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生理のない私。それでも、母になる。

生まれてから一度も、自然に生理と排卵がない私。

16歳の頃に訪れた産婦人科で「産めるか産めないかわからない」と言われて以来、「いつか、母になれるのだろうか」という思いが心の奥底に染みついていた。多くの女性に毎月のようにくる生理がまったくない自分の身体に“欠陥”を感じ、胸がひりひりすることもあった。 

自分の身体の事情に反して、歳を重ねるほどに、「子どもを産み育てたい」という思いは募っていく。

18歳になっても初潮がない「原発性無月経」であること以外、具体的な疾患名も効果的な治療法もよくわからないまま、10年以上、注射や飲み薬(ピル等)でホルモンを投与し続けてきた。

「子どもを産みたくて結婚するわけじゃないから、別に気にしないよ」という夫と出会い、結婚。不妊治療が前提となる私たちは、夫婦ふたりの家族のかたちのほかにも、里親や特別養子縁組など「産まずに、育てる」選択肢も真剣に考えていた。

排卵誘発剤を打って排卵期を確認しタイミングを合わせる初期の不妊治療を続けて2年が経つ頃、体外受精をしようと不妊治療専門の病院を訪ねた日、まさかの妊娠が発覚。奇跡が起きた。 

私は、自然に生理も排卵もありません。それでも今、妊娠5ヶ月です

 

自分とは「違う」境遇にある人に心を寄せること 

それまで隠すでもなく声高に言うでもなく、いろんな葛藤を経て、自分の中では“あたり前”になりつつあった「生理がない」こと。 

ハフポストの特集「Ladies be Open」に自身の身体の事情と妊娠について投稿をしたところ、思いがけず多くの人に読んでいただき、友人知人・知らない方からもメッセージが届いた。

“生理がないから、女性性を否定して、恋人をつくることにも躊躇してしまい、普通じゃない私は、家族をつくることも難しいだろうと思っていた”

”子どもを持つことは誰かに勝つことではないのに、周囲と比較してしまい精神的に疲れてしまう”

不妊治療中、気持ちが滅入ってしまう妻を支えたい。どうやったら少しでも気持ちを楽にすることができるのだろう

特に、私と同じように原発性無月経である方、不妊治療中の方からの言葉は胸に残った。 

私自身にも、自分が育ってきた環境や周りの「普通」や「正しさ」と比較して、「産めないかもしれない」ことに心がとらわれてしまっていた時期があった。産むこと、母になること、家族をつくることをつなげて考えていたから、それらができないかもしれないことに心はざわついた。

結婚する際に、夫があまりに自然に受け止めてくれたことも大きいけれど、身体の疾患を知って10年以上の月日が経つなかで、いつしか「産めないかもしれない」ことを私自身が受け入れられるようになっていた。

そして何より、私の身近には、自分の心と身体と向き合いながら、ままならないことも受け止めて、自分の選択を重ね、家族を築いている人たちがいた。彼ら彼女たちの存在が、私の「普通」や「正しさ」を少しずつときほぐしてくれたのだ。

 

16歳で予期せぬ妊娠をして母になった友人、

17歳で亡くなった恋人を今でも大切に想う友人、

身体の事情を受け止めて産まない人生を選んだ先輩、

夫婦間の臓器移植を経てふたりの仲を深めた友人、

トランスジェンダーで性転換を経て男となり結婚した友人、

5年弱の不妊治療を経て特別養子縁組で母になった知人、

特別養子縁組で娘になったことを大学生の頃に知った後輩、

里親として10人以上の子どもたちを家庭に迎え入れてきた先輩。

 

彼女たちは、どんなふうに自分の人生を選択し、家族を築いているんだろう?

私は妊娠中、そんな自分の身近にいる人たちに、人生と家族の話を、改めてじっくり聞いた。そして、自身の妊娠・出産・子育てで揺れ動く気持ちも交えて、1冊の本にまとめた。

『それでも、母になる  生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)

結婚、出産、不妊、生と死、離婚、里親、特別養子縁組、性転換……。 

「人生の選択や家族のかたち」といった普遍的なテーマにおいて、記号的な言葉の内側にある、たった一人のささやかで小さな物語。 

私を含めこの本のなかで取り上げている人たちは、著名人でもなければ、時代の先をいくような斬新な選択をしているわけでもない。それでも、誰一人「同じ」ではなく、他の誰とも「違う」人生と家族のかたちを築いている。 

私自身、すべてに共感ができるわけではないし、すべてを理解することは難しい。

それでも自分とは違う境遇にあって、違う選択をしている人たちの断片的な物語を知ることは、目の前の自分の事情にとらわれてしまいがちな私の視野を広げてくれる。

 

選択を積み重ね、「わたしの家族」をつくっていく

自然に生理と排卵が起きることがなく、何度も「産まない人生」を思い描いてきた私。それでも、母になった。

「産まずに、育てる」選択も探りつつも、母になる選択肢は、必ずしも「選べる」ものではなかった。ままならないことが多い人生には、思いがけない奇跡も起きる。 

家族ってなんだろう? 母になるって? 

大きな問いを持って、身近な人に話を聞いて1冊の本を書いたけれど、今でもその答え、のようなものは正直わからない。正解がないからこそ、自分が置かれた境遇や相手との関係性の中で、その時々の選択を重ねていくしかないのだと思う。

私は今、夫と娘と、自分たちの家族のかたちを模索しながら、一緒に暮らす日々を積み重ねている。共働きで実家が遠い核家族での子育てに音を上げそうになる時もあるけれど、ふとした瞬間に、娘が生まれてきた奇跡を感じ、存在そのものがものすごく愛おしい。 

とはいえ、娘と私は生まれた時から別の道を歩んでいる。分かり合えない日もくるだろう。

子育ての「正解」や親としての「正しさ」にとらわれずに、一人の人間として「私とあなた」の関係性を築いていきたいと思う。私自身の「普通」や「幸せ」を娘に押し付けないようにしたい。

この本のなかにはすぐに役立つ解のようなものはない。 

書かれているのは未熟な、妻である私、母である私、子どもである私、そして、一人の人間である私の視点にもとづいた、友人知人たちの人生の選択と家族のかたちである。きっと私の考え方も、彼女たちの家族のかたちも、現在進行形でこれから変わっていくだろう。

本で紹介した主人公たちは主に女性であるけれど、彼女たちを支える男性も多く登場する。だから、女性だけでなく、男性をはじめ、婚姻や子どもの存在にかかわらず、いろんな人たちに手に取ってもらえたらとても嬉しい。自分とは違う境遇にある人に心を寄せて、「わたしの選択と家族のかたち」に思いを馳せてもらえたら。

さまざまなセクシュアリティ。産む、産めない、産まない。血や法律のつながりの有無。この世界にはきっと、まだまだたくさんの人生の選択や家族のかたちがある。 

私はこれからも、「家族」や「母」といった普遍的なテーマの、大きな言葉の内側に隠れた小さな物語、今を生きる「たった一人」の言葉に耳を傾けて、書いていきたいと思っている。

 

 『それでも、母になる  生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)

》ハフポスト特集「家族のかたち

(編集:笹川かおり)

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「女性が活躍」の塗装会社で長時間労働・セクハラ 2人が労災認定

塗装会社「ユーコーコミュニティー」(神奈川県厚木市)の20代の女性社員2人が長時間労働やセクハラなどが原因でうつ病を発症したとして労災認定された。女性2人や代理人弁護士が8月21日に発表した。

代理人の笠置裕亮弁護士によると、2人は美術系大学を卒業して2017年4月に入社。共に11月ごろにうつ病を発症し2018年6月に労災を申請した。

2人は1日200件の営業訪問や月300万円の売上達成などの無理なノルマを課され、長時間労働を強いられたという。

さらに、社内で役員から抱きつかれたり、会長らから営業車両の中で性体験を聞かされるといった行為や、社内外での恋愛を推奨する「部活」への勧誘メールなどが送られるなどのセクハラ行為があったことなども認定された。 

Aさんは平塚労基署(2019年1月)、Bさんは厚木労基署(2019年7月)がこうした長時間労働やセクハラなどとの因果関係を認め、それぞれ労災の認定をした。

同社は「新卒の職人の8割が女性」と公表。美大卒の女性社員を積極的に雇用することで「女性が活躍できる会社」として積極的に広報していた。

女性が発表したコメントは以下の通り。

「『女性が活躍できる、している会社』だと前面に打ち出して求人をしたり、社長自ら様々なメディアにアピール等しているが、いざ入社してみると長時間労働は当たり前で、セクハラはパワハラは見て見ぬふりという、女性にとっても男性にとっても非常に劣悪な労働環境だった。
今でも会長自ら私に語った『セクハラは神様があなたに与えた試練、神様からのギフト』という言葉を思い出す度にやりきれない怒りが沸く。上層部がこのような女性蔑視の価値観を抱いている限り、真に女性が活躍できる会社にはならないのではないか。
会社側は今回私達が労災認定をされた事実について、個人の問題ではなく会社全体の問題であると重く受け止め、再発防止に努めてほしい。」(Aさん)

 
「塗装業界を変えるために、会社は美大出身の女性の力を必要としている。と言われ入社を決めたにも関わらず、いざ入社してみると『やる気のない人間はただの肉の塊だ。』など数々の暴言とも言える指導を受けた。業界を変えたいのなら、今後このような問題が起こらないよう必要な措置を取っていただきたい。」(Bさん)

同社は労災認定の公表を受けてコメントを発表し「労働環境の改善に真摯に取り組んでいく」としている。

 


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ヒーローショー“お姉さん”がセクハラ告発 東映が最終報告を発表

シアターGロッソ

東京ドームシティ(東京都文京区)の特撮ヒーローショーが行われる劇場「シアターGロッソ」で、ショーの“お姉さん”を務めていた中山愛理さんがハラスメント被害を訴えていた問題で、東京ドームからショー制作を受託している東映と東映エージエンシーは8月19日、「最終報告」を発表し、謝罪した。

この問題は6月に中山さんがTwitter上で被害を訴えたことで発覚した。

男性器のあだ名で呼ばれる、卑猥な質問をされる、すれ違いざまに尻を揉まれる、胸を触られるなどのセクハラ被害や、あいさつを無視されるなどの嫌がらせを受けていたと明かした。

東映側は7月6日に「SNS上での訴えがございましたハラスメント等が行われていたことが概ね確認できました」とする報告文を発表し、東映エージエンシーの社員1人、委託先の会社に所属するスタッフ等の計6人が関わっていたことを明らかにしていた。

19日の発表では、この6人を処分したことを報告した。

社員1人については、「社内規定に基づき厳正な処分」を行い、「今後のヒーローショーの制作にも関与させない」とした。

また、委託先のスタッフ等の5人については「ハラスメント等の内容に応じた出演停止も含む厳正な処分を行いました」としている。 

具体的な再発防止策として、以下を示した。

・ヒーローショーに関わるスタッフ全員に対するハラスメント講習を定期的に実施
・ヒーローショーに関わるスタッフが匿名で相談可能な外部の通報窓口を設置した
・ヒーローショーの現場において、東映、株式会社東映エージエンシー、委託先会社がそれぞれハラスメント対策担当者を置き、各担当者が連携を取る
・第三者の専門家による定期的な聞き取り調査を実施

東映は最終報告で、「被害を受けた方及びそのご家族に対し、SNS上で訴えなければならなくなるまでハラスメント等を防止することができず、不快な思いをさせ、多大なるご迷惑をおかけしましたこと、改めまして心よりお詫び申し上げます」と謝罪。

「当社及び株式会社東映エージエンシーとしましては、ヒーローショーを楽しみにしてくださるお客様やスタッフが安心してショーに参加できる環境づくりに引き続き努めて参ります」

 

■中山さん、子どもたちへの思いつづる

中山さんも19日にTwitterを更新し、告発以降、激励の言葉が多く寄せられたことを明かし、「本当に本当にありがとうございました。1年間と少しの間、客席の子供達、皆様に支えて頂いた期間は自分にとって宝物です」と感謝を述べた。

その上で、こうつづった。

時間が掛かる事かもしれませんが、東映様に約束して頂きました再発防止、現場の体制と環境の改善を信じて今後見届けていきたいと思っています。

そして、これからどこかの場所でヒーローと出会う子供達が大人になる頃には、前時代的なハラスメントに苦しめられることなく生きていける環境が、社会に浸透して欲しいと願っています。


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女性器の整形手術を受けた私。その理由と今の気持ち

クリニックで医者を待つ患者 イメージしゃしn

私が自分の女性器について恥ずかしいと思った最初の記憶は、中1の時の保健の授業。女性の体の解剖図がプロジェクターの画面に表示され、先生が膣の入り口には大陰唇があって、その内側に小さな小陰唇がぴったり収まっているのだと説明した。私は顔を真っ赤にして、目を背けてうつむいた。

″当時の私は、自分の外陰部を隠すためにできる限りのことをやっていた”

私の小陰唇は大陰唇の外側に大きく突き出していて、12歳にして(その保健の授業と10代前半の子どもたちのひそひそ話のおかげで)、私は性的な体の理想像を刷り込まれていて、私の体の構造は根本的かつ生理学的に「間違っている」とされ、自分はその理想に当てはまらないと気づいた。

クリスチャンの家庭に育った私には、自分の体を理解するための情報があまりなく、性に関する情報はもっと少なかった。私はすでに友人グループの中で一番体重が重く、体型は恥の理由で、修正する必要があるものだと感じていた。

当時の私は、自分の外陰部を隠すためにできる限りのことをやっていた。水着の上に必ずショートパンツを履いたり、他人の前では絶対に着替えないようにしたり、お泊り会で体の話題になったときには、当たり障りのない答えをするようにとても気を使ったりしていた。

 

″私の外陰部を見た彼は、「うわ、本物ってこんな見た目なの?」と言った”

高校3年生のときに初めて恋人ができた私は、自分を魅力的だと思ってくれる人ができたことに興奮しすぎて、彼が私に敬意を払っていないことに気づかなかった。数カ月間感じていたプレッシャーの末、私は彼の前で裸になった。私の外陰部を見た彼は、「うわ、本物ってこんな見た目なの?」と言った。私にとって最大の恐怖が確信に変わった。私の体は「間違って」いたのだ。

恥ずかしさだけでも十分に辛かったが、大きすぎる陰唇が太腿に擦れることによる身体的不快感もあった。1日に何度もトイレに駆け込み、終わることのない痛みが和らぐことを願いつつ、こっそり陰唇の位置を調整した。家に帰ると保湿液を塗り込んだ。数年後には、1日を乗り切るために保湿液を入れた小さな容器をバッグに入れて持ち運んでいた。

 

″私はフェミニストだった”

同じ年、こうした混乱の中、熱く情熱的な英語の先生が、私が常に持ち続けてきた価値観を説明する言葉を与えてくれた。私はフェミニストだったのだ。私はマヤ・アンジェロウをはじめとするジェンダーの役割などと戦ってきた素晴らしい女性や男性たちについて学んだ。私はこの社会が女性と女性の体をコントロールしようとしてきたことを理解した。女性は自分たち自身の所有権について長い間戦ってきたのだ。

勇気づけられた私は、生理用品や避妊薬の入手の簡易化や、女性が自分たちの自然な体を受け入れられるようにするといった取り組みを支援することを通じて、社会が女性に対して定めた基準に立ち向かっていこうと思うようになった。

こうした問題は私にとってとても重要だったが、個人的にそれを受け入れるのはすぐに難しくなった。私は社会が崇める特定の体型に影響を受け続けたし、自分の陰唇についての恥はあまりに大きいままで、それと向き合うことさえできないように感じていた。

 

陰唇形成手術の存在を知る。

その年のある晩、グーグル検索に没頭していた私は、陰唇形成手術と呼ばれる選択的外科手術について詳細に解説したサイトを見つけた。これは基本的に、小陰唇を縮小する美容整形手術だった。女性たちのレビューの大半は手術についてのポジティブな意見や、外陰部の見た目が変わったことで自信が持てるようになったといった書き込みだった。女性は伝統的な美の基準と戦うべきだと考えている私は、美の基準を満たすために痛みに耐えて数千ドルも費やすこのやり方には心から反対だった。

その一方、こうした信念に反し、私は陰唇形成手術を受けた人たちの手術前後を比較した画像を眺めるのに何百時間も費やしていた。そうした画像を眺めながら、私は自分が手に入れられるかもしれない自信について夢想し、日々の不快感や痛みから開放されることを考えた。でも、自分の思想的信念と、手術に必要な費用や未成年だという現実的な問題から、私は手術のことを頭から消そうとした。

高校を卒業して大学に進学した私は、成長を続け自分のことをより良く理解できるようになった。無意識のうちに恋に落ちた相手と夜遅くのおしゃべりを数カ月間続けた後、私は彼の隣に寝ていた。服は着たままだった。涙が静かに頬を伝い落ち、私は常に自分の最も恥だと思ってきたこと、つまり自分の外陰の見た目について彼に話した。彼は私がそのことに悩んでいたことに驚き、私を抱きしめた。ずっと大きな痛みを感じてきた私に「かわいそうに」と声をかけてくれた。私は、彼には何か大きな欠点があるに違いない、もしくは彼は私が言ったことを誤解しているのではないかと思った。

長年にわたって自分の体についてあらゆることを内面化してきた結果(フェミニズムが私に伝えようとしてくれていた教訓があったにもかかわらず)、私は自分の体が根本的に誰からも受け入れてもらえないと思い込んでいたのだ。

 

″私は自分の体をありのままに受け入れることを学びつつあった”

しかし時と共に、私は考え方を変えていった。私は外陰の「間違った見た目」などなく、自分の外陰は解剖学的にまったく問題ないことを学んだ。自分の外陰を「誇らしく思う」とまでは言えないが、性的関係を持った相手に驚かれたり、無知で心無い言葉をかけられたりしても、私はそれが自分の一部であることを学びつつあった。

私は自分の体をありのままに受け入れることを学びつつあったが、それでも機能的問題との戦いは続いていた。私の陰唇は日々変わらず擦れ、腫れ上がって痛みを発していた。頻繁に位置を調整したりストレッチをしたりして、不快感を和らげようとした。また、不快感を和らげることを期待して、柔軟性のある服とそうでない服の両方を試してみたが、有効なものは何もなさそうだった。

私は大学を卒業し、より大きな都市に引っ越した。そこでバーテンダーのような活動的な仕事に就くと、日々の不快感は増すばかりだった。安定した収入を得られるようになった私は、陰唇形成手術について真剣に考えるようになった。

手術についてあらゆることを調べ始めた。その内容は、小陰唇の形を整えて、大陰唇と大体同じ長さにするというものだった。手術は局部麻酔で仕事は約1週間休むだけでよかったが、セックスやマスターベーションは丸1カ月間控える必要があった。

手術に関する長期的研究の欠如や、主に美容的な理由でこうした手術をする人が年々急増していることに不安を感じた。とても多くの人が自分の外陰について恥を感じている(ポルノが社会にもたらす影響は大きい)という事実も嫌だった。私は誰もが自分の性器を恥じるべきではないと心から信じていたが、それと同時に、恥を感じてしまう人の気持ちもとても良く理解できた。

 

″私は自分の信念を裏切り、フェミニストとして考えてきたことのすべてに背いているのだろうか?”

数カ月間の熟考の後、評判が良く信頼できそうな医師を見つけた。大きな不安があったにもかかわらず、ついに私は自分を説得してその医師への予約を取った。それでもこれはただの相談で、手術を受けることはないだろうと自分に言い聞かせ続けていた。

とてもおしゃれな建物のおしゃれな待合室に入ると、とても親切な受付係がいた。その外科医は率直で、手術室で何をするのかを説明した。私が手鏡で様子を見守る中、彼女は私の陰唇に指を当て、どのようにそれを切り取るのかを実演してみせた。それから彼女は私のあらゆる質問に率直に答えてくれた。その様子から、彼女はこれまでに何千回も同じような質問に答えてきたことが分かった。

私は自信があるように振る舞おうとした。私は彼女に、もし陰唇形成手術を受けるとしたら、身体的な不快感が解消する為だと言った。なぜなら見た目には何の問題も感じていなかったからだ。それでも、より「社会的に受け入れられやすい」外陰を得ることが嫌なわけではないのは確かだったが。

多くの内省を重ねた末、2019年3月28日、私は陰唇形成手術を受けた。手術の数週間前から、私は自分の行動をどうやって正当化するのかと悩んでいた。世界中で自分の意思に反して女性性器切除(FGM)されている人たちがいるのに、4,000ドル以上も払って自分の性器に「選択的」かつ「美容的」な外科手術を受けようとしているのだ。私は女性の自尊心を引き裂こうとしてきた業界に貢献しようとしているのか? 世の女性を、理想化されたモデルのような体型になるよう追い込んでいるのだろうか? 私は自分の信念を裏切り、フェミニストとして考えてきたことのすべてに背いているのだろうか?

 

″自分の体とそれに何が起きるのかを管理するのは私なのだ”

結局のところ、陰唇の形を変えるという私の決断は単純でとても現実的理由から来るものだった。私は毎日のように痛みを感じるべきではないと思ったのだ。さらに、自分の体とそれに何が起きるのかを管理するのは私なのだと理解した。私は誰もがそうあるべきだと信じているし、それが自分のフェミニズムの土台だと考えている。

手術に掛かった時間は約45分。脚を大きく広げておしっこを漏らし、冷たい風が性器を撫でるのが不安だったというのがそのときの主な記憶だ。回復期間にはものすごく痛みがあった。常に炎症があり、まるで小さな風船が脚の間で擦れ続けているような感覚だった。歩くのは困難だったし、なぜ仕事をこんなに休まなければいけなかったのかを上司と同僚(彼らには手術のことを絶対に知られたくなかった)に説明するのも大変だった。

今の私は、手術がわずか3カ月前だったことを忘れるほどだ。長年苦しんできた毎日の身体的な痛みも消え去った。

私はこの手術について複雑な思いを持ち続けるだろう。私は身体的な痛みを解消するために陰唇形成手術を受けたが、外陰の見た目について感じていた恥も消え、それに対して大きな罪悪感を抱いている。私は外陰の見た目に悩む人々にとってもっと良い代弁者でいたかったし、前の見た目のときも今のように自信を持っていたかったと思っている。それでも自分について語ることで、なぜ女性たちが自分の性器の見た目について恥を感じていて、それを変えるために私たちが何をすべきかという重要な対話に、少なくとも何かを貢献できればと思っている。

また、この手術を受けるためには様々な特権を持っている必要があることも認識している。性自認と肉体的な性が一致していることや、手術を受けるための経済的な余裕があることなどがそうだ。でも、私はこの社会が近いうちにそのような特権を必要としないような方向に向かっていくことを願っている。私はできるだけ痛みを抱えずに生きていくために必要な医療支援を、誰もが受けられる世界に生きたいと思う。

女性が機能的な理由以外で体を変えたいと思うとき、美容整形を選ぶことが「非フェミニスト」的だったり、倫理的に間違ってると見られるべきではないと思う。でも人々が、特に女性たちが、自分の見た目のせいで自分の価値が低いと感じたり、自分の体を常に改善が必要なプロジェクトであると思ってしまうように作られた世界は、何かが間違っていると思う。

今の状況では、あまりにも多くの女性がパートナーや社会に受け入れられるために手術を受けたり体を大きく変えなければいけないというプレッシャーを感じさせられている。私たちは多様性の中にも美があることを理解し、性器の形や大きさを含めて、様々な体型を祝福する方法を見出す必要がある。

ハフポストUS版の記事を翻訳、編集しました。

 

コンプレックスとの向き合い方は人それぞれ。
乗り越えようとする人。
コンプレックスを突きつけられるような場所、人から逃げる人。
自分の一部として「愛そう」と努力する人。
お金を使って「解決」する人…。

それぞれの人がコンプレックスとちょうどいい距離感を築けたなら…。そんな願いを込めて、「コンプレックスと私の距離」という企画をはじめます。



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「摂食障害を促す」と非難された食器を米百貨店が販売中止 一体どんなデザインだったのか?

ポーションズの食器。問題になったのは真ん中のお皿。

アメリカの大手百貨店メイシーズは、デザインが「有害なメッセージ」を発していると批判を受けたため、「分量コントロール」食器の販売を中止した。

米メディアCBSの科学担当記者のアリー・ワードさんは、3つの円の書かれたお皿の写真に「どうやったらこの皿の販売を中止することができる?」とコメントを付けTwitterに投稿した。写真に写った食器皿には、どんどん小さくなる3つの円が描かれ、小さくなるにつれ、「ママ・ジーンズ」「お気に入りジーンズ」「スキニー・ジーンズ」と書かれていた。

How can I get these plates from @Macys banned in all 50 states pic.twitter.com/1spntAluVl

— Alie Ward (@alieward) July 21, 2019

この食器のメーカー「ポーションズ」は、自社ウェブサイトで「楽しくヘルシーに、食事の分量を意識できる」と謳っている。問題となったお皿は、メイシーズのマンハッタンの店舗内にあるコンセプト・ショップ「Story」で販売されていた。

ワードさんはこの食器を見て、「母親から若い女の子、男性まで…何世紀にも渡る心苦しい『美の基準』を忘れ、笑い飛ばしているように感じました」と話した。

「お皿の販売の中止は本気で言っていたわけではないのですが…世界に、どれだけ美の文化が陰湿であるかを知ってもらいたかったのです…。メイシーズには、彼らが店頭に並べ、販売するものは重要だという事を知って欲しかった。それによって人を傷つけることもある… 彼らは責任を持つべきです」

Twitterでは、ワードさんに共感するコメントが多く寄せられた。一部の人々は、「この皿は摂食障害を促す可能性がある」と指摘。また、もう1人は「この皿は『有害なメッセージ』を普及させ、更に厳しい美の基準や危険な健康習慣を促す恐れがある」とツイートした。

他の女性は、「今までずっと、どんな容姿だったら男性にモテるか、自分に価値があるのかを刷り込まれ、妊娠や好きなものを食べるといった自然な行動で体重が増えることさえ恥とされてきた」とし、このメッセージは「全く笑えない」とツイートした。

この非難を受けメイシーズは、「ご意見ありがとうございます。この商品の取り扱いは失敗でした。すぐに店頭から取り下げます」とTwitterでコメントした。

Hi, Alie — we appreciate you sharing this with us and agree that we missed the mark on this product. It will be removed from all STORY at Macy’s locations.

— Macy’s (@Macys) July 22, 2019

問題の食器メーカーは、「食事の分量コントロールを楽しく手助けするためのこのお皿により、傷ついた方々には大変申し訳なく思います」とハフポストUS版に話した。

今回声を挙げたワードさんを、「泣き言を言ってる」など非難する人もいたが、彼女は気にする様子はない。

「これはお皿の問題ではありません。女性たちが「くそくらえ!」と言っても良いという事を示したかったのです」と話した。

ハフポストUS版の記事を翻訳、編集しました。

 

もしあなたが、もしくはあなたの愛する誰かが摂食障害に苦しんでいるならば、以下のサイトを参考に適切な窓口にご相談ください。

摂食障害情報ポータルサイト:
http://www.edportal.jp/trouble_01.html

厚生労働省 こころの耳 専門相談機関・相談窓口
http://kokoro.mhlw.go.jp/agency/


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30%クラブが本格始動。「本音で話せる経営者コミュニティーを」議長の魚谷雅彦・資生堂社長

30%クラブの発足イベント。議長の魚谷雅彦・資生堂社長(中央)と、副議長のダグラス・ハイマス氏(NYメロン銀行)と後藤順子氏(デロイト・トーマツ・グループ)

女性役員比率を30%まで引き上げようと経済界が自主的に取り組む「30%Club Japan(30%クラブジャパン)」の活動が本格的に始まった。7月17日に東京都内でローンチイベントが行われ、議長には資生堂の魚谷雅彦社長が就任することが発表された。

30%クラブは2010年にイギリスで始まった非営利のキャンペーン。

日本では2019年5月に発足し、「TOPIX100」(東証1部の時価総額上位100社)の取締役会に占める女性比率を2020年末までに10%、2030年末までに30%に引き上げることを目標としている。

企業経営者が個人として参加し、ベストプラクティス(成功事例)を共有しながら目標達成を目指す。

魚谷氏は「経済大国である日本がジェンダーギャップ指数で見ると110位。この事実を日本企業の経営者がしっかりと見つめて、アクションを起こさなくてはならないのは明らかだと思います」と強調。

「日本企業の経営者もダイバーシティを重要な経営課題だと真剣に考えているが、これまでの慣行や企業文化に縛られたり、人材が見つけられないなどの悩みがある。本音で話せる経営者コミュニティーを作り、課題を明確にして取り組みたい」と意欲を語った。


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自民党の三ツ矢憲生議員、現職の女性候補に向かって「6年間の一番大きな功績は子どもをつくったこと」

三ツ矢憲生・自民党衆院議員

参院選(7月21日投開票)での応援演説で、自民党・三ツ矢憲生衆院議員の発言が波紋をよんでいる。

三重県伊勢市で7月12日に行われた、三重選挙区(改選数1)から立候補している自民現職の吉川有美候補の応援演説に立った三ツ矢議員は「この6年間で吉川有美は何をしてきたのか。一番大きな功績は子どもをつくったこと」と持論を述べた。三ツ矢議員は自民党の三重県連会長。

問題発言があったのは、三重県について「南海トラフで大変な被害が出ると予想されている地域」と述べ、「その手当をきちんとやれるのは誰か、しっかりとお考えいただきたいと思う次第でございます」と訴えた直後だった。

三ツ矢議員は、吉川氏について「6年前、本当に久しぶりに三重県で参院の議席を奪還できた」と紹介したうえで、少しくだけた口調で「この6年間で吉川有美は何をしてきたのか。一番大きな功績はですねぇ、子どもをつくったこと」と言葉を区切った。

集まった聴衆から少し笑い声が聞こえると、さらに「人口が増えるってのもありますが、本人はやっぱり子供をもって、母親になって、自分の子供の寝顔を見ながら、この子のためにいい国にしていきたい、いい地域にしていきたい。そういう思いが芽生えてきた」と強調。「私はそういう思いが政治の原点ではないかなと思っております」と支援を訴えた。

この日は安倍晋三首相(自民党総裁)と萩生田光一・自民党幹事長代行も応援に駆けつけ、同じ場所で演説。

吉川氏は三重県初の女性参院議員で、2013年に初当選。2014年に長女を出産した。

三重選挙区では、吉川氏のほかに芳野正英氏(無所属・新人)と門田節代氏(諸派・新人)が立候補している。

 

三ツ矢憲生衆院議員の発言は以下の通り。

この6年間で吉川有美は何をしてきたのか。一番大きな功績はですねぇ、子どもをつくったこと。

もちろん、人口が増えるってのもありますが、本人はやっぱり子供を持って、母親になって、自分の子供の寝顔を見ながら、自分の子供、自分の娘、この子のために、この地域を、この国を、いい国にしていきたい、いい地域にしていきたい。そういう思いが芽生えてまいりました。

私は、そういう思いが政治の原点ではないかなと思っております。

そういう意味で、どうかこの一皮向けた吉川をぜひご支援賜りたいと思います。

 

 



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偉大な女性に、蛍光ペンでハイライトを。カンヌライオンズで金賞をとった広告のアイデアとは

歴史上優れた功績を残しながら、男性の影で評価されてこなかった女性にハイライトを当ててーー。

そんなメッセージを伝える蛍光ペンの広告がTwitterを中心に話題になっている。広告は、世界的な広告フェスティバルの一つ「カンヌライオンズ」のデザイン部門でも金賞を受賞している

広告を出したのは、蛍光ペンなどを販売するドイツの文具メーカー・スタビロ広告は、全部で3パターン。モノクロ写真の中心に写るのは、いずれも男性たちの姿だ。しかし、写真の中心から少し目を外すと、黄色の蛍光ペンでマークが…。そこには「女性の姿」があったーー。

写真の上には小さな文字で、“Highlight the remarkable(偉大な女性にハイライトを当てて)”から始まるキャプションが添えられている。そのあとに、女性の名前と彼女の功績についての説明が続く。

3人の女性はそれぞれ素晴らしい功績を残したが、「女性であるがゆえに」当時は正当な評価をされなかった。

体が不自由になった大統領の代わりに極秘で国を支えた妻

Highlight the remarkable. Edith Wilson.The First Lady who assumed her husband’s presidential responsibilities after he was paralyzed by a stroke.

偉大な女性に光を当ててーー。エディス・ウィルソン

ファーストレディー。彼女は、夫(第28代アメリカ合衆国大統領 ウィドロウ・ウィルソン)が脳卒中で左半身付随になったあと、極秘で彼の職務を行なった。(キャプションの日本語訳)

 

正当に評価されなかったが、原子力研究に多大なる功績を残した物理学者

Highlight the remarkable. Lise Meitner.Discoverer of nuclear fission who male partner was awarded with the Nobel Prize

偉大な女性に光を当ててーー。リーゼ・マイトナー

核分裂反応の発見者。彼女の共同研究者の男性はノーベル賞を受賞した。(キャプションの日本語訳

 

「黒人で女性」という差別の下で…映画『ドリーム』でも描かれた数学者

Highlight the remarkable. Katherine Johnson.The NASA mathematician responsible for the calculations resulting in Apollo 11’s safe return to earth.

偉大な女性に光を当ててーー。キャサリン・ジョンソン

NASAの数学者。彼女は、軌道計算を担当しアポロ11号の地球への安全な帰還に貢献した。(キャプションの日本語訳)

 

広告が「歴史の物語」をも捉え直すきっかけに

広告のアイディアはどのようにして生まれたのか。広告を作成した広告代理店 DDB デュッセルドルフ支店(ドイツ)に取材した。

蛍光ペンは、重要なことを目立たせるために使われています。文章のなかの、キーワードや重要な一文などを。

広告を作るにあたって、私たちはペンをこうした実用的なものとしてではなく、人々の感情に訴えるものとして表現したいと思いました。ペンそのものについての広告ではなく、社会への問題意識を表現する広告として。

歴史上、女性たちは舞台裏に追いやられ、彼女たちの業績や成功はほとんど語られてきませんでした。だからこそ私たちは、女性と彼女たちの功績に値する「ステージ」を与えたかったのです。

写真の中では、最前部や中心にいるのは男性たちです。しかし、蛍光ペンによって、これまでは目立たなかった女性たちに今「焦点」を当てることができました。

「広告を通して伝えたいメッセージ」については、次のように答えた。

広告を通して、みなさんがいままで「誰にスポットライトを当ててきて、誰を見逃してきたのか」を考えて欲しいです。

現在、広告は#highlighttheremarkableというハッシュタグで Twitter上で大きな話題になっている。「素晴らしいコンセプト」「印象に残る、強いメッセージ」「考えた人、天才。鳥肌が立った」など、広告への賞賛の声が相次いでいる。

DDBは、こうしたTwitter上の反応に対して喜びのコメントをした。

私たちの広告をきっかけに、ソーシャルメディア上で、(広告では取り上げていない他の)偉大な功績を残した女性たちを取り上げ、彼女らを賞賛する動きも生まれています。広告が、「歴史の物語」を変えるきっかけになっていることをとても嬉しく思います。


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