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国籍やジェンダーを超えて自由に生きる。「違うことが当たり前」に救われた写真家・金玖美さんの視線

マガジンハウスの専属フォトグラファーを経て、現在は広告、雑誌で活躍する写真家・金玖美(きん・くみ)さんの写真集『EXIT』(BOOTLEG)が出版された。

撮影地はイギリス、被写体はそこで暮らす市井の人々だ。彼、彼女らの多くが国境を越えてこの地へやってきた移民であり、金さんの作品はイギリスという国が持つ民族や文化の多様性を物語っている。

「彼女に会ったのは、最初で最後 I Only Met Her Then」

「初めて会ったその日に、『自宅で子どもを産むから、写真を撮りに来てくれない?』と声をかけてきたハンガリー人の妊婦」(金さん、以下同)

「日曜の朝 Sunday Morning」

「同じフラットに住んでいたパンクスたち。国籍も年齢も不明だが、日曜朝のリビングはいつもこんな感じだった」

「母は学生 Student Mum And Her Son」

「学生であり、母親でもあるドイツ人の若きシングルマザーは、学費をローンで払っていたことからホームレスになりかけたと話していた」

幼少期に姉たちと一緒に何度も何度もくり返し読んだマザー・グースの本、学生時代に夢中になったマンチェスター〜インディー・ダンスといったUKロック…。物心ついた頃から憧れ続けたイギリスに、金さんが初めて訪れたのは20歳の時。学生の一人旅だ。

ロンドンで地下鉄に乗った時、目の前に座っている人たちみんな、髪の色も肌の色も違っていた。「違うことが当たり前」━━。その時に感じた居心地の良さを、金さんはいまだ忘れずにいる。なぜならば、彼女自身も移民のルーツを持つからだ。

京都生まれの京都育ち。大学生になった時、それまで使っていた日本名から、韓国名の金に名前を変えた。両親や姉たちは自分たちのルーツをとても自然に、かつ前向きに受け入れていたため、金さんがそれまでの人生において自身のルーツをコンプレックスに感じたことはなかったと言う。

しかし、韓国名に変えてからは、家を借りる際、不動産屋に断られることがあったり…と、想像していなかった現実と向き合うことになる。突然、目の前に立ちはだかったアイデンティティの壁。金さんが初めてロンドンを訪れたのは、ちょうどそんな時だった。

「出口はどこに Exit」

初めてのイギリス旅行から10年後、カメラマンとなった金さんは「仕事としてではなく、自分の写真を撮りたい」と、当時専属フォトグラファーとして勤めていたマガジンハウスを退社し、渡英する。

ロンドンの中でもとくに移民が多く暮らすイーストロンドンに拠点を置き、ロンドン芸術大学の写真科のプロフェッショナルコースに通いながら、日常の風景や身近な人々にカメラを向けた。国籍やジェンダーを超えて、「わたし」として自由に生きる人々の中で、気がつけば、「自分で自分を縛り付けていたアイデンティティの呪縛のようなものから解放された」と言う。

4年のイギリス生活を経て日本に戻った後も、仕事で、プライベートで、イギリスに幾度となく足を運び、そこで生活する人々を撮り続けた。

金玖美『EXIT』(BOOTLEG)

写真集『EXIT』が刊行されたのは、3月29日。イギリスがブレグジット(EU離脱)の期限として当初予定していた日だ。金さんが自身の写真集の刊行日を、この日に合わせたのには理由がある。

イギリスは2016年の国民投票の結果を受け、EUから離脱するという選択をした。以降、国家は移民を排除し、多様性を制限するかのような動きを見せる。自身のアイデンティティに戸惑う金さんをそのまま受けて入れてくれた寛容なイギリスの姿は、これから先、もう期待できないのだろうか。

「投票するために英国籍に変えたドイツ人男性とその家族 This German Guy Got a UK Passport Before the Brexit Referendum」

「友人の日本人女性の夫はドイツ人だが、国民投票に参加するため、英国籍を取得した。バスで出会ったジャマイカ人の男性は『金さえあれば、離脱か残留かなんてどちらでもいい』と話し、アートディレクターとして活躍するイギリス人の男性は『仕事で海外へ行く機会が多いから、ブレグジット後はヨーロッパへの渡航手続きが大変になるだろうから、勘弁してほしい』と…」(金さん)

2016年6月、再びロンドンを訪れた金さんは、離脱派、残留派、それぞれの思いが入り混じるなか、ブレグジットに揺れ動く街を目の当たりにし、あることを思い出す。

2005年に起こったロンドン市内での同時多発テロだ。

「当時、私はロンドンにいましたが、街には何事もなかったかのように、いつもの生活を続ける人々がいました。聞けば、『ここで会社を休んだら、テロに屈したことになるから、何時間かかったとしても、歩いてでも、会社に行くのよ』と。この国の人々の強さを実感しました」

ブレグジットの期限延期が決まり、いまだその解決法が見つからず迷走するイギリス。かつてこの国の多様性に触れたことで、いまとなっては自分の名前が「着慣れた服のように馴染んでいる」と話す、金さんの思いは1つだ。

「今後訪れる変化が、イギリスの人たちの未来にとって、よい結果をもたらすものとなりますように」

BOOTLEG GALLERYでは写真展も開催(〜4月19日、7月5日〜静岡県浜松市・BOOKS AND PRINTSを巡回予定)。旧知の仲である写真家でもあり編集者でもある都築響一さんとトークショーも行われ、お互いに使っているカメラ機種の話などで盛り上がった。都築さんからは「金さんには、離脱後のイギリスもぜひ撮影してほしい」との声が上がった。金 玖美(きん・くみ)1997年にマガジンハウスへ入社、ポパイやアンアンなどで専属フォトグラファーを務める。2004年、同社を退社後、渡英。London College of Communication にて Professional Practical Photography のコースを修了。帰国後は、ファッションやポートレートを中心に広告や雑誌、 ムービーで活動中。http://koomikim.com/

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オバマの座右の書。仕事、子育て、今日なに着よう?…答えのない問いと向き合う時の指針となる1冊

はじめまして!

駅ナカ書店のブックスキヨスク・ブックスタジオ(JR大阪駅・JR新大阪駅・JR森ノ宮駅・JR尼崎駅・JR姫路駅)でビジネス書のチーフバイヤーを担当しております桑野禎己と申します。

書店員、本屋さんで働くようになって15年。

本屋のおにいちゃんから、本屋のおっさんになりました。

中学生のころからベースを弾いていて、バンドでごはんを食べられたらなぁとバンド活動していた二十歳ごろ、せっかくいいと思える曲を作っても、歌詞が最悪やったらぜんぜんダメちゃうんかと思いました。

それで、いい詩を書くには、いい詩がある本屋さんにいればいいと思い、本屋さんのアルバイトに応募しました。

そこから15年、今はもうバンド活動はしておりません。

本屋さんの仕事と相性がよかったのか、長い間、僕は本屋さんとして生活しています。

 

棚を作ること、棚を作って売れていくことに、大変な魅力を感じました。

本屋さんの棚はライブでナマモノ。

朝に生まれた棚は、夜には死んでいるかもしれない。

手を入れ続けなければいけない感覚。

完成したと思ったら腐るみたいな。

とりあえず今はこれでいいみたいな。

なんかもうそんな感じ。

 

恥ずかしいんでやめます。

ラルフ・ウォルドー・エマソン『自己信頼』(海と月社)

僕が紹介させていただく本は、アメリカの哲学者であり、詩人であり、思想家でもあるラルフ・ウォルドー・エマソンの『自己信頼』(海と月社)です。

エマソンの思想・哲学は詩人宮沢賢治や喜劇王チャップリンなど、数多くの表現者たちに自分を信じ抜く勇気を与えてきました。アメリカ前大統領オバマさんも、エマソンの言葉を座右の言葉としているそうです。

 

「自分の考えを信じること、自分にとっての真実は、 すべての人にとっての真実だと信じること」

 

ドラゴンクエストに天空シリーズの装備があります。

僕にとってエマソンの『自己信頼』は天空の盾です。

僕を守ってくれる盾です。

 

本屋さんの仕事も、子育ても、今日着る服も、誰かにかけた言葉も、いま決断して実行したことも、正直、どれが正解なのかわかりません。

僕はバイヤーなので、各店舗を巡回します。店舗のビジネス書の売上に貢献できるように、担当者や店長と話し、棚を触り、商品を動かしPOPを描いたり、出版社に発注をかけたりします。でも、どれも正解ではないのかもしれないのです。

明確な問いがあっても、明確な答えはないかもしれない感じ。

 

「自分の仕事にまごころをこめ、最善を尽くすなら、

心は安らぎ、晴れやかになるが、

そうでない言行からは心の平安は得られない。

才能にも見捨てられ、創造も希望も生まれないだろう」

 

かなり勇気づけられます。

 

「いま考えていることを断固として語りたまえ。

そして明日は、たとえ今日いったことのすべてと 矛盾していても、

そのときに考えていることを 断固として語るのだ」

 

予測不能な状態、不確実な時代などといわれています。

なんかいろんなもんが加速しています。

自分を取り巻く環境も変化します。

便利で喜ばしいこともありますが、しんどいときもあります。

そんな時に『自己信頼』の言葉を 胸におさめておくのはどうでしょう。

黒々と渦巻く雲間にさす、ひとすじの光です。

 

最後に、

僕とこの本をつないでくれたある出版社の営業さんは、もうこの世にはいません。

彼がいなければ僕の本屋さん人生は 違った別のものになっていたでしょう。

彼に最大の愛とリスペクトを。

 

恥ずかしいんでやめます。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

ラルフ・ウォルドー・エマソン『自己信頼』(海と月社)

今週の「本屋さん」

桑野禎己(くわの・よしき)さん/ブックスキヨスク チーフバイヤー

どんな本屋さん?

桑野さんがバイヤーを務める「ブックスタジオ大阪店」は世界で3番目の乗降客数を誇る大阪駅の御堂筋北口すぐに位置し、朝早くから夜遅くまで客足が途絶えることのないお店です。ビジネスマンに向けた書籍も豊富ですが、特徴的なのは若い女性向けの書籍売り場。流行に敏感なお客さんにも喜んでいただける最新の売れ筋が揃ってます。

ブックスタジオ大阪店

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)

 


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浦沢直樹『MASTERキートン』はブレグジット迷走の謎を知る最良の教材

浦沢直樹、勝鹿北星、長崎尚志『MASTERキートン』(小学館)

英国・アイルランドでは、頭文字を大文字で表記する「The Troubles」という特別な言い回しがある。日本語として定着している「トラブル」という一般名詞のイメージとは違い、この言葉には血生臭い歴史が染みついている。テロや弾圧で3000人以上の死者を出した北アイルランド問題を指す婉曲表現だからだ。

当初は2019年3月末にセットされていたブレグジット(英国のEU=欧州連合=の離脱)は、ギリギリで先送りとなり、なお英政界の混乱で先が読めないカオスが続く。この迷走の最大の要因はEU加盟国であるアイルランドと英領である北アイルランドの間の国境、いわゆる「アイリッシュ・ボーダー」問題だ。なぜ、わずか500キロほどのこの国境が解決不能な難題なのか、日本人には理解に苦しむところ。このTroublesの根深さを肌感覚で知る格好の教材が『MASTERキートン』(小学館)だ。

「ギャング同士のケンカ」

日・英ハーフの英国人、平賀=Keaton(キートン)・太一を主人公に据えた本作は、1988年から1994年までビッグコミックオリジナルに連載された浦沢直樹の代表作の1つ。キートンは考古学者、英特殊空挺部隊SASの元隊員、探偵(保険会社ロイズの調査員=オプ)という3つの顔を持つ。このユニークな経歴のキートンが様々な事件に巻き込まれ、冷戦終結前後の複雑な国際情勢を反映したスリリングなストーリーや、依頼人やキートンの家族・友人のヒューマンドラマが展開される。

世界各国を舞台にした作品の構えの大きさはさいとう・たかをの『ゴルゴ13』(小学館)に通じるものがある。主人公が軍事・サバイバルや、歴史、国際情勢について広範な知識をもつ「プロ中のプロ」なのも共通項だ。だが、冷徹なゴルゴとは対照的なキートンの柔らかな人柄が魅力となり、読み味は全く違う作品になっている。私は断然「キートン派」で、学生時代から何度も再読している。

『MASTERキートン』では、たとえば「穏やかな死」の回でTroublesが題材となっている。アイルランド統一を目指す武闘派組織IRA(アイルランド共和軍)の一員として爆弾製造を受け持ってきた男の「変節」と、キートンの数奇な巡り合わせが印象深いエピソードだ。

さらにこのテーマに真正面から踏み込んだのが、「偽りの三色旗」と「偽りのユニオンジャック」の連作。三色旗はアイルランドの国旗を指す。ストーリーの軸となるのは、作中で「ギャング同士のケンカ」と表現されるIRAとSASの報復合戦で、その根っこにはIRAと英国の泥沼の闘争の発火点となった1960年代の英軍派遣がある。数百年におよぶ英国の搾取・弾圧に苦しんだアイルランドの苦難の歴史や、北アイルランドの成立後に続いた少数派のカトリック教徒への差別にも言及し、連載当時にはリアルタイムの難題、まさにTroublesだったことが生々しく迫ってくる。

2014年に単行本が発売された待望の新作『MASTERキートン Reマスター』(浦沢直樹・長崎尚志、小学館)に収められた「ハバククの聖夜」でもTroublesが取り上げられている。北アイルランド問題は1998年のベルファスト合意(Good Friday agreement)以降、小康状態にあるが、同編に登場する元ロンドン警視庁警部の老人が漏らす一言が、Troublesの根深さを象徴する。

曰く、「休戦中だ。平和は戻っちゃいない」

深刻な問題はTroublesの再燃

実際、Troubles は、ブレグジットの行方如何で「休戦」が壊れ、テロが再開しかねない危うさを抱える。日本ではあまり大きく報じられなかったが、今年1月、北アイルランド第2の都市ロンドンデリーで自動車爆弾とみられるテロがあった。幸い犠牲者はなかったが、通行人がいれば確実に死者が出ていたであろう規模の爆発だった。

同じEU加盟国として国境が完全開放されている現状は、私自身、2016年春から2年のロンドン駐在の間にダブリンからベルファストまで鉄路で旅した際に実感した。あの、本当に何の境もない、日々何万人もが行き来する名ばかりの境界線に、厳格な国境(ハードボーダー)が復活するとは、とても想像できない。

だからこそ、仮にそれが現実になれば、IRAの残党を刺激して「平和の均衡」が崩れる恐れは大きい。一方、開いた国境を維持するために北アイルランドをイギリス本島から切り離すようなスキームは、現政権に閣外協力する地域政党DUP(民主統一党)など英国の一体性を重視する勢力が絶対に飲まないだろう。

いわゆる「合意無き離脱」のリスクについては、ヒト・モノ・カネの移動が滞ることによる経済的な打撃に目が向きやすい。日本や企業への直接の影響としては、それは間違いではない。だが、英国とアイルランドにとって最も深刻な問題はTroublesの再燃なのだ。最悪期にはIRAがロンドン中心街でも次々とテロを仕掛け、王室メンバーにも犠牲者が出ていることを忘れてはならない。

『MASTERキートン』は、このTroublesを血肉の通うヒューマンストーリーとして描き切っている稀有なマンガと言えるだろう。そこには、歴史書や解説記事では伝えきれない、物語のもつ共感を呼び覚ます力がある。

「あの時の海の色」

さて、ここまではホットな話題に引き付けて語ってきたが、Troublesという題材は『MASTERキートン』の魅力のほんの一部でしかない。他の国際情勢に材をとったエピソード群も深みや切れ味十分で、考古学者としての夢を追い続けるキートンの苦闘や、魅力的な脇役たちの繰り広げる歯切れの良い短編集のような物語にも、時折再読したくなる魅力がある。ウンチク好きの私には、挿入される豊富な史実やトリビアも楽しみの1つだ。

そして、私にとって本作の最大の美点は、冷徹な国際政治や気まぐれな歴史に振り回される人々の悲哀をテーマとする回が少なくないのに、本作全体には人間賛歌という言葉がぴったりな温かさが貫かれていることだ。必ずしもハッピーエンドと言えないエピソードでも、読後感はどこか清々しい。

タイトルの「MASTER」は、考古学修士課程修了というキートンの学歴だけでなく、SASのサバイバル教官としてのキャリア、フェンシングの「達人」など多面的なキートンの来歴を包含したダブルミーニング、トリプルミーニングとなっている。

最後に、本作で私が一番気に入っている「MASTER」の側面について触れたい。

「瑪瑙(めのう)色の時間」は、少年時代のキートンが休暇を過ごした母親の故郷・コーンウォールでの思い出話を軸に話が進む。しがないバス運転手のワトキンズは、地元の少年たちから浮いている「別荘組」のキートン少年の友人となり、こう語る。

「坊やはきっと人生の達人(マスター・オブ・ライフ)になれるぞ。俺の人生のテーマなんだ」

その後、小さなトラブルがあり、ワトキンズはキートンを慰めるため、美しい朝の海が見える秘密の場所に連れていく。ワトキンズは言う。

「人生の達人はどんな時も自分らしく生き 自分色の人生を持つ」

時は現代に戻り、瑪瑙色に染まる海を見る時を共有した少年時代の思い出を自分の娘に語ったキートンは、こう話す。

「お父さん まだ人生の達人どころか、自分の人生もわからない。でも、あの時の海の色は忘れない」

(高井浩章)

(2019年4月3日フォーサイトより転載)


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これは、あなたを眠りにつかせ、目覚めさせる物語だ。気づけば本棚に8冊ある本の話

人間であることを確かめたくない作家がふたりいる。
どちらも現代に生きているのだから、会おうと思えばたぶん会えるのだし、実はそのうちのひとりには直接サインを頂戴したこともあるのだが、まだ信じたくない。
知ってしまったら、人の遠近法が崩れてしまう気がする。

神聖視をしすぎるあまり、自室や店には、同じ本がいくつもある。仕入れたというより、たんに、見つけると買ってしまうのだ。お金もないのに、それらを前にするとなにかがおかしくなってしまうようだった。

今まででいちばんたくさん集めてしまったと思われる本では、文庫と合わせると7冊所有していたこともある。これだけあると、ちょっとした間違いとも言いようがなく、友達にあげるにしても限度があり、本棚に点在させてみてもやたら目立つ。それでもあるだけで安心するので、持ち出す用の文庫、眺める用のハードカバーと使い分けて、至福を感じていた。

無闇な収集癖は、本屋をはじめることになってだいぶ落ち着いてきたのだが、つい先日、こんなことがあった。

店の取材のあと。ライターの方がかばんからなにかを抜き取り、わたしに差し出した。「お好きだと言っていたので」と言われ、つい素直に受け取ってしまう。見るとそれは、箱に入った1冊の本だった。わたしが崇拝するふたりの作家のうちのひとり、幻想小説家・山尾悠子の『ラピスラズリ』。7冊持っていたこともあるという、その本である。

聞けば、サインが入っているという。「そんな特別なものを」と思う気持ちの一方で、わたしのなかに悪いくせが頭をもたげ、舞い上がったまま、キットカットと引き換えにありがたく受け取ってしまった。8冊目となったその本はまだ開くことのできないまま、自室の本棚のなかに置いてある。

山尾悠子『ラピスラズリ』(ちくま文庫)

1冊の本を紹介する機会をいただいたとき、すぐに承諾してから、考え込んでこの本に決めた。わたしにとって大切な本であることはもちろんだが、しかも本当は必要としている人が、まだこの本に出会わずにいることもあるように思ったからだ。

『ラピスラズリ』には高校生のとき、当時通いつめていた新刊書店で出会った。
幻想小説、SF、ミステリなどが並ぶ本棚のなか、わたしは気になって抜き出しては、恐れをなしてしまい込んだ。きれいな青色の、かたい箱に入った本は、厳かな雰囲気をかもし出していた。本を出して開くだけでも、そわそわしてしまう。
何度も本棚の前に立ち尽くしたが、結局当時のわたしには買うことができなかった。

そういうわけで、はじめて読んだのは文庫化されてからだった。発行は2012年とあるから、大学生になってからのことだ。本を開いたわたしは、物語のはじめに書かれた「睡眠不足で赤い眼をした画廊の店主」の台詞に心のすべてを連れて行かれてしまう。それからは、幾度となく読み返し、本屋で見かけるたびに買い集めた。

『ラピスラズリ』は「銅版」「閑日」「竈の秋」「トビアス」「青金石」の5篇から成る、連作長篇小説だ。〈冬眠者〉を取りまく、眠りと覚醒の物語である。
〈冬眠者〉という言葉だけで、落ち着かない気持ちになる。小学生のときに読んだ萩尾望都の漫画『ポーの一族』のせいか、わたしは自分と違う、しかしこの世界にいてもおかしくない者たちに、憧憬を抱き続けている。

『閑日』『竈の秋』で描かれるところによると、〈冬眠者〉は、冬になると鍵を掛けて眠り、春になると目覚める人びとだ。そういうことになっている。それはその体質というよりもむしろ身分制度であり、文化ともいえる。〈冬眠者〉たち、世話をする召使いたち。そして〈ゴースト〉、それから……。数多くの登場人物たちは、ただそこに存在し、動いている。そしてそのうつくしすぎる別世界は、読み進めればいともたやすく読者自身と接続される。そのことに、心を動かされないわけはない。

昨夜、わたしは布団の上にクッションを重ねてもたれかかって文庫版の『ラピスラズリ』をめくっていた。午前1時前、いつもならもう眠っている時間だが、「駄目——眠ってしまっては駄目よ。起きていなければ。きのう話したことを覚えていないのね」と、〈ラウダーテ〉が言う。わたしは眠いまぶたをこすり、読むことをやめられないでいた。こんなふうに夢中で読みふけるのは、久しぶりのことだった。わたしは〈ゴースト〉のように物語に入れてもらい、人形のひんやりとした感触を得る。舞台は深夜営業の画廊、〈冬眠者〉の館、東の国、西暦1226年のアッシジ近郊へ。

物語を読むときには、そのなかに入り込みやすくするためのいくつかのやり方があると思う。
たとえば、心地いい温度の落ちつける部屋のなかにいること。ひとりきりの静かな時間があること。それから、登場人物の、情景の問いかけに、真剣に答えようと試みることだ。
本に慣れている人ならば造作もないことだろうが、わたしなどは、本のなかに問いかけを見つけても、あるいは見つけることすらできずに通りすぎてしまうことが多い。しかし、じっくり文字を見つめ、問いを、横たわる違和感を見つければ、書かれた言葉はすべて徴候となり、読者の身体は物語に合わせるようにして、伸びたり縮んだりしながら入り込んでいける。徴候はうねるように、わたしを、あなたを最後の1ページまで、そしてまたいちばん最初へと、導いていく。

気付けば午前2時をすぎていた。わたしは本から目を離せないまま、何度も巡るように読んでいた。布団のなかで夢心地になりながら何度も反復するのは、画廊の店主が〈わたし〉にいう台詞。

「画題(タイトル)をお知りになりたくはありませんか」

だれかに本をすすめることはむずかしい。でも、願わくばわたしの本棚に並べられるように、あるいはまったく違う形で、この本を必要とするだれかのそばにも『ラピスラズリ』があればいいと思う。今ではなくても、いつか。でも本はなくなってしまうことがあるから、できればすぐにでも。それはもしかすると、あなたを眠りにつかせ、あなたを目覚めさせる物語となる。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

山尾悠子『ラピスラズリ』(ちくま文庫)

今週の「本屋さん」

伊川佐保子(いかわ・さほこ)さん/ほんやのほ(東京都中央区)

どんな本屋さん?

2019年2月1日、東京メトロ日比谷線小伝馬町駅より3分のビルの2階にオープンした会員制本屋です。入会資格は「なんだか本が気になること」。山尾悠子『ラピスラズリ』は「ほんやのほ」でも販売中です。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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#inliving #まみむめもちお から考えるYouTube界の新ジャンル。「ルーティン」動画って何…?

YouTube界に新ジャンル「日常系」が登場 

いまYouTubeチャンネルに、いわゆる王道の「YouTuber像」を覆す新ジャンルが出現している。

YouTubeチャンネルといえば、HIKAKINやはじめしゃちょーに代表される「やってみた系」=マルチ系YouTuber、佐々木あさひのような美容系YouTuber、または兄者弟者のようなゲーム実況が主流だった。

だが、ここ最近、頭角を現しているのが「日常系」と呼ばれる新ジャンルだ。

百聞は一見に如かず、ご覧いただいたほうが早いと思うので、さっそくその代表格である2つのチャンネルを紹介したい。

 

【inliving.】

元女優の「りりか」が出演するチャンネル。もともとファンが存在したとはいえ、昨年10月からはじまったチャンネルにもかかわらず、すでに登録者数18万人という人気ぶりだ。

静かでスピードを抑えた舌っ足らずな語り口に、「ワセリン、コンシーラー、グロスのみ」とナチュラルメイクを想像させる化粧品、しかも購入品紹介は無印良品オンリー。彼女のキャラクターは、いわゆる「ていねいな暮らし」を心がける「自然派」の女性といったところだろうか。

最近公開された動画にも、彼女が浅草で購入したおみくじとお土産を静かに見つめたり折ったり説明したりするだけのものがあるが、それだけで約8万回視聴されている。

「inliving.」の強さは、「ていねいな暮らし」「自然派」を示す記号を随所に盛り込み、強靭な世界観が構築されている点だ(実はこのチャンネル、末永光という写真家がディレクションしており、ビジュアルの完成度の高さは当然といえば当然かもしれない)。

また、右手薬指にはめた指輪、たまに見せる遠くを見つめるような表情など、ミステリアスな雰囲気も漂わせている。一貫したキャラクター設定と、「もっと知りたい」と思わせるそうしたつくり込みが、ファンを惹きつけているのだろう。

 

【まみむめもちお】

元歯科衛生士の「もちお」によるチャンネルだ。こちらも、昨年4月に公開し登録者12万人と大人気である。

こたつやぬいぐるみなど、等身大の女性らしい家具や小物が雑多におかれた部屋で、普段着に半纏をまとった20代の女性が料理を作ったり食べたり掃除をしたりする。

チャンネル開設当初は、「逆立ちして牛乳を飲む」「1秒で500ml水を飲む」等の「やってみた系」動画を投稿していたが、最近はそうした「一人暮らし独身女性のリアルな日常」をそのまま撮ったような自然体の動画にシフトしている。

「食器洗いが面倒で溜めてしまう」「朝大慌てで家を出るので家が散らかってしまう」など、「面倒にならないよう食器はすぐ洗う」「朝は7時過ぎに自然と目が覚める」という「inliving.」のりりかとは対照的に、「ダメなところを積極的に見せる」姿勢が男女問わず共感を呼び、好感度を上げている。

日常系YouTuberの最大の武器は「ルーティン」動画

これら2つのチャンネルの武器は、どちらも「ルーティン」動画である。朝起きた直後や、帰宅してから寝るまでの間にすること、自分の様子などを紹介するものだ。

「赤の他人の生活を覗き見ることの何が楽しいのか」という疑問が生まれるが、inliving.のモーニングルーティンは120万回再生、もちおのナイトルーティンは161万回再生とどちらも驚きの再生回数である。

なぜ、視聴者は「ルーティン」動画にハマってしまうのだろうか。

今回紹介している2つのチャンネルは、それぞれ異なる楽しみ方をされているようだ。

「inliving.」を好んで観ているという何人かの知人に聞いたところ、

「普通にかわいいから観ていて飽きない」(男性)
「映画を観ている感覚」(男性・女性複数)
「無印で買い物している感じ」(女性)

このような感想が挙げられた。

先述の通り、写真家が編集に携わっているので、映像作品としての完成度は当然一級品である。カメラアングルやBGM、光の使い方など、映像初心者の私でもわかるほどクオリティの高い映像だ。

そこに、つくりこまれた世界観とキャラクターが合わさって、例えば岩井俊二監督の映画を観ているような感覚に浸ることができるのだ。「無印で買い物」する時のように、目的を持たず、ただその雰囲気を楽しむためにルーティン動画を観ているのが、「inliving.」の視聴者なのかもしれない。 

「映像、雰囲気を楽しむ」感覚と、「共感、安心したい」欲望

一方、「まみむめもちお」のコメント欄をに目をやると、

「突然片づけしたくなっちゃうのわかる笑 それで寝不足になるよね」
「かっこつけたYouTuberが多い中で新鮮で楽しい」
「ありのままの姿をさらけ出す勇気がすごい」
「ダラダラしているの私だけじゃないって安心できる」

といった内容のコメントが多数。

また、「料理しているだけ偉い」「節約しているところに生活力を感じる」といったコメントもちらほら目につく。

理想的で美しいルーティンを見せる「inliving.」に対し、意図的か否かは定かではないが、あくまで自然体のリアルな姿をそのまま見せる姿勢を貫く「まみむめもちお」。できない姿もそのままさらけ出す様子に、好感を抱き、共感するという視聴者が多いようだ。

それに加え、簡単とはいえ料理している、野菜は再生できるものは育てるなど、だらけているだけではなく節約している様子への好感度も高い。

共感が生む安心感、そして、「自分よりも少し『生活』ができる友達」を応援しているような感覚を、人々はもちおに抱きながら眺めているのだろう。

YouTubeにはまだまだ可能性がある

2つのチャンネルからは、やや飽和状態にある現在のYouTube市場に残された可能性が見えてくる。

YouTubeチャンネルには、まだまだニッチなターゲットがあるということだ。

「inliving.」のように「無印系」「自然派」「ていねいな暮らし」といったキーワードに興味を持つ特定層にリーチできているチャンネルは意外と少ない。大衆向けを前提につくられているチャンネルが多い中、そのエアポケットに見事に入り込んでいった「inliving.」は実に華麗だ。

このチャンネルが狙っている層のように、「確実に存在する一方で、YouTubeという媒体においては“縁がない”存在とみなされてしまっている」ニッチなターゲットはまだまだあるはず。例えば、マガジンハウスの雑誌『GINZA』が対象にしているようなモード系など…。

また、「もちお」の共感・好感度の高さからは、いまの時代、YouTuberが努力次第でテレビタレントと並ぶ、またはそれ以上の存在になれる可能性を秘めていることが分かる。コンテンツ自体の面白さはもちろんだが、若い世代にとってはテレビ以上に身近な存在であるYouTubeというメディア。動画数を増やせば視聴者接点も増やせるその特性も、十二分に活かされた結果ともいえる。

固定観念をぶち壊し、新しいジャンルをどんどん切り拓いていくYouTuberたち。環境変化に呼応し、進化するYouTubeから、まだしばらく目が離せない。


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【東日本大震災から8年】石巻と東京の商店街のつながりが生んだ、「いぎなり、うんめぇ」サバ缶の物語

今から10年ほど前、私は念願の書店員になった。

それまではまったく違う職種だったが、自分自身、本が大好きだったことや、そこから得られる感動や知識を多くの人へ橋渡しができる仕事に憧れがあったためだ。根底には、「本が好きだから」という、よくある理由で書店員となったのです。

私が勤める「ヤマト屋書店 東仙台店」がある宮城・仙台という街は、都市部と自然のバランスが良く、大変住みやすい。なにより「東北の人たち」の人柄は心を温かくしてくれる。だから私はこの街が大好きだ。

そんな東北・宮城では、東日本大震災の記憶を避けて通れない。有形・無形の両面で、今もあの当時のまま、時間の流れに取り残されているものは多い。今なお「復興」は道半ばだ。

しばしば取材等で、「おすすめの本を紹介してほしい」という依頼を受けるが、私は毎度1冊の本を紹介させていただく。それが、須田康成『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街』(廣済堂出版)だ。

2011年3月11日、津波によって壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市の水産加工会社、木の屋石巻水産。残されたのは泥にまみれた缶詰のみ━━。そんな絶望的な状況から、震災前より交流のあった東京・経堂の人々との繋がりや助けをかりて、工場再建へと突き進んでいく過程を描いたノンフィクションだ。

この本との出会いは、私の勤める店舗で、木の屋石巻水産の缶詰を販売することになったため。「せっかく新たに販売するのだから、この缶詰のことをもっと知ろう」という思いで読み始めた。

木の屋の人々がおかれた過酷な状況や、それでも希望を持ち続けた強い気持ち、そして、経堂の商店街の人々の奮闘が丁寧につづられている。

それでもきっと、描かれている以上に苦労や困難は多かったに違いない。しかし、その大きなパワーで、泥まみれだった缶詰は、ピカピカの「希望の缶詰」になった。

「人とのつながり」。言葉にするとややチープに感じてしまうが、それこそが今の時代に改めて求められ、大切にすべきことではないかと思う。

コミュニケーションや人との関わりが希薄といわれる今こそ、読んでほしい。

もともと大変美味しいサバ缶だが、この本を読み、つくり手や背景を知ることで、より美味く感じ、感動すらしてしまうから不思議なものだ。

昨年、2018年の漢字は「災」だった。ここ数年だけでも日本各地で多くの災害があった。そして、東日本大震災から、もうじき8年が経つ。

私はこの本を読んで、感傷に浸ってほしいわけではない。

東京には経堂商店街の人情、宮城には不屈の闘志で立ち上がった会社と、「いぎなり(とっても)、うんめぇ」サバ缶があることを知ってもらいたいのだ。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

須田康成『蘇るサバ缶』(廣済堂出版)

今週の「本屋さん」

小池俊介(こいけ・しゅんすけ)さん/ヤマト屋書店 東仙台店(宮城県仙台市)店長

どんな本屋さん?

家族連れのお客様が楽しめるような幅広いラインアップが魅力の書店です。宮城県に5店舗を構えるヤマト屋書店ならではの「宮城本コーナー」も人気。地元の魅力を再発見できる、本や缶詰(!)が購入できます。ぜひ見ていただきたいのが児童書売り場。担当者さん手づくりの装飾が季節ごとにリニューアルされ、子どもも大人もワクワクします。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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『FACTFULNESS』はうまく読み飛ばせ。年間700冊を読む書店員の私がベストセラーから得たもの

「世界は、あなたが思っているほど悪くはないのかもしれない」

『FACTFULNESS』との出会いは、何百冊とあるビジネスコーナーのなかで、この本が輝いて見えたからだ。…と言えたらカッコよかったのだけれど、実際は「ビル・ゲイツ大絶賛」と帯に書いてあるのが見えて、とくに何も考えずにレジに持っていったのだった。

購入後に「100万部超え」や「ベストセラー」といった文言が帯に書かれているのに気付いたが、私にとってはビル・ゲイツ氏が大絶賛していることのほうが魅力的だった。

読書家として知られるビル・ゲイツ氏は自身のブログ「ゲイツ・ノート」で、読んだ本を定期的に紹介している。仕事のインスピレーションを本から得ているという彼が、『FACTFULNESS』のどこに魅力を感じたのか、知りたくなったのだ。

この本に書かれているのは、ざっくり言えば、我々は世界に対して誤った認識を持っているから、正しく見るスキルを身につけましょう、ということだ。

著者曰く、人間には、例えば“富裕層VS貧困層”、“保守VSリベラル”といった具合に世界を分断して見てしまう「分断本能」がある。あるいは、世界はどんどん悪くなっていると感じてしまう「ネガティブ本能」。

私自身は「単純化本能」を知ることで、物事の見方は1つではなく、人の数だけあるということを実感した。

というのも、自分で企画・展開したフェアで、私が伝えたかったものがお客様にうまく伝わらないということがあった。もちろん私の力不足も原因の1つなのだけれど、それ以前に、「人の数だけ見方がある」というラディカルな問題を無視してしまっていたことに気づいた。

つまり、独りよがりのフェアになってしまっていたのだ。

急いでPOPやら何やらを練り直し、なんとか以前よりも多くのお客様に伝わるものが出来上がった(と思う)が、「単純化本能」について知らなければ、いまでもあのフェアは誰にも伝わることがなかったかもしれない。

このように、人々が世界を「正しく」見ることを妨げている10個の思い込みが紹介されている。

読み終わるころにはきっと、いや絶対、世界の見え方がガラッと変わっているはずだ。 

100万部超えのベストセラーで、全国の書店のビジネス書ランキングで1位を飾る本書。年間700冊の本を読む自称・読書家である書店員の私が、『FACTFULNESS』をどう読み、何を感じたか、その魅力について書いてみようと思う。

まず、この本を読む上での最大のポイントをお伝えしたい。

私は本書を全部読んではいないのだ。

これは、この本に限らずたくさんの本を読みかじるための私の日常的な戦略でもある。

私はいつも、どれだけ速く読むかではなく、どれだけ“読まないか”を重視している。読むべきポイントを見極め、読まなくていい箇所は徹底的にはぶくのだ。

本書ではイントロダクションと第1章、第2章は精読、以降は流し読みし、各章末のまとめだけを読んで本を閉じた。

しかし、ポイントはきっちりと拾えているはずだ。本書に限らず、小説以外の本は基本的にすべて読む必要はない。自分にとって必要な箇所だけ読むようにしよう。まったく理解できないページ、つまらない行を読んでいる時間はあなたにはないはずだ。

少し話が脱線してしまったが、私が感じた魅力は2つある。

1つ目は、筆者の熱い思いが伝わってきたことだ。私たちがあまりにも多くの物事を悲観的に捉えている事実に著者は我慢ならなかった。そして、正しく見るスキルを教えるべく立ち上がり、本書が生まれた。その熱い思いは、国境を越えて多くの読者の心に届いた。もちろん私の心にも。

2つ目は本の構造(組み立て)だ。本書では難しい経済用語や統計用語はまったく出てこない。誰にでも、直感的に内容を理解できるように書かれている。ここはかなり重要なポイントだ。

誰にでも読むことができれば、より多くの人が世界を正しく見るきっかけになるからだ。

ついでに、私が紹介した「全部読まない読書術」も併せて試していただけると嬉しい。分厚い本を横目に気負って“積ん読”せずとも、イントロと数章でエッセンスは掴める。

FACTFULNESSの入り口にたち、世界を正しく見る力を身につけてもらいたい。それが著者と、世界の希望だから。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

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推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド『FACTFULNESS ファクトフルネス』(日経BP)

今週の「本屋さん」

宮田直樹(みやた・なおき)さん/未来屋書店レイクタウン店(埼玉県越谷市)

どんな本屋さん?

未来屋書店イオンレイクタウン店は、国内最大級のショッピングモール、越谷レイクタウンの専門店街にある本屋さんです。広い店内と見やすいレイアウトで、いつも老若男女のお客さまで賑わっています。見どころは、今回原稿を寄せてくれた新書文庫担当・宮田さんの、思い切った仕掛けの数々。その時々で、おすすめの商品が多面展開されていて、きっと何か面白い本に出会うことができます。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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いい本は「売れる」。本づくりの現場を知る私を一瞬で魅了した純度100%の小説

出版社での営業、編集者を経て、書店で働き始めて4年が過ぎた。

文芸書担当という非常に責任の重い立場で働くことにプレッシャーを感じるのは、売り上げが悪いとクビだから、という私的な理由だけでは決してない。平積みしている1点1点、棚挿ししている1点1点に、責任があるからだ。

書店は委託販売業である。書店員はお預かりした本を売るのが仕事だ。そして同時に、書店員は返本の判断を下す悪魔でもある。

版元営業も編集もやっていた経験があるからわかるが、本を出版するということ━━それは著者のこれまでの知識・経験、いわば血肉の結晶化であり、文字どおり、人生を懸けた仕事である。

そして、装丁家・デザイナーの(私のような素人にとっては)目に見えぬ微細な修正、苦労。編集・校正者の徹夜当たり前のブラッシュアップ。印刷所で働く皆さんの職人仕事。本を売りたいと願う版元営業の想い。そのすべてが積み重なっている。

ポーカーでいえば、オールインだ。出版するという行為には多くの人の力が不可欠で、もちろんとんでもないコスト、お金がかかっている。

店頭に足を運んでくださるお客様にとっては、そうした「本をつくる」ことの苦労はあまり目に見えない。いや、それでいい。だからこそ、本は尊いとすら私は考える。

最終的に店頭で手に取ってもらい、購入するかどうかを決めるのはお客様だ。書店の主役は著者でも書店員でもなくお客様であり、お客様が買いたいと思う本を、書店の客層、立地などをふまえしっかりそろえること、目に付くよう配置して手に取ってもらう機会をつくること、それが書店員の唯一の価値である。

もちろん私はいい本、おすすめしたい本を店頭で推す。それでもやはり、最終的に購入を決めるのはお客様だ。

「いい本」を見つけ、すすめ、お客様の心を動かすことができるか。それが、まだまだうまくできないでいる自分に対して、毎日悔しく思いながら日々研鑽につとめている。

一方で、「いい本だから売れる、というわけではない」というのも、ある程度正しい。

版元営業で働いていた時「こんなにいい本なのに売れない、なぜだ」と思い悩むことは、数えきれないほどあった。だが市場に出たら、あとはお客様が決めることであり、ここ(書店)は真剣勝負の本番、闘技場であるという事実は頑としてある。あまり言いたくはないが、確実に「判断」される。

しかし、前言翻すようだが、たった4年ではあるが文芸書を担当し、自分がいい本だなぁと思う本はじわりと賞を獲ったり、じわりとレヴューで好評価を得たりしていることが多くなった。自分がすすめているからということとは関係なく、お客様自身がその本を買いたいと思い、店頭で実際に売れるようになってきたというのも事実だ。「いい本は売れる(話題になる)可能性が高い」と感じている。

そもそも「いい本とは何か」という定義になると長くなりそうなので、また機会があればと思うが、ただ1つどうしても言いたいのは、命を懸けて本を執筆している、まだそこまで成功に至っていない作家の方々に「大丈夫ですよ、その血のにじむような努力を認めてくださるお客様は絶対にいらっしゃいますよ」ということ。

純度100%の小説であり、装丁も美しく、本として100点

前置きが長くなってしまったが、私の2018年のベストと信じる1冊は、奥泉光『雪の階』(中央公論新社)だ。本屋大賞ノミネートから落ちてしまったので、逆にいい機会というか、こうして推せる機会があって嬉しく思う。

最初、出版元の中央公論新社から配本が4冊あって、「どんな本かなぁ」とパラ読みした瞬間にピーンと背筋が伸びた。「あ、こりゃとんでもないぞ」とレジで購入、10冊追加で注文して、その日のうちに徹夜で読み切った。

 

あらすじ(中央公論新社HPより引用)

昭和十年。華族の娘・笹宮惟佐子は、親友・寿子の心中事件に疑問を抱く。真相を追い始めた惟佐子の前に、謎のドイツ人ピアニストや革命派の陸軍士官、裏世界の密偵が現れる。そして、次々に重なっていく不審な死――。二・二六事件を背景に描く長篇ミステリーロマン!

 

「超絶技巧」と言うべき、感嘆するしかないその卓越した筆致により浮かび上がる文章や言葉がページをめくるたびに、溢れ出してくる。

多層構造の物語のなかでさまざまな顔を見せる、魅力的で個性的なキャラクターたち。変わり者だが美しく才に長けた主人公の惟佐子がほんともう最高のヒロインで、ただただ、惚れた、恋をした。

純度100%の小説であり、読んでいて心地よい。装丁も美しく、本として100点である。もちろんストーリーは重厚であり、読み応え十分、どっぷりその世界観にハマれる作品だ。

10冊再入荷してすぐ、控えめなPOPを書いて掲出した。

中央公論新社の営業担当Mさんとやりとりし、「がんばりますよ」と伝え、販促に力を入れた。すると、徐々に話題になり、店頭で動き出した。そして、柴田錬三郎賞と毎日出版文化賞をダブル受賞し、年末恒例のミステリランキングでも続々入賞した。2018年2月発売の本だが、今もまだまだじわり売れている。

もともと高名で実績高い芥川賞作家の本をすすめていると言う意味で、「いい本」に決まってる、と思われるかもしれない。だが、そうしたこととは関係なく『雪の階』は皆様に喜んでいただけるであろうとんでもない作品で、自信を持っておすすめしたい、というのが伝わればと思って書いた。

ぜひお近くの書店店頭、レジでお買い上げいただきたい。もちろん当店でお買い上げいただければ、このうえなく嬉しい。

 

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

 

今週紹介した本

奥泉光『雪の階』(中央公論新社)

今週の「本屋さん」

長谷川雅樹(はせがわ・まさき)さん/ブックデポ書楽(埼玉県さいたま市)文芸書担当

どんな本屋さん?

埼玉県の北与野駅から徒歩1分、豊富な品揃えで来る人を魅了する本屋さんです。目利きの書店員さんたちがつくる棚のすごさは一目瞭然。なかでも、文芸コーナーに貼られている担当さんのPOPは、いつも熱量に溢れています。こんなにも真摯に棚を耕しているお店があるなんて、埼玉の人が羨ましい! もちろん、県外の人も足を運ぶ価値のあるすてきなお店です。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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男らしさの呪縛を捨てれば、もっと自由になれる。70年代NYが舞台『ビール・ストリートの恋人たち』の現代性

今回が初来日となったバリー・ジェンキンス監督

女性の社会進出、MeToo運動の高まりなどを受けて、ジェンダーの問題は世界中で議論されるようになってきた。

それと同時に「男らしさとは?」という問いもまた、これまでになく真剣に捉えられるようになった。

黒人社会で生きるゲイ男性の受難と愛を描いてアカデミー作品賞に輝いた『ムーンライト』から2年、バリー・ジェンキンス監督の最新作『ビール・ストリートの恋人たち』が2月22日より公開される。

 黒人男性を主人公とする2つの作品を通して、ジェンキンス監督は「男らしさ」とどう向き合ったのか。また、それは現代社会においていかなる意味を持つのか。来日中の同監督に話を聞いた。

 

『ビール・ストリートの恋人たち』は、ジェンキンス監督が念願だったジェームズ・ボールドウィンの小説の映画化だ。

ボールドウィンは、アメリカ文学史における重要人物の1人で、黒人として、またゲイとして差別や性の問題に向き合った作品を数多く発表し、公民権運動においても重要な役割を果たしている人物だ。

監督は『ムーンライト』製作前から本作の脚本を書いていたが、映画化権の取得は容易ではなく、まずは自分を知ってもらうことが必要だったと語っている。前作でオスカーを受賞し、その手腕を認められ満を持しての映画化となる。

ジェンキンス監督は、ボールドウィンの小説について「男らしさとは、さらに、黒人の男らしさとは? ということを考えるきっかけになった」と語る。

また、本作の原作については「抵抗と怒りに満ちた表現がある一方で、みずみずしく、ロマンティックで、希望に満ちていて、その2つが見事なバランスで両立している」と評している(公式プレスより)。

『ビール・ストリートの恋人たち』

2人のゲイの黒人男性作家の視点

ジェンキンス監督の映画は、男らしさを称揚しない。

『ムーンライト』は黒人社会で生きるゲイの男性シャロンの受難を描いていた。少年時代、高校時代、そして青年時代の3つの年代が描かれるが、とりわけ青年時代のシャロンの変わりように驚いた観客は多かっただろう。

ひ弱でいじめられていたシャロンが、青年時代には筋骨隆々に「武装」して、自らを偽りながら生きている。男らしく、強さを装わないと生きていくのが困難な世界で、シャロンは愛する者の前でだけ本当の自分に戻れた。

シャロンの心情を鮮やかに描き上げた『ムーンライト』の原作者タレル・アルバン・マクレイニーと、『ビール・ストリートの恋人たち』の原作者ジェームズ・ボールドウィン。ともにゲイの黒人男性であり、アメリカ社会における黒人差別以外に、黒人社会の中で同性愛差別に苦しめられた人たちでもある。

ジェンキンス監督は、2つの映画が“男らしさを称揚しない”作品に仕上がったのは、原作の筆致を尊重した結果だと言う。ことさら意識して、男らしさを遠ざけようとしたというよりも、自分の感情に従って、こういう時はどうするだろうと純粋な反応に従って作ったのだと語る。

一方で、監督自身は典型的なマスキュリン的発想には興味なく生きてきたそうだ。マクレイニーやボールドウィンの人間観はごく自然に、監督自身の人間観と相性が良いのだろう。

『ビール・ストリートの恋人たち』

「男は女を守るべき」という思い込みが招く悲劇

ジェンキンス監督は、ボールドウィンの小説によって「男らしさ」について考えることになったことは上述した通りだ。本作において、ボールドウィンの男らしさへの疑問が端的に表出しているシーンがある。

主人公のティッシュ(キキ・レイン)とファニー(ステファン・ジェームス)が、差別主義者の白人警官に難癖をつけられた後の会話だ。

 

ファニー「Don’t ever try to protect me.(もう俺をかばったりするな)」

ティッシュ「But you were trying to protect me.(でもあなただって私をかばってくれたでしょう)」

ファニー「It’s not…the same…thing.(それとこれとは同じじゃない)」

(※訳は筆者による:英語のセリフは公式の脚本から引用)

 

どうして「同じ」ではないのだろうか。愛し合う男女が互いを守り合う、美しいことではないか。しかし男であるファニーは、彼女のティッシュに守られたことでプライドを傷つけられたような思いを抱えてしまう。

ジェンキンス監督は、このシーンについて、こう語る。

「あれは原作通りの台詞ですが、70年代の男女観としては一般的ではないかと思います。ただ、いまだにこういう男性像を捨てきれない人は多いんじゃないでしょうか。

例えば男女の夫婦において、女性がお金を稼ぎ生計を立てて生活を守ってくれるという状態を受け入れがたいと感じる男性はいまだ多いと思います。アメリカでは、男性こそが一家の大黒柱で、家族を守る役目は男のものだとずっと考えられてきましたから。

若いティッシュとファニーの2人は、本当はお互いに守り合うべきなんですが、悲しいことにファニーは、男らしさについてステレオタイプなイメージを捨てきれていないんです。だから、ティッシュがファニーをかばったときに、自分の男性性が剥ぎ取られたような恥ずかしさを感じてしまったんです」

男はいつでも強くあらねばならず、女を守らねばならない。

 ファニーはこのステレオタイプな男らしさの思い込みのせいで、大きな代償を払うこととなり、2人の愛に満ちた生活に困難をもたらすことになってしまった。

当然、白人警官による劣悪な人種差別がまず根底にあるのだが、それだけでなく、男性性の発露によって冤罪が引き起こされるという構造が、ボールドウィンならではの感性であり、現代の観客にも深い問いかけを与えるポイントだろう。

実際、ファニーが警官の横暴からティッシュをかばった瞬間、ティッシュは喜ぶどころか困惑している。まるで知らない人間を見るように。

「ファニーにとってもあの行動は、自分のイメージとはかけ離れたもので、彼自身すらあの瞬間困惑しているんです。あの瞬間、自分も知らなかった、染み付いた男性性が出てしまったんです」

前作『ムーンライト』(16年)でアカデミー賞作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督。黒人だけのキャスト、監督、脚本による作品での作品賞受賞は史上初

日本人男性が『ムーンライト』に共感した理由

黒人男性の「男らしさの呪縛」を浮き彫りにするジェンキンス監督の2つの作品。決して、自分たちとは関係のない物語ではない。

ジェンキンス監督は、LAでの『ムーンライト』の取材を受けた際、日本人ジャーナリストが語ったことを回想した。

「日本人の女性ジャーナリストが、『ムーンライト』は日本の男性の心も捉えている、なぜなら日本の男性のビジネスパーソンたちは、出世のために男らしくあらねばならないからだと言っていました。

例えば、誰よりもビールが飲めるように装ったり、感情を表に出さずストイックに仕事に向かったりという具合に。そういう姿勢が、『ムーンライト』の第3章の、ギャングのような格好をして、歯に金のグリルをはめて自らを偽るシャロンの姿に重なるというんですね」

体育会系、という言葉で表される共同体はとりわけ典型的なものだろうが、過剰に体育会系的な職場でなくても、大なり小なり、男らしくあらねば、というプレッシャーを感じたことがある男性は少なくないのではないか。

「それはとても危険なこと」だとジェンキンス監督は語る。

「男らしくあろう、強くあろうと装い続けると、悩みを抱えても誰にも打ち明けられない状態になってしまいます。それは大変危険です。

例えば、仕事で受けたプレッシャーを、他の誰にも打ち明けられずに溜め込めば、その圧力は最後には自分だけでなく、家族や周囲をも傷つけることになるでしょう」

男らしさの圧力が、回り回って、世の中に「別の圧力」を生んでいるかもしれない。弱さを認めることで、男はもっと楽になれるのではないかとジェンキンス監督は語る。

「私は、人が脆くあることは決して悪いことではないと思います。男らしさにこだわらなければ、人はもっと広い世界を知ることができるようになると私は思います」

ファニーも男らしさの呪縛から逃れることができたなら、刑務所に行くことなく、文字通り「自由」であれたかもしれない。人種差別とジェンダーの同調圧力の2つの社会的な不自由に挟まれた2人の愛を、ジェンキンス監督はそれでも希望を失わずに美しく描きあげた。


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「いい仕事」は自分も周りも幸せにする。パタゴニアやアップルに学ぶ、幸せな働き方

「こんなものでいいでしょ?」という仕事がまわりに溢れているのは、とても残念。

かと思えば、些細な場面であっても感動を呼び起こされる仕事に触れると、自然と笑顔になる。自分がする仕事なら人に喜んでもらいたいと考えるのは当然で、そこには心の平穏と幸せがあります。

実際は時間に追われ、効率化を計り、切り詰める努力を優先して、人の心を最大限大切にできなくなる場面が少なからず起きてしまいます。必要なことと理解しつつも、これではいかんとも思っている。

では一体どうすれば、人に感動や共感を持ってもらえる仕事をつくり出せるのか?

西村佳哲『自分の仕事をつくる』(ちくま文庫)には、そのヒントがあります。

ほかの誰かでは替えのきかない「自分の仕事」を見つけることが、幸せにつながるのではないか━━。働き方研究家の著者が、「いい仕事」をしている人の現場を訪ね、その魅力と秘密に迫るノンフィクションエッセイです。

パタゴニアやアップルの働き方はどんなものなのか?

魅力的な物事に共通するなんらかの法則を見出す時、私はいつも、好きだけど理由が分からないものを、いくつか並べてみることにしています。本書はまさに、そうした事例が沢山集められたもの。いわば働き方をめぐる小さな報告書です。

そして、この本に登場する人たちはみんな自然でいきいきしていてカッコよく見えます。

例えば、パタゴニア社の社員の大半は1年間のうち2カ月をアウトドアライフに当てますが、結果的にそこで得た経験や知識は仕事にフィードバックされます。

心に残った一説を紹介します。

 

仕事=生き方そのものだ。シェイパーはなによりも前に一人のサーファーであり、そうでなければ務まらない。━━植田義則(トップシェイパー ※サーフボード製造者)

 

ルヴァンはパンも美味しいけど、スタッフ一人一人が醸し出す雰囲気がとてもいいですね。この店に来て、嫌な気持ちになったことは一度もありません。━━甲田幹夫(ルヴァン ※東京・渋谷の天然酵母にこだわったベーカリー)

 

彼らは、誰が誰のためにそれをつくっているのかを知っています。
大事な人が自分のためにつくってくれたモノであれば、とても価値が高いということを。

私たちはなぜ、誰のために、どのように働くのか?

目的意識を持って働く大切さを説く“3人のレンガ職人の寓話”を連想するが、志は持ちつつも新しい価値観に合った働き方を模索したい。

自分自身の発見や工夫が手応えとなって戻ってくることの喜び、かけがえのない存在として受け入れられることの喜びがある。

これからはnew power(個人)が新しい価値観をつくり出します。
これまでのold power(大きな組織)の価値観と微妙に絡み合って今まで気付かなかった化学変化が起こされるのだろう。

いろんなことに気付き、考えさせられる本は面白いし貴重です。

3度読む価値のある本は多くありません。
本書は読む度に自分自身の働き方を考えさせられるし、また新しい気持ちで仕事に取り組めます。

過去の成功事例にいつまでも頼っているのは好きじゃない。
成功した方法論はそれっきりでおしまい。
次は前回とは違う方法論を編み出したい。
常に進化することが最低条件と考えています。

そして、常に今よりもっと楽しい働き方を模索していきたいと望んでいます。

 

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

 

今週紹介した本

西村佳哲『自分の仕事をつくる』(ちくま文庫)

今週の「本屋さん」

片桐明(かたぎり・あきら)さん/文教堂書店 淀屋橋店(大阪府大阪市)

どんな本屋さん?

オフィスビルの中に位置し、いつも仕事帰りの人たちでにぎわっている書店です。2フロアに分かれた店内には、いたるところに店長自らが書いたかわいらしいPOPが展示され、本を選ぶ人の助けになってくれます。POPを見つつ棚からじっくり本を探すもよし、ワゴンやテーブルに展開されたおすすめ本を見るもよし、宝物を探し出すように楽しめます。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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