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平成を席巻した『Hanako』族のバイブル【創刊号ブログ#5】

独身OLにとって情報源と言えば、この雑誌だった。

 首都圏在住、現在40歳から50歳代の女性で、この雑誌を手にしなかった方はいないのではないか…。もはや解説を必要としないだろう有名女性誌『Hanako』を取り上げる。

 本誌は、20代の未婚女性をターゲットとし首都圏のみで創刊された週刊誌だ。それまで「週刊誌」と言えばオジサンの牙城、もしくは『週刊女性』や『女性自身』のように「パーマ屋に通っている」ような女性を読者層としていた、いまひとつ垢抜けない雑誌カテゴリーに過ぎなかった。しかし本誌は時代に先駆け、若い女性読者を取り込み「ハナコ族」、「ハナコ世代」という言葉まで生み出した。

  1988年6月2日号として創刊。発行人は「当然」木滑良久、編集人は椎根和(しいね・やまと)。

  本稿で「マガジンハウス」を取り上げるのは初めてゆえ、少々解説。木滑という方は、出版界で「超」をいくつつけたら良いかわからないほどの著名人。同社の要職を歴任し、現在最高顧問を務めている(はず)。立教大学文学部卒というから、私にとっても大先輩にあたるが、一度も挨拶の機会には恵まれていない。

  大卒後、平凡出版に入社。マガジンハウスへと社名を変更したのは、1983年のこと。同社はもともと1945年、終戦の年の10月に「凡人社」として創業した。「飛ぶ鳥を落とす勢い」というフレーズは、まさにバブル期の同社を表す。海外取材に出て象を購入、領収書で落とした…という伝説を持つのも同社であることを追記しておく。

  木滑は1965年以降、『週刊平凡』、『平凡パンチ』、『an・an』、『POPEYE』、『BRUTUS』、『Olive』など同社の屋台骨とも言える各誌で編集長を務め、『Hanako』創刊も主導。1988年には代表取締役にも就任している。

  一応、出版業の隅っこにいた者としては原稿上とは言え、呼び捨てにするのも憚れるような雲の上の存在。その頃、雑誌編集者を目指すような輩は、「木滑さんのような編集長になりたい」とさえ思ったもの。『Hanako』はその木滑が現場に介在した最後の雑誌だろう。

  タイトル・ロゴと表紙は、オーストラリアのアーティスト「ケン・ドーン」の手による。タイトル・ロゴは、現在発行されている同誌でも踏襲されている。

  今、創刊号に再度目を通すと、特に目を引くような目新しさは感じない。それまでの週刊誌同様、非常に雑多なネタが、ただし「若い女性向けに」てんこ盛りになっている。表紙を見てわかる通り、謳われている特集は「いい部屋はステイタス すぐ借りられます。厳選27ルーム」とあるだけ。特に華々しい企画でもない。

 表紙を刳ると、表2に資生堂「フェアウィンド」というファンデーションの広告のみ。バブルの絶頂期であったことを振り返ると、広告も極めてコンベンショナルで、かつ広告量も非常に控えめだ。むしろ、現在の同誌のほうが広告は目立つ。

  目次に目を落とすと、多様なラインナップが並んでいる。冒頭より「今週いちばんエキサイティングなニュース」、「事件、風俗etc……好奇心100%のライフ・リポート」、「観て、聴いて、感じて……東京エンタテインメントガイド」、そして「厳選27物件」の特集へと続く。

 ひどくおとなしい。「Hanako族」などと揶揄されるほどの派手さはどこにもない。強いて言えば、99ページから、平野レミ、片岡義男、安西水丸などがグルメエッセイを執筆している程度。巻末には、星座占い、そして、中野翠のエッセイで終わる。

  表3の広告は、武田薬品の口臭予防ABB「ミント」。な、なんて地味なんだ。表4は松下電器産業株式会社「ナショナル」のコードレスヘアフォームという、いわゆるスタイルフォーム用のドライヤーの広告だ。まったく華々しいイメージがない。

 私の記憶のみを頼りに振り返ってみると、同誌が爆発的人気を博したのは創刊から少々経ってからではなかっただろうか。毎号、首都圏近郊の「お洒落な街」を取り上げ、現在テレビ東京でオンエアされている番組「出没! アド街ック天国」のようにそれぞれの街を、ただしお洒落に紹介するフォーマットが出来上がり、人気を博した。

  その恩恵を被ったのは、さして多くのお洒落店舗があったわけでもない「代官山」など。都内の街は、同誌の特集に取り上げられるたびに賑わった…というからくりではなかったか。

  この確証を得ようと、自身の書庫を漁って来たが、どうもこの頃のHanakoが見当たらない。編集者として丁稚奉公を始めた頃、また新入社員として出版社に潜り込んだ時期なので、相当数の雑誌を購入したはずなのだが、渡米に際し処分してしまったのか、ぱっと見渡しただけでは探し当てることができなかった。無念。

 もちろん、この創刊号の細部に目を通して行くと、そこはかとなくバブルの香りが漂って来る。中綴じのセンター広告は、ヤマハレクリェーション株式会社が展開するヤマハリゾート「はいむるぶし」の広告。旅行主催は日本交通公社、現在のJTBが請け負い、リゾート感をアピールしている。そしてBAR評論家として私がとてもお世話になっているサントリー株式会社は当時「サントリーカード」というクレジットカードを発行していたことが、中の広告から判明。カード申し込み用紙でページを構成している。

 高倉健の連載も盛り込まれているが、たった1ページが割かれているだけ。絶頂期なら5ページぐらいの特集になりそうなネタだ。また、レストランガイドのページでは、なんと各店舗から広告が入っており、現在のグルメサイトの登場を予見させる作りも見せている。

  当時、東京国立近代美術館で行われていたルネ・マグリット展の広告を見つける。突如、後に某局のアナウンサーとなる女史とこのマグリット展を訪れデートした記憶が蘇る。恐ろしい。

 雑誌は、こうして時代時代の瞬間を切り取り、発行されればアップデートもされないゆえ、本当に時代性を反映するメディアなのだなと、感心する。

  1990年には『Hanako WEST』という関西版まで創刊。その人気を不動のものとするが、やはりネットでの情報収集が主流となった2000年以降、部数を減らし、本誌は2006年以降は「隔週刊誌」へと変貌。「WEST」は2009年を最後に休刊した。

 さらに2018年9月27日号「創刊30周年記念号」1165号を最後に、キャッチを「東京を、おいしく生きる女子たちへ。」と換え月刊誌に生まれ変わった。スマホのアプリ「dマガジン」などでまとめて雑誌が読めるようになった現在、隆盛を誇った本誌も発行部数8万部を割り込み、果たしていつまで生き残るのか、興味深い。


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誰かを完全に理解するなんて無理。仮面をかぶって生きてもOKじゃん。平野啓一郎さんと話したらラクになった。

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「結婚なんて、できるわけない」と嘆く友人がいる。

聞けば、「結婚してもしなくてもいい時代にわざわざ結婚するとして、心からわかり合えるたった1人を選ぶ自信も、確信もない」という。

既婚者の自分からしてみると「そんなに高尚なものじゃないよ」という感じもするものの、私は友人の不安を解消する言葉をうまく持ち合わせていなかった。

ここに、ヒントとなる言葉を与えてくれる小説家がいる。芥川賞作家の平野啓一郎さんだ。

最新作『ある男』(文藝春秋)では、大切な人のことを、本当はわかってないかもしれないという「漠然とした不安」をミステリー仕立ての物語で描いた。

ただでさえ、スマホやSNSから入ってくる情報が多すぎてガチャガチャしているこんな時代に、大切な人と健全な関係を築くにはどうしたらいいのか。対人関係のモヤモヤとどう向き合えばいいのか。小説『ある男』から浮かび上がるヒントとはーー

ハフポストとdTVチャンネルのネット番組「ハフトーク」に出演した小説家の平野啓一郎さん

インターネット時代の特有の不安感

「愛したはずの夫は全くの別人だった」——。小説『ある男』のキャッチコピーだ。

宮崎県に住む里枝は、不慮の事故で夫をなくしてしまう。一瞬で崩れてしまった幸せな生活。しかし、悲しみに暮れる間もなく、ふとしたことがきっかけで、亡くなった夫が、実は名前も過去も偽って生きてきたことを知る。里枝は弁護士の城戸を頼りに夫の秘密を解き明かそうとする。

1920年代に発表された江戸川乱歩のミステリ小説『パノラマ島奇談』など、夫だと思っていた人が実は「別人」だったという設定は昔からある。しかし『ある男』には、ネット全盛時代の今だからこそ、差し迫ってくるリアリティがあるように感じる。

平野さんは、ネットの登場が人の生活やものの感じ方にもたらした影響は、本当に「大きい」と話す。

《SNSが普及したことで、人が自分をアピールする手段は、かつてのような服装や車、職業などといったものから、SNSでの発信そのものに変わってきている部分があります。

タイムラインを遡れば、その人がこれまでどういう風に生きてきたかも知ることができる。人の過去の蓄積が可視化されていることが前提になっているのが今です。

SNSを見ればその人がわかるーー。他人を「ある程度わかっている」という状態が当然になるから、「相手のことがわからない」ということに対して、かつて以上に異様なことのように感じてしまう部分はあるんだと思います。

小説はどうしても時代の空気をまとう部分があるから、今のネット時代特有の不安感みたいなものは、おのずと登場人物の言動にも反映されていると思います。》

『ある男』(文藝春秋)

誰といるか次第で、自分は変わる。それが当たり前。

ネット時代にはびこる独特のモヤモヤや行き詰まり。冒頭の友人の言葉も、こうしたところから生まれているのかもしれない。

ここに”補助線”を引いてくれるのが、平野さんが唱えてきた「分人主義」という考え方だ。

「分人」というのは、「個人」をさらに細分化した人間の「最小単位」を表す言葉。「個人」という呼び名で括られる自分の中にも、状況によってその都度キャラを変えながら生きる「多種多様な自分」がいるという考え方だ。

平野さんはいう。

《自分の中に複数の人格があるという状態は、長い間、”裏表がある”とか”二重人格”などといった具合に、ネガティブに捉えられてきました。

でも、みんな薄々気づいていることですが、人間というのは、対人関係ごとに、その関係性によって色んな自分になります。それを肯定的にネーミングしたのが『分人主義』です。

出発点として、コミュニケーションする相手ごとに違う自分なのはしょうがないこと。それなのに、どれが本当の自分でどれが偽りの自分なのか? ということを考え出すと、混乱するばかりです。

全部が本当の自分で、その中には、生きていて心地いい分人もあれば、そうじゃないものもある。

そんな風に、自分や他人を見ていくべきなんじゃないか、と思うんです。》

自分の中に「複数の人格」がいると認めることは、「絶対的な一つの自分」を求めてしまうマインドからの解放でもある。

エッセイ『考える葦』(キノブックス)の中で平野さんは、分人主義に基づいて、人間の恋愛感情をこんな風に整理している。

<人が、誰かを好きになる、というのは、実は「その人といる時の自分(=分人)が好き」ということである。他の誰といるよりも、その人といると笑顔になれる。快活になる。生きていることが 楽しい。人は決して、ナルシスティックに自分一人で自分を好きになることは出来ない。しかし、 この人といる時の自分は好き、と言うことは出来る。だからこそ、その相手を大事にする。いつまでも一緒にいたいと思う。

 I love you. の翻訳は、蓋し「あなたといる時の自分が好き。」ではないだろうか。>

こんな風に考えると、誰かに100%自分を理解してもらおうとしたり、100%相手を理解しなければならないと思う必要はないのではないか。

「愛したはずの夫は全くの別人だった」。

冒頭で紹介した『ある男』のキャッチコピーだ。夫が別人だと知った里枝や、彼女を助ける弁護士の城戸など、この作品には、自分自身や、愛する人の「本当のすがた」を探し求め、もがく人たちが出てくる。

登場人物に対して、彼らの生みの親でもある平野さんは「それでいい。全部わからなくても仕方ないよ」と優しく語りかけているようにも思える。

その眼差しを通して読者である私たちは、どこか気持ちがラクになっていくのを感じるのだ。

たとえば自分の愛する人が、想像していた人とは違う「別人」である瞬間があったとしても、それはそれで受け入れられるのではないか。家庭では、オフィスと違う仮面をかぶっていたとしても、ある意味自分らしく生きていることになるのではないか。冒頭に紹介した、結婚に躊躇している友人も、そこまで難しく考えなくて良いのではないか——。

小説を読み終わり、平野さんの話を直接聞いていた1時間。その間の「分人」としての私は、少なくともそんな思いを抱いて、気持ちを落ち着かせていた。


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「幸全」と書いて何と読む? 子どもたちがつくった新しい漢字が楽しすぎる

今年の漢字が発表された12月13日、書道家の武田双雲氏がブログを更新し、小学生たちがつくったという新しい漢字を紹介した。趣向を凝らした漢字が紹介されているのだが、皆さん読めますか?

「幸」に「全」と書いて何と読む?


答え








「へいわ」。


「友」に「力」と書いて何と読む?


答え








「きずな」。


「木」に「木木」「木木木」「木木木木」と書いて何と読む?


答え








「ジャングル」。


「光」に「石」と書いて何と読む?


答え








「ダイヤ」。


なお、武田氏はこれまでにも、子どもたちのつくった新しい漢字を紹介している。

「赤」に「札」と書いて何と読む?


答え








「ずるい」。
この字は「ずるい人にはレッドカード!」という発想から生まれたという。

みなさんも新しい漢字を創作してみて!


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映画『ギャングース』に上映延長を望む声相次ぐ 「裏稼業に走るしかない」若者たちを描いた傑作

©2018「ギャングース」FILM PARTNERS©肥谷圭介・鈴木大介/講談社

裏社会で生きる少年たちを描いた入江悠監督の映画『ギャングース』が、反響を呼んでいる。12月13日時点で上映を終えた劇場は多いが、上映拡大や延長を望む声はTwitterに少なくない。

同作は、裏社会で生きる少年たちが犯罪集団だけを狙う窃盗行為「タタキ」をしながら生きていく様をスリリングに描いたエンターテイメント作品だ。

同時に、雑誌『モーニング』で連載された同名漫画を原作にした実写映画であり、高杉真宙、加藤諒、渡辺大知など人気と実力を兼ね揃えた若手俳優たちが繰り広げる青春の物語でもある。これだけ聞けば、過去にたくさん作られてきた映画のひとつと思うだろう。

しかし、この映画はそれだけではない。サイケ(高杉)、カズキ(加藤)、タケオ(渡辺)という3人の少年たちが、なぜ「タタキ」をしていかないと生きていけないのか。その背景や理由を描いていて、それが現実とつながっているために、社会性のある作品になっているのだ。

「やむをえず罪を犯した」少年たちが主人公だった

『ギャングース』の主人公たちは、それぞれに家庭の事情や虐待、いじめなどから、やむをえず罪を犯して罪を犯して少年院に入っていた人物たちだ。

少年院を出たあとにも身寄りはなく、廃バスを寝床に共同生活をしながら、生きるために裏稼業に従事する。なぜなら、彼らには身分を証明するものがなく、正業には就けないからだ。

これまでも、裏社会で生きる少年たちを描く作品はあっても、その主人公たちが「アウトロー」になってしまった理由は、生きている中で感じるやるせなさを社会にぶつける、という意味などが強かったと思う。

経済的な要因や家庭環境などももちろん関係はしているが、例えば1980年代、尾崎豊が歌詞の中でバイクを盗んだり、校舎の窓を割る描写があるのは、貧困というよりは、自己のアイデンティティからくる、ぶつけようのない苛立ちのほうが理由として大きかったのではないか。

しかし、2018年の日本は、1980年代後半とは比べ物にならないほどの格差社会に突入している

『ギャングース』の登場人物、金子ノブアキ演じる詐欺組織の番頭・加藤は劇中、組織の人間にこんな言葉で早口でまくし立てる。

「日本は今絶賛長期不況中、子供の相対的貧困率13.9%、これはおよそ7人に1人の割合だ、めちゃくちゃ多いぞ。日本列島では224万人の子供が貧困状態、さらにひとり親家庭の貧困率は50.8%、OEなんとかDの調査によると、マジで世界でもトップレベルだ。貧乏でも頑張って勉強して勉強して勉強して大学行こうと思っても、奨学金が返せねえと裁判で訴えられてしまう」

この内容は、フィクションの中に限ったものではない、実際の日本のデータなのである。

牛丼を腹一杯食べることは「ご褒美」。切実な貧困を描いていた

劇中、サイケ達は、「タタキ」で十分なアガリを得たら、腹いっぱい牛丼を食べることを夢見ている。

映画を見終わると、観客である私たちも牛丼が食べたくなってしまうのだが、考えてみると、牛丼は日本の外食産業の中でも、おいしくて腹が満たせて、そして安いものの象徴とされてきたものだ。値段の変動はあるにせよ、今でも並盛は300円程度である。

その牛丼を最大の「ご褒美」としていて、普段はそうそう食べられない世界が、この映画では切実に描かれているのである。

そのうえ、この映画は、少年や子供の貧困を描くにとどまらず、詐欺組織の上層部ですら、貧困の負の連鎖の中にいることも示唆している。では、怒りをむけるべき相手は何なのかという気持ちにもなってくる。

『ギャングース』は、「フィクションだから」とわかりやすさにふらず、こうした現実的な貧困を詳細に描いていた。これには、原作の漫画が鈴木大介によるノンフィクション書籍『家のない少年たち』を原案にしているということもある。

ちょうどこの連載「フィクションは語りかける」でも、タイの映画『バッド・ジーニアス』を紹介した。この作品は『オーシャンズ』シリーズを思わせるハラハラドキドキのカンニングシーンが見もののサスペンスだったが、同時に格差社会や学歴偏重社会についても描いていた。現実とも接続しているという意味では、『ギャングース』と『バッド・ジーニアス』は同じ匂いがある。

アウトローを「かっこいい」ものとして描いていない

私がこの作品を信頼できたのは、サイケ達は単に「お金を得て贅沢をすること」を目指していた点にある。

さらに、彼らは目標の金額に届いたときには、ちゃんと住所を持ち、身分を証明して正業で働き、ここから抜け出すことを夢見ていた。

「アウトローの世界で自分を認めてもらいたい」という動機は一切なく、「そうしないと生きられない」状況が描かれているのだ。下の世代で貧困に悩む子供には、教育をちゃんと受けて欲しいと切実に願っている様子も描かれている。

この映画の中では、アウトローであることが単に「かっこいい」こととは決して描かれないのである。

サイケ、カズキ、タケオは、ここまでの苦境に生きながらも、それぞれの知恵を出し合い協力して、そこからなんとか抜け出そうとしている。そして、その中でちゃんと信頼関係を得ている描写があるからこそ、この映画がどんなに過酷な状況を描いていても、青春映画としても楽しめるのだ。


歌舞伎町伝説の「元中国人」密着選挙映画が見せる日本人の「排外性」–野嶋剛

 現在、東京の「ポレポレ東中野」でドキュメンタリー映画『選挙に出たい』が公開されている。1988年に留学生として来日し、20年以上にわたって歌舞伎町の風俗界で働き続けた伝説的人物、李小牧(り・こまき)さんを密着取材したもので、彼が2015年に日本国籍を取得し、その年の新宿区議会選挙に出馬して落選するまでを追っている。監督の邢菲(ケイヒ)さんは中国出身の女性フリーディレクターで、日本のテレビ番組制作会社でドキュメンタリー番組などを手がけてきた。

父を裏切った政治へのリベンジ

 まずドキュメンタリー作品としてのクオリティーの高さには、目を見張らされた。長期間に及ぶ密着取材で大量の素材を集めたであろうが、よく吟味されており、巧みな編集によって過不足なく仕上げた78分間の作品は、テンポがよく観客を飽きさせない。邢菲監督はこれが初の長編作品というから驚きだ。

「歌舞伎町案内人」として名を馳せた李さんは、歌舞伎町で故郷湖南の料理店「湖南菜館」を経営しながら、『ニューズウィーク日本版』などにコラムを持ち、著書も多数ある。本作は、このユニークな素材に対して適度な距離感を保ちながら、表も裏もあっけらかんとカメラの前にさらけ出す主人公の善悪や美醜を超えた人間性の面白さを掘り起こす。

 なぜ中国の国籍を捨ててまで出馬するのか、という問題に迫るため、邢菲さんは李さんの帰省に同行する。そして文化大革命時代に毛沢東を支持する「造反派」として権力の側に立ちながら、文革後に政治犯として投獄され、家族に辛酸を嘗めさせることになった父親への思いを語らせているパートは、圧巻である。

 李さんの青少年時代は中国の政治によって破壊され、役者への夢も閉ざされた。それなのに、日本で政治に希望を寄せて選挙に出た。その理由を、李小牧さんはこう語る。

「父は政治を志して失敗に終わった。だから俺は日本で試してみたい。民主社会の政治というものを」

「俺は父の影響を受けている」

「政治はやっぱり崇高なものだと思うんだ」「誰もが参加すべきもの。それが政治だ」

 中国を追われるように日本に渡った李さんは、父を裏切った政治に対して、いい意味での「リベンジ」をここ日本で果たそうとしているのである。

「中国人嫌いなんだよ」

 映画評としては「ぜひ観に行ってほしい」という以上に言うことはないのだが、この作品を観た日本人として、どうしても注目せざるを得なかったところがある。それは作品中に登場する日本人の反中的言動である。

 李さんの選挙活動中、通りがかったある高齢の女性は、「李」という名前から彼が韓国人だと信じ込んでいた。カメラを向けた邢菲さんが、李さんは元中国人であると告げると、こんなセリフが洩れる。

「中国の人じゃ私、支持できない」

「悪いけど、韓国の人はまだいいよ。合わせようとしてくれるから。日本人を嫌いでも」

 その理由を問われると、女性は隣人にうるさい中国人がいて、注意したらトラブルになったからだと明かす。

「怖いよ、性格が」

「女の人よ。日本人だったら気をつけるでしょう」

「それは違うと思うのね」

「ちょっと敬遠する」

 と、言葉は続いていく。

 サラリーマンの若い男性は、歩きながら邢菲さんとこんな会話を交わした。

 男「あんた中国人だろ」 

 邢菲さん「私も中国人です」

 男「オレ中国人嫌いなんだよ。間接侵略しているからね。香港と台湾はまだ信用できるけど、大陸の人間は大嫌いなんだ」

 邢菲さん「彼に対しても?」

 男「落ちてほしいね」

 また、喫茶店の店主の女性は、こう語る。

「みんな日本人は文句を言わないで与えられた仕事をこなしているから、なんとかなっているのよ。そこへさ、中国人が来てさ、それでもう薬やるし、カードは盗むし、殺しも入ったからね それからピッキングが入った。もうないものはないものね、中国人がやったのは」

「私は日本人です」

 そうした言葉の刃は、日本人の老若男女から李さん自身にも次々に向けられる。それでも彼は踏みとどまって「これが民主主義」と笑顔を見せ続ける。だが、表情ががらりと変わった唯一の瞬間があった。

 李さんが街頭演説をしているとき、男性の通行人から「中国に帰れ」という罵声が飛んだのだ。早足で立ち去っていく男性に対して、李さんは追いかけながら、叫び続けた。

「どこに帰れというんですか。私は日本人です。元中国人ですよ」

 この正論に、男性から一切の返事はなく、雑踏の中に消えていった。

 やらせではないかと疑わせるほどにストレートな日本人たちの肉声が、この作品には詰まっている。すべての日本人が彼らと同じだというつもりはない。ただ、その強烈な排他性が、我々の社会の一部に確かに存在することを突きつけられるのみだ。

 それらの声は、相手が邢菲さんだからこそ語られ、得られたものではなかっただろうか。

 もし、日本人がビデオカメラ向けていたら、彼らはこんな話をしなかったのではないか。世間の評判を重視する日本人は、日本人同士で差別的な話をすることは滅多にない。中国人の、しかも、若い女性が相手だから、大胆に語った部分があったように私は思う。

 私の個人的感想だが、中国人が日本人を批判するときは、仲間内や身内で語っている言葉をそのまま日本人に投げつける。日本人の場合は、仲間内や身内では語らないようなことを中国人に投げつけるように見える。

格好悪かった「民主党」

 日本の反中感情の拡大には、中国の反日的行動や在日中国人の素行など、それなりの理由がある。しかし、その中国国家や中国人全体を、目の前にいる李さんという、日本社会に最も深く根付いた中国人の1人であり、日本に帰化した人物に、すべて背負わせるような言動は、あまりにもアンフェアではないか。

「こと中国人に対しては仕方がない」という言い訳は成り立たない。もし、人権に敏感な国であれば、一言でアウトになる発言ばかりである。さらに言えば、李さんは選挙に出ている時点で、中国人ではないのだ。

 かねて私は外国人の知人に「日本人は排外的だ」と言われるたびに、「そんなことはない。誤解している」などと反論してきた。入国管理や住民登録などの制度的な欠陥は認めつつ、日本人そのものの本質を弁護してきた人間なのだが、この作品を観たことを機に、2度と自信を持って「日本人は排外的ではない」と語れないなとつくづく思った。

 繰り返しになるが、邢菲監督は、こうした点にスポットを当てるためにこの作品を撮ったわけではない。上映後の舞台挨拶で「日本人を嫌いになりませんでしたか」と質問された彼女が、「中国人にそう思われる理由があるので、私たちも反省しなくてはなりません」と淡々と述べた姿が印象に残った。

 最後に付け加えれば、李さんの出馬に対して、格好悪い対応を見せたのは当時の民主党だった。最初は党の公認候補としての出馬をもちかけながら、歌舞伎町で活躍した外国人であるという理由で、扱いを公認から推薦に取り下げた。ところが、無所属で出馬した李さんの当選が見えてきた途端、手のひらを返して彼のポスターに民主党のシールを貼るという一貫性のなさ。多様性や他者への包摂を掲げた政党らしくなく、その後に起きた党の消滅も、むべなるかなと思わせた。

『選挙に出たい』の上映情報はこちらから。


野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2018年12月8日フォーサイトより転載)


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『葡萄畑に帰ろう』政界時代のおかしな体験をコメディ映画に。ジョージア映画の重鎮監督インタビュー

『葡萄畑に帰ろう』の1シーン

 ジョージア(グルジア)映画界の重鎮、エルダル・シェンゲラヤ監督の21年ぶりとなる最新作『葡萄畑に帰ろう』が12月15日より公開される。

 ジョージア映画は、セルゲイ・パラジャーノフ監督や、テンギズ・アブラゼ監督などソ連時代に世界的な巨匠を排出し独自の存在感を示してきたが、独立後は長い低迷期に入っていたが、近年若手監督の成長により再び脚光を浴びつつある。

 エルダル・シェンゲラヤ監督は、そんなジョージア映画界を代表する人物だ。ジョージア映画人同盟を務め、ジョージアがソ連から独立した時には政界に求められ、国会副議長を務めたこともある。弟のギオルギ・シェンゲラヤ監督とともに長きに渡りジョージア映画を支えてきた存在で、映画界のみならず一般市民からも厚く信頼されている。

エルダル・シェンゲラヤ監督(右)

 

『葡萄畑に帰ろう』はエルダル監督が政界を引退してから初めてメガホンを取った作品だ。その内容は自らの政治体験を色濃く反映したコメディ作品である。

「難民追い出し省」の大臣ギオルギは妻を早くに亡くし、息子と義理の姉と優雅な家で暮らしている。権力も金もほしいままにし順風満帆の人生だったが、嘘と権謀術数うずまく政治の世界でそれは長くは続かない。ギオルギは大臣職をクビになり、不正文書を処分しているところを使用人に目撃されてしまい窮地に陥る。そんな中、ドナラという素敵な女性と出会い、結婚するギオルギ。そして故郷で葡萄園を営む母を訪れ人生にとって大切なものは何かを彼は考え直す。

 架空の官公庁の「難民追い出し省」、ローラースケートを履いて働く省の職員、不気味にしゃべる大臣椅子などコミカルな描写の数々に政治家時代の体験を重ね合わせた、不条理でおかしな政治の世界を笑い飛ばす快作だ。

 エルダル監督に本作の魅力について話を聞いた。

 

政治の世界はおかしなことだらけ

『葡萄畑に帰ろう』の1シーン

 

――2006年に政界を引退されていますが、映画監督への復帰に10年以上かかっているのはなぜですか。

エルダル・シェンゲラヤ(以下エルダル):政治家時代もずっと映画を撮りたいと思っていましたけど、多忙でしたから叶いませんでした。政界を退いてからも色々アイデアを練ってはいたのですが、資金面でなかなか実現しない状態が続いたのです。今回の映画は、劇作家でもあるチェコのハヴェル大統領の戯曲を見つけて、脚本家と脚色してこのような形に仕立てました。

 

――政治家としての体験を反映させた作品とのことですが、本作はスラップスティックなコメディ作品で、ユーモアのある作品ですね。

エルダル:政治家時代、この映画で描かれるような状況をたくさん見てきたので、それをそのまま映画にしたのですよ。実際、政治の世界はこんなおかしなことばかり起きるのです。

 私はユーモアを大事にしています。ヘミングウェイの氷山の理論のように、見えているものはほんの一部でも実は大きな意味が込められている。そんな映画作りをいつも目指しています。観客には映画を観ている時は楽しんでほしい、しかしそれだけでなく観終わった後に、様々なことを考えることができる作品というのが私にとっての良い映画なのです。

 

――映画では椅子が意思を持ってしゃべったりするわけですが、監督は政治家だった頃、一度は支持した大統領の反対勢力に回ることもありました。あの意思を持った椅子に操られるように人は権力を手にすると変わってしまう。そういうことが込められているのかなと思いました。

エルダル:おっしゃる通りで、あの椅子は権力のシンボルです。どこにでもある椅子なのですが、まるで人間のようにしゃべって人をそそのかすのです。

 

――主人公は「難民追い出し省」という架空の省の大臣ですが、ここの職員は皆ローラースケートを履いていますよね。あれはどういう意図なんですか。

エルダル:あれは要するに、公務員たちは働いておらず遊んでばかりだということを表現しているのです。もちろん、私も実際にローラースケートを履いて仕事をしている職員を見たことはありませんが(笑)、満足に働いてくれない公務員たちをたくさん見てきましたよ。何とかして公務員たちを機能させようとしても、なかなか上手くいきませんでした。ジョージアはソ連から独立後、それまでの社会主義体制から脱却したのですが、あらゆるものが未整備な状況でしたからね。

 

ソ連時代と現在のジョージア映画

『葡萄畑に帰ろう』の1シーン

 

――監督はソ連時代からジョージア社会を見てこられていると思いますが、現在のジョージア社会をどのように評価していらっしゃるのでしょうか。

エルダル:ソ連時代は一党独裁で国民は指導者たちの奴隷のようでした。その頃に比べると、現在のジョージアは驚くほど大きな変化を遂げています。人々は自由になり、二大政党制が実現しています。

 

――それではジョージアの映画産業はどのように変化しましたか。

エルダル:逆説的な話ですが、ソ連時代は政府が映画産業に力を入れていたのでとても発展していて、実際に素晴らしい作品がたくさん作られていました。ただ、その理由はプロパガンダ映画の製作にありました。そんな中でも当時の現実を見つめた名作が数多くあったのも事実です。例えば、私はソ連時代に『奇人たち』という作品を作りましたが、政府はこの映画をおとぎ話だと解釈したのですが、私はあの映画に「隠れたメッセージ」を込めていたのです。

 

――ソ連から独立後、ジョージア映画が低迷したのは、国の支援が乏しくなったからということでしょうか。

エルダル:そうです。低迷の一番の原因は資金調達が困難になったことです。それは今でも続く問題ですが、ザザ・ウルシャゼ監督やギオルギ・オヴァシュヴィリ監督など新しい世代の監督たちが世界的な評価を受けるようになってきています。ソ連時代ほど資金は潤沢ではありませんが、ジョージア国立映画センターが若手監督の支援を重視してきた結果が表れてきていると思います。


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BTS原爆Tシャツ問題 「語られない」背景とは? K-POP研究、第一人者の分析

BTS

「日本と韓国、お互いのナショナリズムばかりが強調されて、BTS(防弾少年団)を通していまのK-POPを考える機会が失われた」――。こう語るのは『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書)などで知られる北海道大学のキム・ソンミン准教授だ。

ソウル生まれ、研究のため来日して日本の大学でメディア文化研究を続ける第一線の研究者である。彼の目にBTSの原爆Tシャツ問題はどう映ったのか? 韓国の視点、日本の視点、そしてK-POPの歴史が複雑に絡まりあう問題を聞いた。

経過を整理する

まず簡単に経過を整理しておこう。

11月9日に放送された人気音楽番組「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)で、予定されていた韓国のヒップホップグループBTSの出演が直前にキャンセルとなった。

BTS についてメンバーが原爆投下を肯定するTシャツを着ていた、と一部メディアで報じられ、ネット上で「反日だ」などと批判の声があがっていた最中でのキャンセルだった。

問題とされたTシャツは「ourhistory」の商品で、原爆が落とされた直後のキノコ雲の写真と、解放、愛国心といった言葉や万歳をする人々が写っている写真がプリントされていた。製作者は「反日の意図はなかった」としている。

さらに過去にナチス親衛隊の記章をつけた帽子、ナチスを連想させるステージパフォーマンスを披露していたことも問題視され、アメリカのユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」も彼らに抗議をした。

BTSのメンバーが着用していたとして問題になった「原爆Tシャツ」。

彼らは反日でナチス支持なのか?

《これまでのBTSの発言やインタビューからも明らかですが、彼らが「反日」だとか「ナチス支持」というのはあり得ないことです。

日本だけでなく、グローバルにファンを獲得し、アメリカでもライブ会場を満席にし、チャートも賑わせています。音楽的にもブラックミュージックの強い影響を受けている。

ファンを傷つけるようなことをする理由がない。私はTシャツについては韓国と日本で歴史の受け止め方が違うということに尽きると考えています。》

韓国社会にとっての原爆とは何か。その背景にあるもの

韓国の歴史、特に近代以降の歴史は日本の植民地支配の歴史でもある。支配した側である日本とまったく同じような歴史認識ではない。

《韓国社会が原爆投下に対して、日本社会のように特別な思いを抱いているかと言えばそれは違います。

広島や長崎に人が住んでいたことへの想像力、原爆について日本に住む人たちがどう受け止めるのか。そこに対する感受性が足りないのは事実でしょう。当時、7万人以上とされる朝鮮人が被爆したことも十分に知られていないですし。

韓国にとって第二次世界大戦の歴史は、日本の植民地支配からの解放の歴史です。韓国は常に「被害者」だったので、他の社会からみてどうかと問われる機会が少なかったし、配慮が求められる場面も少なかった。

Tシャツをデザインした会社も「反日の意図はない」としていましたが、それは本当でしょう。

だから問題がないわけではない。K-POPはグローバルに広がっているため、これまでと同じではなく今まで以上に他の人たちからみてどうなのかを考えていく必要があります。》

K-POPが積み上げてきた文化

ナチスを連想させるパフォーマンスについてはどうか。

これは2017年9月に韓国のソ・テジさんのデビュー25周年記念ライブでBTSがゲスト出演した際に披露された。

《ナチスについても同じです。コラボ舞台を披露したソ・テジは、韓国にヒップホップやラップを定着させる一方でデビュー以来一貫して社会的なメッセージを発してきた韓国を代表するアーティストです。

今回のパフォーマンスで使われた「教室イデア」という曲も、全体主義的な教育制度や競争を促す社会を痛烈に批判した曲です。

つまり、ソ・テジからBTSまでの「文脈」を理解している人からすれば、彼らがナチスに賛同するパフォーマンスをするはずがないということは常識とも言えることです。

しかし、いまK-POPを受容しているグローバルなファンの大半は、当然そのような文脈を共有していない。

だから、本来なら当たり前のようにわかってもらえたはずのそのようなパフォーマンスをするときも、より多くのことを配慮しなければならなくなっているし、今後はそれがまた当たり前なことになっていくでしょう。》

吹き荒れる「ナショナリズムの政治」

ただし、とキム准教授が指摘するのが過熱化する社会の反応だ。

《本来なら、傷ついたり、戸惑いや違和感を感じた人びとに対して、BTSが丁寧に説明、謝罪して終わりの話です。

インターネットで「反日」だと批判されたからといって、テレビ朝日は出演中止をするべきではなかったと思います。

これによって「ナショナリズムの政治」が前面に出てきました。インターネットを含めたメディア上でも、日本からは「韓国の反日アイドル」というバッシングが吹き荒れ、韓国ではそれに反応して「日本人はBTSが日本のアイドル以上に活躍したことを妬んでいる」といった声があがる。

ナショナリズムの政治は「お前は韓国と日本、どっちの味方」なのかと問題を単純化します。BTSが生み出した音楽やカルチャーは議論されず、お互いのナショナリズムをぶつけ合うだけになる。

こうした単純なフレームの中では、今までBTSを応援してきたファンたちはほとんど何も言えずに沈黙するしかなくなるのです。

テレビ朝日の対応はこうした単純なフレームワークを強化するものだったと私は考えています。》

ナショナリズムが排した大事な論点

ナショナリズムが前面に出てくることによって失われてしまうのはファンの声だけではない。K-POPが積み上げてきた豊かな表現であり、日本のアイドルとは明らかに異なる社会に込めたメッセージも議論の対象ではなくなる。

《K-POPの世界では女性アイドルも男性に媚びるようなことはしない。ジェンダー問題も歌うし、社会に対して発言もする。BTSも社会に対するメッセージや彼らのアイデンティティを歌う。

K-POPは「アイデンティティの政治」が展開されるメディアであるとも言えるのです。K-POPは常に新しいものを取り込みながら、前に進んできたという歴史があります。

それはヒップホップやクラブミュージックのような音楽的要素もそうだし、例えばMeTooのような社会の変化も積極的に取り込む。

その中では当然だけどミスも起こるのです。BTSだってジェンダーの視点から問題がある歌詞ではないかと指摘されたこともあります。

彼らは問題をファンとのコミュニケーションで乗り越えてきました。ミスから生まれるコミュニケーションを大事にしてきたのです。日本のメディアの対応は過剰であると同時に、コミュニケーションの機会を奪ってしまっている。》

奪われた学び合いの契機

過熱するナショナリズムの政治は、アイデンティティの政治を飲み込んでいく。

《今回だって、BTSを通じて韓国のファンは日本の歴史にとって原爆はどのような意味があるのか、日本のファンは韓国の歴史がなぜ「解放」に重きを置いて語られるのかを理解しあう良い機会になったと思うのです。

それが彼らの音楽をちゃんと追いかけてきたファン以外の人の声によって、ナショナリズムの問題に押し込められてしまったことは残念としか言えないですね。》

それでも前を向くK-POP

K-POPは2000年代に入ってからも韓国政府が積極的に「利用」しようとしてきた歴史もある。K=韓国(Korea)の意味合いが強くなった時代だ。だが、今はどうだろうか。BTSに代表される新世代のK-POPはグローバルに消費され、世界から注目されている。

Kよりも、新しいPOPカルチャーという意味が強まってきているとは言えないだろうか。

《まさに今K-POPはPOPがKを乗り越えようとしています。韓国という国家、韓国人というナショナリズムを超えた新しいポップカルチャーに成長している。

韓国文化には立ち返るところがないのです。政治的にも戦後、南北分断と冷戦体制による緊張状態のなかで長く続いた軍事政権に立ち返るわけにはいかない。

前に向かうしかないのです。新しいカルチャーを取り入れ、グローバルに広がっていくK-POPはその象徴的な動きでしょう。

彼らがグローバルにメッセージを届ける。それが新しいポップとして受容されている。原爆、ナチスイメージの騒動は成長したK-POPは外からの視点を意識しなければならないという教訓になったと思います。

まだまだK-POPもBTSも成長の途上なのです。》


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木村伊兵衛写真賞の最終ノミネートは、全員女性だった。 男と女、写真の撮り方はどう違うのか。

小松浩子、藤岡亜弥、片山真理、笹岡啓子、春木麻衣子、細倉真弓。

この6人は2018年、第43回木村伊兵衛写真賞(木村伊兵衛賞)に最終ノミネートされた人たちの名前だ。

みなさんは、全員女性だということに気づいただろうか。

全員が女性だったのは、木村伊兵衛賞の選考でも初めてだという。

アサヒカメラ」9月号が、「この女性写真家がすごい」と題した特集を組んだ。92年の歴史のなかで、女性写真家を特集するのは初めての試みだ。

「アサヒカメラ」9月号

「アサヒカメラ」の佐々木広人編集長は、なぜ今この特集を組んだのか。

女性の写真は、男性と何が違うのか。「男と女、分ける意味はあるのか」と自問自答したと語る佐々木さんに、木村伊兵衛賞の選考過程や、男女における写真の表現の違いについて聞いた。

佐々木広人編集長

「あれ、全員女性じゃん」の声は最後に上がった

――9月号の『この女性写真家がすごい!』という特集、92年の歴史で初めてだそうですね。

たぶん初めてだったと思います。

――女性写真家特集、大きな試みだったんじゃないかなと。

普段、大テーマは自分で決めてやっていたんだけど、これはうちの編集部の部員から、「女性写真家の特集やらないか。やったほうがいいんじゃないか」って言われたんです。

――部員の方は女性ですか? 男性ですか?

男性でベテランですね。木村伊兵衛写真賞のノミネートが6人全員女性だったというのは、非常に大きいです。

実は最終ノミネート6人の前に64人推薦されているんです。4人の選考委員がノミネートを絞り込んでいくわけですけれども、今年は64人中女性が18人。そのうち6人残った。逆に男性は全員落ちたわけです。

僕も選考に加わっているので内情をいうと、それぞれ最終ノミネートを一人ずつ開けていったんです。そしたら、「あれ、全員女性じゃん」と最後に声が上がったの。そのくらい女性だからという意識は全くなかった。

――選考過程で、女性はあまり意識していなかった?

全く意識せずに選んでいる。

――作品を見るときに、性別は分かるんでしょうか?

写真集や図録だったりするので、顔と名前が出ていて、経歴も内部資料として冊子にまとめてあります。ですけど、男性だから、女性だからということはありませんでした。

ただ、過去の歴代の受賞者一覧を見たときに、第4回で石内都さんが受賞されているんだけど、次が(第15回の)武田花さんかな。女性は圧倒的に少ないわけですよ。

よくいわれる、(2000年度に)蜷川実花さんと長島有里枝さんとHIROMIX、女性3人が受賞したのはエポックメイキングな出来事でしたけど、この辺りからやっぱり増えている。

(今回の特集で)写真史研究家の戸田昌子さんも書かれていたと思うんだけど、2000年に女性が出てきて「ガーリー」だと批判的に書かれたけど、あれ以降の写真史で、ちゃんと女性の写真家を評論したことは、うちであんまりなかったんですね。

「『女の子写真』からの四半世紀」と題した、写真史研究家の戸田昌子さんの寄稿

今、女性写真家を特集する理由

――女性写真家を初めて特集しようと思った理由は?

僕は女性写真家だけことさら取り上げることに抵抗があったんです。なぜかというと男性も女性も関係ねえじゃんっていうのがあるわけです。

「女性写真家というのは大変だったんだ」と石内さんからもいろいろ聞いているんだけど、僕らは、写真家から写真を預かって作品を見て、載せるか載せないか。そこでしか判断していないんですよ。

ーー佐々木さんは、2014年に「脱カメラ女子」というテーマで寄稿されていて、女性がいわゆる「カメラ女子」時代から脱する機会を提供したいと書かれていました。

あの頃、流行っていて実際カメラ女子向けの本もあったし、うちもムックにチャレンジしたんですよ。でもあんまりセールス的にはうまくいかなかった。そういうのを積み重ねていったときに、男子も女子も関係ないじゃんという。

僕はいわゆる生物学的な区分でいえば男だったりするけども、マインドその他含めたところで、ほんとに(男と女の)間にいる方やトランスな方は、写真家にたくさんいるんですよ。

そうした写真家が本当に素晴らしい作品を撮っている。男、女と分ける意味はあるのかと思っていたんです。

ただ今年の木村伊兵衛写真賞、全員ノミネートが女性って、確率論的にすごいじゃないですか。無作為で6人女性並べるって、男性を同じく並べるのも大変。ある意味事件です。

写真家が、写真で世を記録するのと同様に、僕らも写真界のことを記録していかないといけないんじゃないか。来年になったらもっと理解が進んで、男だ女だっていう区分で語れるのは、実は今年ラストチャンスかもしれないなと。

多少のハレーションはあるだろうなと思います。でも今だったらまだジェンダー論に未熟な人でも入っていけるかもしれない。このチャンスは最初で最後かもしれないなと思ったんです。

男と女、写真の撮り方はどう違うのか

――写真史研究家の戸田さんが記事で「男性写真家と女性写真家の表現の落差は、いつか個性の中に融解することが正しい道だろう」と書かれていました。男女の”表現の違い”についてどう思いますか?

うちの読者も、(日本近代写真界を代表する写真家の)木村伊兵衛、土門拳、大竹省二の域から抜けられない人がいます。だけど、木村伊兵衛賞の審査員はホンマタカシさんがやっていて時代は変わっているわけですよね。

Instagramを見ていると、”インスタ映え”という表現もある一方で、かなり色と光を使った抽象的なデザインチックな作品を出して、たくさん「いいね!」をもらっている人がいたりする。

写真にはこれだけ幅があるんだよと見ていったときに、(今回の木村伊兵衛賞も)結果として推進役になっている人が選ばれていると思いました。

例えば、(現在90歳の)西本喜美子さんは70代でカメラを覚えて、この自撮り。小難しいことは、全部流し撮りで、めんどくさいことは、彼女曰くPhotoshopでやっているわけですよ。

準備完了〜〜〜

西本喜美子さん(@kimiko_nishimoto)がシェアした投稿 – 2017年12月月27日午前12時07分PST

――マニュアルで撮ることにこだわらない。

必要なのは、アイデアとセンスだと思うんですよ。それを十二分に生かし切っている女性写真家だから、今回起用している。

潮田登久子さんは丁寧にやっている人ですよね。米美知子さんは風景写真家の中でたぶん今一番人気がある方なんですけども、この方は意外と、言葉があれですけど、男前にいろんなところを歩いて回る人です。

――彼女自身も、男前な写真と言われると何かうれしいと書かれていましたね。

でもやっぱり柔らかいんですよ。日差しの捉え方とかも含めて。

梅佳代さんはご存じの通りじゃないですか。やっぱりこの被写体との距離感の絶妙さというのは、彼女しか出せないと。

――今回の特集では、少しは器材についても聞いていますが、重要視はされていないように思います。作品の評価の基準は、表現が主体になってきたのでしょうか。

感性だと思いますよ。感性とかセンスというとすごい漠然としちゃうんですけども、今までにない文脈を持ってきますよね。「そのパターン、ここで使う?」みたいな。

例えば、ヨシダナギさんとかアフリカの部族をスーパーヒーローとして撮っていますよね。たぶんアフリカで部族を撮るのは、過去に何人もの写真家がやっている。だけど、みんな土臭さとか荒々しさとか、とにかくアフリカの匂いを伝えたいと思うわけですよ。

――男性と女性で、写真の撮り方に違いを感じる部分はありますか?

うちのコンテストもそうですけど、今写真のコンテストをやって上位に来るのは、圧倒的に女性が多いんですよ。

今回のコンテストの大本になる原体験が一つあって。2015年にある写真コンテストの審査で、表彰式があって、グランプリを取った人に賞品を渡して、プレゼンターをやりながらインタビュー的に話を聞いたんですよ。

「この写真、どうやって撮ったんですか」とか言ったら「オートです」って一言で終わっちゃった。二の句が継げなかったの、僕。「オートでいい瞬間を狙っていたんですよ。それだけです」といって、照れたような笑いを見せられた時に、こっちは「マジか」って。

同じように、僕は別のコンテストで男性にも聞いたことがあります。そうすると「レンズを70-200mmのズームを、ちょっと重いんだけど結構苦労して担いでいって」というわけですよ。

レンズとかボディの切れ味とか、さわり味とか、いかにして撮ったかをとうとうと語るんです。どれだけその被写体に向かって苦労したか、山を登ったか。でなければ、こういうふうに工夫して撮ったとかテクニックのほうへ行くんですよ。

――写真道みたいですね。

正直にいうと、カワセミが水の中にポチャンと入って、池の中で魚を捕るシーンは、おじさんたちはよく撮りたがるんですけど、今は普通にどのカメラでも、ミラーレスでも、連写したら誰でも撮れる時代なんです。

フィルムの時代は、みんな一生懸命になって撮っていたわけです。だけど今それが簡単にできる。オートでできちゃう時代なんですよ。プロでもオートで使う人、今は結構いるんですよ。

――男性は、テクニック重視の傾向があるのでしょうか。

男性は、写実的な写真を撮りたがるわけです。でも今、写実的な写真はインターネットのニュースのほうが速くて分かりやすい。

作品は、報道とは違うんですよね。どういうふうに撮ったら被写体の魅力が伝わるのか、何をすべきかを頭の中で考えればいいと思うんですけども、考えずにパッとカメラを向けちゃうのは割と男性がよくやるパターンです。

肖像権の話で、困ったといっているのはみんな男です。あんまり言いたくないけども、女性の方からそういう質問は来たことがないです。多分コミュニケーションができているんですね。

――被写体が、消費する相手ではない。

子どもに向き合って、街で見かけたかわいい子とかに、きちっときれいに声を掛けて。僕も現場に立ち会ったことありますけど、やっぱり緊張を和らげるんですよ。

僕なんか、こういう体つき、顔つきのせいか分からないけど、たぶん同じことはできない。だけど本当に、見事に緊張を和らげて、すっと入っていけるんですよ。だからスナップを撮る女性は面白いなと僕も感じていました。

「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」

ーー最終ノミネートに女性が6人、写真界も変化していますね。

女性写真家を応援している気持ちもあるんですけど、実はこの特集を一番読ませたいのは、いまだに旧態依然とした考え方を持っている、おじさんのアマチュア写真家なんです。

自分は音楽をやっていまして。ドラム叩きなんです。バンドをやっていて思うんですけども、やっぱり自分たちで、自分の楽器を弾いたり叩いたりしていて、やっぱり80年代、90年代に体得したリズムから抜けられないんですよ。

それぞれの世代でヘビロテになっている曲があるはずなんですよ。もう染みついちゃってる。でも発表年を見ると、1999年とか書いてあって。

――ちょっと前のつもりが20年前だったりしますよね。

俺でもこうなんだから、年配の方も「あんなの写真じゃない」とかっていっちゃうわけですよ。大ベテランのプロの写真家でも。

あんなギラギラしたのは写真じゃねえとか言うんだけど、何でもいいじゃねえか。光と影を使ったら写真なんだよ、それを機械で撮ったら全部写真だよというのが、僕の持論です。

――特集見出しの「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」が不思議だなと。とても男性的ですよね。

なぜ高く評価されるのか。僕は意図的にこの言葉を使ったんです。評価される写真を撮りたがっている人がたくさんいるからです。

今の時代は情報がたくさんありすぎて、いい作品を見せても、たぶんピンとこない人のほうが多いかなと思ったんですよ。やっぱり人目に付かせることが重要で、刺さないとこの情報過多な時代で何もできない。

――フックになるように、あえてこの見出しにしたんですね。

ドイツ写真工業会が2014年に出したデータなんですけど、1秒間に世界中で切られているシャッターの回数が25万回というんですよ。

さっきから音楽の話で恐縮なんですけど、ギターを弾く人は少ないはずなんですよ。ほとんどの趣味はプレーヤーが少なくて、オーディエンスが多いはず。写真は逆なんです。

写真は撮る人が山ほどいて、スマホで撮る人も含めたら、たぶんみんな撮るんじゃないかぐらいの勢い。プレーヤーがこれだけ多いというのは、もう特筆すべきことですよ。

――あらためて、写真が溢れるこの時代に、「女性写真家」という新しい軸を立てた意味は?

いろんな情報が出てくるなかで、みんな撮ったことがあるものだらけなところで、新しく新機軸を打ち立てるのは並大抵なことじゃない。

今SNSの写真で、輝度・彩度を高めにしたギラギラした写真が出てきているのは、他よりもちょっと差別化しようという成れの果てなのかなという気がします。

もしかしたら彼女たちが撮っている撮り方というか被写体との向き合い方に、僕らが忘れていた、あるいは気づかなかった重大なヒントがあると思うんですよ。

(文:笹川かおり 撮影:坪池順)


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シャネルが宣言「ワニ革やヘビ革を使いません」。毛皮も廃止へ

2018/19年秋冬 プレタポルテ コレクションより

フランスの高級ブランド・シャネル(CHANEL)が12月4日、ワニ革やヘビ革などの使用を廃止すると発表した

同ブランドのファッションプレジデントを務めるブルーノ・パブロフスキー氏は、廃止の決断に至った理由について、ブランドの倫理基準を満たす方法でエキゾチックレザー(家畜以外の革)を入手することが困難になっていると説明。

ワニ革やトカゲ革、ヘビ革、エイ革などのエキゾチックレザーは希少性が高く、高級素材として使われてきたが、今後は使用しないという。

また、WWDによると、これまでもほとんどコレクションで使用されていなかったが、毛皮の使用も今後は廃止する。

毛皮の廃止宣言も続々と

ファッション業界では、動物愛護や環境保護などの観点から、毛皮や皮革の廃止を宣言するブランドが増えている。

これまでも、グッチやジャンポール・ゴルチエ、カルバン クライン、ラルフローレン、トミー・ヒルフィガーなどがすでに毛皮を使用していないと報じられている。

ハフポストマグレブ版の記事を翻訳・編集しました。


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だから渡辺直美は愛される。「自信を持っている人は、一緒に仕事していて楽しい」

渡辺直美さん

「私のような太っている女性がこういう舞台に立てる。時代が変わってきたのかなと感じます」

お笑いタレントの渡辺直美さんが、その年に「最も美しく輝いた」人に贈られる賞「BEAUTY PERSON OF THE YEAR 2018」に選ばれた。

体型にとらわれず、好きなファッションやメイクを自由に楽しみ、ポジティブなメッセージを発信しつづけている直美さん。都内で12月3日に開かれた授賞式に登壇した際、冒頭のように受賞の喜びをあらわにした。

活躍の舞台をグローバルに広げる直美さんは、「自分に自信を持つこと」を意識しているという。授賞式のスピーチと、単独インタビューの模様をレポートする

時代が変わってきたのかな

直美さんはこの日、美容系の口コミ・総合ポータルサイト「@cosme(アットコスメ)」編集部が決める「BEAUTY PERSON OF THE YEAR 2018」を受賞。

誰からも愛されるお笑い芸人として活躍し、海外を含め多くの女性たちに影響を与えたとして、2018年「最も輝いた人」に選ばれた。

ビビッドなラメ入りのアイシャドウや口紅がはえる、シックな黒いドレス姿で登場した直美さんは、「こんな賞をいただけるとは思わなかった」と驚いた様子。

「私のような太っている女性がこういう舞台に立てる。時代が変わってきたのかなと感じます」と感慨深げに語った。

自信を持っている方がいい」 渡辺直美のメッセージ

Instagramで国内1位の847万人フォロワーを抱える直美さんは、2018年6月、アメリカのTIME誌から「ネットで影響力のある25人」に選出された

同誌は、直美さんがプロデュースするサイズ展開が豊富なブランドPUNYUS』の取り組みなどを紹介し、「日本女性にまつわるステレオタイプを打ち破ろうとしている」と評している。

自分の見た目や体型にコンプレックスを感じたり、悩んだりする人はとても多い。しかし直美さんは、自分の体型を肯定的に受け止め、全力でおしゃれを楽しむ。セクシーな格好もかわいらしい格好もする。

そのパワフルさと突き抜けた姿が共感を呼び、愛されるのだろう。

「見た目とか生き方とか、『人それぞれでいいじゃん』と思う人って、最近すごく増えてるなと思います。ここ3、4年でグッと変わったんじゃないかなと思います」

授賞式の合間に実施されたハフポスト日本版によるインタビューで、直美さんはそう語った。

「みんなが、自分たちに自信を持ちはじめたというか…。自信を持っている人って、一緒にお仕事をしていて楽しくないですか?」

「自信があると、余裕が出てくるじゃないですか。そういう人とお仕事をすると元気をもらえるし、勉強にもなるし、尊敬する気持ちも湧いてくる。自信を持っている人同士が話す方が楽しいし、いい方向に進んでいくと思うんです。だから、私は自信を持つことを意識しています」

ビビッドなラメ入りのアイシャドウや口紅がはえるよう、シックな黒いドレス姿で登場した渡辺さん。「今日の眉毛はすごく盛れた」と満足げな表情。眉毛のメイクには30分ほど時間をかけるそう。

2019年は、海外の仕事も積極的に

2018年、渡辺さんの活躍の舞台はますますグローバルに広がった。

GAPのグローバルキャンペーンでのモデル起用、GUCCIの公式Instagram”デビュー”、中国版「紅白」といわれるアリババグループ主催の音楽番組への出演など…。「今年は前厄だった」と話しつつ、その充実した日々を「熱い2018年だった」と振り返る。

「バタバタな1年で、いろんなことに挑戦させていただいた1年でした。海外も多く行かせていただいたし、日本でも新しい番組をやらせていただいて、すごく充実していました」

2019年、直美さんは31歳を迎える。

「20代の頃はいろいろと突っ走りすぎたところもあるので、30代は地に足をつけて、しっかりやりたいなと思っています。日本のお仕事をやりながら、海外のお仕事も積極的にやりたいですね」

直美さんによると、基本的な活動の拠点は日本に置きつつも、月に一度は海外に行き、「仕事の幅」を広げていくという。

「英語を勉強しながら向こうのお仕事もできたらいいなと思っています。英語は毎日勉強してるから、いまは中2レベルくらいまでいきました(笑)」

唯一無二の存在でありつづける直美さんの勢いは、2019年も止まらない。

《@cosmeを運営するアイスタイル代表取締役社長・吉松徹郎さんと渡辺直美さん。授賞式では、12月3日(月)12:00から24時間限定で開催するスペシャルセールの皮切りを祝うカウントダウンにも参加した。》


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