクリンさんの葬儀で、司会を務めた黒人男性の牧師が、追悼パフォーマンスのため出席した歌手アリアナ・グランデの体に触れる場面があり、ネット上で批判を受けている。牧師は「馴れ馴れしくしすぎた」として、謝罪した

葬儀は8月31日、アメリカ・ミシガン州デトロイトの教会で執り行われた。アリアナは、フランクリンさんの代表曲「ナチュラル・ウーマン」を熱唱。牧師はパフォーマンス後、アリアナを抱きかかえるようにしてステージ中央に進んだ。

この時、牧師はアリアナを抱き寄せるように、胸の脇に手を回し続けた。アリアナは受け答えをしているものの、少し困惑した表情を浮かべているようにもみえる。

葬儀の模様はネット上でライブ配信されており、この映像が流れるとネット上では批判が続出。「牧師の手は何をやっているんだ?」と不快感を示すコメントや、「女性を触る行為は図々しいどころの話ではないし、彼女が不快でいるのは明らか」など、牧師の行動を疑問視する声が相次いだ。

What was up with that pastors hand? pic.twitter.com/M8Ypgm7fQB

— Trevor Noah (@Trevornoah) 2018年8月31日

I’m really sorry you had to go thru that @ArianaGrande that groping was beyond blatant and we could all see and feel your discomfort. #NotCool

— Claudia Jordan (@claudiajordan) 2018年9月1日

牧師はAP通信の取材に対し、「女性の胸を意図的に触ろうとしたことはない」と前置きした上で、「いきすぎた行動をしてしまい、馴れ馴れしく、フレンドリーにしすぎたかもしれない。心から謝ります」と謝罪した。

また、牧師はアリアナの名前についても「タコベル(メキシコ料理のファストフード店)の新商品と思った」とジョークを述べており、批判を受けていた。これについても、アリアナ本人やファン、ヒスパニック系の人々に対し謝罪した。


傑作『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督が語る。「天才」だった自分がボコボコにされてから

上田慎一郎監督

製作費300万円で作られた映画『カメラを止めるな!』が、異例の快進撃を続けている。同作の監督・脚本・編集を手がけた上田慎一郎監督は、”異色”の経歴の持ち主だ。20代前半で借金苦に陥り、ホームレスになった経験もあるという。ここに至るまでにどんな苦労があったのか? そしてそれをどう乗り越えてきたのか? その人生観と哲学を語ってもらった。

「やめとけ」と言われると燃えるタイプ

『カメラを止めるな!』には、37分ワンカットの「ゾンビサバイバル」のシーンがあります。それを「撮る」と言ったとき、いろんな大人から「無理だ」「できるわけない」と言われました。

映画『カメラを止めるな!』より

「ゾンビもの」というのは仕掛けが多くて、「カット割り」があってこそできるのが常識。最初は撮影スタッフにも「ワンカットは無理だから『ワンカット風』にしましょう」と止められました。ただぼくは「やめとけ」と言われると燃えるタイプなんです。

学生の頃からそうでした。高校生のとき、琵琶湖をいかだで横断することに挑戦したのですが、そのときも「よせよせ」とさんざん言われた。でも、そう言われると燃える。

「成人式で流すムービーを作ってくれ」と言われたときも、120人くらいの同級生ほぼ全員に会いに行って夢を語ってもらいました。卒業してみんな散り散りになってるから、まわりからは「絶対無理だ」と言われましたが、それもなんとかやりとげた。

思い返すと、自分がやってきたことって、最初は絶対「やめとけ」と言われていたことが多い。「やめとけ」「よせよせ」「無理」「不可能だ」という言葉が「薪」となり、「炎」がより燃えていくんです。

ホームレスにもなった。けれど、悪いことを全部「ネタ」にできれば最強

20歳のときに映画監督になるために上京してからは、失敗続きでした。悪い大人にそそのかされてネズミ講みたいなものに騙され、ウン百万円くらい借金を背負ったり、「本を出版しないか」と言われて200万円くらい借金して、ホームレスになったりした。……ただ、そこまで凹んではいませんでした。

ぼく、中学生の頃は毎日ノートにぎっしり日記を書いていたんですよ。インターネットができてからはブログを毎日書くようになった。自分の身に起きたことをブログに書く習慣があったんです。

だから、たとえ悪いことが起きても、それを客観視しておもしろおかしく書くことができたんです。どんなに悪いことや悲しいことがあっても、全部それを「ネタ」にできる。つまり「悪いこと」は起きないんです。「失敗した!おっしゃー、ブログに書こう」っていう感じですね。

コメディの世界の見方をそのころからしていたのかもしれません。チャップリンが言っていることですけど「寄ってみれば悲劇に見えることも、引いてみれば喜劇に見える」という。そういう考え方が昔からありました。

映画『カメラを止めるな!』より

「俺はなんで東京に来たんだろう」と号泣した25歳の夜

20歳から25歳のあいだに相当数の失敗をしました。200万円の借金をし、ネズミ講で友だちを失いかけ、家をなくし……。それをブログに書くことで「笑い」に変えてきました。

でも、25歳のある夜。突然「俺はなんのために東京に来たんだろう」ってすごく泣いたことがあったんです。

近道をして映画監督になろうとしてたつもりだけど、結局はただ「映画だけで勝負するのが怖かった」だけなのかもしれない、と思った。もし映画だけをやって、それでもうまくいかなかったら、自分に才能がないってバレてしまう。「映画だけをつくる」ということから逃げて、他のことをしていた自分に気づいたんですね。だから、「映画一筋でやろう」と覚悟を決めてやり始めたのが25歳のときでした。

そこで、当時盛り上がっていたミクシィで「自主映画のスタッフ募集」というのを見つけ、「スタジオメイズ」という団体に入りました。

それまではハンディカムでしか撮ったことなかったのですが、ガンマイクを構えたり、DVXという大きめのカメラを使って、本格的な映画制作を3カ月くらい学びました。それで「よしわかった。じゃあ俺、独立します!」と言って独立しました。……だから、まだぜんぜん生意気なんです。

無数の成功体験と無数の大失敗でバランスがとれた

ぼくは、中学高校時代から「成功体験」がすごく多かったんです。

中学の国語の授業で、班ごとに劇をやるという授業があって、みんなは『桃太郎』とかすでにある物語をベースにしていたんですけど…ぼくは「オリジナルでやりたい」と言って、自分で脚本を書いてやったんです。それが人生で初めてちゃんと書いた脚本なんですが、これが国語の先生にすごく認められて、全校生徒の前で演劇をやりました。

高校生のときは、文化祭で映画を作って上映していました。それで3年連続で最優秀賞をとったんです。その後演劇部にスカウトされて、毎年地区予選落ちだった演劇部が、ぼくが作・演出をしたことで、近畿地区2位までいったんです。

そのあと、20から25歳のとき、調子に乗って大失敗してしまうことになるんですが…調子に乗るだけの成功体験が多かった。「自分なんて」という考えはまったくないくらい生意気だった。とにかく突き進む。「俺は天才だ」と。

その「天才だ!」と言っていた自分が、20から25歳でボコボコにされて、バランスが取れたんだと思います。田舎の町では注目を浴びていたかもしれないけど、東京では「お前なんて」とボコボコにされて、謙虚さというものが加わりバランスが取れて、いまがある気がします。

失敗は利子がついて返ってくる

25歳までのあいだに山ほど失敗をしてきたので、30代になったときにそれらの失敗にすごい「利子」がついて返ってきた気持ちになったんですよ。

ぼくは一度ホームレスになったのにここまで復活できてますから、25歳くらいまでは、どんなにひどいことになったって戻ってこれるはず。だから、25歳くらいまでは「失敗を集める」くらいの気持ちで生きる方がいい。その気持ちでいたら、失敗したときに落ち込まないじゃないですか。「お、今日はひとつ失敗できたな」って。

そして、ブログに書くなど、その失敗をアウトプットする場をつくれば、失敗を「エンタテインメント化」するという思考も身につく。「失敗を俯瞰してエンタテインメントにする」というのはコメディの根幹。ぼくはそれをずっとやってきたので、それがよかったのかもしれないです。

「悲劇だ!」と思っても「それは本当に悲劇か?」と問い直してみるとか…。そうすると、実は笑い飛ばせないことってそんなに多くはないんじゃないか。

「ネズミ講に騙されて、ホームレスになった」というのは、自分だったら死にたくなるくらいにショックなできごとかもしれないですけど、いまぼくがこうして話をしても、だいたい笑い話になるんです。だから、ほとんどのことは笑い話になると思って生きるといいかもしれません。

映画『カメラを止めるな!』より

自己啓発系の言葉に思うこと

ぼくもいろんな自己啓発本を読んで「死ぬこと以外はかすり傷」みたいな言葉を見て、奮起していました。でも、補足しておきたいのは、そういう言葉はすごくいいなと思う反面、危険な一面もあると思っています。

一時期はその言葉で火照ることができるかもしれないですけど、それを続けられるような「仕組み」を自分に作らないと続かないと思うんです。大切なのは、そういうメンタルを続けられるような「仕組み」をつくることだと思います。ぼくの場合はそれがブログだった。

ブログに自分の失敗を書いて、それを見ている人に楽しんでもらう、という「使命」を自分でつくっていました。ただ単に「失敗を集めよう」とか「失敗したらそれを喜ぼう」というだけじゃ精神は持たない。それを自分の生活の中に仕組み化する。それがうまくいくコツなんだと思います。

あとは、僕は妻(アニメ・映画監督のふくだみゆき氏)と結婚してから、より外で戦えるようになった、という感覚があるので、自分の絶対的な味方を作ることも大事じゃないかなと思います。

大量に失敗したあとの成功じゃないと、強度が低い

映画をつくっている若い世代の人が、『カメラを止めるな!』を観て、ぼくにメールをくれるときがあるんです。「上田さんは映画をつくるときに絵コンテを描かれますか?」とか、「キャスティングはどういうことに気をつけたらいいですか?」とか…。でもぼくは「いや、まず撮れよ!」と思うんです。

一発目から成功しようとしているところが失敗だぞ、と。とりあえず大量に失敗した上での成功じゃないと「強度の高い成功」とは言えないと思うんです。

いまはiPhoneを使って、自分の友だちや家族を撮って、編集もすぐできます。撮ったものを見て「何がいけなかったか」というのを感覚と体で学んでいく。そのほうが絶対に速いと思うんですよ。「映画教本」から学んで、ちょっと「知識がついた」という感覚になるよりもぜんぜん速い。

「コケない」ということは、「走ってない」ということなんです。「コケる」というのは走ったり、挑戦している証拠。だからどんどんコケていい。失敗していいんです。コケずに失敗しないよりも、走ってコケるほうが、絶対あとに経験となって自分の身に返ってくると思います。

ぼくはコメディをつくっているので「カッコつけるほうがカッコ悪い」と思っちゃうんですよね。カッコ悪いほうがカッコいいと思っちゃう。ダサいほうが人間としてはカッコいい。まだ、偉そうなことを言える立場じゃないですが「とにかく転がり続けろ」というのは伝えたいですね。

(聞き手・執筆:竹村俊助、編集・撮影:生田綾)

映画『カメラを止めるな!』大ヒット公開中

製作:ENBUゼミナール
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール
©ENBUゼミナール


K-POP歌手ヒョナと「PENTAGON」イドンが熱愛。事務所は謝罪、なぜ?

K-POPアイドルのヒョナとアイドルグループ「PENTAGON」イドンの熱愛が明らかになった。所属事務所は当初、熱愛報道を否定していたが、2人が聯合ニュースの取材に交際を認めたのだ。これを受けて所属事務所は一転、謝罪する事態となった。

ヒョナは2007年に女性グループ「Wonder Girls」としてデビュー。2009年に「4Minute」のメンバーとして活動をはじめ、2016年に解散した後にソロ歌手に転向した。イドンは2016年に男性グループ「PENTAGON」としてデビュー。2017年、同グループメンバーのフイとヒョナの3人でプロジェクトグループ「Triple H」を結成して活動している。

■熱愛報道を事務所が否定⇒本人が認める⇒事務所が謝罪

ヒョナとイドンの熱愛を初めて報じたのは、8月2日午前の芸能ニュースサイト「TVリポート」だった。「Triple H」の活動をきっかけに恋人関係に発展し、交際数カ月目と報じた。

これに対して、2人の所属事務所「CUBE Entertainment」はすぐさま、「熱愛説は事実無根」と真っ向から否定

ところが3日午前、2人が聯合ニュース取材に交際を認めたことが明らかになったのだ。

2人は記事の中で、「互いに噂がつきまとうだろうと分かっていたが、舞台でファンの目を見るのが難しいと思った」「愛して見守ってくれている多くのファンには正直に話し、楽しく堂々と舞台に立つ姿を見せたかった」と語っていた。

そのため所属事務所は3日午後、熱愛報道を否定したことを取り下げ、次のような謝罪コメントを発表した

「(熱愛説で)ショックを受けた多くのファンの皆様、誠に申し訳ありません。2日に報道されたヒョナとイドンの熱愛説の事実を確認するにあたって、コミュニケーションミスによって間違った報道がでた点、本当に申し訳ありません。まっすぐな2人の出会いを暖かく見守ってくだされば幸いです」

女性が憧れるガールクラッシュなスターとして知られるヒョナは、リリース曲やパフォーマンスで話題を呼んできた。Twitter上では様々な反応が見られるが、「イドン羨ましい」との声があがっている。

현아랑 이던 사귈줄 알앗슴 ㄹㅇ.. 진자 잘어울린다 ㅠ

— 호달달퍄Σ(·口·) (@DP_cos) 2018年8月3日

ヒョナとイドン付き合ってると思ってたホント。ほんとお似合い(T_T)

후이는 현아이던 사이에서 대박 어색했겠다ㅋㅋㅋㅋㅋ 이 상황 넘 재밌음 남의 집 불구경이라서^^…

— 🎂친절한 해리씨🎂 (@yiota_hallian) 2018年8月3日

フイはヒョナとイドンの間でめちゃくちゃ気まずかったでしょwwwww

엥현아랑 이던 2년이나 사귀는중이라구?ㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋ후이: 저는 빼고멘션해주세요

— 디디 (@ddnim_) 2018年8月3日

えっヒョナとイドン2年も付き合ってたの?wwwwwwww フイ:僕を外してメンションしてください

쒸발 진짜 이던 부러워서 죽고싶음 또르르.. 나두.. 현아 언닝. …ㅠ

— 오차 (@cChaeee) 2018年8月3日

本当にイドンが羨ましくて死にたい…私も…ヒョナオンニ(T_T)

※オンニは、年下の女性が年上の女性を呼ぶときに使う単語。

아니 근데 저 진심으로 열애설인정한거 뜨자마자 한 30초 당황하다가 와씨 이던 개부럽다;;;;;나도 현아랑 사귀고싶어;;; 이생각부터듬…..ㅋㅋㅋㄱㅋㄱㅋㅋㅋㅋㅋㅋ이게진짜 건전한 유사연애아님? 누가꼬리쳤네 앞길막았네 기만어쩌고 하는것보단ㅎ?

— 🌸얄루🌸 (@jy4925) 2018年8月3日

いや、ってか、本当に熱愛説認めたの見た瞬間、30秒くらい困惑したけど、いや〜イドンくっそ羨ましい(;_;)私もヒョナと付き合いたい(;_;)ってまず思ったよね…wwwwwwwwww


フジロック、YouTubeで生配信するアーティストは? エレカシ、Suchmos、モンパチも…

7月27日から3日間にわたって開催される「FUJI ROCK FESTIVAL’18」で、一部出演アーティストのステージがYouTubeでライブ配信される。23日、対象アーティストのラインナップが発表された

フジロックのステージが世界に向けてライブ配信されるのは、1997年に始まって以来初めてのこと。エレファントカシマシやサカナクション、Suchmosなど、40組以上のアーティストが配信対象のラインナップに並んだ。

●ライブ配信するアーティストは?

出演日ごとに、ライブ配信対象アーティストを紹介する。それぞれのアーティストが登場する時間は、公式サイトのタイムテーブルから確認できる。

なお、配信アーティストが追加されたり、予告なく変更される場合もある。(※追加発表があれば、都度記事をアップデートします)

【1日目(7/27)出演アーティスト ※50音順】

ALBERT HAMMOND JR
エレファントカシマシ
GLIM SPANKY
jizue
MAC DEMARCO
ミツメ
MONGOL800
N.E.R.D(ヘッドライナー)
neco眠る
ODESZA
Ovall
PARQUET COURTS
POST MALONE
ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA(feat. 仲井戸”CHABO”麗市、甲本ヒロト、奥田民生、トータス松本)
サカナクション
ストレイテナー
TUNE-YARDS
YEARS & YEARS

【2日目(7/28)出演アーティスト ※50音順】

ASH
CARLA THOMAS & HI RHYTHM W/VERY SPECIAL GUEST VANEESE THOMAS
D.A.N.
eastern youth
ハンバート ハンバート
JOHNNY MARR
小袋 成彬
OLEDICKFOGGY
RANCHO APARTE
シャムキャッツ
STARCRAWLER
The Birthday
toconoma

【3日目(7/29)出演アーティスト ※50音順】

ANDERSON .PAAK & THE FREE NATIONALS
浅井健一 & THE INTERCHANGE KILLS
Awesome City Club
cero
CHVRCHES
DIRTY PROJECTORS
FISHBONE
HINDS
HOTHOUSE FLOWERS
KACEY MUSGRAVES
KALI UCHIS
King Gnu
odol
Suchmos
THE FEVER 333
VAMPIRE WEEKEND

●YouTubeでの生配信、決め手は…

ラインナップには、邦楽アーティストの名も多数並んでいる。

同フェスを運営するSMASHによると、フジロックの存在や出演するアーティスト、特に邦楽アーティストを「世界に知ってもらえること」が、YouTubeでのライブ配信に踏み切る決め手になったという。

SMASHの担当者は7月5日、ハフポスト日本版の取材に対し、以下のように展望を語っていた。

「フジロックフェスティバル自体そして、出演いただくアーティスト、特に邦楽アーティストをYouTubeによる全世界配信で世界に知ってもらえることが、ライブ配信を決めた一番の理由です」

「今までフジロックの名前は知っていたが、サイトを見たり、出演アーティストを知ろうとしていなかった方にも気軽に見ていただき、興味をもっていただける機会になればと思います」

全世界での発信をきっかけに、邦楽アーティストの認知が広がり、世界進出のチャンスが生まれる可能性もある。また、「仕事で行けない」などの理由で参加を断念する人や、小さな子どもがいて参加できないという人も、気軽にフジロックを楽しめるようになる。

いよいよ間近に迫ったフジロック。YouTubeでのライブ配信をきっかけに、世界中の音楽ファンがフジロックの魅力を堪能し、アーティストを発掘する機会が増えることに期待したい。


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アジカン後藤正文、ライブ会場で子ども用の防音ヘッドフォン貸し出しを宣言 耳を「守って」

後藤正文

ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんが7月18日、自身のブログを更新し、小さい子どもがライブに来場する際、大音量から耳を守るために防音ヘッドフォンや耳栓などを着用するよう呼びかけた。また、今後ライブ会場で子ども用の防音ヘッドフォンの貸し出しも始めるという。

後藤さんは、「アジカンからのお願い」と題したブログを公式サイトに掲載。「最近はライブ会場で未就学や小学生の児童を見かけることが増えました」と、親子連れのライブ参加者について自身の考えをつづった。

「バンドとしては、子どもたちのコンサートへの参加は基本的にウェルカムだということをまずは記します」と前置きした上で、「スピーカーから出る音の音量を考えると、はっきりと子どもたちの耳には良くないことも事実だと思います」と指摘。

2018年6月からスタートしたツアーでは、安全ではない場所から無防備にライブを観る子どもなどを目にし、「いくつかの会場でライブに集中できない事態に遭遇」したという。子どもの入場を規制することについては「なるべく扉を閉じたくない」とつづり、子育て世代にもライブを楽しんでほしいとの思いを吐露した。

今後の対策として、次のツアーから、周りの騒音などを防ぐ効果のあるイヤーマフ(防音保護具)の貸し出しを始めると宣言。また、子育て世代に向けて、子どもと一緒にライブに参加する際は、イヤーマフや耳栓などを用意するよう呼びかけた。

今後、俺たちは次のツアーから、イヤーマフ(子ども用の防音ヘッドフォン)の貸し出しを始めようと思います。けれども、それは忘れた人や、そもそもそうした器具の存在を知らなかった人たち用だと考えてください。また、子どもたちの耳を守る必要性を知ってもらうためにも貸し出しを行います。同時に、児童のイヤーマフの着用を入場時のチェック事項に盛り込むつもりです。

「アジカンからのお願い」, 2018/7/18)

子どもの健康に配慮した決断に対し、Twitterでは、「アジカンの提案、素晴らしいです」など賞賛するコメントが寄せられている。

日本最大のロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL」でも、公式グッズとしてイヤーマフが新たに発売された。20dBの遮音性があり、ヘッドバンドでサイズを調整できるという。20周年を迎えるフジロックでは、近年、子連れの参加者も増えている。

子どもと一緒に安全にライブを楽しみたい人にとって、運営側にこうした配慮が行き届いていることは心強い。


「一発屋芸人には才能がある」 髭男爵・山田ルイ53世さんは断言する

「あの人、最近消えたよね」

「今テレビに出まくってるけど、すぐ消えそう」

ネットで、飲み会の席で、しばしばこんな風に話のネタにされる「一発屋芸人」たち。彼らの人生にスポットライトを当てた書籍『一発屋芸人列伝』(新潮社)が5月に発売され、反響を呼んでいる。

著者はお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さん。自らも「一発屋芸人」の1人だ。貴族風の衣装に身を包み、「ルネッサ〜ンス!」とワイングラスを掲げる”乾杯ネタ”でお茶の間の人気者になった。

山田さんが筆を取るモチベーションになったのは、「一発屋芸人」と称される彼らが心ない言葉で評価されてしまうことへの「悔しさ」だったという。

ネットが普及し情報があふれる現代社会では、目まぐるしいほどのスピードでブームが移り変わる。一発屋芸人たちは、まるで突風を起こすかのようにテレビ界に颯爽と現れ、話題をさらい尽くしたあと、人知れずブレイクの波から去っていく。

レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモ、とにかく明るい安村、波田陽区…。

『一発屋芸人列伝』の目次には、かつてテレビで脚光を浴びた芸人11組の名が並ぶ。

波田陽区(2015年撮影)

ハローケイスケ(2015年撮影)

髭男爵(2015年撮影)

「正統派漫才」とは一線を画するその芸風ゆえか、彼らは「嘲笑」の的になりやすい。テレビでも、Twitterでも、メディアでも、ブームが過ぎた後は「消えた芸人」として扱われてしまう。

「ネットでエゴサーチをしていると、誰かもわからない人に『おもんない』と言われたりして。『いやいや、おもろいから売れとんねん』とも思いますし、『なんでそんなこと言われなあかんねん』と。幼稚な怒りですけど、悔しさみたいな感情があって、根源的なところではその単純な思いがモチベーションになっています」

山田さんはそう話す。一貫して主張するのは、一発屋芸人は才能を持った人たちである、ということだ。

「みんな1回大きく売れただけあって、才能豊かで、しっかり芸の発明をしていたことが取材を通して再確認できました。全部に、みんなのギャグに理由があるというか。一発屋芸人はただ奇をてらってやっている、と思われがちなんですけど、実は全然違う。あまり芸人の立場からお客さんに向けて言うことじゃないんですが、まあ、僕1人ぐらい言う奴がいてもいいやろう、と思っています」

「売れるにはそれなりの理屈というか、ちゃんとした仕組みがある。それぞれの芸人の生い立ちから彼らが過ごしてきた人生、芸人になってから売れるまでの暮らしとか思いみたいなものが『フォー!』(レイザーラモンHGの決めポーズ)になったり、『右から来たものを左に受け流すの歌』(ムーディ勝山の持ちネタ)になったりするんです」

山田さんはそう話す。芸人が芸人について書くことの難しさはあったが、”傷の舐め合い”にならないよう、距離感に気をつけたという。

時にはツッコミを入れながら、フラットだが愛のある視点で芸人たちの個性とおもしろさをありありと映し出し、編集者が選ぶ「第24回雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。

レイザーラモンHG(2005年撮影)

ムーディ勝山(2015年)

『一発屋芸人列伝』が描くのは、テレビを見ているだけでは知ることができない、芸人たちの「素の顔」だ。ともすれば「イメージダウン」してしまうかもしれない一面ですら、赤裸々につづられている。

例えば、かつて「なんでだろう〜♪」のフレーズで一世を風靡したテツandトモ。現在は地方営業で大人気の彼らだが、作中には彼らのプロフェッショナルな一面を物語る、こんなエピソードが紹介されている。

テツandトモ含む一発屋芸人が出演するバラエティー番組の企画で、当時天才子役として注目を浴びていた芦田愛菜さんがゲストとして登場した時のこと。芦田さんが「なんでだろう〜♪」のリズムに合わせて番宣をするという内容だったが、こんなハプニングがあったという。

途中、愛菜ちゃんが上手くリズムに乗れなくなり、釣られて、テツも言い淀む。

次第に展開がグダグダになってきたその時、

「お前がちゃんとやれよ!!」

トモの、ツッコミと呼ぶにはあまりにも剥き出しの苛立ち……怒りが爆発した。

一気に緊張感を増す「旬じゃないルーム」(※)。息を呑む一発屋の面々。何より、天才子役の顔が引きつるのを筆者は初めて見た。

以来、トモがどれだけニコヤカに振る舞っていても、

(本当は”あれ”なんだ……)

未だに、あの空気が忘れられない。

P.78〜P.79より / ※編集部注:番組内の企画名

その後の山田さんのインタビューで、トモさんは当時の心境について、「ちゃんとしたかった」「営業でも、30分でと言われたら、30分で終わらせたい」と振り返ったという。プロ意識に徹するがゆえの、相方への厳しい叱責だった。

テツandトモ(2003年撮影)

プロの現場で起きたことだ。でも、もしこの一幕をお茶の間の子どもたちが見たり、知ったりしたら、どうなるのだろう…。こんな生唾を飲み込んでしまいそうなリアルな出来事も、山田さんはあるがままにつづっている。

「夢、壊れました?」と、山田さんはどこか”してやったり”の表情で笑う。

「本来、お茶の間の皆さんというか、お客さんでもある『視聴者』に伝えるべきではないことを書いてますからね」

「基本的に、ここに書いてる人たちの話は、全部芸人さんにも事務所にも原稿チェックをしていただいてます。でも『ここは切ってくれ』みたいのはなかった。テツトモさんも『大丈夫です、書いてください』というスタンスだったんで、逆に『すごいな、潔いな』というか。プロ意識が高いんです、テツトモさんは。特にトモさんは」

同著は月刊誌『新潮45』の連載を書籍化したものだ。「子どもは読者のターゲットと考えていない」と前置きしつつも、山田さんはこう話す。

「ただ、僕はそういうところも大人は子どもに見せるべきやな、とも思っていて。たとえば、今は何でも『0か100か』、わかりやすい味しか子どもに教えない。大人ですら、それこそネット空間とかでは、本当に『勝ちか負けか』みたいな、この2つしかない状況が多いですよね」

「いずれにせよ、みんなで叩いたり持ち上げたり、不気味なほどに二極化しているというか、単純な味しかみんな理解しないようになっている。そういう意味では、この本に載ってる人たちの人生は非常に複雑で、芳醇で、発酵食品のような味わい深いものだと思います。それがいいな、と思いますし、伝わってほしいと思うんです」

世間から「消えた」と言われる一発屋芸人たちの”その後”の人生は多様だ。

ラップ芸のジョイマンは、Twitterで「消えた」と呟く人たちに「消えてないよ!」と次から次へとメッセージを送ったり、お客さんが1人も来ないサイン会の様子をツイートしたりして、話題を呼んだ。波田陽区は福岡で再起を図っているところだ。キンタロー。さんはテレビ番組の企画で社交ダンスに打ち込み、日本代表に選ばれた。

ジョイマン(2015年撮影)

キンタロー。(2014年撮影)

「一発屋」として一世を風靡した彼らは、また大きな花火を打ち上げるために、今もしのぎを削っている。

芸能人に向かって、大上段に構えて『お前なんかおもんないわ』というのは自由ですけど…その意見に対して『そういうお前は何様やねん』と心の中でツッコんでいる人もいるはずで。去年テレビ番組で、その厳しい目を自分自身に向ける勇気はあるのか、みたいなことを言ったんですが、そういう意味でこの本に登場する人たちは、その厳しい目をみんな自分に向けています。本当に、1番厳しい目を自分の人生とか芸に向けている人たちですから

最終章では、自らのコンビ・髭男爵について書いた。

担当編集者から「最後は髭男爵で」と言われていたが、半年間は拒み続けたという。「相方のことをちょっと悪く書いて逃れるっていう迂回の仕方をしてます」と言いつつも、悩んだ末につづった自らの「列伝」には、まさしく「発酵食品のような味わい深さ」がつまっていた。

相方・ひぐち君との哀愁入り混じった「コンビ仲」が特に印象的だ。「コンビを組んで2、3年は、『どうせ樋口は帰る場所がある人間だ』と余り信用もしていなかった」(P.221)とドライな本音も赤裸々につづられた。

山田さんは中学生から芸人になるまでの6年間、引きこもりを経験している。これは2015年に自伝『ヒキコモリ漂流記』が出版され、広く知られたことだ。

「追い詰められていましたから、やっぱり。20歳まで6年間引きこもっていて、本当に社会の一員でも何でもなくなっていた状況でずっと生きていたもんですから。もう誰の言うことも信用できない、みたいな感じになっていたんですね」

その追い詰められていた時期に「髭男爵」の一員としてスタートを切った、10年後。”挫折”の日々を微塵にも感じさせないような、明るい「ルネッサ〜ンス!」のかけ声で、山田さんとひぐち君はブレイクした。試行錯誤し、笑いを追求した結果の大ヒットだった。

髭男爵(2009年撮影)

「視聴者」である私たちは、テレビに映る芸人たちの「本当の顔」を知らない。テレビの向こう側にいる彼らが何を思っているのか、本当はどんな人でどんな人生を送ってきたのか、「表」を映し出すだけのバラエティー番組を見て推し量ることは難しい。

だからこそ、「消えた」なんて後ろめたさを持たずに言えるのかもしれない。けれどもう少し、その前後のドラマにも、思いを馳せてみたい。

「ここまで来たらね。50歳とか60、70歳ぐらいになっても、シルクハットをかぶってひぐち君もあんな格好して、『何とかかーい』とか言うてたら、逆におもしろいかな、ということで。今はコンビとしてはそこを目指してます」

ひぐち君はワイン道を極めるために、「ワインエキスパート」の資格を取得した。髭男爵の2人のコンビとしての活動は、今は地方営業が主だという。数ある「一発屋芸人」たちと同じように、もちろん、山田さんの芸人人生も続いているのだ。


「世間は私たちが思っている以上に興味ない」AKB総選挙2位の須田亜香里、危機感を語る

アイドルグループAKB48の53rdシングルを歌う選抜メンバーを決める第10回世界選抜総選挙の開票イベントが6月16日、ナゴヤドームで行われた。

毎年話題になるAKB総選挙だが、自己最高位の2位にランクインした須田亜香里がスピーチの中で、「世間のみなさんは私たちが思っている以上に48グループに興味がない」と危機感を訴える一幕もあった。

2017年の6位から大躍進した須田。3位にHKT48・宮脇咲良(20)の名前が呼ばれ、2位以上が確定した瞬間、喜びを爆発させた。

スピーチでは、「ステージの一番端っこからスタートした私でも、よじ登ってくればこんなに高いところまで来られるってことを、これから頑張ろうと思っているメンバーたちに証明することが出来たらいいなと思って1位を目指すと言った」と振り返った。

2017年に「神7」入りでテレビや雑誌などのメディア露出が増えた須田だが、出演経験から気づいたこととして、以下のように訴えた

世間のみなさんは、私たちが思っている以上に48グループに興味がないということです。こんなにもみなさんが熱く応援してくれるのに、こんな私でも見てくれる心の清い人たちがいるのに、なんでこんなにも伝わらないんだろうってもどかしくて」

「いい順位だといって番組の方に興味を持ってもらっても、あなたはなにができますか?何を伝えられますか?ということを常に問いかけられ、求められます。その連続で、しかも私の8年以上のこのグループでのストーリーは10秒のダイジェストにまとめられ、本当にまだまだだなって思います」

つづけて、観客やメンバーらに向かって、力強く呼びかけた。

「でも、今こそメンバーひとりひとりが自分の武器、自分自身をもっと武器にして、個性を出していって48グループの旗を掲げて戦っていく時だと思います


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「ベッカムが築地に」多数の目撃情報、本人はInstagramを大量更新 めちゃくちゃ楽しんでる

東京・築地周辺で、イギリスの元プロサッカー選手デヴィッド・ベッカムを目撃したとの情報がSNS上で相次ぎ、話題になっている。

来日の理由は不明だが、本人のInstagramアカウントには、長男のブルックリン・ベッカムとともに築地市場でマグロの競りを見学したり、寿司屋の名店「すきやばし次郎」で食事をしたりする写真が投稿された。

また、24時間で投稿が自動的に削除されるストーリーズ機能でも、寿司や築地市場の写真を大量にアップ。東京観光を満喫したようだ。

ストーリーズを更新しすぎなベッカム。寿司の名店「海味」でも食事をしたようだ。楽しんでくれて嬉しい

Twitterでは、ベッカムが築地市場にいるとの目撃情報が相次ぎ、「ベッカム」がトレンド入りする事態に。遭遇した人との写真撮影にも気さくに応じていたようだ。


No Picture

『かぐや姫の物語』は、高畑勲との「別れの物語」だ。

日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」で5月18日夜9時から『かぐや姫の物語』が放送される。

82年の生涯をかけて、アニメーションの可能性を追い求めた高畑さん。遺作となったのが『かぐや姫の物語』だ。

3日前に営まれた高畑さんの「お別れの会」でも、『かぐや姫の物語』が随所に散りばめられていた。この映画は、いかにして作られたのか。それを少し紐解いてみたい。

■「かぐや姫の物語」は、”声”から始まった

いよいよ明日は「かぐや姫の物語」先月亡くなった高畑勲監督の集大成にして遺作❗️ジブリ史上最高の美女、と言われるかぐや姫さんの他にも、女童(めのわらわ)さんら、魅力的なキャラクターが登場、見どころたっぷりですぅー😳 #かぐや姫の物語#かぐや姫#ジブリ#高畑勲#ジブリ史上最高の美女#女童pic.twitter.com/VUKiMXDyjH

— スタンリー@金曜ロードSHOW! 公式 (@kinro_ntv) 2018年5月17日

2011年8月、東京・三鷹市のスタジオジブリに、メインキャストたちが集められた。翁役の地井武男さん、媼役の宮本信子さん、そして、オーディションで選ばれたかぐや姫役の朝倉あきさん。そして、そこには高畑監督もいた。

俳優陣を前に、高畑監督はこう語った。

「竹取物語の原作をうろ覚えで知っている人には、原作通りに進んでいる。それがミソ。そのくせに印象が違うなという感じにしたい」

かぐや姫の物語は先にセリフ音声を収録し、それに合わせて作画をする「プレスコ」という手法で制作された。この日の読み合わせの時点で完成している画は一枚もなかった。

絵のないプレスコでは、俳優たちに想像力が求められる。俳優たちの演技が、高畑監督のアニメーションづくりのヒントになっていく。高畑監督も俳優たちと一緒に試行錯誤を繰り返し、完成予想図を組み立てていった。

そう。『かぐや姫の物語』は、声から始まったのだった。

■なぜ「竹取物語」がテーマなのか。

幼子を見つける竹取の翁(土佐広通、土佐広澄・画)

『かぐや姫の物語』。原作は、日本最古の物語文学と言われる『竹取物語』だ。竹から生まれたかぐや姫が、5人の公達と帝からの求婚に応じず、やがては月へ帰っていく。

日本人なら誰でも知っている物語。だが、ストーリーそのものが面白かったとか、感動したとかの記憶はない――。そんな印象を持つ人もいるかもしれない。

ではなぜ、高畑監督は『竹取物語』を描こうと思ったのか。

きっかけは、若き頃の高畑監督が『竹取物語』をテーマにした企画を考えるよう会社から言われた時、ふと抱いた疑問がきっかけだった。

「かぐや姫はいったい何故、何のために地上にやって来たのだろうか」

その疑問に向き合った高畑監督が、自ら導き出した答えが『かぐや姫の物語』だった。

たくさんの可能性を持っていたのに、(かぐや姫は)可能性を活かすことができずに(月に)帰るということは、死ぬこと。(月は)あの世です。

(『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』)

かぐや姫は「生」を享受するために地球へやってきた。そして、月に帰ることは「死」だ。高畑監督は、そう捉えていた。

構想50年、企画・制作に8年。「アニメーション監督・高畑勲」の集大成と言える映画は、こうして形づくられていった。

■試行錯誤の人・高畑勲は、セルアニメの「破壊」にも挑んだ

『かぐや姫の物語』は『となりの山田くん』(1999年)以来、14年ぶりの作品だった。その間、なにがあったのか。

高畑監督は、常に試行錯誤の人だった。

1968年、高畑監督が32歳のとき『太陽の王子ホルスの大冒険』で演出を担当。複雑な心理描写や人間の内面を描くスタイルは、子供向けアニメの枠組みを超越していた。5月15日の「お別れの会」で宮﨑駿監督は、高畑監督とともに映画を作った日々を回想し、こう語っていた。

初号(試写)で僕は初めて、迷いの森のヒロイン、ヒルダのシーンを見た。作画は大先輩の森康二さんだった。なんという圧倒的な表現だったろう。なんという強い絵。なんという…優しさだったろう…。これをパクさん(高畑監督の愛称)は表現したかったのだと初めてわかった。

高畑勲さん「お別れ会」 宮崎駿監督は声を詰まらせながら、亡き盟友を偲んだ〈全文〉

高畑監督は実験を忘れなかった。「火垂るの墓」では徹底的な描写でリアリズムを追求。「平成狸合戦ぽんぽこ」では、コミカルな狸たちを描きながら、自然と人間の対立や現代社会の矛盾を痛烈に風刺した。

やがて高畑監督は、セル画を用いたアニメーションの作り方そのものを変えようとした。それが『となりの山田くん』だった。

自分はセルアニメはもう嫌で。いわゆるセルアニメはやりたいと思ってなかった。その第一歩として山田くんだし、山田くんの後やる機会がなくなって。ないままになってもしょうがないなと思って。

(『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』)

『山田くん』は、壮大な世界観を描いてきたスタジオジブリらしからぬアニメーションだった。観客に強烈な印象を与え、「ジブリっぽくない」と大きな話題になった。

だが、この作品はジブリの制作現場に大きな混乱をもたらしたという。

高畑監督は、手書き風かつ水彩テイストのアニメーションを作ることを望んだ。だが、当時のジブリにはその体制がなかった。多くのスタッフが、これまでと全く違う仕事を要求された。

作画枚数で『もののけ姫』をしのぐといわれる『山田くん』は、ジブリの制作体制を崩壊させたとも言われる。

そこまでして、なぜ高畑監督は『山田くん』をつくったのか。公開前のインタビューで、こう述べている。

――それがなぜ現実に?

高畑:動機のひとつは、最近のアニメーションへの違和感。子供時代にはアニメの世界にリアリティーを感じても、やがてそこから卒業して現実の世界に立ちかえるというのが健全な姿だと思うんです。

けれども、いまのアニメは現実以上に立派で緻密(ちみつ)な世界を構築し、そこに浸ったまま出てこない人が増えている。そういう快楽主義がいやでね。『山田君』なら、閉じたファンタジーとはまったく違う世界が描けると思った。

――原作にかなり忠実な絵柄ですね。

高畑:ファンタジーに説得力を持たせるため、緻密な描写を追求していくことに常に疑問があり、初心に立ちかえりたかったんです。実写ではできないものを描けるのがアニメなのに、現実以上のリアルさにこだわりすぎている。四コマ漫画でちゃぶ台しか出てこなくても、ほかに家具がないと思う人はいませんよね。

描いていない部分は、みんな自分の生活から連想している。キャラクターだって、あるタイプの人間を代表しているだけで、固有の存在ではない。『これは仮のもんでっせ。本物は奥にありまっせ』というのが四コマのリアリティー。漫画の奥に現実が透けて見えるものにしたかった。

(朝日新聞 1999年5月10日夕刊)

生粋の高畑作品ファンに「一番好きな高畑作品は?」と聞くと「山田くん!」と即答する人がいる。毀誉褒貶があろうと、それだけ高畑監督のアニメーションは、人々の心を引きつける。

製作を支えた故・氏家齊一郎氏も、鈴木敏夫プロデューサーも、「かぐや姫を作るべきだとは言ったが、私が作るとは言っていない」と言い張っていた高畑監督を1年半もの歳月をかけて説得した西村義明プロデューサーも、そして宮﨑駿監督も。皆、思うことは同じ。「高畑さんの映画がみたい」。その一心だった。

ジブリでは作れない映画をつくるため、西村プロデューサーは高畑監督のために新たなスタジオをつくった。「スタジオジブリ第7スタジオ」。アニメーション界で活躍するフリーの精鋭スタッフ80人が結集。高畑監督とともに、アニメーションの限界に挑んだ。

■スケッチ風の絵と、水彩絵の具の背景が合わさると…

高畑監督は、東映動画時代から抱えている思いがあった。それは、原画の初期段階で描かれる勢いのあるスケッチ風の線を、アニメーションに活かしたいという思いだった。

通常のアニメーションでは、初期段階で描かれる線は最後には清書される。高畑は長年、この線の勢いを活かしたいと思っていた。

スケッチ風の絵というのは完成画じゃないんだ。たとえば、「こういう気持ちになっているから、それをささっといま書き留めたらこうなったんだ。こういう感じだったんだよ」というような絵になっている。鉛筆でザザッとしたり、途切れたり、そういう手法が大事なんです。

(『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』)

従来のアニメーションとは異なる表現。その根幹を担ったのが、全てのキャラクターと作画を設計した田辺修さん。高畑監督に「田辺さんとでなければ、映画を作らない」と言わしめた人物だ。

作画スタッフたちは、田辺さんの絵コンテをもとに実際のアニメとなる絵を描いていく。求められたのは、迷い線があったり、ラフスケッチのような勢いある作画。精鋭アニメーターにとっても、初めてのことだった。

自分の人生に悩んでいる方…
幸せになれる方法が見出せない方…
人生はそれでも素晴らしいと信じたい方…
人生に悔いなく生きたい方……

そんなあなたの気づきにも。

巨匠・高畑勲監督の集大成にして遺作
「かぐや姫の物語」
明後日夜9時#かぐや姫の物語#高畑勲#かぐや姫#金ローリアルタイムpic.twitter.com/NLcWdPD1iT

— スタンリー@金曜ロードSHOW! 公式 (@kinro_ntv) 2018年5月16日

高畑監督は背景にもこだわった。担当したのは『となりのトトロ』などの背景美術を手掛けた男鹿和雄さん。緻密に描き込めれた背景は、ジブリ作品の代名詞になった。

ただ『かぐや姫の物語』の背景は、これまでのジブリ作品とは異なるものだった。求められたのは、淡く、繊細な、淡彩の背景。通常のアニメで使われるポスターカラーではなく、透明水彩の絵の具で描かれた。塗り直しが出来ないので、美術スタッフには高い技術が要求された。

しかも水彩絵の具は、描いた後に乾かしてみると、思っていたものとは違う色彩がでることもある。にじみ、ムラなども考慮しなければならない。まさに「水もの」の世界。やってみないとわからない。

色にも妥協はしなかった。通常のアニメーション制作現場では、どこにどんな色を用いるかを指定した「色見本」があるが、『かぐや姫の物語』では作られなかった。全てのカットで、最もふさわしい色合いを模索し、調整した。

総カット数は1423。1つのカットの色を決めるため、6時間も議論したこともあったという。

出来上がった作画に背景が合わさると、まるで一枚の絵のような画面が出来上がった。それが連続したアニメーションになれば、まるで絵巻物のようだ。

人物と背景が一体化したスケッチ風の画面づくり。これこそが高畑監督が『かぐや姫の物語』で目指した表現だった。

■『かぐや姫の物語』は、高畑監督との「別れの物語」かもしれない

高畑勲さんの「お別れの会」(2018年5月15日)

5月15日、高畑監督の「お別れの会」には久石譲さんの姿があった

高畑監督と久石さんの出会いは、宮﨑駿監督の映画『風の谷のナウシカ』がきっかけだった。プロデューサーだった高畑さんが当時、新進気鋭の作曲家だった久石譲さんを抜擢した。

高畑勲さんの「お別れの会」で挨拶する久石譲さん(2018年5月18日)

久石さんは「当時、本当に無名だった僕を起用していただいた。今日あるのは高畑さんのおかげです」と、お別れの会で語っている。

高畑監督は『かぐや姫の物語』で久石さんを起用した。高畑作品の音楽を久石さんが手がけるのは、これが初めて。そして、最後となった。

物語のラストシーン。かぐや姫は、色とりどりの自然に恵まれた地球での記憶を失い、迎えの使者たちと月へ帰っていく。久石さんが作曲した「天人の音楽」にのせて…。この曲は「お別れの会」でもプログラムが終わった後、会場に流れていた。

いよいよ明日は巨匠・高畑勲監督渾身の感動作「かぐや姫の物語」を放送します🌸🌸🌸独自表現で米アカデミー賞ノミネートなど世界が絶賛した超大作をノーカットで放送です📺✨高畑監督の名作を是非一人でも多くの方にお楽しみいただければと思います🐰#竹取物語#朝倉あき#高畑勲#かぐや姫の物語pic.twitter.com/JFq4t3ZK3Y

— スタンリー@金曜ロードSHOW! 公式 (@kinro_ntv) 2018年5月17日

かぐや姫が月へと帰る悲しい結末を、どう昇華させるべきか。高畑監督は、一人のシンガーソングライターに物語の締めくくりを託した。

その人は、二階堂和美さん。高畑監督が新聞記事で偶然見つけて、その音楽性に惚れ込んだ。かぐや姫が記憶を失い、月へと帰る悲しい結末。主題歌の「いのちの記憶」は、そんな悲劇の目撃者となった観客の心を慰める歌となった。

いまのすべては 過去のすべて
必ず また会える 懐かしい場所で

いまのすべては 未来の希望 
必ず 憶えてる いのちの記憶で

「いのちの記憶」(作詞・作曲・唄 二階堂和美)

二階堂さんは、高畑監督のお別れの会で、涙ながらにこの歌を歌い上げた。高畑監督の「いのちの記憶」を、心に刻むために。

もうこの世に、高畑監督はいない。だが、高畑監督が残した作品と、アニメーションの可能性に挑み続けたその精神は、これからも記憶に残り続ける。

参考資料:
・スタジオジブリ『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。〜ジブリ第7スタジオ、933日の伝説〜』
・『かぐや姫の物語』劇場パンフレット
・スタジオジブリ『ジ・アート・オブ かぐや姫の物語』
・キネマ旬報セレクション『高畑勲 「太陽の王子 ホルスの大冒険」から「かぐや姫の物語」まで』
・ユリイカ 『2013年12月号 特集=高畑勲「かぐや姫の物語」の世界』


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