交通事故

No Picture

保育園児の列に乗用車突っ込む。西宮市で女児2人負傷

ドライバーのイメージ写真

兵庫県西宮市で、保育園児の列に乗用車が突っ込み、児童2人が負傷して病院に搬送された。

西宮署によると6月13日午前9時54分ごろ、西宮市樋之池町の市道で、歩道を歩いていた保育園児らの列に乗用車が突っ込んだ。

近くの「のぞみ夢保育園」に通う園児17人と引率の保育士2人で、公園に向かう途中だったという。 6歳の女児は乗用車の下敷きになり、右肩の骨を折る大けが。5歳の女児はひざに軽いけがを負った。2人とも命に別条はないという。

西宮署は、乗用車を運転していた同市の69歳の女を自動車運転処罰法違反(過失致傷)の疑いで現行犯逮捕した。

同署によると、女は忘れ物に気付いてUターンをしようとしていた。対向車線を横断して、道に面した駐車場に入ろうとして、保育園児の列に突っ込んだとみられるという。

Read More

No Picture

山本リンダ&楽天・三木谷浩史会長の車が接触事故。有名人同士の珍しい交通事故発生で話題に。画像あり

歌手・山本リンダさん(本名=山本あつ子 68歳)を乗せた車が29日に、大手IT企業『楽天』の三木谷浩史会長兼社長(みきたに・ひろし 54歳)が乗る車と接触事故を起こしていたことが明らかになりました。 各報道によると、29・・・



No Picture

高田純次が当て逃げ事故疑惑を完全否定。被害者と直接示談交渉でトラブル、週刊文春に告発され騒動拡大も…

タレント・俳優の高田純次さん(たかだ・じゅんじ 72歳)が、約1ヶ月前に東京都内の首都高速道路を走行中、フリーター男性(22)が運転する車に当て逃げ事故を起こした疑惑を16日発売の週刊誌『週刊文春』に報じられ、高田さんは・・・


No Picture

高田純次が交通事故で裁判か。当て逃げ疑惑、不誠実対応で被害者が怒りの告発…週刊文春がトラブル報道

“ミスター無責任”、“テキトー男”などの異名を持つタレント・俳優の高田純次さん(たかだ・じゅんじ 72歳)が、首都高速道路で当て逃げ事故を起こし、フリーターの22歳男性に軽傷を負わせていたことを16日発売の週刊誌『週刊文・・・


No Picture

大津・保育園児事故の記者会見から堀潤さんと考えた、被害者の取材はどこまで必要か

大津市で5月8日にお散歩中の保育園児が犠牲になった事故で、発生からわずか半日で行われたレイモンド淡海保育園の記者会見が大きな波紋を呼んだ。泣き崩れる園長に対して感情を揺さぶるような問いかけをするメディアの取材が批判された。

私自身、子どもを保育園に通わせる母親だ。事故そのものが他人事とは思えず、一言では言えないほどのショックを受けたし、8日夜の記者会見は正視できなかった。

一方、私は、昨年12月まで毎日新聞社で働いていた。事件や事故の取材も経験があり、被害者の周辺取材の意義も理解しているつもりだ。もし自分が取材者だったら、とも考えてしまう。

 

被害者側の取材はどこまで必要か。記者会見でのメディアの取材は妥当だったのか。ネットで批判されたポイントを含め、これを機に改めて考えたいと思い、ジャーナリストの堀潤さんに話を聞いた。

 

被害者の取材は、なぜ必要か

大きな事件や事故が発生すると、メディアは「現場」に殺到する。

最初はその地域に取材拠点を持つ新聞社やテレビ局、通信社。より大きな事件事故であれば、東京などから記者やレポーターらが「応援」に駆けつける。テレビは番組ごとに取材チームなどが現場入りするため、同じ会社の記者がバラバラに取材をすることもある。

何が起きたのか、どうして起きたのか、どんな状況だったのか。警察や消防などの公的機関、現場の目撃者や被害者、加害者、街の人たちに話を聞く。大津の事故では、ハフポスト日本版も警察や消防に電話取材した。

発生直後に公的機関から得られる情報はごく僅かで、情報も錯綜する。警察が把握していない情報もあるし、時にはあえて事実を隠すこともある。事実を伝えるのが仕事である以上、メディアは「被害者側」の話も聞いて、できるだけ全体像に迫ろうとする。もちろん、取材を断られることも少なくない。

事件や事故の被害者取材は、記者にとっても気が重い仕事だ。

私も2005年から約6年間、新聞記者として事件や事故の取材をした。亡くなった被害者の遺族や親しい関係者にコンタクトを取る時は、相手を傷付けてまで取材する必要があるのかと葛藤したし、相手が少し遠い関係の人であれば、どのぐらい被害者本人の「人となり」を知っているのか、果たしてそのコメントが「真実」なのかと悩んだ。

それでも被害者がどんな人物で、なぜ事件や事故に巻き込まれたのか取材をするのは、社会全体で失った命の重みを受け止めるためだ。どうすれば同じような悲しい事件や事故を防止できるか考えるためだ。

取材中の葛藤や疑問、目を背けていないか

だが、会見を見て、当時の葛藤と心の底に押し込めていた疑問が蘇った。本当に今の報道でその目的は達成できているのだろうか。事故の理不尽さや悲劇は、園長が「泣き崩れるシーン」や園児の様子なくても、十二分に視聴者や読者に届いているのではないだろうか。

NHK出身の堀潤さんは、被害者側の取材についてどう考えているのだろう。尋ねると、「取材する側が自分に言い訳をしない方がいい」と答えた。

「本当に正直なところを言えば、テレビはやっぱり撮りたいんです。質問を投げかけて、言葉が出ないところ、泣きの映像を撮りたい気持ちがあるんです」

「自分に嘘をつかない方がいい。撮りたい泣きの映像があるでしょう? ちょっとした功名心もあるでしょう? 撮れた!と思ってる自分もいるでしょう? 悪意はないし、それが必要な時だってある。でも、そのアプローチ、本当に必要なの? 昔から変わらない取材スタイルだけど、批判もあるし、そもそも本当にそれって意味があるのかな……。 こういう本音の自問自答を記者は現場でするべきだと思います」

私が取材を担当していた10年前は今のようにSNSが発達していなかったため、読者の声を聞く機会も少なかった。「どういう形で、被害者側の声を届けるのか良いのか」をメディア側の勝手な理想論ではなく、SNSを通して、実際の読者の反応をもとに考えることができる。

 

「お気持ち」報道は本当に必要?

今回の事故で保育園側が開いた記者会見が批判されたポイントも、被害園児の普段の様子や被害園児への気持ちを問う質問だった。

「(亡くなった2人についた)どのようなお子さんであったのか、ご存知の範囲で結構ですのでお話しいただけますでしょうか」(NHK)

「園児たちにどういった言葉をかけてあげたいでしょうか」(テレビ朝日)

「お散歩に出発する直前の園児さんの様子はどういったものだったでしょうか。いつもと変わらない様子でしたでしょうか」(産経)

いずれも回答者に園長を指名し、答えながら園長が泣き崩れると、カメラのシャッターを切る音が大きくなった。

私を含め、多くの視聴者が正視できなかった場面ではないだろうか。現場のカメラ記者も、葛藤を抱えながら取材していると聞く。

「情報」よりも「感情」を引き出すためのこうした質問を、堀さんは「お気持ち報道」と呼び、「ニュース番組がエンターテイメントの一つとして消費されている」と指摘する。

「ショーアップしたい、感情を引き出す『お気持ち』報道がしたい。悪意を持ってやってるんじゃないんです。見てほしいし、考えてほしいから。でもね、それは安直なんです。実際にやっていることは、強い刺激的な言葉で大衆の耳目を引きつける、どこかの国の大統領と変わらないですよね」

「そもそも、園長が通常の精神状態でないのは誰が見ても明らかだった。嗚咽にまみれて絞り出すように答える人に質問を続けて、きちんと信頼できる情報が取れるのでしょうか? テレビはもう、泣きの映像が入ったから冒頭5秒泣きを見せて…というような安直な作り方はやめた方がいい。私たちはプロとして取材をしているんですから」

 

ニュースをエンタメとして消費しないために

では、どう伝えれば、本当の意味で「事件事故報道の意義」に適うのだろう。

堀さんは「そろそろメディアはセンセーショナリズムから脱して、丁寧に、冷静に、淡々と、つまらない取材をするべきです」と言う。

「この国には、何年も同じような苦しみや悲しみと向き合ってきた交通遺族や遺児がたくさんいます。登校中の事故で子どもを失った親御さんが、どんな思いで今もなお我が子を悼んでいるのか。自分の生活を取り戻したのか、取り戻せなかったのか。今こそ話を聞かせてほしい。今日だから、あの日の出来事を伝えたい、というアプローチもできるはずです」

納得しつつも、思わず「本当に?」と聞いてしまった。本当に、自分が取材者でもそう提案できますか?

「実際、そういうこともあったんですよ。有名女優が薬物使用の疑いで逮捕された時、他のメディアは本人や関係者のところに殺到しましたが、僕は断りました。みんなと同じ取材をする意味ありますか?代わりに薬物使用経験者を取材するから、と啖呵を切って…。mixiで覚せい剤コミュニティーというを見つけて、取材を申し込んだら10人くらい取材に応じてくれる人が見つかりました。みんな、今だからこそ自分の体験を話したい、と思ってくれたんです」

「もし僕が今回の事故で保育園の会見に行けと言われたら、会見は現場の記者に任せましょうと言って、過去に交通事故で子どもを亡くした親御さんやガードレールの設置状況などを取材したと思います。仮に会見場にいたとして、『もう園長に質問するのはやめませんか?』と提案したし、会見を仕切る幹事だったら、『園長先生はご無理なさらず、退席されて構いません。理事長と副理事長がお答えください』ときちんと話が聞ける状況を作ったと思います」

 

繰り返された、園の危険認識を問う質問

記者会見をめぐっては、「園の責任を追求しているように見える」という批判も挙がった。散歩コースや引率体制を確認したり、事故現場を危険だと認識していたかを尋ねたりす質問が、そう受け止められたのだろう。

だが、私も記者会見に出席していたら同じ質問をしたと思う。園の責任を追及するためではなく、保育士や園では防ぎようがない事故だったことを確認するためだ。

ただ、そんな私でも違和感を覚えた質問があった。「最後」と指定された質問が終わり、会見を終了しようとした矢先のことだった。

「最後もう一点だけ、テレビ●●です(聞き取れず)。園としては車の動きなど今日の事故についてどのように認識されているのでしょうか」

聞いていた私も、意図が分からず戸惑った。事故を起こしたドライバーへの怒りを引き出したいのだろうか。対応した理事長と副理事長も戸惑ったのだろう。続けて次のようなやりとりが行われた。

 <副理事長>
交通量が多いとか少ないとかそういうことですか?どうですか?(理事長に小声で)
<理事長>
(小声で)今日の事故?(記者に向かい)今日の事故について?
<記者>
今日の事故の発生について、どのような状況を園として認識されているんでしょうか。
<理事長>
(小声で)今日の事故、今日の事故で…
<記者>
ではすみません。普段の交通量の問題ですとか、交差点の、昔から事故があったという情報もある中で、そういったところどう認識されているんでしょうか。
<理事長>
……。交通量は多いと。普段は多いと聞いております。ただあそこは渋滞、そういう時は車がゆっくり走ると聞いております。そんな風な…
<記者>
普段から少しは危ない場所という認識だったんでしょうか。
<理事長>
我々、外で遊ぶ、限られた資源の中で外で遊ぶということをしていく中で、前の道路は必ず出ないといけないと思います。その中で最善のコース選びだったり方法をとっているとは思います。

30分足らずの会見の中で、事故現場の危険性を認識していたか尋ねる類似の質問はそれまでに2回あり、過去に危険を感じたことはなかったこと、どんな場所であっても最大限の安全対策を行っていたと回答されている。

このタイミングで敢えて再び質問するのは、「交通量が多い危険な道路をコースに選んでしまった」という園側の反省を引き出したい意図があるからのように感じられ、不要な質問だと私は思った。

 

無駄な質問はない。

だが、堀さんの考えは異なる。

「質問が悪いですよね。聞きかたの問題だと思います。これまでに危険を感じるようなことは過去にありましたか、ということですよね。彼は彼なりにあそこの現場を知っていて、ここ危ないよなと普段から思っていたのかもしれない。それを聞き出すのはある意味大切な作業だったと思います」

「ちゃぶ台を返すようですけど、僕は無駄な質問ってないと思うんです。とんでもない質問が、すごくいい答えを引き出すことはよくある。ただ質問自体は大いに謗られればいい。批判されたら反論するなり謝るなり、記者も発信して議論したらいいんです」

堀潤さん

たしかに、3度目となる質問で、改めて「外遊びのためには、たとえ交通量が多くても事故現場の道路は必ず渡らないといけない。その中で園として最善策を講じてきた」という回答を引き出したことには意義があったのかもしれない。

 

分断は埋められるか?

ただ、記者が発信して取材意図を説明したとして、今回の記者会見にとどまらず、メディア不信は広まっている。「マスゴミ」と罵るバッシングとの分断は、埋められるのだろうか。

「歩み寄れますよ。取材者側が一生懸命に説明をすれば」

意外にも、堀さんからは楽観的な答えが返ってきた。

「メディアってまるで頑固なラーメン屋。俺の作ったもんは黙って食え。残すなら食うな、文句言うなら帰れってね。不満やクレイムは全部スルー。素人考えで俺たちプロの仕事に口を出すな、という目線すらありましたよね。そうじゃなくて、『麺が固いな』『じゃあ柔らかくしようか』『味変わったんじゃない?』『まじか?』みたいなやりとりが、カウンターと厨房でできるラーメン屋になりましょうよ、と」

「僕らにはこういう意図があったんです。今は考えが変わりました。でも僕たちには、こういう理由で譲れない一線もあるんです。この部分は至らなかったと思いますーー。記者側もこうやって反論なり説明なり、もっと発信をしたらいい。その上で、じゃあどうしたらいいメディアが作れるのか一緒に考えましょう、と誠実に対話しないといけないのです」

 

約1時間半の堀さんへの取材を通し、改めて実感した。

この10年でメディアを取り巻く環境は大きく変わった。SNSの発達で、今は報道がどう受け止められているかが可視化されるようになった。

私たちはなぜ報道するのか、どう報道するのか。そのために何を、どう取材するのか。テレビや新聞などの大手メディアは今回のバッシングをスルーするのではなく、取材の手法や意図についてもっとオープンにしていくべきだ。

メディアの内部には様々な議論の蓄積があっても、社会にうまく伝わっていない部分もあると感じる。一方、加害者の呼称が議論を呼んだ池袋の母子死亡事故では、理由を説明する記事が掲載されるなど、大手メディアも変わり始めている。私たちウェブメディアも一緒に、ネットのようなパブリックな空間でもっと議論を尽くすべきだと思う。

 一方、ネット上のメディア批判は単なる誹謗中傷も多い。メディアに不信感を持っている人も「マスゴミ」とただ罵るのではなく、これからのメディアにちついて一緒に考えてほしい。

今回の議論を次に生かすために、私も引き続き考えたい。

 

*記事中に出てくるメディアと会見出席者のやりとりは、ハフポスト日本版が会見に中継映像(テレビ東京・現在はページが削除)を元に書き起こしたものです。

*検証のために、会見で質問をした報道機関名を掲載しています。掲載理由については別の記事「大津事故の記者会見、質問する記者の社名は公表すべきか」の中で説明しています。


No Picture

怒りは、速度で、凶器に変わる。『あおり運転』の怖さを描いた“切り絵ストップモーションアニメ”が公開

出典:YouTube 近頃、子どもが犠牲になるなどの痛ましい交通事故のニュースで胸を痛めている方も多いのではないでしょうか。 そんな中、自動車の販売・点検などを行う企業の岡山トヨペットは、同社が取り組…


No Picture

歩行者が死亡する交通事故、日本はなぜ多いのか。 「ポールがあれば防げたかもしれない」専門家に聞く 【大津事故】

保育園児らの列に車が突っ込んだ事故現場で手を合わせる人たち=5月9日午前、大津市

滋賀県大津市で、散歩中だった保育園児らの列に車が突っ込み、園児2人が亡くなる事故が起きた。

日本は、先進国の中でも「歩行者が死亡する交通事故」の件数が多い国だ。

事故現場となった交差点には、車の侵入を防ぐガードレールやポールは設置されていなかった。

警察庁科学警察研究所で交通事故の鑑定・分析をした伊藤安海さん(山梨大学大学院教授)は、歩行者が巻き込まれる事故を防ぐため、車止めとなるガードレールやポールなど防護柵の設置を進めていくべきだと話す。

ガードレールやポールがあれば、今回のような事故は防げたかもしれない

「ガードレールや、横断歩道の手前に車止めとなるポール(支柱)を設置すれば、車が歩道に侵入できなくなるので、今回のような事故は防げたかもしれません」

伊藤さんはそう指摘する。

今回の事故では、乗用車を運転していた新立文子容疑者が右折しようとしたところ、対向車線を直進してきた軽乗用車と衝突。はずみで軽乗用車が園児らの列に突っ込んだという。新立容疑者は「前をよく見ていなかった」と供述している

交差点や交差点付近は、歩行者の死亡事故が多く発生する場所だ。今回の事故が起きた交差点には、歩道と車道の間に縁石があったが、ガードレールやポールは設置されていなかった。

事故現場の交差点。

「縁石は低速だと車は止まりますが、ある程度スピードがあれば乗り越えてしまいます。道路交通法では、縁石や段差で高さをつけることで『車道』と『歩道』が区別されていることになりますが、より確実に車が歩道に入らないようにするなら、ガードレールや車止めを設置した方が安全です」

「今回のような事故が起きるとドライバーに非難が集中しがちですが、1本、2本のポールが設置されていれば、もしかしたら人の命が助かったかもしれない。そう考えると、費用対効果をみても、そこに対策を講じるべきではないかと思います」

滋賀県道路交通課の担当者は、ハフポスト日本版の取材に対し、「事故の原因や現場検証をふまえた上で、安全対策が必要かどうか検討していきたい」と話している。

車止め(ポール)の参考写真。人や自転車が通る幅を残せば、横断歩道の手前にも設置が可能で、歩道への車の侵入を防止できる。

歩行者が「後回し」になった日本の道路問題

日本は、アメリカやドイツ、イギリスなどの欧米諸国と比べると、歩行中や自転車乗車中の交通事故による死者数が多い。 

国際道路交通事故データベース(IRTAD)による、「主な欧米諸国の状態別交通事故死者数の構成率」(2015年)。歩行中の交通事故死者数の構成率は37.3%、自転車乗車中は15.6%で、いずれも欧米諸国と比べて高い。

「日本では、歩行者よりも車を優先した道路づくりがされてきた」。歩行者の死亡事故が多い原因について、伊藤さんはそう指摘する。

「日本は、いかに車が通りやすい環境を作り、そこに人間がうまく適応するか、という視点でまちづくりをしてきた。一方で欧米は、歩行者に優しい街を作り、そこに車がどう共存するか、という視点でまちづくりをしています」 

「ヨーロッパは馬車文化で、大昔から時間をかけて『歩道』と『車道』を作ることが行われてきた、などの歴史的な背景もあります。日本は車輪文化が短く、歩道だった道路に車が走り出すようになり、今度は人間はどこを歩くんだ、ということになってしまった」 

「1964年の東京オリンピック前に、急ピッチで道路を作ったことも大きく影響していると思います。“早く安く”道路を作ることで歩行者の安全が後回しになってしまった。国道ですら歩行者と自動車の分離ができていないような道路もあり、死亡事故も起きています」

歩行者の死亡事故、防ぐために道路整備を

伊藤さんは、事故が起きやすい交差点とその付近では、ガードレールや車止めのポールを設置することが効果的だと話す。

国は、自動運転の技術開発に力を入れている。しかし伊藤さんは、肝心の車が走る「道路の整備」については見落とされがちだと苦言を呈する。

「一般道で自動運転が普及できないと言われるのは、歩行者と自動車が入り乱れている道路があまりにも多いからです。前回のオリンピックから50年余りが経ち、道路整備をするならむしろ今はいいタイミングで、ほんのちょっと安全対策を講じていくだけで大幅に交通死亡事故は減っていくと思います」

「2020年の東京オリンピックを前に、自動運転の技術は進んだけれど、肝心の道路は整備されていないということにはならないでほしいと思います」



No Picture

「運転上手でも、5年後を見すえて家族で話し合いを」 高齢ドライバー問題のためにできること

歩行者がはねられた事故現場で、乗用車(奥)が衝突し横転したごみ収集車=4月19日、東京都豊島区

東京・池袋で乗用車が暴走し、12人が死傷した事故。乗用車を運転していたのは、87歳の男性だった。母子2人が犠牲になった痛ましい事故をきっかけに、高齢者の運転や免許の自主返納について関心が高まっている。

事故で亡くなった松永真菜さんと長女・莉子ちゃんの遺族は4月24日の記者会見で、「それぞれのご家庭で事情があることは重々承知しておりますが、少しでも運転に不安がある人は車を運転しないという選択肢を考えて欲しい」と訴えた。

運転免許を持つ人や、高齢のドライバーを家族に持つ人が、安全のために気をつけるべきこと、できることは何だろうか。帰省する人や交通量が増えると予想される10連休を前に、改めて考えたい。

警察庁科学警察研究所で交通事故の鑑定・分析を担当し、高齢ドライバーの事情に詳しい山梨大学大学院教授の伊藤安海さんに聞いた。

高齢ドライバーの特徴は?

警察庁によると、2018年の高齢運転手(75歳以上)による死亡事故は460件。死亡事故件数全体で占める割合は14.8%だった。

内閣府交通安全白書(2017年)の特集によると、老化にともない視力や体力が低下したり、反射神経が鈍くなったりすることでとっさの判断・対応ができなくなり、事故を引き起こすことがあるという。

「運転が自分本位になり、交通環境を客観的に把握することが難しくなる」とも指摘されている。

特に、高齢ドライバーをめぐる問題でよく聞くのが、「アクセルとブレーキの踏み間違い」だ。伊藤さんは、「踏み間違いが増えるというより、『踏み直しができなくなる』という表現が近いかもしれません」と話す。

「年齢の若いドライバーだとしても、ほんの一瞬アクセルとブレーキを踏み間違えたり、ハンドル操作を謝ったりする場合もあります。若い人はすぐに判断して正しい行動(踏み直しなど)ができますが、高齢者の場合は間違いを認識できなかったり、行動を直せなかったりします」

種々の認知機能低下が原因で起きる運転行動には、「センターラインを越える、路側帯に乗り上げる、車庫入れに失敗する、ふだん通らない道に出ると急に迷ってしまう/パニック状態になる」などがある。

1つでも繰り返し起こすようであれば、交通事故を起こす可能性が高く、免許返納を検討するべきという。 

イメージ写真

 「免許の自主返納」なぜ難しい?

免許を自主返納する人の数は、年々増加している。

警察庁の統計によると、2018年は約18万人の80歳以上のドライバーが免許を返納した。しかし、80歳以上の運転免許保有者数は約226万人で、返納率は8%と低い。

伊藤さんによると、免許の自主返納を阻む理由は主に2つあるという。

1つが、「生活を送るために車が必要」という理由だ。

免許返納率が高い東京や大阪、神奈川では、車以外の交通機関が充実している。一方で、都市部から離れた地域では、車が最も楽な移動手段である場合が多い。

また、高齢ドライバーにとって運転が「生きがい」になっているケースも多いという。

「今の時代の高齢ドライバーにとって、自動車にはその人の青春や人生、思い出やプライドが詰まっている。若い頃から車ありきで生活していて、車との繋がりが非常に強いんです。今の若い世代で置き換えるとしたら、スマートフォンのような存在と言ってもいいかもしれません」

「車は生活のために必要だし、青春も詰まっている。そうした2つの側面があります。人によっては、運転免許を返納することは『生活』を失い、その人の『思い出』や『プライド』も失ってしまうことになる。返納ができない背景には、そうした事情があると思います」

「5年後を見すえて話し合いを」家族でできること

さまざまな事情を抱える高齢者に寄り添いながら、スムーズに免許返納を進めるためには、どうすればいいだろうか。

家族での説得が難しい場合は、主治医や警察署、免許センターに相談する、という手段がある。警察署や運転免許センターには、担当職員が運転に不安のあるドライバーやその家族から相談を受け付ける「運転適性相談窓口」もある。

状況に応じて、こうした専門機関を積極的に活用しよう。

また、伊藤さんは、運転に不安がない段階でも、数年後を見すえて話し合いをすることが大事だと語る。

「いきなり運転をやめなよと言われても、受け入れられず、むしろ説得が難しくなってしまう場合もあります。理想は、運転が比較的上手なうちに、今後どういう状況になったら車を乗り換えるか、運転をやめるかなど、家族でコミュニケーションをとって決めておくことです。車がなくなったら、どんな交通手段を使うか。どこに住み、どんな生活を送るのか。話し合いは早ければ早いほどいいと思います」

「高齢者人口が増えている中で、これから先の5年間、運転に危険がある高齢ドライバーの数はどんどん増えていきます。今これだけ高齢ドライバーが問題になっているのだから、5年後はますます問題は大きくなるでしょう。そのためにも5年後を見すえた対策が必要で、家族間でできることとしては、『まだ運転は大丈夫』という時から話し合いをすることが大事です」

10連休中は実家に帰り、家族で集う予定がある人も多いだろう。

「最近困っていることがないか聞いたり、会話の中で何か変化がないか探したりするといいと思います。せっかく連休で家族と過ごす時間を楽しみにしていたのに、突然運転をやめるよう説得されてショックを受けてしまった、ということにならないよう、相手の立場に立って話し合うことが大事です」

10連休中、二輪の中高年ドライバーは注意を

連休中は、交通量が増えることも予想される。伊藤さんによると、行楽シーズンは二輪の中高年ドライバーの事故が増加する傾向にあるという。

「バイクなどでツーリングをする予定がある方たちは、十分気をつけてほしいと思います」

自動車の運転は、常に事故を起こす危険と隣り合わせだ。事故による犠牲を生まないために、いま一度安全運転を心がけ、自身や家族の運転に不安はないか、考えていきたい。


CLOSE
CLOSE