上田慎一郎


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『カメラを止めるな!』パクリ問題浮上、著作権侵害で裁判? 原作者が上田慎一郎監督告発、低予算映画が興行収入8億超も…

約300万円の低予算で製作された映画『カメラを止めるな!(ONE CUT OF THE DEAD)』(6月23日公開)が異例の大ヒットを記録し、当初は東京都内の2館のみでの上映だったものの、17日までに累計上映館数は19・・・


『カメラを止めるな!』監督、ワイドナショー出演もまさかの松っちゃん不在 「神との対話は持ち越された」

空前の大ブームを巻き起こしている映画『カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督が8月19日、「ワイドナショー」(フジテレビ系)に出演し、「世界で一番影響を受けている人間」だと語るダウンタウン・松本人志さんの、突然の番組欠席に落胆を見せた。

この日、番組がはじまるとMCの東野幸治さんが「申し訳ございません。松本さんがお休みということで…一説には風邪、一説にはズル休み」と収録欠席を説明。

上田監督がゲストとして登場すると、「(上田監督は)ダウンタウンが大好きで、今日松本さんがいらっしゃるからワイドナショーのオファーを受けてくれたんですが…」と申し訳なさそうに話した。

松本さんについて「世界で一番影響を受けている人間」だと話す上田監督は、緊張のあまり集合時間の1時間前にスタジオに到着してしまったという。対面を前に左手が震えてきてしまったというが、会えないとわかって「左手のしびれもすっとおさまった」と明かし、スタジオの笑いを誘った。

待ち望んでいた対面は残念ながら実現しなかったが、「松本さんに会えたら、(それ以上の)上がないなと思って、もう夢がなくなるなと思って」「会いたかったけどホッとしてる自分もいた」と本音を明かした。

この日の番組には、1981年から1991年放送の深夜番組『夢で逢えたら』でダウンタウンと共演していたタレントの野沢直子さんがコメンテーターとして初登場していた。

上田監督は、東野さんに直子さんに会えて感激なのではと問われたが、「世代ではないんですよね」とバッサリ。野沢さんに「帰れ帰れ帰れ〜」とまくし立てるようにツッコまれ、スタジオは爆笑に包まれた。

番組では、制作費300万円でわずか2館のみの上映で始まった『カメラを止めるな!」が、全国190館以上で上映され、動員数40万人を突破するまでのストーリーが紹介された。

放送後、上田さんは「神との対話は持ち越されました」とツイートした。

ワイドナショー、ご覧頂いた皆さん有難うございます。集合時間1時間前に着いちゃって極度の緊張で謎に手が痺れてきてもう大変でした。が、まさかの松っちゃん不在…!神との対話は持ち越されました。残念だったりホッとしたり。でも夢は残ってた方がいいよね。

— 上田慎一郎 (@shin0407) 2018年8月19日

ワイドナショー、ごっつど真ん中世代としては生東野さん、Jリーグブームど真ん中元サッカー少年としては生前園さんとお会い出来たのも夢のようでした。

— 上田慎一郎 (@shin0407) 2018年8月19日


傑作『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督が語る。「天才」だった自分がボコボコにされてから

上田慎一郎監督

製作費300万円で作られた映画『カメラを止めるな!』が、異例の快進撃を続けている。同作の監督・脚本・編集を手がけた上田慎一郎監督は、”異色”の経歴の持ち主だ。20代前半で借金苦に陥り、ホームレスになった経験もあるという。ここに至るまでにどんな苦労があったのか? そしてそれをどう乗り越えてきたのか? その人生観と哲学を語ってもらった。

「やめとけ」と言われると燃えるタイプ

『カメラを止めるな!』には、37分ワンカットの「ゾンビサバイバル」のシーンがあります。それを「撮る」と言ったとき、いろんな大人から「無理だ」「できるわけない」と言われました。

映画『カメラを止めるな!』より

「ゾンビもの」というのは仕掛けが多くて、「カット割り」があってこそできるのが常識。最初は撮影スタッフにも「ワンカットは無理だから『ワンカット風』にしましょう」と止められました。ただぼくは「やめとけ」と言われると燃えるタイプなんです。

学生の頃からそうでした。高校生のとき、琵琶湖をいかだで横断することに挑戦したのですが、そのときも「よせよせ」とさんざん言われた。でも、そう言われると燃える。

「成人式で流すムービーを作ってくれ」と言われたときも、120人くらいの同級生ほぼ全員に会いに行って夢を語ってもらいました。卒業してみんな散り散りになってるから、まわりからは「絶対無理だ」と言われましたが、それもなんとかやりとげた。

思い返すと、自分がやってきたことって、最初は絶対「やめとけ」と言われていたことが多い。「やめとけ」「よせよせ」「無理」「不可能だ」という言葉が「薪」となり、「炎」がより燃えていくんです。

ホームレスにもなった。けれど、悪いことを全部「ネタ」にできれば最強

20歳のときに映画監督になるために上京してからは、失敗続きでした。悪い大人にそそのかされてネズミ講みたいなものに騙され、ウン百万円くらい借金を背負ったり、「本を出版しないか」と言われて200万円くらい借金して、ホームレスになったりした。……ただ、そこまで凹んではいませんでした。

ぼく、中学生の頃は毎日ノートにぎっしり日記を書いていたんですよ。インターネットができてからはブログを毎日書くようになった。自分の身に起きたことをブログに書く習慣があったんです。

だから、たとえ悪いことが起きても、それを客観視しておもしろおかしく書くことができたんです。どんなに悪いことや悲しいことがあっても、全部それを「ネタ」にできる。つまり「悪いこと」は起きないんです。「失敗した!おっしゃー、ブログに書こう」っていう感じですね。

コメディの世界の見方をそのころからしていたのかもしれません。チャップリンが言っていることですけど「寄ってみれば悲劇に見えることも、引いてみれば喜劇に見える」という。そういう考え方が昔からありました。

映画『カメラを止めるな!』より

「俺はなんで東京に来たんだろう」と号泣した25歳の夜

20歳から25歳のあいだに相当数の失敗をしました。200万円の借金をし、ネズミ講で友だちを失いかけ、家をなくし……。それをブログに書くことで「笑い」に変えてきました。

でも、25歳のある夜。突然「俺はなんのために東京に来たんだろう」ってすごく泣いたことがあったんです。

近道をして映画監督になろうとしてたつもりだけど、結局はただ「映画だけで勝負するのが怖かった」だけなのかもしれない、と思った。もし映画だけをやって、それでもうまくいかなかったら、自分に才能がないってバレてしまう。「映画だけをつくる」ということから逃げて、他のことをしていた自分に気づいたんですね。だから、「映画一筋でやろう」と覚悟を決めてやり始めたのが25歳のときでした。

そこで、当時盛り上がっていたミクシィで「自主映画のスタッフ募集」というのを見つけ、「スタジオメイズ」という団体に入りました。

それまではハンディカムでしか撮ったことなかったのですが、ガンマイクを構えたり、DVXという大きめのカメラを使って、本格的な映画制作を3カ月くらい学びました。それで「よしわかった。じゃあ俺、独立します!」と言って独立しました。……だから、まだぜんぜん生意気なんです。

無数の成功体験と無数の大失敗でバランスがとれた

ぼくは、中学高校時代から「成功体験」がすごく多かったんです。

中学の国語の授業で、班ごとに劇をやるという授業があって、みんなは『桃太郎』とかすでにある物語をベースにしていたんですけど…ぼくは「オリジナルでやりたい」と言って、自分で脚本を書いてやったんです。それが人生で初めてちゃんと書いた脚本なんですが、これが国語の先生にすごく認められて、全校生徒の前で演劇をやりました。

高校生のときは、文化祭で映画を作って上映していました。それで3年連続で最優秀賞をとったんです。その後演劇部にスカウトされて、毎年地区予選落ちだった演劇部が、ぼくが作・演出をしたことで、近畿地区2位までいったんです。

そのあと、20から25歳のとき、調子に乗って大失敗してしまうことになるんですが…調子に乗るだけの成功体験が多かった。「自分なんて」という考えはまったくないくらい生意気だった。とにかく突き進む。「俺は天才だ」と。

その「天才だ!」と言っていた自分が、20から25歳でボコボコにされて、バランスが取れたんだと思います。田舎の町では注目を浴びていたかもしれないけど、東京では「お前なんて」とボコボコにされて、謙虚さというものが加わりバランスが取れて、いまがある気がします。

失敗は利子がついて返ってくる

25歳までのあいだに山ほど失敗をしてきたので、30代になったときにそれらの失敗にすごい「利子」がついて返ってきた気持ちになったんですよ。

ぼくは一度ホームレスになったのにここまで復活できてますから、25歳くらいまでは、どんなにひどいことになったって戻ってこれるはず。だから、25歳くらいまでは「失敗を集める」くらいの気持ちで生きる方がいい。その気持ちでいたら、失敗したときに落ち込まないじゃないですか。「お、今日はひとつ失敗できたな」って。

そして、ブログに書くなど、その失敗をアウトプットする場をつくれば、失敗を「エンタテインメント化」するという思考も身につく。「失敗を俯瞰してエンタテインメントにする」というのはコメディの根幹。ぼくはそれをずっとやってきたので、それがよかったのかもしれないです。

「悲劇だ!」と思っても「それは本当に悲劇か?」と問い直してみるとか…。そうすると、実は笑い飛ばせないことってそんなに多くはないんじゃないか。

「ネズミ講に騙されて、ホームレスになった」というのは、自分だったら死にたくなるくらいにショックなできごとかもしれないですけど、いまぼくがこうして話をしても、だいたい笑い話になるんです。だから、ほとんどのことは笑い話になると思って生きるといいかもしれません。

映画『カメラを止めるな!』より

自己啓発系の言葉に思うこと

ぼくもいろんな自己啓発本を読んで「死ぬこと以外はかすり傷」みたいな言葉を見て、奮起していました。でも、補足しておきたいのは、そういう言葉はすごくいいなと思う反面、危険な一面もあると思っています。

一時期はその言葉で火照ることができるかもしれないですけど、それを続けられるような「仕組み」を自分に作らないと続かないと思うんです。大切なのは、そういうメンタルを続けられるような「仕組み」をつくることだと思います。ぼくの場合はそれがブログだった。

ブログに自分の失敗を書いて、それを見ている人に楽しんでもらう、という「使命」を自分でつくっていました。ただ単に「失敗を集めよう」とか「失敗したらそれを喜ぼう」というだけじゃ精神は持たない。それを自分の生活の中に仕組み化する。それがうまくいくコツなんだと思います。

あとは、僕は妻(アニメ・映画監督のふくだみゆき氏)と結婚してから、より外で戦えるようになった、という感覚があるので、自分の絶対的な味方を作ることも大事じゃないかなと思います。

大量に失敗したあとの成功じゃないと、強度が低い

映画をつくっている若い世代の人が、『カメラを止めるな!』を観て、ぼくにメールをくれるときがあるんです。「上田さんは映画をつくるときに絵コンテを描かれますか?」とか、「キャスティングはどういうことに気をつけたらいいですか?」とか…。でもぼくは「いや、まず撮れよ!」と思うんです。

一発目から成功しようとしているところが失敗だぞ、と。とりあえず大量に失敗した上での成功じゃないと「強度の高い成功」とは言えないと思うんです。

いまはiPhoneを使って、自分の友だちや家族を撮って、編集もすぐできます。撮ったものを見て「何がいけなかったか」というのを感覚と体で学んでいく。そのほうが絶対に速いと思うんですよ。「映画教本」から学んで、ちょっと「知識がついた」という感覚になるよりもぜんぜん速い。

「コケない」ということは、「走ってない」ということなんです。「コケる」というのは走ったり、挑戦している証拠。だからどんどんコケていい。失敗していいんです。コケずに失敗しないよりも、走ってコケるほうが、絶対あとに経験となって自分の身に返ってくると思います。

ぼくはコメディをつくっているので「カッコつけるほうがカッコ悪い」と思っちゃうんですよね。カッコ悪いほうがカッコいいと思っちゃう。ダサいほうが人間としてはカッコいい。まだ、偉そうなことを言える立場じゃないですが「とにかく転がり続けろ」というのは伝えたいですね。

(聞き手・執筆:竹村俊助、編集・撮影:生田綾)

映画『カメラを止めるな!』大ヒット公開中

製作:ENBUゼミナール
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール
©ENBUゼミナール


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