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ベッキー、デビュー20周年。今だから語れる仕事観、結婚観、そして…。

おとなしそうな少女が写った一枚の写真。

ベッキーが芸能界デビュー20年の節目に、投稿したものだ。

「OHAー!から始まった芸能生活。これからも一歩ずつ前進します」とつづった。

ベッキー本人なのは一目でわかるが、なんだか印象が違う。浮かべた笑みはぎこちないし、ポーズも元気がない。

おめでたい記念日に、どうしてこんな写真を選んだのだろうか?

本人に直接話を聞きに行くと、仕事観から、恋愛・結婚観まで、彼女の話は果てしなく広がっていった。

12月3日、デビュー20周年を迎えたベッキーさん。これまで仕事をしたメディアや企業から数十にのぼる祝福コメントが届いた。

「どうせ載せるなら、笑えるような写真がいいじゃないですか。デビュー当時の、笑顔が下手で、全っ然うまく笑えてないこの写真が面白いなと思って選びました」

投稿した写真について、本人の答えはあっけらかんとしたものだった。

20周年を祝福してくれた多くのファンや関係者への”アンサー”として、「笑える写真」を選んだのだという。

14歳だった「OHAガール」は34歳になった。この時のあどけない表情は、もうない。ずっとトレードマークだった「黒髪ロング」からも卒業した。

ベッキーが髪を切ったのは、約半年間の休業期間の直後だ。復帰後、最初の仕事となった宝島社の広告撮影で、自分自身に課していた「ベッキールール」を壊した。

「ずっと”黒髪ロングのベッキー”を維持しなきゃいけないと思っていたのに、いざ髪を切ったら、周囲の人に『こっちの方がいい』って言われた。何だか力が抜けました。『え〜そうなの? だったらもう、一個一個ルールを外していっちゃうよ?』って思いました(笑)」

「変わりたいと思った人がちゃんと変わっていくには、周囲の存在がすごく大事なんですよね。私も、髪を切ること自体は自分で決断したけれど、周りの人に『今、変わるチャンスじゃない?』と言っていただいたことが小さなきっかけになっていたと思います」

何気ない一言かもしれない。でも、時にはそれが大きな支えとなる。彼女はこうも語る。

「いざ髪を切った時に『いいじゃん』と肯定してくれる人の存在も大きかった。ちょっとしたサポートだけど、誰かが背中を押してくれることって、すごく大事」

ベッキールールから"卒業"した彼女は「自分を縛っているのは、実は自分自身なんですよね」と語る。

復帰後、バラエティ番組の出演本数は以前に比べて減ったが、逆にファッションブランドとのコラボや、映画出演、アート作品の個展を開くなど、マルチな活動が増えた。

「やっぱり、いろんな顔を見せたいって思うんです」とベッキーはいう。

「『ベッキー第1章』と呼んでいる以前の自分は、いつも安定した、決まったベッキーを見せようとしていました。でも『第2章』を歩んでいる今は、決まった私じゃなくて、いろんな私を見せたい。いま撮影中の役も、ここでは言えないような、みんながビックリするような激しい役です(笑)。そういう意外なことにどんどん挑戦したい」

2018年、自身初となる個展「空へと」を開いたベッキーさん。描き上げた作品を定期的にInstagramに載せている。

いつでも2パターンの未来予想図を描く。

ベッキーが使う「第2章」という言葉に共感を寄せる同世代の女性は多い。SNS上では、結婚や出産というライフイベントに触れながら、「私も今、第2章だ」などといった投稿が見られる。

しかし当の本人は、結婚や出産について、「あまり深く考えすぎないようにしている」という。

現在の恋愛に関しては「(相手の)存在自体がお守りみたい」とベッキー。「色んな気持ちになることで、想像力に幅が出て、こんなにお芝居に感情移入できるんだということが驚き」と、順調そうな関係を語ってくれたが、結婚に向けてまっしぐらというわけでもなさそうだ。

「私が恋愛の話をしていること自体で、本当に嫌な気持ちになる方もいると思うので、あまり語るべきではないと思うんですけど…」と前置きをした上で、独自の結婚観をこう語る。

「私は常に2パターンの人生を考えています。もしずっと独身ならこう生きていこう。もし結婚するならこうしよう、という風に」

「元々、結婚が”勝ち”、ずっと一人でいる人生は”負け”という風潮がすごく嫌いなんです。一人で生きていくのも、二人で生きていくのも平等に、同じ幸せと、同じ大変さがあると思っています」

独身は

「『絶対に結婚したい』と、その道しか考えていない人は、焦りが生まれたり、他人の言葉をプレッシャーに感じたりするかもしれません。自分で生きにくい状況を作ってしまっている部分もあるから、最初から『私、2パターンの道を考えてます』って宣言しちゃうと楽だよって思います」

この考え方は、出産や子育てについても同様だ。

「子供がいる人生もいない人生も、まったく同じぐらい幸せで大変なんだと思っています。だから年齢を重ねても、出産の年齢的なリミットに対する焦りはないですね。どこか、神様が決めてくれる未来を待っているような受け身感があります。一個に絞っちゃうとそれが叶わなかった時にグサってくるだけだから、自分を傷つけないための予防法でもあるんですけどね」

そうやって心の中で2つの未来予想図を描いているベッキーだが、「仕事は一生続けます」と断言する。

もし子供がいない人生なら、タレントを続けながら、ずっと夢だった雑貨のセレクトショップを持ちたい。子供がいる人生を歩むことになってもタレントは続ける。「産後1ヵ月で仕事に戻ってきちゃう可能性もあります。もしスタッフさんがOKなら、子供を現場に連れていけたらいいなぁ」と語る。

「でも、最後に決めてくれるのは神様かな〜」

働く、ということを前提にしたうえで、女性は結婚や出産についてどんな選択肢を持てるのか。芸能界にも大きな変化の気配が芽生えているという。

「最近、芸能界もすごく変わってきていると感じます。デビュー当時にはあまり見かけなかったけど、今ではテレビ局にお子さんを連れてくる方もかなり増えている。これまでの常識にとらわれすぎず、色々な方法を認めあっていくのが大事だなと思います」

悲しい言葉はスルーして、嬉しい言葉を受け止めて。

こんな風に、これからの人生について明るく語ってくれたベッキー。だが、週刊誌報道をきっかけにはじまった、SNSなどでのバッシングの余波はまだ続いている。

一度でも”つまずく”と、いつまでも心ない言葉を投げつけられる。そんな現実を、かつての好感度No.1タレントは、どう受け止めているのか。

「ネガティブな意見を見ても、実は納得できるものばかりなんです。例えば『ベッキーがでしゃばっててウザい』というつぶやきを見ると、改めて自分を振り返って『うーん、確かにそうだよね』と納得してしまう。そんな時は自分のSNSでの投稿のテンションを少し抑えめにしたりして、なるべく反省を活かすようにしています」

「あとは『一切顔を見たくない』という意見も。『だよね』って納得しちゃう(笑)。そりゃあ人には好みがあるから、その人は私のことが好きじゃないっていうだけのこと。それに対して『ひっどーい!』とは思いません。「ストレス発散の場」として私が選ばれたのかもなぁと思うし、それで終わり。いずれにせよ、その言葉に、ある意味で納得できるから、傷ついたりはしないです」

「嬉しい言葉がすーっと入ってくるんです」

心無い言葉に耐えきれず、SNSを辞めてしまう人もいる中で、ベッキーは、こんな提案をする。

「正直、私への悪口というのも、ある程度パターンが決まってきている部分があります。最初はやっぱり傷ついたけど、段々と読んだことのある悪口として仕分けされてくる。逆に嬉しい言葉の方が、自分の中にすっと入ってきます。

今の人たちって、嬉しい言葉をスルーして、悲しい言葉を深刻に受け止めちゃう。でも逆なんです。『悲しい言葉はスルーして、嬉しい言葉をしっかり受け止めて』って伝えたいですね」

  *  *

他人の批判をきちんと受け止め、聞くべきところは聞きながらも、自分の大切にしているところはきっちりと守る。

ちょっとした工夫や気の持ちようで道を切り拓いていく。

それはベッキールールに忠実だった第1章の時のように、ひたすらにガムシャラな歩みではない。走ったり止まったりスローダウンしたりしながら、それでも前に進む。そんな彼女だからこそ、多くの人たちから「デビュー20年おめでとう」のエールが送られたのだろう。

テレビ東京の祝福ツイートに対して「驚いたし嬉しかった。やっぱりここが古巣だし、ここから私はスタートしたから」とベッキーさんは語った。

インタビューの最後に、「30周年を迎える時の、44歳のベッキーさんはどんな女性になっているんでしょう?」と尋ねると、彼女は大きく笑って肩をすくめた。

「もう40代ほんっと最高ですよ〜! とか言っちゃってそうです。我ながら、想像するだけでうざいですね(笑)」

自然体な笑顔を浮かべるベッキーの21年目の挑戦が、かろやかに幕を開けている。

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木村伊兵衛写真賞の最終ノミネートは、全員女性だった。 男と女、写真の撮り方はどう違うのか。

小松浩子、藤岡亜弥、片山真理、笹岡啓子、春木麻衣子、細倉真弓。

この6人は2018年、第43回木村伊兵衛写真賞(木村伊兵衛賞)に最終ノミネートされた人たちの名前だ。

みなさんは、全員女性だということに気づいただろうか。

全員が女性だったのは、木村伊兵衛賞の選考でも初めてだという。

アサヒカメラ」9月号が、「この女性写真家がすごい」と題した特集を組んだ。92年の歴史のなかで、女性写真家を特集するのは初めての試みだ。

「アサヒカメラ」9月号

「アサヒカメラ」の佐々木広人編集長は、なぜ今この特集を組んだのか。

女性の写真は、男性と何が違うのか。「男と女、分ける意味はあるのか」と自問自答したと語る佐々木さんに、木村伊兵衛賞の選考過程や、男女における写真の表現の違いについて聞いた。

佐々木広人編集長

「あれ、全員女性じゃん」の声は最後に上がった

――9月号の『この女性写真家がすごい!』という特集、92年の歴史で初めてだそうですね。

たぶん初めてだったと思います。

――女性写真家特集、大きな試みだったんじゃないかなと。

普段、大テーマは自分で決めてやっていたんだけど、これはうちの編集部の部員から、「女性写真家の特集やらないか。やったほうがいいんじゃないか」って言われたんです。

――部員の方は女性ですか? 男性ですか?

男性でベテランですね。木村伊兵衛写真賞のノミネートが6人全員女性だったというのは、非常に大きいです。

実は最終ノミネート6人の前に64人推薦されているんです。4人の選考委員がノミネートを絞り込んでいくわけですけれども、今年は64人中女性が18人。そのうち6人残った。逆に男性は全員落ちたわけです。

僕も選考に加わっているので内情をいうと、それぞれ最終ノミネートを一人ずつ開けていったんです。そしたら、「あれ、全員女性じゃん」と最後に声が上がったの。そのくらい女性だからという意識は全くなかった。

――選考過程で、女性はあまり意識していなかった?

全く意識せずに選んでいる。

――作品を見るときに、性別は分かるんでしょうか?

写真集や図録だったりするので、顔と名前が出ていて、経歴も内部資料として冊子にまとめてあります。ですけど、男性だから、女性だからということはありませんでした。

ただ、過去の歴代の受賞者一覧を見たときに、第4回で石内都さんが受賞されているんだけど、次が(第15回の)武田花さんかな。女性は圧倒的に少ないわけですよ。

よくいわれる、(2000年度に)蜷川実花さんと長島有里枝さんとHIROMIX、女性3人が受賞したのはエポックメイキングな出来事でしたけど、この辺りからやっぱり増えている。

(今回の特集で)写真史研究家の戸田昌子さんも書かれていたと思うんだけど、2000年に女性が出てきて「ガーリー」だと批判的に書かれたけど、あれ以降の写真史で、ちゃんと女性の写真家を評論したことは、うちであんまりなかったんですね。

「『女の子写真』からの四半世紀」と題した、写真史研究家の戸田昌子さんの寄稿

今、女性写真家を特集する理由

――女性写真家を初めて特集しようと思った理由は?

僕は女性写真家だけことさら取り上げることに抵抗があったんです。なぜかというと男性も女性も関係ねえじゃんっていうのがあるわけです。

「女性写真家というのは大変だったんだ」と石内さんからもいろいろ聞いているんだけど、僕らは、写真家から写真を預かって作品を見て、載せるか載せないか。そこでしか判断していないんですよ。

ーー佐々木さんは、2014年に「脱カメラ女子」というテーマで寄稿されていて、女性がいわゆる「カメラ女子」時代から脱する機会を提供したいと書かれていました。

あの頃、流行っていて実際カメラ女子向けの本もあったし、うちもムックにチャレンジしたんですよ。でもあんまりセールス的にはうまくいかなかった。そういうのを積み重ねていったときに、男子も女子も関係ないじゃんという。

僕はいわゆる生物学的な区分でいえば男だったりするけども、マインドその他含めたところで、ほんとに(男と女の)間にいる方やトランスな方は、写真家にたくさんいるんですよ。

そうした写真家が本当に素晴らしい作品を撮っている。男、女と分ける意味はあるのかと思っていたんです。

ただ今年の木村伊兵衛写真賞、全員ノミネートが女性って、確率論的にすごいじゃないですか。無作為で6人女性並べるって、男性を同じく並べるのも大変。ある意味事件です。

写真家が、写真で世を記録するのと同様に、僕らも写真界のことを記録していかないといけないんじゃないか。来年になったらもっと理解が進んで、男だ女だっていう区分で語れるのは、実は今年ラストチャンスかもしれないなと。

多少のハレーションはあるだろうなと思います。でも今だったらまだジェンダー論に未熟な人でも入っていけるかもしれない。このチャンスは最初で最後かもしれないなと思ったんです。

男と女、写真の撮り方はどう違うのか

――写真史研究家の戸田さんが記事で「男性写真家と女性写真家の表現の落差は、いつか個性の中に融解することが正しい道だろう」と書かれていました。男女の”表現の違い”についてどう思いますか?

うちの読者も、(日本近代写真界を代表する写真家の)木村伊兵衛、土門拳、大竹省二の域から抜けられない人がいます。だけど、木村伊兵衛賞の審査員はホンマタカシさんがやっていて時代は変わっているわけですよね。

Instagramを見ていると、”インスタ映え”という表現もある一方で、かなり色と光を使った抽象的なデザインチックな作品を出して、たくさん「いいね!」をもらっている人がいたりする。

写真にはこれだけ幅があるんだよと見ていったときに、(今回の木村伊兵衛賞も)結果として推進役になっている人が選ばれていると思いました。

例えば、(現在90歳の)西本喜美子さんは70代でカメラを覚えて、この自撮り。小難しいことは、全部流し撮りで、めんどくさいことは、彼女曰くPhotoshopでやっているわけですよ。

準備完了〜〜〜

西本喜美子さん(@kimiko_nishimoto)がシェアした投稿 – 2017年12月月27日午前12時07分PST

――マニュアルで撮ることにこだわらない。

必要なのは、アイデアとセンスだと思うんですよ。それを十二分に生かし切っている女性写真家だから、今回起用している。

潮田登久子さんは丁寧にやっている人ですよね。米美知子さんは風景写真家の中でたぶん今一番人気がある方なんですけども、この方は意外と、言葉があれですけど、男前にいろんなところを歩いて回る人です。

――彼女自身も、男前な写真と言われると何かうれしいと書かれていましたね。

でもやっぱり柔らかいんですよ。日差しの捉え方とかも含めて。

梅佳代さんはご存じの通りじゃないですか。やっぱりこの被写体との距離感の絶妙さというのは、彼女しか出せないと。

――今回の特集では、少しは器材についても聞いていますが、重要視はされていないように思います。作品の評価の基準は、表現が主体になってきたのでしょうか。

感性だと思いますよ。感性とかセンスというとすごい漠然としちゃうんですけども、今までにない文脈を持ってきますよね。「そのパターン、ここで使う?」みたいな。

例えば、ヨシダナギさんとかアフリカの部族をスーパーヒーローとして撮っていますよね。たぶんアフリカで部族を撮るのは、過去に何人もの写真家がやっている。だけど、みんな土臭さとか荒々しさとか、とにかくアフリカの匂いを伝えたいと思うわけですよ。

――男性と女性で、写真の撮り方に違いを感じる部分はありますか?

うちのコンテストもそうですけど、今写真のコンテストをやって上位に来るのは、圧倒的に女性が多いんですよ。

今回のコンテストの大本になる原体験が一つあって。2015年にある写真コンテストの審査で、表彰式があって、グランプリを取った人に賞品を渡して、プレゼンターをやりながらインタビュー的に話を聞いたんですよ。

「この写真、どうやって撮ったんですか」とか言ったら「オートです」って一言で終わっちゃった。二の句が継げなかったの、僕。「オートでいい瞬間を狙っていたんですよ。それだけです」といって、照れたような笑いを見せられた時に、こっちは「マジか」って。

同じように、僕は別のコンテストで男性にも聞いたことがあります。そうすると「レンズを70-200mmのズームを、ちょっと重いんだけど結構苦労して担いでいって」というわけですよ。

レンズとかボディの切れ味とか、さわり味とか、いかにして撮ったかをとうとうと語るんです。どれだけその被写体に向かって苦労したか、山を登ったか。でなければ、こういうふうに工夫して撮ったとかテクニックのほうへ行くんですよ。

――写真道みたいですね。

正直にいうと、カワセミが水の中にポチャンと入って、池の中で魚を捕るシーンは、おじさんたちはよく撮りたがるんですけど、今は普通にどのカメラでも、ミラーレスでも、連写したら誰でも撮れる時代なんです。

フィルムの時代は、みんな一生懸命になって撮っていたわけです。だけど今それが簡単にできる。オートでできちゃう時代なんですよ。プロでもオートで使う人、今は結構いるんですよ。

――男性は、テクニック重視の傾向があるのでしょうか。

男性は、写実的な写真を撮りたがるわけです。でも今、写実的な写真はインターネットのニュースのほうが速くて分かりやすい。

作品は、報道とは違うんですよね。どういうふうに撮ったら被写体の魅力が伝わるのか、何をすべきかを頭の中で考えればいいと思うんですけども、考えずにパッとカメラを向けちゃうのは割と男性がよくやるパターンです。

肖像権の話で、困ったといっているのはみんな男です。あんまり言いたくないけども、女性の方からそういう質問は来たことがないです。多分コミュニケーションができているんですね。

――被写体が、消費する相手ではない。

子どもに向き合って、街で見かけたかわいい子とかに、きちっときれいに声を掛けて。僕も現場に立ち会ったことありますけど、やっぱり緊張を和らげるんですよ。

僕なんか、こういう体つき、顔つきのせいか分からないけど、たぶん同じことはできない。だけど本当に、見事に緊張を和らげて、すっと入っていけるんですよ。だからスナップを撮る女性は面白いなと僕も感じていました。

「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」

ーー最終ノミネートに女性が6人、写真界も変化していますね。

女性写真家を応援している気持ちもあるんですけど、実はこの特集を一番読ませたいのは、いまだに旧態依然とした考え方を持っている、おじさんのアマチュア写真家なんです。

自分は音楽をやっていまして。ドラム叩きなんです。バンドをやっていて思うんですけども、やっぱり自分たちで、自分の楽器を弾いたり叩いたりしていて、やっぱり80年代、90年代に体得したリズムから抜けられないんですよ。

それぞれの世代でヘビロテになっている曲があるはずなんですよ。もう染みついちゃってる。でも発表年を見ると、1999年とか書いてあって。

――ちょっと前のつもりが20年前だったりしますよね。

俺でもこうなんだから、年配の方も「あんなの写真じゃない」とかっていっちゃうわけですよ。大ベテランのプロの写真家でも。

あんなギラギラしたのは写真じゃねえとか言うんだけど、何でもいいじゃねえか。光と影を使ったら写真なんだよ、それを機械で撮ったら全部写真だよというのが、僕の持論です。

――特集見出しの「彼女たちの作品はなぜ高く評価されるのか」が不思議だなと。とても男性的ですよね。

なぜ高く評価されるのか。僕は意図的にこの言葉を使ったんです。評価される写真を撮りたがっている人がたくさんいるからです。

今の時代は情報がたくさんありすぎて、いい作品を見せても、たぶんピンとこない人のほうが多いかなと思ったんですよ。やっぱり人目に付かせることが重要で、刺さないとこの情報過多な時代で何もできない。

――フックになるように、あえてこの見出しにしたんですね。

ドイツ写真工業会が2014年に出したデータなんですけど、1秒間に世界中で切られているシャッターの回数が25万回というんですよ。

さっきから音楽の話で恐縮なんですけど、ギターを弾く人は少ないはずなんですよ。ほとんどの趣味はプレーヤーが少なくて、オーディエンスが多いはず。写真は逆なんです。

写真は撮る人が山ほどいて、スマホで撮る人も含めたら、たぶんみんな撮るんじゃないかぐらいの勢い。プレーヤーがこれだけ多いというのは、もう特筆すべきことですよ。

――あらためて、写真が溢れるこの時代に、「女性写真家」という新しい軸を立てた意味は?

いろんな情報が出てくるなかで、みんな撮ったことがあるものだらけなところで、新しく新機軸を打ち立てるのは並大抵なことじゃない。

今SNSの写真で、輝度・彩度を高めにしたギラギラした写真が出てきているのは、他よりもちょっと差別化しようという成れの果てなのかなという気がします。

もしかしたら彼女たちが撮っている撮り方というか被写体との向き合い方に、僕らが忘れていた、あるいは気づかなかった重大なヒントがあると思うんですよ。

(文:笹川かおり 撮影:坪池順)


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「元徴用工」をめぐる韓国最高裁判決に、喝!

 新たな日韓関係の火種となっている旧朝鮮半島出身労働者(元徴用工)をめぐる韓国最高裁判決の問題点につき、改めて考えてみたいと思います。

 なお、この問題については、11月29日の衆院安全保障委員会で河野太郎外務大臣に質問し、最後に私の意見も述べましたので、ご関心のある方は以下からご覧ください。

 さて、韓国の最高裁にあたる大法院は、10月30日と11月29日に、「元徴用工」を雇用していた日本企業(新日鉄と三菱重工)に賠償責任を認定する判決を下しました。これに対し、日本政府は「断じて受け入れられない」と厳しい批判を繰り返していますが、具体的なアクションを取っていません。

 いったい韓国最高裁判決のどこが問題なのでしょうか。半世紀前に「完全かつ最終的に解決された」(1965年の日韓請求権・経済協力協定第2条)はずの問題がなぜ再び蒸し返されるのでしょうか。

 まず、日韓請求権・経済協力協定は、日韓両国も批准する「条約法に関するウィーン条約」第26条、27条により、韓国の立法、行政、司法の三権を等しく拘束します。韓国最高裁判決が国際法を逸脱していると批判される理由はここにあります。そして、同協定により日韓は相互に「外交保護権」を放棄したので、個人の請求権までは失われないものの、相手国の裁判所に訴えても法的に救済されないこととなりました。その代わり、「元徴用工」への慰謝料など個人の救済についての道義的責任は自国、すなわち韓国政府が負うこととされました。このことは、同協定に関わる全ての外交文書を公開し、官民のプロジェクトチームで再検証した結果に基づき、2005年8月に盧武鉉政権が国内外に正式に表明しました。

 そして、それら個人への救済のための原資は、同協定により日本側が提供した総額5億ドルの無償・有償援助をもって充てることとされ、現に1970年代および2007年、2010年に韓国は国内法を制定し、そのような方々への支援を実施しています。にもかかわらず、今回の韓国最高裁の判決は、上述した日韓両国政府による法的、政治的、外交的努力を根底から覆してしまったのです。

 2度にわたる最高裁判決が出てもなお、韓国政府は同判決に対する態度を明らかにしていません。これに対し、我が国政府は強い口調で非難はするものの、韓国政府の出方を見守っているだけです。しかし、事態を放置すれば、次々に類似の訴訟が提起されてしまうでしょう。したがって、ここは、同協定第3条に基づき、日韓両国の代表者に加え第三国の代表者も入れた「仲裁委員会」の速やかな開催を提起すべきです。同協定によれば、日本側の提起を韓国側は拒むことはできず、仲裁委員会の下す裁定には必ず従わねばなりません。これしか早期に決着をつける方法は見当たりません。日本政府の決断を促したいと思います。

衆議院議員 長島昭久


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だから渡辺直美は愛される。「自信を持っている人は、一緒に仕事していて楽しい」

渡辺直美さん

「私のような太っている女性がこういう舞台に立てる。時代が変わってきたのかなと感じます」

お笑いタレントの渡辺直美さんが、その年に「最も美しく輝いた」人に贈られる賞「BEAUTY PERSON OF THE YEAR 2018」に選ばれた。

体型にとらわれず、好きなファッションやメイクを自由に楽しみ、ポジティブなメッセージを発信しつづけている直美さん。都内で12月3日に開かれた授賞式に登壇した際、冒頭のように受賞の喜びをあらわにした。

活躍の舞台をグローバルに広げる直美さんは、「自分に自信を持つこと」を意識しているという。授賞式のスピーチと、単独インタビューの模様をレポートする

時代が変わってきたのかな

直美さんはこの日、美容系の口コミ・総合ポータルサイト「@cosme(アットコスメ)」編集部が決める「BEAUTY PERSON OF THE YEAR 2018」を受賞。

誰からも愛されるお笑い芸人として活躍し、海外を含め多くの女性たちに影響を与えたとして、2018年「最も輝いた人」に選ばれた。

ビビッドなラメ入りのアイシャドウや口紅がはえる、シックな黒いドレス姿で登場した直美さんは、「こんな賞をいただけるとは思わなかった」と驚いた様子。

「私のような太っている女性がこういう舞台に立てる。時代が変わってきたのかなと感じます」と感慨深げに語った。

自信を持っている方がいい」 渡辺直美のメッセージ

Instagramで国内1位の847万人フォロワーを抱える直美さんは、2018年6月、アメリカのTIME誌から「ネットで影響力のある25人」に選出された

同誌は、直美さんがプロデュースするサイズ展開が豊富なブランドPUNYUS』の取り組みなどを紹介し、「日本女性にまつわるステレオタイプを打ち破ろうとしている」と評している。

自分の見た目や体型にコンプレックスを感じたり、悩んだりする人はとても多い。しかし直美さんは、自分の体型を肯定的に受け止め、全力でおしゃれを楽しむ。セクシーな格好もかわいらしい格好もする。

そのパワフルさと突き抜けた姿が共感を呼び、愛されるのだろう。

「見た目とか生き方とか、『人それぞれでいいじゃん』と思う人って、最近すごく増えてるなと思います。ここ3、4年でグッと変わったんじゃないかなと思います」

授賞式の合間に実施されたハフポスト日本版によるインタビューで、直美さんはそう語った。

「みんなが、自分たちに自信を持ちはじめたというか…。自信を持っている人って、一緒にお仕事をしていて楽しくないですか?」

「自信があると、余裕が出てくるじゃないですか。そういう人とお仕事をすると元気をもらえるし、勉強にもなるし、尊敬する気持ちも湧いてくる。自信を持っている人同士が話す方が楽しいし、いい方向に進んでいくと思うんです。だから、私は自信を持つことを意識しています」

ビビッドなラメ入りのアイシャドウや口紅がはえるよう、シックな黒いドレス姿で登場した渡辺さん。「今日の眉毛はすごく盛れた」と満足げな表情。眉毛のメイクには30分ほど時間をかけるそう。

2019年は、海外の仕事も積極的に

2018年、渡辺さんの活躍の舞台はますますグローバルに広がった。

GAPのグローバルキャンペーンでのモデル起用、GUCCIの公式Instagram”デビュー”、中国版「紅白」といわれるアリババグループ主催の音楽番組への出演など…。「今年は前厄だった」と話しつつ、その充実した日々を「熱い2018年だった」と振り返る。

「バタバタな1年で、いろんなことに挑戦させていただいた1年でした。海外も多く行かせていただいたし、日本でも新しい番組をやらせていただいて、すごく充実していました」

2019年、直美さんは31歳を迎える。

「20代の頃はいろいろと突っ走りすぎたところもあるので、30代は地に足をつけて、しっかりやりたいなと思っています。日本のお仕事をやりながら、海外のお仕事も積極的にやりたいですね」

直美さんによると、基本的な活動の拠点は日本に置きつつも、月に一度は海外に行き、「仕事の幅」を広げていくという。

「英語を勉強しながら向こうのお仕事もできたらいいなと思っています。英語は毎日勉強してるから、いまは中2レベルくらいまでいきました(笑)」

唯一無二の存在でありつづける直美さんの勢いは、2019年も止まらない。

《@cosmeを運営するアイスタイル代表取締役社長・吉松徹郎さんと渡辺直美さん。授賞式では、12月3日(月)12:00から24時間限定で開催するスペシャルセールの皮切りを祝うカウントダウンにも参加した。》


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見栄を張って疲れているあなたへ。 不安や苛立ちに苛まれてる君へ。くまで「フフッ」と笑ってほしい。

本屋さんの「推し本」

書店員というのは、なんとも不思議な仕事です。

給料はぜんぶ本につぎ込んでいます!、と言い切れるほど読書家でもない私が、なぜか魅了されてしまう「本屋」という場所。

かなりの肉体労働だし、接客業特有のストレスもヘヴィーだし、時給も安い…それでも、本のデザインやイラストを鑑賞したり、インクや紙の匂いを感じたり、ページを捲る音や指先に感じる感触を楽しんだり、と五感で本と触れることができる書店員という仕事に、えもいわれぬ愛着を感じながら、今日まで続けてきました。

そんな私が、年齢も性別も職業も関係なく、全ての方に「これ、どうですか?」とおすすめしたい一冊があります。

それは、『ともだちはくま』(KADOKAWA)という本です。

ともだちはくま

何だかシュールで、フォルムがサイコーに可愛い。

喜怒哀楽の表情が豊かで、鼻に寄る皺でさえキュート。

見ていて飽きない。

なぜか「女装が好き」という、ちょっぴりシュールな癒やし系くまです。

元々はLINEスタンプのキャラクターとしてこの世に生まれた、名も無きくま(以下、愛を込めて「くまちゃん」と称します)でしたが、作者である「さいきたむむ」さん(以下、敬愛を込めて「たむむさん」と称します)が、Twitterでもイラストやマンガを投稿するように…。

たむむさんのアカウントは日に日にフォロワー数が伸び、その増殖が止まらず、今やフォロワー数8万超えとなっています。

かきフライの日だよー pic.twitter.com/h7MIVhV8Ba

— さいきたむむ (@tamsorogi) 2018年11月21日

Twitterに上げるイラストやマンガの主なテーマは『今日は○○の日』。「フランスパンの日だよー」「今日は鮭の日ヽ( ‘ω’ )ノ」「ピザの日だよー ピザ食べたい」といった具合です。

ツイートを見ていると、フォロワーさんたちの方から『今日は○○の日らしいですよ』だなんて情報を受けて、たむむさんがイラストを作成なさっているのを、よくお見掛けしています。

書籍『ともだちはくま』は、こんな風に作者とファンとの絆で育まれたTwitter上の作品を纏めた(勿論、描き下ろしも加えた)作品となります。作り手と受け手が一緒にキャラを育てていくーーまさにSNS時代を象徴する一冊だと思うんです。

くまちゃんの言動のひとつひとつには、胸に熱く来るものがあります。

くまちゃんは獣であるだけに、とにかく『本能』に忠実なんですね。

主に食欲や睡眠欲などの生理的欲求に、気持ちが良いほど素直にしたがって行動します。

好奇心旺盛で失敗を恐れない。

失敗をしても、めげない。

痛い目に遭ったり、自分の思うような結果にならなくても

そばにいる仲間を決して責めたりはしない。

これは、どのくまちゃんにも共通していることです。

私は、そんなくまちゃんたちが美しいと思うし、愛おしくて堪りません。

私たち人間は、生きていく上で必要な虚飾を纏っているものですが、そんな虚飾を一糸も纏わず生きる、くまちゃんたちの『強さ』と『優しさ』に憧れと尊敬の念すら抱きます。

……とまぁこれは、私が頭を一生懸命、回転させて分析した内容であり。

実際に本を読んでいる時には、ただただ萌えたり、笑ってしまったり、一言で言えば『癒される』訳です。

普通は、そこまで深く考えながら読むことなんてないと思います。

それでも、たいていの方が読めば「フフッ」と、笑ってしまうだろう。

そんな気がします。

どんな老若男女も、直感的に「癒し」を感じることが出来るのでは?と、信じています。

近年はストレス社会に重ねて、世界的に政治も不安定で、自然災害が容赦なく襲い掛かってくる頻度も高まり、不安や苛立ちは更に募りやすいという状況です。

そういった悲しみや怒りという感情は伝染するもので。

それらを振り払うには、やはり「楽しい」とか「嬉しい」というプラスの感情が不可欠ですよね。

世の中には様々なストレス発散法があって、人によって効果はそれぞれ違うけれど、『本を読む』という方法はすごく身近で手軽な存在です。

だからこそ『本』や『本屋』は、これからの世界にも必要であり、たとえ細やかな力だとしても、たくさんの人の生きる糧になり、人生を豊かにするものだと思います。

出来ればひとりでも多くの人が笑って楽しく過ごせたら…という願いを込めて。

私は『ともだちはくま』をおすすめしたいと思います。

どうか、あなたが明日も元気で頑張れますように。

「フフッ」と、笑ってくれますように。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

『ともだちはくま』(さいき たむむ)

今週の「本屋さん」

三井洋子/ 東京都内某所の書店に勤務

撮影:橋本莉奈(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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外国人材など

石破茂

 石破 茂 です。

 27日の衆議院本会議で入国管理法の改正案が衆議院を通過、参議院に送付されました。「移民政策」や「単純労働」の定義など、最後まで議論は噛み合わず、やや残念な思いが致しましたが、参議院では衆議院で指摘された幾多の問題点についてさらに掘り下げた議論を行い、国民の理解を深めていく必要があります。

 外国人労働者を受け入れざるを得ないのは、生産年齢人口が急激に減少し、介護や建設現場などで決定的な人手不足が生じているという差し迫った事情によるものですが、少子化は既に30年も前から指摘されていたことであるにもかかわらず、その抜本的な対策を怠ってきたことが今日このような事態を招いた最大の原因です。

 今からたった20年後の2040年には人口が2000万人近くも減少し、相前後して高齢者の数がピークに達することが予想されており、これを見据えた中での外国人労働者の受け入れでなくては、単なる緊急避難的対応にしかすぎません。このような国家ビジョンが総理から提示されることを期待し、参議院における発言を注視しています。

 受け入れる外国人材に対して、日本語や日本の文化伝統、社会の決まりなどについて教えるのは日本政府の責任において行うべきものでしょう。生産年齢人口の減少はこれから多くの国において起こることであり、外国人材の奪い合いとなる事態も容易に想像されます。それを見据え、「外国人から選ばれる体制」の構築が急務です。

 「単なる労働者不足への対応であり、国の形を変えるような移民政策とは全く異なる」と言うのであれば、国の形を維持するための少子化対策を国家の最重要課題として確立しなくてはなりません。少子化対策予算の対GDP比がフランスやスウェーデンの3分の1の1・3%ではどうにもなりません。今から少子化対策に取り組み、その成果があがるのは早くても20年後であり、それまで人口は急激に減少し続けるのです。繋ぎとしての今回の法案との理解とともに、受け入れる外国人に対して、日本人と遜色ない待遇を提供することも、国家としての責任であると思っております。

 海上自衛隊のいずも型ヘリコプター搭載型護衛艦の固定翼機搭載型への改修が今後の防衛力の整備と関連して話題となっています。どの国に対するどのような抑止力を企図するものか、運用構想はどのようなものになるのか、常時一隻稼動させるためには最低3隻が必要と言われる中、何隻保有するのか、水上艦における固定翼機の運用技術には極めて高度なものが要求されるが、どのように錬成するのか、この艦自体は単なるプラットフォームで脆弱なため、これを護るための潜水艦、イージス対空護衛艦(DDG)、対潜護衛艦(DD)、直衛戦闘機はどれほど必要なのか、それでなくても現在決定的に不足している水上艦艇乗組員をどのように確保するのか等々、導入に向けては国民・納税者に理解・支持される濃密な議論が必要です。国民の代表である国会議員が兵器や運用について知識がなければ、文民統制が機能するはずはありません。

 当選同期であった園田博之議員の逝去に伴って衆議院本会議場の議席が変更になり、扇形に配置されている12列の最後列に移動となりました。

 議席は基本的に当選回数順の年齢順となっており、昭和61年の初当選時、最年少の私には最前列の一番端の議席が割り当てられ、遥か後方の最後列に座っておられる錚々たる顔ぶれを見ながらあそこまで行くのに何年かかるのか、そもそもそこまで行けるのか、などと思ったものでした。あれから32年余、感慨複雑なものがあります。

 週末土日は茨城県議選の応援演説に県内数カ所を回る予定です。

 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

(2018年11月30日「石破茂ブログ」より転載)


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民主主義フォーラムなど

 石破 茂 です。

 20日水曜日に特定非営利法人言論NPO主催による「代議制民主主義は信頼を回復できるか」と題するフォーラムで、フランスの高名な政治学者ドミニク・レニエ氏(パリ政治学院教授)と対談をする機会がありました。

 多くの人が参画し、かつ「自分が為政者であればどうするか」という主権者意識を持ち、他者から強制されるのではなく自己の意思によって投票することがなければ、民主主義は本来の機能を発揮し得ません。同時に、言論においてその自由が保障され、高い質を保ち、権力との一体性を排さなくてはなりません。

 それでなくとも新聞の購読者が減っている中、主張の異なる二紙を併読する人は稀なのであり、どちらの立場に立つにせよ、反対の意見も併せて紹介してもらいたいものです。

 「民主主義は最悪の政治制度である。今まで存在したあらゆる政治制度を除けば」というチャーチルの言葉はまさしくその通りだと改めて思います。

 先日の韓国におけるフォーラムでは、北朝鮮に対する見方が各国によって大きく異なることを再認識させられました。韓国の政府要人からは「北と南が融和することによって、韓国は初めて島国から脱して(今の分断された状況は『韓国は島国である』という捉え方をされているようです)、ユーラシア大陸の一員となれる」との思いが述べられ、アメリカのシンクタンクの研究者からは「北朝鮮は約束を履行しない国である」との強い警戒心と憤りが述べられました。「体制の保証」「安全の保障」をどのように誰がなし得るのか、実効性の担保のために国連がそれに果たすべき役割とは何か、いくつかの示唆を受けたフォーラムでした。

 北方領土に米軍基地を配置しないことは可能か、と前回指摘しましたところ、東西ドイツ統一の際にアメリカ、ロシア、フランス、英国なども関与して旧東ドイツに外国の基地を置かない旨の協定が締結されているとのご指摘を頂きました。集団的自衛権が憲法上ごく限定的にしか行使できない代わりに米軍に対する基地提供を条約上の義務として負う我が国とは事情がかなり異なるようにも思われますが、よく研究する要があるものと思います。

 週末は滋賀県、千葉県において講演、諸会合への出席という日程となっております。

 皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

(2018年11月22日「石破茂オフィシャルブログ」より転載)


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「咳をしても一人」の作者を知っていますか? 書店員歴20年の私の日常を変えた1冊とは。

「友人に誘われて…」。

部活を決めるときみたいな、そんな安易な理由で、私は書店員になった。それから20年。こんなにも長く、書店で働くことになるとは思ってもみなかった。

思いのほか体力が必要だったり、本に向き合う時間が取れなかったりすることも、あまり気にならず続けてこられたのは、毎日これでもかと入荷してくる、見たことも聞いたこともない言葉や世界にあふれた本に接することが楽しかったのだ。

本を愛する書店人と働くことも愉快だった。

太宰治の『道化の華』を延々とそらんじる人、シェイクスピアの『夏の夜の夢』が読みたいと言ったら「これがいい入門になるから」といって『ガラスの仮面』を貸してくれた人、忠臣蔵がきっかけで歴史好きになったのに、最終的には1300年前の書簡を読み解く新書『飛鳥の木簡』を読んでいた人……挙げればきりがない。

たくさんの本と変わった人たちに囲まれて、書店での日々は退屈しなかった。

飽きない、ということは、仕事を続けていく上で一番大切なことかもしれない。

教科書に載ってた、「咳をしても一人」の人

書店員になってよかったことの一つに、本との思わぬ出会いがある。

『尾崎放哉全句集』(ちくま文庫)がそうだ。

『道化の華』をそらんじていた人に紹介してもらった宮沢章夫の『牛への道』(新潮文庫)の中で、尾崎放哉(おざき・ほうさい)の句が紹介されていた。

 咳をしても一人

圧倒的な淋しさの余韻が尾をひくこの句に聞き覚えがあった。確か学校で習ったはずだが、自由律俳句と言えば俳人の種田山頭火が有名で、放哉の名前はすっかり忘れていた。

 入れものが無い両手で受ける

この句なんか、とても放哉らしくて味わい深い。

「どういう状況だよ!」とまず思うし、入れるもの次第ではこぼれるんじゃないかと心配で仕方ない。

入れものがないくらい貧乏なら哀しすぎるし、手近に入れものがなく無精したならお馬鹿さんだ。

考えれば考えるほど放哉の句が頭から離れなくなり、私は『尾崎放哉全句集』を手に取った。

 墓のうらに廻る   「怖いよ!」

 爪を切ったゆびが十本ある   「だから何?」

 淋しい寝る本がない   「女子かよ!」

ツッコミをいれずにはいられない、クセの強い句が並んでいた。

尾崎放哉全句集

読むだけでも十分おもしろいのだが、どう解釈するかが難しい。「解説を読めば」と言うなかれ。それでは放哉の句に向き合えていない。どう読むかは私の自由にさせてもらう。

まずは黙読、音読、そして考えを巡らせる。ただそのままを詠んでいるだけかもしれない、いやきっと深い意味があるに違いない。

わかったような気になって、結局ちっともわからなくて、そのまま受けとめるしかないかとまた音読する。答えはどこにもない。それで構わない。

人間誰しも、わからないことは不安だ。恥をかいたり、失敗したりするかもしれない。

特に仕事や人間関係ではより速く、より簡単に正解がほしいと思ってしまう。

そんな時「わからないことを楽しめ」とほくそえんでいるような、放哉の句を思い浮かべる。

わからないを受け入れて、わからないを考える。答えがないかもしれないなら、おもしろがるほうがいいじゃないかと開き直るのだ。

他にも放哉の句は、私たちの日常に取り入れられる。

何もいいことがない日にはこの句を。

  犬よちぎれるほど尾をふつてくれる

無駄に過ごしてしまった日にはこの句を。

  昼の蚊たたいて古新聞よんで

替え歌ならぬ替え句にしてしまってもいい。

柱の角に小指をぶつけたら、「小指をぶつけても一人」

コンビニでプリンを買ったのにスプーンが入ってなかったら、「スプーンがない箸ですする」

淋しさ、哀しみ、怒りが少しやわらぎませんか。

さあ、あなたの人生に放哉を!

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

今週紹介した本

『尾崎放哉全句集』(ちくま文庫)

今週の「本屋さん」

中村明香/ ジュンク堂書店天満橋店ビジネス書担当

どんな本屋さん?

中村さんが勤める「ジュンク堂書店天満橋店」は、品揃えの豊富さとジャンル分けの細かさが特徴のジュンク堂の中でも特に、話題書やフェアにかける思いがびびっと伝わる売り場になっているんだそう。ある出版社の営業さんは、入り口付近のコーナー棚に誘われて入店すると、なかなか出てこられなくなってしまう、と語ります。

ジュンク堂

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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原動力は、世の中への怒り。生きづらいこの時代に、池松壮亮さんが映画に込める思い

池松壮亮さん

「なんかもう、ちょっと危機感を感じますよね。街を歩いても、テレビを見ても。自分も含めて、ちょっと世の中全体がおかしい気がします」

そう話すのは、俳優・池松壮亮さん、28歳。

『ラストサムライ』で12歳にして映画デビュー。近年は『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』、『万引き家族』などの話題作で好演を果たし、実力派俳優として活躍中だ。11月24日(土)には、鬼才・塚本晋也監督との初タッグとなる主演映画『斬、』が公開された。

物語の舞台は、開国をめぐり激動に揺れた江戸時代末期の日本。池松さんは、人を斬ることに疑問を抱き、時代に翻弄される若武者・杢之進を怪演した。

人間の暴力性が鋭く描かれた作品だが、池松さんは2018年の「いま」という時代にも、「閉塞感や怒りが満ちているように感じる」と語る。

その言葉の意味とは? ハフポスト日本版のインタビューに、池松さんが答えた。

池松壮亮

「世の中がもっと良くなってほしい」 祈りを込めた

ーー『斬、』は、人間の暴力性や時代に翻弄される姿をうつす、今の時代を反映するかのような映画でした。

今の時代に向けて、自分が精一杯できる「祈り」みたいなものを込めました。20代の俳優としての自分は『斬、』をやるためにあったんじゃないか、と思えるくらい。

僕だけじゃなくて、塚本晋也監督や蒼井優さんをふくめ、一緒にこの映画を作り上げた人たちの「祈り」が結集した作品だと思っています。

何に対して祈っているのかと聞かれると、うまく表現できないんですけど…。(笑)すごく簡単に言うとしたら、「世の中がもっと良くなってほしい」みたいなことなんでしょうね。

この『斬、』を撮影中に、3回くらいJアラートが鳴ってるんですよ。ミサイルが発射されたという情報が飛び交う中で映画を撮ってるわけです。

世界では、目や耳を防ぎたくなるようなことがたくさん起こっていて、世の中がいい方向に向かっているかと言ったら、決してそうではないと思います。

そんな状況の中で自分ができることって、何にもないんですよね。何もできないんですよ。映画を撮っているだけで。

この状況でも映画をやってるんだから、もう自分にできることは「祈る」しかない、ということです。もっと言うと、人間が最終的に何ができるかとなると、「祈る」ことしかできないんだと思います。

今の世の中に対して思うこと、社会に対して思うこと。そういうものを、「祈り」というかたちで込められてこそ、映画に力が宿ると思っていますし、人の心に届くと信じています。

そういうものを映画に込めたいとずっと思っているし、じゃなきゃ映画をやっている意味もないと思っています。

「塚本映画のファンだった」と話す池松さん。「20代の自分はこの映画のために俳優をやってきたんじゃないか、と思えるくらいの作品だった」と振り返った。

映画をやるなら、時代の空気を伝えることに「責任を取らないといけない」

ーーそう感じるほど、世の中が「悪い」方向に向かっていると思いますか?

どうなんでしょうね。悲しいと思うのは、誰も「時代がいい方向に変わる」って言わないですよね。自分自身、新しい時代に何か期待が持てるかと聞かれたら、そうだとは言えないのが本音なので。

なんかもう、ちょっと危機感を感じますよね。街を歩いても、テレビを見ても。自分も含めて、ちょっと世の中全体がおかしい気がします。

たとえば、渋谷のハロウィンで起きたこともその結果の一つだと思います。人間が暴徒化して、何か煮えくり返りそうな感じになってる。

僕はたまたま俳優というものに出会って長年やってきて。まだこの場所で自分がやりたいこと、やるべきことがあると思ってる。それでこの仕事を続けている感覚はあります。

みんなが怒った方がいいところまでとっくにきている中で、その「怒り方」や「反撃」の仕方として、僕は映画という純粋なものにまだかけているんだと思います。

『斬、』について塚本晋也監督は、反戦への思いなどが制作背景にあると明かしている。

ーーすごく強い責任感や使命感を持たれているんですね。

日本映画と社会って、どんどん離れていっていると感じていて。

でも、現代で映画をやるとしたら、少なくとも時代の空気や世の中に漂っているもの、みんなが必要としているもの、怒っていること、喜びや悲しさとか、そういったものを伝えることに「責任を取らないといけない」と思っているんです。

僕が俳優を志した頃は、「そういう思いを俳優が持つべきではない」と言われがちでした。

俳優は「言葉」を持つべきじゃないし、何かを発信する立場ではない。俳優はただ作品のピースの一つであれ、という風潮があったと思います。

でも、もうそんな時代じゃないでしょう、という感じです。

今日はなんとか生き抜いて、明日がんばろう

ーー世の中に対する「怒り」のようなものが、池松さんにとって原動力になっているのでしょうか。

さっき言った「祈り」というのも、根源も「怒り」だったり「傷」だったりしますよね。たしかに、ずっと怒っているような気持ちはあります。

何もできない自分の無力さに対してもそうだし、人に対してではなく、漠然としたものへの「怒り」みたいなものがある。何かを発表しなくちゃいけない思いがある。

だから俳優をやっていられるような気がします。

こんな時代だし、せめて一生懸命生きていたいなと思います。一生懸命生きていたいし、ボケッとしてらんないな、という気持ちです。

ーー池松さんが話すように、今の時代に生きづらさや閉塞感を感じている人はたくさんいると思います。そんな中で希望を抱いて生きていくためには、どうしたらいいと思いますか?

どこまでできるのか、そもそもできているのかはわからないですけど…。映画ができるのは、明日がんばろう、と伝えることじゃないかなと思います。

明日何が起きるかわからないし、もしかしたら明日、世界がなくなってしまうかもしれない。

でも、ひょっとしたら明日いいことがあるかもしれないし、誰かが一緒に怒ってくれるかもしれない。だから今日はなんとか生き抜いて、明日がんばろう。そういう感じではないでしょうか。(笑)

【作品情報】

斬、』(ざん、)

11 月 24 日(土)よりユーロスペースほか全国公開

監督、脚本、撮影、編集、製作:塚本晋也
出演:池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也


(撮影:増永彩子、聞き手・執筆:生田綾、南麻理江)


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もう半世紀、本屋さんで働いてきました。 そんな僕が紹介する1896年の名作。

14歳、中学2年の時からアルバイトで書店で働きはじめた。

半世紀近く本屋さんに関わっている事になる。

思い起こせば、最初に勤めた今は無き老舗書店の社訓は「私達は、知識の伝達者です」であったなぁ。

かつて本屋さんは、「街のホットステーション=人の集まる社交の場」であったし、本は娯楽の王道だった。

現在は、様々な娯楽の多様化にもより、某大手出版社社長の言葉を借りると、

「書店に一年間で一度も足を運ばない人が過半数、読書は娯楽では無く、道楽」

だそうだ、やれやれ。

そんな時代であればこそ、何時でも何処でも気軽に読める本を手に取って貰い、読書の楽しみへの足掛りにして頂きたい。書店員として、そんな風に思っている。

  ◇ 

昔から、「何かお薦めの本はありますか?」

と、尋ねられたら、先ず紹介する本がある。

ジュール・ルナールの『博物誌』(新潮文庫:岸田国士訳)である。

「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったのは寺山修司だったが、たとえ町に出ようとも、私は何時でもこの本を持ち歩きたい。

開いたどのページからも、至福の時間が約束されているからだ。

博物誌といっても自然科学の本ではない。並ぶのはこんな言葉だ。

「蛇―長すぎる」

「蝶―二つ折りの恋文が、花の番地を捜している」

「あぶら虫―鍵穴(かぎあな)のように黒くぺしゃんこだ」

「驢馬―大人(おとな)になった兎(うさぎ)」

今から100年以上前の1896年に執筆された本書は、小説家や画家など、多くの芸術家たちにも愛され、彼等に刺激を与え、創作の幅を膨らませて来た。

時代を経ても一切古びる事のない、ユーモアとウィット、エスプリに富んだ含蓄あふれる本なのである。

そして挿画はピエール・ボナール!

竹久夢二にも影響を与えた印象派の走り、ナビ派の巨匠である。何と贅沢なコラボレーション!

どのページから読んで頂いても、いずれの掌編もあなたの気分をほぐし、癒してくれること間違いなし!

ぜひ、通勤・通学のお供に携行して頂きたい一冊である。

(実は『博物誌』には岩波文庫版もあり、こちらは辻昶の訳で、挿画はロートレック!!どちらを選ぶか迷うところです)

  ◇ 

斜陽などと言われ、若い方々の本離れが進むこの時代。だからこそ、もう一度、本の力を信じたい。そして読書を楽しむ幸福な時間を、一人でも多くの人達と分かち合いたい。

そんなことを思いながら、今日も私は、店頭に立つ。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

今週紹介した本

『博物誌』(ジュール・ルナール)

今週の「本屋さん」

井上哲也/ 大垣書店豊中緑丘店(大阪府豊中市)

どんな本屋さん?

井上さんが勤める「大垣書店豊中緑丘店」は、豊中市の丘の上に位置するイオンモールの中にあります。ある出版社の営業さんによると、周辺地域のお客さんに合わせて選んだ品揃えの中にも、「一人一人の書店員さんのこだわりの選書を感じる書店さん」とのこと。中でも、井上さんがセレクトしているミステリー文庫の棚は、定番モノから他店ではあまり置かれていないものまでがびっしり並び、おすすめなのだそう。「大垣書店さんのシンプルでシックなブックカバーが個人的に好きなのもあり、ついつい何かを買いたくなってしまうお店です」

撮影:橋本莉奈(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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