子育て



No Picture

「この子捨てていい?」――地獄のような「産後うつ」乗り越え、ふたりで涙した夜

ボクが42歳、妻は41歳のときに、元気な男の子を授かった。中年になってはじめてパパママとなったのだが……子育てというものがまったく上手くいかなかった。

まず妻のおっぱいの出が悪い。妻は区がやってる授乳教室に通うなど必死に努力していたが、それでも出ない。やっとの思いで出たと思ったら、今度は赤ちゃんが上手く飲んでくれない。くわえて赤ちゃんがアレルギーであることが発覚。「小麦粉・乳製品・大豆・卵・いもアレルギーの可能性あり」と診断されたのだ。妻の方針で「ミルク・母乳半々」で育てていため、妻も食事制限を強いられることに。質素で楽しくない、それは食事というより、ただの栄養補給。それでも「赤ちゃんのため」と、無表情でそれらを口に流し込んでいた。

それでも母乳まわりのことが上手くいかない。そして赤ちゃんは慢性的な便秘。食事制限で栄養の足りてないおっぱいだから、赤ちゃんが飲んでくれないのか。そもそも赤ちゃんのおっぱいの飲み方がへたくそなのか。あるいは母乳の出し方に問題があるのか。これらの疑問がメビウスの輪のように絡まり、妻は次第に産後うつになってしまった。

これまで家庭内のすべての家事を担当し兼業主夫として妻を支えてきたが、ここまでなのか。何せ、問題はおっぱいだ。男のボクに何ができるのか。

 

赤ちゃんがママにだけなつかない

ある日、妻の頭髪に500円玉大のハゲができた。そんなとき、「おっぱい問題」を遥かに凌駕する大問題が勃発した。赤ちゃんが妻だけになつかないのだ。泣きはじめた赤ちゃんを妻が抱っこすると、さらに大きな声でギャン泣きするのだ。

考えてもみてほしい。2年もの不妊治療の末に授かった、僕らにとっては奇跡の赤ちゃんだ。それがママだけになつかないのだ。これは地獄だ。妻も相当、心を痛めただろう。こんなにもおっぱいのことで身も心も捧げているのに、当の子どもが自分になつかないのだから。

原因はわからない。逆に、ボクは泣き止ましが得意だった。どんなに泣いていてもボクが抱っこするとすぐに泣き止み、すぴーすぴーと寝てくれた。この姿を、妻はどんな気持ちで見ていただろう。

しかも赤ちゃんは、よく泣いた。「赤ちゃんは泣くのが仕事」とよくいうが、それならウチの子は過労死寸前だよ、というくらい泣いた。冗談ではなく1日中泣いていた。

ゆえにそれだけ泣き止ましの回数があり、そのたびに妻はギャン泣きされ、存在を否定される。泣き止まし担当はなんとなくボクの仕事となった。

「これベランダから捨てていい?」

ある日もボクが泣き止ましをしているときだった。すると妻は僕からひったくるように赤ちゃんを抱え、泣き止ましに挑戦しだしたのだ。妻の顔を見ると、泣いていた。赤ちゃんはママに抱かれ、つんざくようなギャン泣きをしている。

それでも妻は止めない。30分経っても止めない。1時間経過し、泣き止んだというより、泣き疲れて声がやっと止んだ。すると妻はがガクッとひざから倒れこみ、床に伏し、赤ちゃんに向かってこう叫んだ。

「ねえ、ママが悪いのかな? おっぱいの出が悪いから、おっぱいが不味いから、ママのことが嫌いなのかな? ねえ? ねえ? ねえ!」

気がつけば、ボクも泣いていた。やおら妻はボクのほうを見て、こう言った。

「ねえ、これベランダから捨てていい?」

抱いている赤ちゃんをあごで指していた。我が家はマンションの6階にある。

「しっかりしろ! しっかりしてくれよ!」

とっさに妻の肩を抱きしめ、ボクはそう叫んでいた。ふたりとも泣きながら、途方もない不安と無力感、それらと必死に闘っていた。妻の頭を抱きしめると、ふたつめの大きなハゲができていた。

いま考えてみれば、あの日が底の底だった。

 

あの地獄の日々はなんだったのか 

それからしばらくすると、妻のおっぱいの出がよくなった。次第に妻は表情を取り戻し、口角が上がり、ボクが大好きなあの笑顔を見せてくれるようになった。ある日など、「こんなに出るんだよー」と風呂場で早打ちガンマンのように母乳を出すと、それがぴゅっ! ぴゅっと飛んでいき、壁に命中。ボクは「おお~」と感嘆し、ふたりで笑い合った。

母乳の出が関係しているかはわからないが、同じタイミングで赤ちゃんのおっぱいの飲みはよくなり、「んぐんぐ」とほお張るほどに。赤ちゃんの便秘も解消された。いつの間にか「赤ちゃんが妻だけになつかない」問題も消えていた。

あれは本当になんだったんだろう? と今でも思い出す。少なくとも、あの3カ月間、「ボクは逃げなくてよかった」と本当に思う。妻、赤ちゃんから逃げず家事はもちろんのこと、おっぱい以外の育児も全部分担した。夜泣きの際、何十回、夜中に外であやしたか。

ボクはライターという在宅就労者だ。つまり1日中家にいることも多い。それゆえ、ある意味逃げ場がないのだ。だからこそ妻と一緒に闘えたし、逃げずにいられたのだ。

妻の産後うつは落ち着き、妻は「おっぱいあげているときが一番好き」と口癖のように言っていた。「♪あかちゃん おっぱい ちゅっちゅっちゅっ じょうずじょうず~」と自作の歌をうたうこともあった。その顔は慈愛に満ち、見たことはないけど、まるでマリア様のようだった。

今思えば、母乳まわりのことを気にするあまり、ボクたちはジェットコースターのように、地獄の日々と天国の間を行き来した。妻は母乳が出るようになったが、そうでない人ももちろんいるだろう。事情や考え方は人それぞれで、正解はない。そんなとき男は何ができるのか。ボクは一緒に寄り添うことしかできなかった。でも妻が限界だったときに抱きしめてあげられてよかったと心から思う。

 

そして断乳。ふたりで涙を流した夜 

それから5カ月、妻の会社復帰に合わせ、赤ちゃんを保育園に通うことにさせた。それにともない、妻は断乳を決めた。その日、妻は例の自作の歌をうたいながら、おっぱいをあげていた。「ねえさあ、もうおっぱいあげられないんだ。きょうで終わりなんだよ。そんなの悲しい」そう言って、妻は泣いている。

地獄のような思いをし、やっと手に入れた平安。それを自ら捨てる決断をしたゆえの涙。

「そうだよね。りえちゃん、本当によく頑張ったもんね」。いつの間にかボクも泣いていた。ふたりで泣いた、断乳の夜。これこそが「あの日々」をふたりで戦ってきた、何よりの証拠だった。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

ハッシュタグ #子どものじかん で、みなさんの声を聞かせてください。


No Picture

渋谷で「孤育て」していた私が、1200人の親子とつながるまで。

こんにちは、神薗まちこ(かみぞのまちこ)です。現在、5歳児と夫の3人で渋谷区に住んでいます。 

渋谷といえば、皆さんどんなイメージを持つでしょうか?

大都会で、ハロウィーンや109、スクランブル交差点や原宿など、たくさんの人が行き来し、若者文化に溢れる街をイメージする方が多いのではないでしょうか?

 

(写真はイメージ)渋谷駅前のスクランブル交差点

 

実は渋谷には、違う側面もあります。

例えば、私の住んでいる代々木の界隈は、小さな商店街があって、なじみの店でゆったりとした会話があったり、5分も歩くと明治神宮や代々木公園の大きな木々に囲まれ、ピクニックが出来たりします。近くにはプレーパークなど、子どもたちが自由に泥んこで遊べる公園もあります。

他のエリアでも、同様の環境があり、職住接近だったりするので、意外と子育てしやすかったりします。 

どちらの顔も渋谷で、文化の最先端を発信する街でもあり、地域に根差した商店街や自然や遊び場があり、そこに住む人々のコミュニケーションがある街でもあります。

私自身、独身時代は大都会・渋谷に、地域のつながりって存在するんだろうか?と思っていました。

人の住んでいる場所に、人と人とのつながりが生まれ、地域になる。

当たり前のことかもしれませんが、独身の頃や子どもが生まれる前は、なかなか地域のつながりにアクセスできませんでした。

では、子どもが産まれたら、すぐに地域とつながりができたか? というと、そうでもありませんでした。

いざ子どもを産んだら、想像以上に「孤育て」でした。

私は鹿児島出身で、近くに親はおらず頼れません。出産以前、家は単に帰って寝る場所でしたので、近所づきあいもありませんでした。

ずっと子どもとだけ向き合って、1日が過ぎていきます。

子どもを抱っこしながら、スマホに目を移し、情報を漁る日々。

自分だけが母乳がうまく出ない? 子どもが泣き止まない?

1つひとつが不安で、焦る日々でした。

渋谷区の子育て支援センターの「Nobody’s Perfect」プログラムで、子ども抜きで、はじめて近所のママたちと大人の会話が出来ました。

自分たちが抱える子育ての不安や課題を共有し、どうしたらいいかなと話し合うことで、「ああ、自分だけが悩んでたんではなかったんだ」そう心から思えるようになりました。

地域の施設でつながった同年齢の子どものママたちと一緒に、「孤育て」環境を変えるイベント「渋谷papamamaマルシェ」を立ち上げました。

区の子ども家庭部の後援、渋谷の子育て支援団体の方々の協力で、自分の子育てにあったサポーターを見つけられる場や、先輩や同世代パパママとつながれる場を作ることが出来ました。

2016年の初開催から3年間で、1200人の親子との出会い、世代間・地域のつながりができ、多くの発見がありました。

地域とのつながりは、同世代のパパママだけでなくって、何十年も渋谷の子育てを支えてきてくれている大先輩たちとのつながりに広がりました。関わってくれた子どもたちの成長を見て、たくさん気づき、学びました。

渋谷papamamaマルシェのテーマ「こそだて、わたしそだて、まちそだて」が、まさに現実になっていった実感があります。

毎年、長谷部・渋谷区長も来てくれています。

参加者の方からも、こんな感想をもらいました。

・今まで知らなかった育児団体や活動を知ることができたので、これからの育児が楽しくなりそうです。妊娠期、引っ越してこられた方にもお勧めしたいです。 

・スタッフの方々・出展者の方々を見て、渋谷区で、地域の子育てを盛り上げよう・楽しもうと活動なさっている方がこんなにいるんだと知り、心強く、嬉しくなりました。

・今後子どもが大きくなったときに家族で行ける場所が身近にたくさんあることに安心し、楽しみになりました。 

私自身も、このイベントをやることがきっかけで、たくさんの地域とのつながりができました。「子育て」は地域とつながり、人の手や知恵を借りることで、豊かになっていくんだと感じています。

今は、スマホ一つで色んな情報にアクセスできます。でも徒歩20分圏内の情報って、街にアナログな感じで転がっていて、地域の掲示板にのっていたり、地元で活動している方々が知っていたりします。 

子育て世帯の方は、例えば子どもと一緒に行ったお祭りで、地域の方にちょこっと声をかけてみたりすると、今よりももっと子育てが楽になるかもしれません。子どもが、あなたと地域の懸け橋になってくれます。

未婚の方やDINKSの人たちは、地域にアクセスしづらいと思います。

私もまだ、どんな形が理想的なのか?  模索しているので、考えて、カタチにしていきたいと思います。

子どもも大人も育ち合って、未来を創っていくことで、毎日ワクワク暮らせる、そんな社会になったらいいなと考える毎日です。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。 

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。 

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

ハッシュタグ #子どものじかん で、みなさんの声を聞かせてください。





No Picture

そうじゃない…(笑)我が子から「ジブリ飯作って」とリクエストされたパパの料理がコチラ

ジブリ作品に出てくる食べ物の描写って、とっても美味しそうで堪りませんよね。ラピュタのトーストや、ポニョのハムラーメン、千と千尋に出てくる謎のモチモチしたあの料理…思い出せば出すほど憧れが募ってしまいま…


No Picture

AI時代到来。私たちが受けてきた教育は「錆びついた武器」なのではないか。

アナウンサーの仕事も遠くない将来、AIに取って代わられるのだろうか。

昨年9月に発表された「世界経済フォーラム」の報告書は、身に迫るインパクトがあった。2025年までに50%以上の仕事を機械が行うようになるという。

報告書によれば、データ入力などの事務職や、レジ打ち、ホテルのフロント、タクシー運転手など、自動化で多くの仕事が失われる一方で、科学者やソフトウエア開発者、ソーシャルメディア専門家らの需要や、営業や顧客サービスなどの必要性は高まり、これまでにない新しい職種も増えるという。

いずれにしろ、現存する仕事の半分はなくなってしまうのだとしたら、今の子どもたちは、私たちが辿ってきたものとは全く異なる世界で生きていくことになる。AIには真似できない「人間力」とは何なのか。常にそれを突き付けられる人生になることだろう。

果たして私たちは、自分が経験したことのない未知の、そして遠くはない未来のために必要な教育を、今の子どもたちに与えることはできているのだろうか。

子どもが本当に欲しがっていたもの

2000年代だが、同時多発テロ事件を受けてアメリカがアフガニスタンを空爆したときに、難民キャンプを取材した。集まってきた4、5歳の子どもたちに「今、何が一番欲しい?」と聞くと、彼らはお菓子でもおもちゃでもなく「教育」と答えた。すごく驚いた。

「なぜ教育が欲しいの?」と聞くと、「算数がわかれば、お買い物ができるから」「教育を受けたら、先生になるという夢が持てるから」とあどけない子どもたちが口々に答えるのを聞きながら、そうか教育って「夢」なのかと目が覚めたような思いがした。

一定の年齢になると当たり前のように教育を受けることのできる日本にいると、勉強といえば面倒だったり、つらいものでしかないように思えるかもしれない。でも、難民キャンプの子どもたちにとっては違う。教育は生きていくための「武器」であり、「夢」をかなえる「ツール」である。そして、本来「教育」とはそのためにあるはずだ。

テストでよい点を取ること、大学受験に合格すること、単位をとること、卒業できること。「数字」をとることを目標に据えているのが日本の教育の現状だ。

しかし、生身の「人間」が経済の担い手となり成長を支える時代ならともかく、「AIにはできないことを成し遂げる人間力」が求められる未来に、この教育が何の「武器」になりえるのだろうか。

AIにはできない教育。その芽生え。

私たちがこれまで受けてきた教育や「役立つと思っていること」はもはや、今の子どもたちにとって「錆びついた武器」なのではないか。そんな考えを巡らせている中、俳優の伊勢谷友介さんと話す機会があった。

以前からエシカルエコノミーの普及に向けた社会活動や、東北の復興支援など積極的に行動を起こしてきた彼は、この春から通信制高校と連携して高等学院を開校する。その学校につけられた「Loohcs(ルークス)」という名前は、「School」をひっくり返したもので、文字通り、これまでの教育をひっくり返そうという思いが込められているという。

例えば、今の学校で”問題児”とされている子どもたち。問題とされている理由の多くは「しゃべりすぎで進行を妨げる」とか「学校の規則を守らない」と言ったものだという。つまり、意志がありすぎて当てはまらない子どもたちなのだ。

意志がありすぎるということは、新しいものを生み出すパワーでもある。「『問題児だから』とその才能を埋没させず、伸ばしたい」のだと伊勢谷さんはいう。

子どもたちにとってよい点数をとることが目標になるような教育ではなく、ひとりひとりが何のために勉強するのかを自覚して能動的に取り組んでくれるような教育。

まだまだこれからだが、「AIにはできない、人間力を育てる教育」に向けた挑戦は始まっている。

「子どものじかん」。それはみんなで「未来を考える時間」

2019年の始まりに、ハフポスト日本版は「#子どものじかん」を立ち上げた。とかく親視点になりがちなテーマをなるべく「子ども視点」で考えていきたいという編集部の思いが込められている。

私のように子育て経験がなくて「関係ないな」と思う人もいるかもしれないけど、私は「#子どものじかん」を「未来を考える時間」に置き換えている。その中で私自身、未来に向けてどんな教育が必要なのかを考えていきたい。

子どもを取り巻く環境はもちろん、たくさんの人にとって日本がもっと生きやすい社会になるために、様々な意見交換や挑戦のできるプロジェクトに成長させることができたらいいなと思っている。2019年もハフポスト日本版をどうぞよろしくお願いします。

親も、子どもも、ひとりの人間。

100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。

初めての子育てで不安。子どもの教育はどうしよう。

つい眉間にしわを寄せながら、慌ただしく世話してしまう。

そんな声もよく聞こえてきます。

親が安心して子育てできて、子どもの時間を大切にする地域や社会にーー。

ハッシュタグ #子どものじかん で、みなさんの声を聞かせてください。


あえて夫へ厳しくする妻、その理由は…。「私が今日死んでしまったとしても」

ダンナ

夫に厳しいという妻。その理由を説明したツイートが話題に 「愛のムチ」なんて言葉もありますが、家族や恋人、大切な人だからこそ厳しく声をかけるという考え方は存在するはず。 今回ご紹介するのは旦那さんにとても厳しくしているとい […]


CLOSE
CLOSE