離婚









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離婚家庭の子どもが選んだ結婚と非婚。彼女たちが“新しい家族”をつくるまで

離婚家庭で育った子どもは、婚姻関係のもろさを知っている。

一度は愛し合った男女であっても、何かの拍子でその関係は破綻するのだと、両親を通して実感しているのだ。

そんな離婚家庭の子どもたちは、いったいどのような結婚観を持っているのだろうか。どのように自分の新しい家族を作っていくのだろうか。

離婚家庭で育った3人の女性たちに話し合ってもらった。

参加者プロフィール

Aさん(28歳):東京都生まれ。2歳のときに両親が離婚し、東京にある母親の実家に移り住む。6歳のときに母が再婚、16歳のときに妹が産まれる。25歳で結婚。

Hさん(30歳):東京都生まれ、東京育ち。幼稚園時代に、母が小学生の姉を連れて家を出る形で、両親が別居。以来、父の実家で父と祖父母と暮らす。中学時代に両親が離婚。インタビュー時は、恋人と婚約中。

Mさん(42歳):鹿児島県生まれ。小学校3年生のときに両親が離婚し、以来、母と姉と3人で暮らす。大学進学とともに上京し、23歳で未婚のままシングルマザーになる。

離婚家庭で育った子どもの結婚観とは

――Aさんは既婚者、Hさんは婚約中、Mさんは未婚のシングルマザーと、一人ひとり立場が異なります。初めに、同じ離婚家庭に育ったお三方は、それぞれ結婚についてどう考えてきたのかを教えていただけますか?

A:私が結婚願望を抱き始めたのは、高校時代。両親の再婚後、妹が産まれてからです。妹という存在がいることで、常に自分は家族内で異物なんだという意識を持って生活するようになったんです。妹や継父のことは好きだった。でも、自分だけの家族、居場所がほしくて、早く結婚したいと考えるようになりました。

H:私が初めて結婚にあこがれたのは、小学校のときですね。当時、周囲から浮いていたんですよ。父子家庭なんて周りにいなかったし、母がいなくなったら子どもって何もできないんですよね。家事をする人がいなくなったら、ごはんはもちろん出てこないし、何を着ていいかわからない、「時間割」通りに学校の持ち物をそろえることもできない。

M:大変だ。

H:大変でした。一方で、当時通っていた私立の小学校では、周囲が「一流企業のお父さんと専業主婦のお母さん、優しいお兄ちゃんやお姉ちゃん」というステレオタイプの理想の家族ばかり。それにムカつくと同時にあこがれて、私もこういう家庭に入りたい、優しいお母さんになるんだと考えていました。

A:今もそう考えているんですか?

H:いえ、高校時代に医師を目指し始めてからは、結婚なんてダサいと思うようになりました。「医師になったら女は結婚できない」という刷り込みがあったうえ、「結婚は一人で生きていけない女の逃げなんだ」と。

それからも周囲と自分を比べては、結婚したい、家族がほしいと考えた時期があったり、家族を大事にして働きたいという人を本気でバカにした時期があったりと揺らいでいました。

M:私は、結婚にあこがれたことはありませんでしたね。私の結婚観ってどこから来たんだろうと考えると、中学時代に読んだ吉田兼好の『徒然草』なんですよ(笑)。

「第百九十段 妻といふものこそ」で、結婚なんてバカバカしい、通い婚のほうが精神衛生上いいし、いつまでも新鮮な気分でいられるというようなことを書いている。初めて読んだとき、「これだな」って。

H:なぜそうした考えに至ったんでしょう?

M:両親ともに反面教師だったからでしょうね。父は実家の土地を売り払ってギャンブルを繰り返す人で、両親はまさにそれが理由で離婚。一方の母も、育ててもらったことには恩を感じているものの、口やかましくて話が長い。しかも、自分の思い通りにならないと怒る人だった。結婚する理由がないのに、見合いが嫌だとかそういう理由で結婚していた。失敗するなら、結婚などしなくていいんじゃないかと思ったのでした。

離婚した当時の親の気持ちを確認して変わったこと

M:Hさんは今、婚約中。結婚したいと思うようになったのは、いつなのでしょう?

H:今の彼と出会ったこと、母との関係が改善されたことで、結婚したいなと思えるようになった気がします。彼はすごく穏やかで一緒にいて落ち着く人。今までの恋人に話せなかった過去の話もできたし、初めて母親が認めてくれそうと思えた人でもありました。

A:お母さまとの関係が改善されたというのは?

H:うちの母は独立心が強く、仕事をしたくて家を出て行った人でした。手のかかる幼稚園児の私が父のもとに残されたのも、そのせいなんです。

だから私は母に対して、「自分を捨てた冷たい人」という印象と、「子どもがいても自分のしたい仕事をバリバリするかっこいい人」という印象を両方持っていたんですね。その印象が、最近母と二人で話をするようになって、少しずつ変わっていったんです。

M:どんなふうに?

H:かつての祖父母や父との関係、父と結婚した理由や家を出て行ったときの母の気持ちなど、今まで知らなかったことを聞くうちに、この人にもいろいろ辛いことがあったし、両親が離婚するのに自分は無関係で、私が悪くて捨てられたというのも勘違いだったんだなとわかって。

母も一人の人間で、選択次第ではもっと幸せになれたかもしれないんだと思ったら、なぜか「女性は結婚してからも働き続けるという選択肢がある」と納得できたんですよね。

A:お母さまにもそういう未来があったのもかもしれない、と。両親の離婚に対する自責の念については、私も共感するところがあります。私は実父と25年ぶりに会うことで、実母が実父のもとを去った理由が理解できたんですよ。

そのとき、私が悪いことをしたから実父が出て行ったわけじゃないし、離婚というのはどうしても関係が保てなくなったときに取る選択肢なんだとわかった。世界の見え方が180度変わりました。

結婚と戸籍。夫婦同姓と夫婦別姓。

――Aさんはご結婚されていますよね。夫婦は同姓ですか?

A:そうです。何度か名前が変わっているせいで、旧姓に執着がないんですよね。むしろ、好きな人の名字で戸籍謄本に刻まれたからこそ、やっと自分が帰属していい場所を作れたという感じでした。ただ、そこだけに依存しがちな自分の帰属意識の強さに、危うさも感じてはいるんですが……。

H:なるほど。私は、夫婦同姓に抵抗があるんです。というのも、家父長的な価値観を持つ父と祖父母に抑圧されて育ったから。私が大学に合格した時なんて、祖母に「なぜ女の子が大学に行くの? 女の子は白痴美人が一番ですよ」って言われて。

M:すごいセリフ!

H:女性に対する価値観があまりに古いですよね。働いたことのない祖母が、祖父の経済力に依存して生活しているのも恐ろしくて。だから、「結婚して、同じ姓になってほしい」と当然のように言われると、男性の家でこき使われる女中になれと言われているような嫌悪感を覚えるんです。

A:Mさんは未婚のままシングルマザーになったんですよね。結婚という選択をしなかったのはなぜなんですか?

M:そもそもは東京に出て進学した大学卒業後、しばらくして、当時付き合っていた男性の子どもを妊娠したんですね。結婚しようかとも思ったのですが、自分の親に会わせて相手がドン引きするのが嫌で非婚という道を選びました。

婚姻関係を結んで、相手に実家のことを知られるのが嫌だった。子どもの父親、その家族と私たちとの関係は今も円満ですが、彼らは私の実家の家族を知りませんし、会ったこともありません。

H:それはきっとご両親のことがあったからですよね。非婚でシングルマザーを選択する場合、戸籍ってどうなるんですか?

M:まず、もともとの戸籍から籍を抜き、新たに自分が筆頭者となる戸籍を作ります。子どもはそこに記載され、父親が認知した場合のみ、父親の欄に名前が記されます。大学進学と同時に上京して実家と離れられたと思いましたが、振り返ると、籍を抜いたことで人生が自由になった、楽になったという感覚はありますね。

結婚、そして新しい家族を作ることとは

A:Hさんが婚約している彼は、夫婦別姓に賛成しているんですか?

H:プロポーズのときに「苗字はどっちがいい? 僕はどっちでもいいよ」と言ってくれたので、結婚をOKしたんです。でも、ふたを開けてみたら彼の母親がすごく古い考えで。彼が長男なのもあって過干渉なんですよね。

「あの子は家事をちゃんとやっていない」とか「義実家にお礼や挨拶ができない」なんて言われたり、「やっぱり○○家の嫁として認めない!」って婚姻届を反故にされたり、いろいろなことがありました。

M:彼は親に逆らえなかったの?

H:そうなんですよ。一人暮らしのときも、母親に鍵を渡して週2〜3で家事をやりにきてもらっていたらしいと最近聞きました。ただ、彼も自分で決めたことに口出しされたくないという気持ちもあるらしく、親の言うなりにはならない、と。今は、事実婚にしようと話し合っていて、公正証書として提出すべく結婚誓約書を作っているところです。

M:新しい家族を作るために自分でルールを作るというのはいいですね。私の場合は、ある時期以降、家族をオープン化するようになったんですよ。

一人で働きながら子育てをするのってやはりハードで、でも子どもの父親やその家族に常に頼るのは忍びない。それなら、近所の人や自分の友だちとも相互に融通しあう関係を作ろうと思ったんです。うちの鍵を預けたり、誰かの家の鍵を預かったりして。

A:信頼できる人たちと、家族のようにつながっていく。

M:そうそう。たとえば、仕事で帰宅が遅くなって夕食の時間に間に合わなさそうであれば、ご近所さんに「悪いんだけど、今日ご飯食べさせてくれる?」とお願いしたり。以来、心身ともにだいぶ楽になりました。こうした自由に居場所をクリエイトできたのも、実家と離れて独立した戸籍を得たからだと思います。

A:私も、義理の両親にはかなり救われています。特に義母はあたたかく包容力のある人で、実の娘のように甘えさせてくれるんですよ。実母とはうまく距離を取れない時期もありましたが、義母のおかげで気持ちをチューンアップできた気がします。

M:うちの子どもの父親の家族も、家族みんなを大事にする人たちで、婚姻関係になく年に2度しか顔を合わせない私に対しても優しく接してくれるんです。そういう人たちが身近にいると、精神的な安心材料になりますよね。

H:いいなぁ。今、家出して彼を観察しているところなんですよ。鍵を変えて、「母親に鍵を渡すな、一人で生活してみて」って言い渡して。今朝、家に寄ったら冷蔵庫で野菜にカビが生えて、洗濯機が壊れてましたけど……。惨憺たる光景ではあったけど、自分なりに頑張ってやったんでしょうね。ちゃんと親離れしてくれたら、私たちも新しい家族としてスタートできるかもしれないですよね。

………

3人の女性たちの話を聞き、離婚家庭の子どもにとって戸籍が大きな意味を持つことに気づいた。

同時に、私も戸籍について人知れず悲しみを抱えていたことを思い出した。

離婚家庭で育った私は長らく母と2人の戸籍だったが、親が再婚するために戸籍を抜けたため、15年あまり自分が筆頭主だったのだ。

母の再婚当初は、他の人は親やパートナーと同じ戸籍なのに、私は独りぼっちなんだなと思っていた。

結婚とは、自分の所属先を自分で選択することだ。

だれとチームを組み、どんなルールで、どんなゲームをしていくのか。そこに戸籍を合わせようとするならば、個々に違う形があるのも当然なのだ。

そう、あらためて教えてもらった気がした。

(取材・文:有馬ゆえ 編集:笹川かおり)



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