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【話題のアプリ ええじゃないか】あやまん監督、ひさしぶりの地上波テレビに爪痕をのこす

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TOKYO MXにて隔週木曜25時40分から放送中のスマホ情報バラエティ「話題のアプリ ええじゃないか」。番組では毎回、巷で話題のアプリを厳選して紹介していますが、この連載では、そんな番組最新放送回の模様を、出演者の方々 […]

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傑作『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督が語る。「天才」だった自分がボコボコにされてから

上田慎一郎監督

製作費300万円で作られた映画『カメラを止めるな!』が、異例の快進撃を続けている。同作の監督・脚本・編集を手がけた上田慎一郎監督は、”異色”の経歴の持ち主だ。20代前半で借金苦に陥り、ホームレスになった経験もあるという。ここに至るまでにどんな苦労があったのか? そしてそれをどう乗り越えてきたのか? その人生観と哲学を語ってもらった。

「やめとけ」と言われると燃えるタイプ

『カメラを止めるな!』には、37分ワンカットの「ゾンビサバイバル」のシーンがあります。それを「撮る」と言ったとき、いろんな大人から「無理だ」「できるわけない」と言われました。

映画『カメラを止めるな!』より

「ゾンビもの」というのは仕掛けが多くて、「カット割り」があってこそできるのが常識。最初は撮影スタッフにも「ワンカットは無理だから『ワンカット風』にしましょう」と止められました。ただぼくは「やめとけ」と言われると燃えるタイプなんです。

学生の頃からそうでした。高校生のとき、琵琶湖をいかだで横断することに挑戦したのですが、そのときも「よせよせ」とさんざん言われた。でも、そう言われると燃える。

「成人式で流すムービーを作ってくれ」と言われたときも、120人くらいの同級生ほぼ全員に会いに行って夢を語ってもらいました。卒業してみんな散り散りになってるから、まわりからは「絶対無理だ」と言われましたが、それもなんとかやりとげた。

思い返すと、自分がやってきたことって、最初は絶対「やめとけ」と言われていたことが多い。「やめとけ」「よせよせ」「無理」「不可能だ」という言葉が「薪」となり、「炎」がより燃えていくんです。

ホームレスにもなった。けれど、悪いことを全部「ネタ」にできれば最強

20歳のときに映画監督になるために上京してからは、失敗続きでした。悪い大人にそそのかされてネズミ講みたいなものに騙され、ウン百万円くらい借金を背負ったり、「本を出版しないか」と言われて200万円くらい借金して、ホームレスになったりした。……ただ、そこまで凹んではいませんでした。

ぼく、中学生の頃は毎日ノートにぎっしり日記を書いていたんですよ。インターネットができてからはブログを毎日書くようになった。自分の身に起きたことをブログに書く習慣があったんです。

だから、たとえ悪いことが起きても、それを客観視しておもしろおかしく書くことができたんです。どんなに悪いことや悲しいことがあっても、全部それを「ネタ」にできる。つまり「悪いこと」は起きないんです。「失敗した!おっしゃー、ブログに書こう」っていう感じですね。

コメディの世界の見方をそのころからしていたのかもしれません。チャップリンが言っていることですけど「寄ってみれば悲劇に見えることも、引いてみれば喜劇に見える」という。そういう考え方が昔からありました。

映画『カメラを止めるな!』より

「俺はなんで東京に来たんだろう」と号泣した25歳の夜

20歳から25歳のあいだに相当数の失敗をしました。200万円の借金をし、ネズミ講で友だちを失いかけ、家をなくし……。それをブログに書くことで「笑い」に変えてきました。

でも、25歳のある夜。突然「俺はなんのために東京に来たんだろう」ってすごく泣いたことがあったんです。

近道をして映画監督になろうとしてたつもりだけど、結局はただ「映画だけで勝負するのが怖かった」だけなのかもしれない、と思った。もし映画だけをやって、それでもうまくいかなかったら、自分に才能がないってバレてしまう。「映画だけをつくる」ということから逃げて、他のことをしていた自分に気づいたんですね。だから、「映画一筋でやろう」と覚悟を決めてやり始めたのが25歳のときでした。

そこで、当時盛り上がっていたミクシィで「自主映画のスタッフ募集」というのを見つけ、「スタジオメイズ」という団体に入りました。

それまではハンディカムでしか撮ったことなかったのですが、ガンマイクを構えたり、DVXという大きめのカメラを使って、本格的な映画制作を3カ月くらい学びました。それで「よしわかった。じゃあ俺、独立します!」と言って独立しました。……だから、まだぜんぜん生意気なんです。

無数の成功体験と無数の大失敗でバランスがとれた

ぼくは、中学高校時代から「成功体験」がすごく多かったんです。

中学の国語の授業で、班ごとに劇をやるという授業があって、みんなは『桃太郎』とかすでにある物語をベースにしていたんですけど…ぼくは「オリジナルでやりたい」と言って、自分で脚本を書いてやったんです。それが人生で初めてちゃんと書いた脚本なんですが、これが国語の先生にすごく認められて、全校生徒の前で演劇をやりました。

高校生のときは、文化祭で映画を作って上映していました。それで3年連続で最優秀賞をとったんです。その後演劇部にスカウトされて、毎年地区予選落ちだった演劇部が、ぼくが作・演出をしたことで、近畿地区2位までいったんです。

そのあと、20から25歳のとき、調子に乗って大失敗してしまうことになるんですが…調子に乗るだけの成功体験が多かった。「自分なんて」という考えはまったくないくらい生意気だった。とにかく突き進む。「俺は天才だ」と。

その「天才だ!」と言っていた自分が、20から25歳でボコボコにされて、バランスが取れたんだと思います。田舎の町では注目を浴びていたかもしれないけど、東京では「お前なんて」とボコボコにされて、謙虚さというものが加わりバランスが取れて、いまがある気がします。

失敗は利子がついて返ってくる

25歳までのあいだに山ほど失敗をしてきたので、30代になったときにそれらの失敗にすごい「利子」がついて返ってきた気持ちになったんですよ。

ぼくは一度ホームレスになったのにここまで復活できてますから、25歳くらいまでは、どんなにひどいことになったって戻ってこれるはず。だから、25歳くらいまでは「失敗を集める」くらいの気持ちで生きる方がいい。その気持ちでいたら、失敗したときに落ち込まないじゃないですか。「お、今日はひとつ失敗できたな」って。

そして、ブログに書くなど、その失敗をアウトプットする場をつくれば、失敗を「エンタテインメント化」するという思考も身につく。「失敗を俯瞰してエンタテインメントにする」というのはコメディの根幹。ぼくはそれをずっとやってきたので、それがよかったのかもしれないです。

「悲劇だ!」と思っても「それは本当に悲劇か?」と問い直してみるとか…。そうすると、実は笑い飛ばせないことってそんなに多くはないんじゃないか。

「ネズミ講に騙されて、ホームレスになった」というのは、自分だったら死にたくなるくらいにショックなできごとかもしれないですけど、いまぼくがこうして話をしても、だいたい笑い話になるんです。だから、ほとんどのことは笑い話になると思って生きるといいかもしれません。

映画『カメラを止めるな!』より

自己啓発系の言葉に思うこと

ぼくもいろんな自己啓発本を読んで「死ぬこと以外はかすり傷」みたいな言葉を見て、奮起していました。でも、補足しておきたいのは、そういう言葉はすごくいいなと思う反面、危険な一面もあると思っています。

一時期はその言葉で火照ることができるかもしれないですけど、それを続けられるような「仕組み」を自分に作らないと続かないと思うんです。大切なのは、そういうメンタルを続けられるような「仕組み」をつくることだと思います。ぼくの場合はそれがブログだった。

ブログに自分の失敗を書いて、それを見ている人に楽しんでもらう、という「使命」を自分でつくっていました。ただ単に「失敗を集めよう」とか「失敗したらそれを喜ぼう」というだけじゃ精神は持たない。それを自分の生活の中に仕組み化する。それがうまくいくコツなんだと思います。

あとは、僕は妻(アニメ・映画監督のふくだみゆき氏)と結婚してから、より外で戦えるようになった、という感覚があるので、自分の絶対的な味方を作ることも大事じゃないかなと思います。

大量に失敗したあとの成功じゃないと、強度が低い

映画をつくっている若い世代の人が、『カメラを止めるな!』を観て、ぼくにメールをくれるときがあるんです。「上田さんは映画をつくるときに絵コンテを描かれますか?」とか、「キャスティングはどういうことに気をつけたらいいですか?」とか…。でもぼくは「いや、まず撮れよ!」と思うんです。

一発目から成功しようとしているところが失敗だぞ、と。とりあえず大量に失敗した上での成功じゃないと「強度の高い成功」とは言えないと思うんです。

いまはiPhoneを使って、自分の友だちや家族を撮って、編集もすぐできます。撮ったものを見て「何がいけなかったか」というのを感覚と体で学んでいく。そのほうが絶対に速いと思うんですよ。「映画教本」から学んで、ちょっと「知識がついた」という感覚になるよりもぜんぜん速い。

「コケない」ということは、「走ってない」ということなんです。「コケる」というのは走ったり、挑戦している証拠。だからどんどんコケていい。失敗していいんです。コケずに失敗しないよりも、走ってコケるほうが、絶対あとに経験となって自分の身に返ってくると思います。

ぼくはコメディをつくっているので「カッコつけるほうがカッコ悪い」と思っちゃうんですよね。カッコ悪いほうがカッコいいと思っちゃう。ダサいほうが人間としてはカッコいい。まだ、偉そうなことを言える立場じゃないですが「とにかく転がり続けろ」というのは伝えたいですね。

(聞き手・執筆:竹村俊助、編集・撮影:生田綾)

映画『カメラを止めるな!』大ヒット公開中

製作:ENBUゼミナール
配給:アスミック・エース=ENBUゼミナール
©ENBUゼミナール


K-POP歌手ヒョナと「PENTAGON」イドンが熱愛。事務所は謝罪、なぜ?

K-POPアイドルのヒョナとアイドルグループ「PENTAGON」イドンの熱愛が明らかになった。所属事務所は当初、熱愛報道を否定していたが、2人が聯合ニュースの取材に交際を認めたのだ。これを受けて所属事務所は一転、謝罪する事態となった。

ヒョナは2007年に女性グループ「Wonder Girls」としてデビュー。2009年に「4Minute」のメンバーとして活動をはじめ、2016年に解散した後にソロ歌手に転向した。イドンは2016年に男性グループ「PENTAGON」としてデビュー。2017年、同グループメンバーのフイとヒョナの3人でプロジェクトグループ「Triple H」を結成して活動している。

■熱愛報道を事務所が否定⇒本人が認める⇒事務所が謝罪

ヒョナとイドンの熱愛を初めて報じたのは、8月2日午前の芸能ニュースサイト「TVリポート」だった。「Triple H」の活動をきっかけに恋人関係に発展し、交際数カ月目と報じた。

これに対して、2人の所属事務所「CUBE Entertainment」はすぐさま、「熱愛説は事実無根」と真っ向から否定

ところが3日午前、2人が聯合ニュース取材に交際を認めたことが明らかになったのだ。

2人は記事の中で、「互いに噂がつきまとうだろうと分かっていたが、舞台でファンの目を見るのが難しいと思った」「愛して見守ってくれている多くのファンには正直に話し、楽しく堂々と舞台に立つ姿を見せたかった」と語っていた。

そのため所属事務所は3日午後、熱愛報道を否定したことを取り下げ、次のような謝罪コメントを発表した

「(熱愛説で)ショックを受けた多くのファンの皆様、誠に申し訳ありません。2日に報道されたヒョナとイドンの熱愛説の事実を確認するにあたって、コミュニケーションミスによって間違った報道がでた点、本当に申し訳ありません。まっすぐな2人の出会いを暖かく見守ってくだされば幸いです」

女性が憧れるガールクラッシュなスターとして知られるヒョナは、リリース曲やパフォーマンスで話題を呼んできた。Twitter上では様々な反応が見られるが、「イドン羨ましい」との声があがっている。

현아랑 이던 사귈줄 알앗슴 ㄹㅇ.. 진자 잘어울린다 ㅠ

— 호달달퍄Σ(·口·) (@DP_cos) 2018年8月3日

ヒョナとイドン付き合ってると思ってたホント。ほんとお似合い(T_T)

후이는 현아이던 사이에서 대박 어색했겠다ㅋㅋㅋㅋㅋ 이 상황 넘 재밌음 남의 집 불구경이라서^^…

— 🎂친절한 해리씨🎂 (@yiota_hallian) 2018年8月3日

フイはヒョナとイドンの間でめちゃくちゃ気まずかったでしょwwwww

엥현아랑 이던 2년이나 사귀는중이라구?ㅋㅋㅋㅋㅋㅋㅋ후이: 저는 빼고멘션해주세요

— 디디 (@ddnim_) 2018年8月3日

えっヒョナとイドン2年も付き合ってたの?wwwwwwww フイ:僕を外してメンションしてください

쒸발 진짜 이던 부러워서 죽고싶음 또르르.. 나두.. 현아 언닝. …ㅠ

— 오차 (@cChaeee) 2018年8月3日

本当にイドンが羨ましくて死にたい…私も…ヒョナオンニ(T_T)

※オンニは、年下の女性が年上の女性を呼ぶときに使う単語。

아니 근데 저 진심으로 열애설인정한거 뜨자마자 한 30초 당황하다가 와씨 이던 개부럽다;;;;;나도 현아랑 사귀고싶어;;; 이생각부터듬…..ㅋㅋㅋㄱㅋㄱㅋㅋㅋㅋㅋㅋ이게진짜 건전한 유사연애아님? 누가꼬리쳤네 앞길막았네 기만어쩌고 하는것보단ㅎ?

— 🌸얄루🌸 (@jy4925) 2018年8月3日

いや、ってか、本当に熱愛説認めたの見た瞬間、30秒くらい困惑したけど、いや〜イドンくっそ羨ましい(;_;)私もヒョナと付き合いたい(;_;)ってまず思ったよね…wwwwwwwwww


フジロック、YouTubeで生配信するアーティストは? エレカシ、Suchmos、モンパチも…

7月27日から3日間にわたって開催される「FUJI ROCK FESTIVAL’18」で、一部出演アーティストのステージがYouTubeでライブ配信される。23日、対象アーティストのラインナップが発表された

フジロックのステージが世界に向けてライブ配信されるのは、1997年に始まって以来初めてのこと。エレファントカシマシやサカナクション、Suchmosなど、40組以上のアーティストが配信対象のラインナップに並んだ。

●ライブ配信するアーティストは?

出演日ごとに、ライブ配信対象アーティストを紹介する。それぞれのアーティストが登場する時間は、公式サイトのタイムテーブルから確認できる。

なお、配信アーティストが追加されたり、予告なく変更される場合もある。(※追加発表があれば、都度記事をアップデートします)

【1日目(7/27)出演アーティスト ※50音順】

ALBERT HAMMOND JR
エレファントカシマシ
GLIM SPANKY
jizue
MAC DEMARCO
ミツメ
MONGOL800
N.E.R.D(ヘッドライナー)
neco眠る
ODESZA
Ovall
PARQUET COURTS
POST MALONE
ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA(feat. 仲井戸”CHABO”麗市、甲本ヒロト、奥田民生、トータス松本)
サカナクション
ストレイテナー
TUNE-YARDS
YEARS & YEARS

【2日目(7/28)出演アーティスト ※50音順】

ASH
CARLA THOMAS & HI RHYTHM W/VERY SPECIAL GUEST VANEESE THOMAS
D.A.N.
eastern youth
ハンバート ハンバート
JOHNNY MARR
小袋 成彬
OLEDICKFOGGY
RANCHO APARTE
シャムキャッツ
STARCRAWLER
The Birthday
toconoma

【3日目(7/29)出演アーティスト ※50音順】

ANDERSON .PAAK & THE FREE NATIONALS
浅井健一 & THE INTERCHANGE KILLS
Awesome City Club
cero
CHVRCHES
DIRTY PROJECTORS
FISHBONE
HINDS
HOTHOUSE FLOWERS
KACEY MUSGRAVES
KALI UCHIS
King Gnu
odol
Suchmos
THE FEVER 333
VAMPIRE WEEKEND

●YouTubeでの生配信、決め手は…

ラインナップには、邦楽アーティストの名も多数並んでいる。

同フェスを運営するSMASHによると、フジロックの存在や出演するアーティスト、特に邦楽アーティストを「世界に知ってもらえること」が、YouTubeでのライブ配信に踏み切る決め手になったという。

SMASHの担当者は7月5日、ハフポスト日本版の取材に対し、以下のように展望を語っていた。

「フジロックフェスティバル自体そして、出演いただくアーティスト、特に邦楽アーティストをYouTubeによる全世界配信で世界に知ってもらえることが、ライブ配信を決めた一番の理由です」

「今までフジロックの名前は知っていたが、サイトを見たり、出演アーティストを知ろうとしていなかった方にも気軽に見ていただき、興味をもっていただける機会になればと思います」

全世界での発信をきっかけに、邦楽アーティストの認知が広がり、世界進出のチャンスが生まれる可能性もある。また、「仕事で行けない」などの理由で参加を断念する人や、小さな子どもがいて参加できないという人も、気軽にフジロックを楽しめるようになる。

いよいよ間近に迫ったフジロック。YouTubeでのライブ配信をきっかけに、世界中の音楽ファンがフジロックの魅力を堪能し、アーティストを発掘する機会が増えることに期待したい。


No Picture

アジカン後藤正文、ライブ会場で子ども用の防音ヘッドフォン貸し出しを宣言 耳を「守って」

後藤正文

ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんが7月18日、自身のブログを更新し、小さい子どもがライブに来場する際、大音量から耳を守るために防音ヘッドフォンや耳栓などを着用するよう呼びかけた。また、今後ライブ会場で子ども用の防音ヘッドフォンの貸し出しも始めるという。

後藤さんは、「アジカンからのお願い」と題したブログを公式サイトに掲載。「最近はライブ会場で未就学や小学生の児童を見かけることが増えました」と、親子連れのライブ参加者について自身の考えをつづった。

「バンドとしては、子どもたちのコンサートへの参加は基本的にウェルカムだということをまずは記します」と前置きした上で、「スピーカーから出る音の音量を考えると、はっきりと子どもたちの耳には良くないことも事実だと思います」と指摘。

2018年6月からスタートしたツアーでは、安全ではない場所から無防備にライブを観る子どもなどを目にし、「いくつかの会場でライブに集中できない事態に遭遇」したという。子どもの入場を規制することについては「なるべく扉を閉じたくない」とつづり、子育て世代にもライブを楽しんでほしいとの思いを吐露した。

今後の対策として、次のツアーから、周りの騒音などを防ぐ効果のあるイヤーマフ(防音保護具)の貸し出しを始めると宣言。また、子育て世代に向けて、子どもと一緒にライブに参加する際は、イヤーマフや耳栓などを用意するよう呼びかけた。

今後、俺たちは次のツアーから、イヤーマフ(子ども用の防音ヘッドフォン)の貸し出しを始めようと思います。けれども、それは忘れた人や、そもそもそうした器具の存在を知らなかった人たち用だと考えてください。また、子どもたちの耳を守る必要性を知ってもらうためにも貸し出しを行います。同時に、児童のイヤーマフの着用を入場時のチェック事項に盛り込むつもりです。

「アジカンからのお願い」, 2018/7/18)

子どもの健康に配慮した決断に対し、Twitterでは、「アジカンの提案、素晴らしいです」など賞賛するコメントが寄せられている。

日本最大のロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL」でも、公式グッズとしてイヤーマフが新たに発売された。20dBの遮音性があり、ヘッドバンドでサイズを調整できるという。20周年を迎えるフジロックでは、近年、子連れの参加者も増えている。

子どもと一緒に安全にライブを楽しみたい人にとって、運営側にこうした配慮が行き届いていることは心強い。



「膝小僧をお仕置きする仕事」だけで生活している人がいるらしいので話を聞いてみた

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こんにちは!若手芸人、そして駆け出しライターの森本ピンチです。 突然ですが、とんでもない人がいるという噂を耳にしました。 どんな噂かというと… えどういうこと? 聞いたこともなければ想像も付かない職業ですが、調べてみ […]


「一発屋芸人には才能がある」 髭男爵・山田ルイ53世さんは断言する

「あの人、最近消えたよね」

「今テレビに出まくってるけど、すぐ消えそう」

ネットで、飲み会の席で、しばしばこんな風に話のネタにされる「一発屋芸人」たち。彼らの人生にスポットライトを当てた書籍『一発屋芸人列伝』(新潮社)が5月に発売され、反響を呼んでいる。

著者はお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さん。自らも「一発屋芸人」の1人だ。貴族風の衣装に身を包み、「ルネッサ〜ンス!」とワイングラスを掲げる”乾杯ネタ”でお茶の間の人気者になった。

山田さんが筆を取るモチベーションになったのは、「一発屋芸人」と称される彼らが心ない言葉で評価されてしまうことへの「悔しさ」だったという。

ネットが普及し情報があふれる現代社会では、目まぐるしいほどのスピードでブームが移り変わる。一発屋芸人たちは、まるで突風を起こすかのようにテレビ界に颯爽と現れ、話題をさらい尽くしたあと、人知れずブレイクの波から去っていく。

レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモ、とにかく明るい安村、波田陽区…。

『一発屋芸人列伝』の目次には、かつてテレビで脚光を浴びた芸人11組の名が並ぶ。

波田陽区(2015年撮影)

ハローケイスケ(2015年撮影)

髭男爵(2015年撮影)

「正統派漫才」とは一線を画するその芸風ゆえか、彼らは「嘲笑」の的になりやすい。テレビでも、Twitterでも、メディアでも、ブームが過ぎた後は「消えた芸人」として扱われてしまう。

「ネットでエゴサーチをしていると、誰かもわからない人に『おもんない』と言われたりして。『いやいや、おもろいから売れとんねん』とも思いますし、『なんでそんなこと言われなあかんねん』と。幼稚な怒りですけど、悔しさみたいな感情があって、根源的なところではその単純な思いがモチベーションになっています」

山田さんはそう話す。一貫して主張するのは、一発屋芸人は才能を持った人たちである、ということだ。

「みんな1回大きく売れただけあって、才能豊かで、しっかり芸の発明をしていたことが取材を通して再確認できました。全部に、みんなのギャグに理由があるというか。一発屋芸人はただ奇をてらってやっている、と思われがちなんですけど、実は全然違う。あまり芸人の立場からお客さんに向けて言うことじゃないんですが、まあ、僕1人ぐらい言う奴がいてもいいやろう、と思っています」

「売れるにはそれなりの理屈というか、ちゃんとした仕組みがある。それぞれの芸人の生い立ちから彼らが過ごしてきた人生、芸人になってから売れるまでの暮らしとか思いみたいなものが『フォー!』(レイザーラモンHGの決めポーズ)になったり、『右から来たものを左に受け流すの歌』(ムーディ勝山の持ちネタ)になったりするんです」

山田さんはそう話す。芸人が芸人について書くことの難しさはあったが、”傷の舐め合い”にならないよう、距離感に気をつけたという。

時にはツッコミを入れながら、フラットだが愛のある視点で芸人たちの個性とおもしろさをありありと映し出し、編集者が選ぶ「第24回雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。

レイザーラモンHG(2005年撮影)

ムーディ勝山(2015年)

『一発屋芸人列伝』が描くのは、テレビを見ているだけでは知ることができない、芸人たちの「素の顔」だ。ともすれば「イメージダウン」してしまうかもしれない一面ですら、赤裸々につづられている。

例えば、かつて「なんでだろう〜♪」のフレーズで一世を風靡したテツandトモ。現在は地方営業で大人気の彼らだが、作中には彼らのプロフェッショナルな一面を物語る、こんなエピソードが紹介されている。

テツandトモ含む一発屋芸人が出演するバラエティー番組の企画で、当時天才子役として注目を浴びていた芦田愛菜さんがゲストとして登場した時のこと。芦田さんが「なんでだろう〜♪」のリズムに合わせて番宣をするという内容だったが、こんなハプニングがあったという。

途中、愛菜ちゃんが上手くリズムに乗れなくなり、釣られて、テツも言い淀む。

次第に展開がグダグダになってきたその時、

「お前がちゃんとやれよ!!」

トモの、ツッコミと呼ぶにはあまりにも剥き出しの苛立ち……怒りが爆発した。

一気に緊張感を増す「旬じゃないルーム」(※)。息を呑む一発屋の面々。何より、天才子役の顔が引きつるのを筆者は初めて見た。

以来、トモがどれだけニコヤカに振る舞っていても、

(本当は”あれ”なんだ……)

未だに、あの空気が忘れられない。

P.78〜P.79より / ※編集部注:番組内の企画名

その後の山田さんのインタビューで、トモさんは当時の心境について、「ちゃんとしたかった」「営業でも、30分でと言われたら、30分で終わらせたい」と振り返ったという。プロ意識に徹するがゆえの、相方への厳しい叱責だった。

テツandトモ(2003年撮影)

プロの現場で起きたことだ。でも、もしこの一幕をお茶の間の子どもたちが見たり、知ったりしたら、どうなるのだろう…。こんな生唾を飲み込んでしまいそうなリアルな出来事も、山田さんはあるがままにつづっている。

「夢、壊れました?」と、山田さんはどこか”してやったり”の表情で笑う。

「本来、お茶の間の皆さんというか、お客さんでもある『視聴者』に伝えるべきではないことを書いてますからね」

「基本的に、ここに書いてる人たちの話は、全部芸人さんにも事務所にも原稿チェックをしていただいてます。でも『ここは切ってくれ』みたいのはなかった。テツトモさんも『大丈夫です、書いてください』というスタンスだったんで、逆に『すごいな、潔いな』というか。プロ意識が高いんです、テツトモさんは。特にトモさんは」

同著は月刊誌『新潮45』の連載を書籍化したものだ。「子どもは読者のターゲットと考えていない」と前置きしつつも、山田さんはこう話す。

「ただ、僕はそういうところも大人は子どもに見せるべきやな、とも思っていて。たとえば、今は何でも『0か100か』、わかりやすい味しか子どもに教えない。大人ですら、それこそネット空間とかでは、本当に『勝ちか負けか』みたいな、この2つしかない状況が多いですよね」

「いずれにせよ、みんなで叩いたり持ち上げたり、不気味なほどに二極化しているというか、単純な味しかみんな理解しないようになっている。そういう意味では、この本に載ってる人たちの人生は非常に複雑で、芳醇で、発酵食品のような味わい深いものだと思います。それがいいな、と思いますし、伝わってほしいと思うんです」

世間から「消えた」と言われる一発屋芸人たちの”その後”の人生は多様だ。

ラップ芸のジョイマンは、Twitterで「消えた」と呟く人たちに「消えてないよ!」と次から次へとメッセージを送ったり、お客さんが1人も来ないサイン会の様子をツイートしたりして、話題を呼んだ。波田陽区は福岡で再起を図っているところだ。キンタロー。さんはテレビ番組の企画で社交ダンスに打ち込み、日本代表に選ばれた。

ジョイマン(2015年撮影)

キンタロー。(2014年撮影)

「一発屋」として一世を風靡した彼らは、また大きな花火を打ち上げるために、今もしのぎを削っている。

芸能人に向かって、大上段に構えて『お前なんかおもんないわ』というのは自由ですけど…その意見に対して『そういうお前は何様やねん』と心の中でツッコんでいる人もいるはずで。去年テレビ番組で、その厳しい目を自分自身に向ける勇気はあるのか、みたいなことを言ったんですが、そういう意味でこの本に登場する人たちは、その厳しい目をみんな自分に向けています。本当に、1番厳しい目を自分の人生とか芸に向けている人たちですから

最終章では、自らのコンビ・髭男爵について書いた。

担当編集者から「最後は髭男爵で」と言われていたが、半年間は拒み続けたという。「相方のことをちょっと悪く書いて逃れるっていう迂回の仕方をしてます」と言いつつも、悩んだ末につづった自らの「列伝」には、まさしく「発酵食品のような味わい深さ」がつまっていた。

相方・ひぐち君との哀愁入り混じった「コンビ仲」が特に印象的だ。「コンビを組んで2、3年は、『どうせ樋口は帰る場所がある人間だ』と余り信用もしていなかった」(P.221)とドライな本音も赤裸々につづられた。

山田さんは中学生から芸人になるまでの6年間、引きこもりを経験している。これは2015年に自伝『ヒキコモリ漂流記』が出版され、広く知られたことだ。

「追い詰められていましたから、やっぱり。20歳まで6年間引きこもっていて、本当に社会の一員でも何でもなくなっていた状況でずっと生きていたもんですから。もう誰の言うことも信用できない、みたいな感じになっていたんですね」

その追い詰められていた時期に「髭男爵」の一員としてスタートを切った、10年後。”挫折”の日々を微塵にも感じさせないような、明るい「ルネッサ〜ンス!」のかけ声で、山田さんとひぐち君はブレイクした。試行錯誤し、笑いを追求した結果の大ヒットだった。

髭男爵(2009年撮影)

「視聴者」である私たちは、テレビに映る芸人たちの「本当の顔」を知らない。テレビの向こう側にいる彼らが何を思っているのか、本当はどんな人でどんな人生を送ってきたのか、「表」を映し出すだけのバラエティー番組を見て推し量ることは難しい。

だからこそ、「消えた」なんて後ろめたさを持たずに言えるのかもしれない。けれどもう少し、その前後のドラマにも、思いを馳せてみたい。

「ここまで来たらね。50歳とか60、70歳ぐらいになっても、シルクハットをかぶってひぐち君もあんな格好して、『何とかかーい』とか言うてたら、逆におもしろいかな、ということで。今はコンビとしてはそこを目指してます」

ひぐち君はワイン道を極めるために、「ワインエキスパート」の資格を取得した。髭男爵の2人のコンビとしての活動は、今は地方営業が主だという。数ある「一発屋芸人」たちと同じように、もちろん、山田さんの芸人人生も続いているのだ。



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