アート&カルチャー

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浦沢直樹『MASTERキートン』はブレグジット迷走の謎を知る最良の教材

浦沢直樹、勝鹿北星、長崎尚志『MASTERキートン』(小学館)

英国・アイルランドでは、頭文字を大文字で表記する「The Troubles」という特別な言い回しがある。日本語として定着している「トラブル」という一般名詞のイメージとは違い、この言葉には血生臭い歴史が染みついている。テロや弾圧で3000人以上の死者を出した北アイルランド問題を指す婉曲表現だからだ。

当初は2019年3月末にセットされていたブレグジット(英国のEU=欧州連合=の離脱)は、ギリギリで先送りとなり、なお英政界の混乱で先が読めないカオスが続く。この迷走の最大の要因はEU加盟国であるアイルランドと英領である北アイルランドの間の国境、いわゆる「アイリッシュ・ボーダー」問題だ。なぜ、わずか500キロほどのこの国境が解決不能な難題なのか、日本人には理解に苦しむところ。このTroublesの根深さを肌感覚で知る格好の教材が『MASTERキートン』(小学館)だ。

「ギャング同士のケンカ」

日・英ハーフの英国人、平賀=Keaton(キートン)・太一を主人公に据えた本作は、1988年から1994年までビッグコミックオリジナルに連載された浦沢直樹の代表作の1つ。キートンは考古学者、英特殊空挺部隊SASの元隊員、探偵(保険会社ロイズの調査員=オプ)という3つの顔を持つ。このユニークな経歴のキートンが様々な事件に巻き込まれ、冷戦終結前後の複雑な国際情勢を反映したスリリングなストーリーや、依頼人やキートンの家族・友人のヒューマンドラマが展開される。

世界各国を舞台にした作品の構えの大きさはさいとう・たかをの『ゴルゴ13』(小学館)に通じるものがある。主人公が軍事・サバイバルや、歴史、国際情勢について広範な知識をもつ「プロ中のプロ」なのも共通項だ。だが、冷徹なゴルゴとは対照的なキートンの柔らかな人柄が魅力となり、読み味は全く違う作品になっている。私は断然「キートン派」で、学生時代から何度も再読している。

『MASTERキートン』では、たとえば「穏やかな死」の回でTroublesが題材となっている。アイルランド統一を目指す武闘派組織IRA(アイルランド共和軍)の一員として爆弾製造を受け持ってきた男の「変節」と、キートンの数奇な巡り合わせが印象深いエピソードだ。

さらにこのテーマに真正面から踏み込んだのが、「偽りの三色旗」と「偽りのユニオンジャック」の連作。三色旗はアイルランドの国旗を指す。ストーリーの軸となるのは、作中で「ギャング同士のケンカ」と表現されるIRAとSASの報復合戦で、その根っこにはIRAと英国の泥沼の闘争の発火点となった1960年代の英軍派遣がある。数百年におよぶ英国の搾取・弾圧に苦しんだアイルランドの苦難の歴史や、北アイルランドの成立後に続いた少数派のカトリック教徒への差別にも言及し、連載当時にはリアルタイムの難題、まさにTroublesだったことが生々しく迫ってくる。

2014年に単行本が発売された待望の新作『MASTERキートン Reマスター』(浦沢直樹・長崎尚志、小学館)に収められた「ハバククの聖夜」でもTroublesが取り上げられている。北アイルランド問題は1998年のベルファスト合意(Good Friday agreement)以降、小康状態にあるが、同編に登場する元ロンドン警視庁警部の老人が漏らす一言が、Troublesの根深さを象徴する。

曰く、「休戦中だ。平和は戻っちゃいない」

深刻な問題はTroublesの再燃

実際、Troubles は、ブレグジットの行方如何で「休戦」が壊れ、テロが再開しかねない危うさを抱える。日本ではあまり大きく報じられなかったが、今年1月、北アイルランド第2の都市ロンドンデリーで自動車爆弾とみられるテロがあった。幸い犠牲者はなかったが、通行人がいれば確実に死者が出ていたであろう規模の爆発だった。

同じEU加盟国として国境が完全開放されている現状は、私自身、2016年春から2年のロンドン駐在の間にダブリンからベルファストまで鉄路で旅した際に実感した。あの、本当に何の境もない、日々何万人もが行き来する名ばかりの境界線に、厳格な国境(ハードボーダー)が復活するとは、とても想像できない。

だからこそ、仮にそれが現実になれば、IRAの残党を刺激して「平和の均衡」が崩れる恐れは大きい。一方、開いた国境を維持するために北アイルランドをイギリス本島から切り離すようなスキームは、現政権に閣外協力する地域政党DUP(民主統一党)など英国の一体性を重視する勢力が絶対に飲まないだろう。

いわゆる「合意無き離脱」のリスクについては、ヒト・モノ・カネの移動が滞ることによる経済的な打撃に目が向きやすい。日本や企業への直接の影響としては、それは間違いではない。だが、英国とアイルランドにとって最も深刻な問題はTroublesの再燃なのだ。最悪期にはIRAがロンドン中心街でも次々とテロを仕掛け、王室メンバーにも犠牲者が出ていることを忘れてはならない。

『MASTERキートン』は、このTroublesを血肉の通うヒューマンストーリーとして描き切っている稀有なマンガと言えるだろう。そこには、歴史書や解説記事では伝えきれない、物語のもつ共感を呼び覚ます力がある。

「あの時の海の色」

さて、ここまではホットな話題に引き付けて語ってきたが、Troublesという題材は『MASTERキートン』の魅力のほんの一部でしかない。他の国際情勢に材をとったエピソード群も深みや切れ味十分で、考古学者としての夢を追い続けるキートンの苦闘や、魅力的な脇役たちの繰り広げる歯切れの良い短編集のような物語にも、時折再読したくなる魅力がある。ウンチク好きの私には、挿入される豊富な史実やトリビアも楽しみの1つだ。

そして、私にとって本作の最大の美点は、冷徹な国際政治や気まぐれな歴史に振り回される人々の悲哀をテーマとする回が少なくないのに、本作全体には人間賛歌という言葉がぴったりな温かさが貫かれていることだ。必ずしもハッピーエンドと言えないエピソードでも、読後感はどこか清々しい。

タイトルの「MASTER」は、考古学修士課程修了というキートンの学歴だけでなく、SASのサバイバル教官としてのキャリア、フェンシングの「達人」など多面的なキートンの来歴を包含したダブルミーニング、トリプルミーニングとなっている。

最後に、本作で私が一番気に入っている「MASTER」の側面について触れたい。

「瑪瑙(めのう)色の時間」は、少年時代のキートンが休暇を過ごした母親の故郷・コーンウォールでの思い出話を軸に話が進む。しがないバス運転手のワトキンズは、地元の少年たちから浮いている「別荘組」のキートン少年の友人となり、こう語る。

「坊やはきっと人生の達人(マスター・オブ・ライフ)になれるぞ。俺の人生のテーマなんだ」

その後、小さなトラブルがあり、ワトキンズはキートンを慰めるため、美しい朝の海が見える秘密の場所に連れていく。ワトキンズは言う。

「人生の達人はどんな時も自分らしく生き 自分色の人生を持つ」

時は現代に戻り、瑪瑙色に染まる海を見る時を共有した少年時代の思い出を自分の娘に語ったキートンは、こう話す。

「お父さん まだ人生の達人どころか、自分の人生もわからない。でも、あの時の海の色は忘れない」

(高井浩章)

(2019年4月3日フォーサイトより転載)


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「メガドライブミニ」が令和初のゲーム機に? 収録タイトルの紹介映像を公開

メガドライブミニW

セガゲームスは本日(4月3日)、各販売店で令和最初の(セガ公称)新型ゲーム機「メガドライブミニ」の予約受付を開始しました。コントローラー1個同梱版は6980円、2つ同梱の「メガドライブミニW」は8980円(以上、税抜)。発売予定は9月19日となっています。

去る3月30日、メガドライブミニは「セガフェス2019」にて発売日を正式発表。それから数日後に、早くも予約がスタートしました。記事執筆時点では、アマゾンでは基本セットの「メガドライブミニ」が7538円(税込)で販売中。「メガドライブミニW」は早くもプレミアム価格が付いています。

が、セガストアでは両バージョンとも定価で予約受付中。ここだけの専売商品として、コントロールパッドも単品で扱われています。

さらに豪華パックの「メガドライブミニ DXパック セガタイトルコレクターズエディション」も用意。厳選されたセガタイトルのミニカートリッジが付属し、それらを収納し展示できる特製額縁パネルをセットにしているとのこと。部屋に入ったとたんに、誰がどう見てもメガドライバーとしてのアイデンティティーが立証できそうなコレクターズアイテムとなりそうです。

これと合わせて、メガドライブミニの本体および収録タイトルの紹介映像もYouTubeにて公開。いずれも、当時のテレビCMに出演したいとうせいこう氏自らがナレーションを担当する懐かしささく裂の作り。

「復刻不可能と言われた幻のタイトル」も予告されており、交渉の手間がかかりそうな某ギャグ漫画(「さん」ではなく「くん」)原作ものタイトル等の予想がはかどるかもしれません。

 関連記事

(2019年4月3日Engadget 日本版「令和の最新ハード・メガドライブミニ、予約受付開始。豪華版のコレクターズエディションも用意」より転載)


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「よしお兄さん」こと小林よしひささんがブログ開設 「おかあさんといっしょ」卒業から2日、所属事務所も決定

NHK「おかあさんといっしょ」の11代目体操のお兄さんで、3月30日に番組を卒業した“よしお兄さん”こと小林よしひささん(37)が4月1日、オフィシャルブログを開設した。
「卒業からの~」というタイトルの初記事では、「はじめまして!!よしお兄さんです!!」という書き出しで、右腕の筋肉を見せる笑顔の写真を投稿。「これから色んなことを伝えたり挑戦していきたいと思います💪」と意気込みをみせた。

さらに、所属事務所が、萩本欽一さんや小堺一機さんなど大勢のタレントを抱える芸能事務所「浅井企画」に決定したことも報告。
今後について「教育関係のお仕事にもしっかり力を注いでいきたい」と意欲をつづり、「自分の会社も立ち上げました。これは長年の夢でもありました。しっかり勉強して頑張っていきたいと思います!」と決意表明した。

 小林さんは、2005年4月〜2019年3月まで「おかあさんといっしょ」の体操のお兄さんを歴代最長の14間務めた。浅井企画のプロフィールには、趣味の欄に「筋トレ」「アクロバット(バック転、バック宙、倒立など)」「ワンピースを読む(マンガ全般)」などが挙げられている。


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ジャスティン・ビーバーが音楽活動休止を宣言 「僕はハッピーじゃなかった」

世界的人気歌手のジャスティン・ビーバーさんは3月25日、公式Instagramで音楽活動を一時休止することを明らかにし、現在の心境を綴った。

 一時休止する主な理由については、自らの精神状態と家族・健康面に言及した。

公式Instagramに投稿された長文のメッセージでは、「皆も見ていて分かったと思うけど、前回のツアーで僕はハッピーではなかった」「活気があって、エネルギッシュなコンサートを観るためにお金を払って来てくれているのに、ツアーが終盤を迎えようとしていた頃、僕の気持ち的には、それ(魅力的なコンサート)を届けることはできなかった」と心情を吐露した。

音楽活動休止を宣言したジャスティン・ビーバー

さらに、「音楽は僕にとってとても重要なものだが、自分の家族と健康がなによりも大切なんだ」と語った。

コメント欄には「体調に気をつけて」「復帰を待っています」「愛しています」などと、様々な反応が寄せられている。

一方でメッセージの終盤には「できる限り早く、最高のアルバムとともに復活したい」と、早い復帰にも意欲を見せた。


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ブリトニーのヒット曲たちがミュージカルで帰ってくる。

2018年のツアーでパフォーマンスをするブリトニー・スピアース

この世界的ポップスターのファンにはかなり嬉しいニュースが飛び込んできた。

3月12日、ブリトニー・スピアースの楽曲から23曲が織り込まれたミュージカルが製作されると発表された。

「ワンス・アポン・ア・ワン・モア・タイム」と題するこのミュージカル・コメディは、彼女自身の人生についての話ではない。

この舞台は他のプリンセスたちの物語であり、馴染み深いおとぎ話のヒロインである白雪姫やシンデレラ、ラプンツェルや眠れる森の美女などがステージを飾る。

「ワンス・アポン・ア・ワン・モア・タイム」は、シカゴで2019年秋にデビューを飾り、その後ニューヨークのブロードウェイで2020年の公開を目指す。

「私の楽曲でミュージカルができるなんて最高に嬉しい。特に子供のときによく見て大好きだったキャラクターたちがいる、夢のような世界を描けるなんて」スピアーズは「夢が叶ったみたい」とコメントした。

ショーでは、プリンセスたちの生活が「意地悪なおとぎ話の継母」によってかき乱される様子が描かれる。発表によると、継母がフェミニスト本の古典とも言える、ベティ・フリーダンの「新しい女性の創造」を読書クラブで紹介するストーリーだという。

「プリンセスたちはその密閉された世界からモダンな価値観を知るようになり、第2、第3のフェミニズムの波を経験する。このストーリーは、今の基準がどこから来たのかと私たちにも問いかける」と作家のジョン・ハートメアは、New York Timesに話した。「でもすごく楽しくて面白いよ」

このミュージカルはトニー賞にノミネートされたクリスティン・ハンギィ(「
ロック・オブ・エイジズ」)が監督、 キオネ&マリー・マドリッドが振り付けを担当する。

ハフポストUS版の記事を翻訳、編集しました。


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これは、あなたを眠りにつかせ、目覚めさせる物語だ。気づけば本棚に8冊ある本の話

人間であることを確かめたくない作家がふたりいる。
どちらも現代に生きているのだから、会おうと思えばたぶん会えるのだし、実はそのうちのひとりには直接サインを頂戴したこともあるのだが、まだ信じたくない。
知ってしまったら、人の遠近法が崩れてしまう気がする。

神聖視をしすぎるあまり、自室や店には、同じ本がいくつもある。仕入れたというより、たんに、見つけると買ってしまうのだ。お金もないのに、それらを前にするとなにかがおかしくなってしまうようだった。

今まででいちばんたくさん集めてしまったと思われる本では、文庫と合わせると7冊所有していたこともある。これだけあると、ちょっとした間違いとも言いようがなく、友達にあげるにしても限度があり、本棚に点在させてみてもやたら目立つ。それでもあるだけで安心するので、持ち出す用の文庫、眺める用のハードカバーと使い分けて、至福を感じていた。

無闇な収集癖は、本屋をはじめることになってだいぶ落ち着いてきたのだが、つい先日、こんなことがあった。

店の取材のあと。ライターの方がかばんからなにかを抜き取り、わたしに差し出した。「お好きだと言っていたので」と言われ、つい素直に受け取ってしまう。見るとそれは、箱に入った1冊の本だった。わたしが崇拝するふたりの作家のうちのひとり、幻想小説家・山尾悠子の『ラピスラズリ』。7冊持っていたこともあるという、その本である。

聞けば、サインが入っているという。「そんな特別なものを」と思う気持ちの一方で、わたしのなかに悪いくせが頭をもたげ、舞い上がったまま、キットカットと引き換えにありがたく受け取ってしまった。8冊目となったその本はまだ開くことのできないまま、自室の本棚のなかに置いてある。

山尾悠子『ラピスラズリ』(ちくま文庫)

1冊の本を紹介する機会をいただいたとき、すぐに承諾してから、考え込んでこの本に決めた。わたしにとって大切な本であることはもちろんだが、しかも本当は必要としている人が、まだこの本に出会わずにいることもあるように思ったからだ。

『ラピスラズリ』には高校生のとき、当時通いつめていた新刊書店で出会った。
幻想小説、SF、ミステリなどが並ぶ本棚のなか、わたしは気になって抜き出しては、恐れをなしてしまい込んだ。きれいな青色の、かたい箱に入った本は、厳かな雰囲気をかもし出していた。本を出して開くだけでも、そわそわしてしまう。
何度も本棚の前に立ち尽くしたが、結局当時のわたしには買うことができなかった。

そういうわけで、はじめて読んだのは文庫化されてからだった。発行は2012年とあるから、大学生になってからのことだ。本を開いたわたしは、物語のはじめに書かれた「睡眠不足で赤い眼をした画廊の店主」の台詞に心のすべてを連れて行かれてしまう。それからは、幾度となく読み返し、本屋で見かけるたびに買い集めた。

『ラピスラズリ』は「銅版」「閑日」「竈の秋」「トビアス」「青金石」の5篇から成る、連作長篇小説だ。〈冬眠者〉を取りまく、眠りと覚醒の物語である。
〈冬眠者〉という言葉だけで、落ち着かない気持ちになる。小学生のときに読んだ萩尾望都の漫画『ポーの一族』のせいか、わたしは自分と違う、しかしこの世界にいてもおかしくない者たちに、憧憬を抱き続けている。

『閑日』『竈の秋』で描かれるところによると、〈冬眠者〉は、冬になると鍵を掛けて眠り、春になると目覚める人びとだ。そういうことになっている。それはその体質というよりもむしろ身分制度であり、文化ともいえる。〈冬眠者〉たち、世話をする召使いたち。そして〈ゴースト〉、それから……。数多くの登場人物たちは、ただそこに存在し、動いている。そしてそのうつくしすぎる別世界は、読み進めればいともたやすく読者自身と接続される。そのことに、心を動かされないわけはない。

昨夜、わたしは布団の上にクッションを重ねてもたれかかって文庫版の『ラピスラズリ』をめくっていた。午前1時前、いつもならもう眠っている時間だが、「駄目——眠ってしまっては駄目よ。起きていなければ。きのう話したことを覚えていないのね」と、〈ラウダーテ〉が言う。わたしは眠いまぶたをこすり、読むことをやめられないでいた。こんなふうに夢中で読みふけるのは、久しぶりのことだった。わたしは〈ゴースト〉のように物語に入れてもらい、人形のひんやりとした感触を得る。舞台は深夜営業の画廊、〈冬眠者〉の館、東の国、西暦1226年のアッシジ近郊へ。

物語を読むときには、そのなかに入り込みやすくするためのいくつかのやり方があると思う。
たとえば、心地いい温度の落ちつける部屋のなかにいること。ひとりきりの静かな時間があること。それから、登場人物の、情景の問いかけに、真剣に答えようと試みることだ。
本に慣れている人ならば造作もないことだろうが、わたしなどは、本のなかに問いかけを見つけても、あるいは見つけることすらできずに通りすぎてしまうことが多い。しかし、じっくり文字を見つめ、問いを、横たわる違和感を見つければ、書かれた言葉はすべて徴候となり、読者の身体は物語に合わせるようにして、伸びたり縮んだりしながら入り込んでいける。徴候はうねるように、わたしを、あなたを最後の1ページまで、そしてまたいちばん最初へと、導いていく。

気付けば午前2時をすぎていた。わたしは本から目を離せないまま、何度も巡るように読んでいた。布団のなかで夢心地になりながら何度も反復するのは、画廊の店主が〈わたし〉にいう台詞。

「画題(タイトル)をお知りになりたくはありませんか」

だれかに本をすすめることはむずかしい。でも、願わくばわたしの本棚に並べられるように、あるいはまったく違う形で、この本を必要とするだれかのそばにも『ラピスラズリ』があればいいと思う。今ではなくても、いつか。でも本はなくなってしまうことがあるから、できればすぐにでも。それはもしかすると、あなたを眠りにつかせ、あなたを目覚めさせる物語となる。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

山尾悠子『ラピスラズリ』(ちくま文庫)

今週の「本屋さん」

伊川佐保子(いかわ・さほこ)さん/ほんやのほ(東京都中央区)

どんな本屋さん?

2019年2月1日、東京メトロ日比谷線小伝馬町駅より3分のビルの2階にオープンした会員制本屋です。入会資格は「なんだか本が気になること」。山尾悠子『ラピスラズリ』は「ほんやのほ」でも販売中です。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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秋元康氏は「憂慮されておられます」 山口真帆さんの暴行事件についてAKS会見

アイドルグループ「NGT48」メンバーへの暴行をめぐる問題で、記者会見し謝罪する運営会社「AKS」の松村匠取締役(右)ら=3月22日午後、新潟市

NGT48の山口真帆さんがファンの男性2人に暴行を受けた問題をめぐり、運営のAKSが3月22日、第三者委員会による調査報告書について記者会見で発表した。

出席したのは、AKSの運営責任者兼取締役・松村匠氏、NGT48劇場支配人・早川麻依子氏、同劇場副支配人・岡田剛氏の3人。

約3時間にわたる会見で、松村氏らは「事件そのものにNGT48のメンバーが関与した事実はなかった」などと記された第三者委員会の報告書について説明したが、会見中に山口さん本人が運営側に反論するツイートを投稿。記者からツイート内容の真偽について問われ、釈明に追われた。

【関連記事】山口真帆さん、NGT運営の記者会見中にTwitterで反論 「(劇場での)謝罪を要求されました」

質疑応答では、AKB48グループの総合プロデューサーを務める秋元康氏についても質問が飛んだ。この件をめぐっては、秋元氏は現時点でコメントを一切発表していない。

取締役の松村氏は、「(秋元氏は)やはり憂慮されておられます。早くこのNGTが次の道へ進めるようになりたいという風に考えておられると思います」と代弁。

秋元氏が公にコメントしない理由について問われると、「NGTの運営ということに関しては、弊社AKSが全権を握っております。それを全面的に対応しております。報告書の中にございましたように、秋元さんはクリエイティブのところを中心に担当されているので、ということでご理解いただければと思っております」と説明した。

調査報告書の内容は?

調査報告書によると、山口さんは12月8日、公演から帰宅後にファンから顔をつかむ暴行を受けた。

第三者委員会は、メンバー送迎時の安全対策や居住地の管理が適切に行われていなかったことなど、AKSの運営上の問題を指摘している。

山口さんは1月にTwitterを通して「事件に関わっていたメンバーがいる」と訴えたが、同委員会は「事件そのものにNGT48のメンバーが関与した事実はなかった」と報告している。

一方で、一部メンバーとファンの間に「私的領域におけるつながり」があったとも報告した。この「つながり」についてAKSは「不適切」としながらも、組織運営に問題があったことを理由に、メンバーへの処分は行わない意向を明らかにしている。

AKSは、「調査結果を厳粛に受け止め、指摘された不備を改善することに全力で取り組む」とした上で、男性2人(12月28日付けで不起訴処分)に対して民事上の法的措置を検討しているという。


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ピエール瀧出演作の“自粛ムード“に東映が一石投じる。白石和彌監督「過去作を一律でなくすのは、文化にとって損失」

”自粛ムード”に一石を投じることになるかーー。

映画配給大手の東映が、麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたピエール瀧容疑者が出演する作品「麻雀放浪記2020」について、予定通り4月5日にノーカットで公開すると発表した。

3月20日に東映で開かれた記者会見には、同社代表取締役社長の多田憲之氏と、「麻雀放浪記2020」の白石和彌監督が出席。

製作委員会や社内で協議を重ねた結果、劇場公開の決断に踏み切ったことを発表した。批判が起きることは覚悟の上という。

芸能人が不祥事を起こした時に、関連作品が“自粛”の対象になるケースは多い。しかし、その風潮については「過剰ではないか」とする意見もあり、賛否両論が巻き起こっていた。

多田社長は「個人としても、ちょっと『行き過ぎだな』という印象は持っていました」と見解を示し、「映画会社の責任として公開したいと社員に伝えて、(作品に関わる)皆さんを説得しましょうとなった」と話した。

白石監督は、「議論なく一様に決まったかのように蓋をしてしまうことはよくないのでは、と個人的に思います」と投げかけ、「過去作まで一律でなくすのは文化にとって損失だと思うので、そろそろガイドラインなり何かを作るべきではないかな、と思っています」と提案した。

会見での質疑応答の主なやりとりは以下のとおり。

——製作委員会の出資企業からは様々な意見があったと思うが、どのような声があがったか

多田社長:製作委員会の各社の皆さんと何度も協議を重ねた。

各社それぞれの意見が違う中で、いろんな議論があったのは事実です。また、現在も議論が続いている。ただ、配給を受け持つ弊社としては、時間が迫っている中で早く決断を出したい、そして製作陣の思いも含めてなんとか完全な形で作品を提供するのが配給会社の責任であろうという思いで、ノーカットで配給することを決断しました。

このことはまだ劇場もご存知ないと思うが、劇場からどういうリアクションがあるかということも考えながら、公開することには強い意志を持っています。

記者会見する東映・代表取締役社長の多田憲之氏

——公開時のスクリーン数は

多田社長:現時点では51スクリーン。(上映できないという劇場側からの意見は)現時点ではございません。

——「作品に罪はない」という世間の声が上がっているが、こういった声をどう受け止めているか

多田社長:不祥事や事件があると、公開が中止になったり延期になったり、編集し直すなどの対応をしている。

映画会社や製作委員会のご判断だと思いますが、東映として、また個人としても、ちょっと「行き過ぎだな」という印象は持っていました。役者とスタッフ皆で総力をあげて作ったものをボツにしていいのか、ということに関しては疑問を持っていました。

ただ、こういう出来事が東映に起きるとはほとんど思っていませんでした。当事者になったことで、私自身も悩みました。

個人の会社ではなく株式会社でもあり、コンプライアンスという問題もある。映画会社の責任としてここは公開したいと社員に伝えて、(作品に関わる)皆さんを説得しましょうとなった。

白石監督:作り手としての意見ですが、基本的な姿勢としては、作品に罪はないという姿勢でいいとは思う。

劇場が上映できないとか、どういうテーマの映画なのかとか、役者が犯した罪がどういう質のもので、その役者がどういうポジションにいるなど、いろいろな状況はあると思います。

その辺の議論なく、一様に社会の流れの中で決まっているかのように蓋をしてしまうことは良くないんじゃないか、と個人的には思います。

「上映できない」というのがあくまでも特例であってほしい、というのが僕の願いです。 

白石和彌監督

——ピエール瀧容疑者に対する今の率直な気持ちは

白石監督:僕を監督として大きく引き上げてくれた一人。

僕自身、彼が持っているキャラクターと男っぷりの良さとか、いろんなところに男惚れをして、通算5本仕事をしていました。

ニュースの中でも20代から(禁止薬物を)やっているとあったが、少なくとも、仕事している時はそういう兆候は僕にはわからなかった。

薬物を過去の作品で描いている中で、こういうことが起きたのは本当に残念ですし、瀧容疑者のスタッフやファン、家族がどういう思いをしているかは言葉にできない。

本当に今は「馬鹿野郎」としか言いようがないし、これからどういう人生を歩んでいくのかわからないし想像できないが、自分の罪をちゃんと反省して、まずは治療して、人として歩いてほしいという思いしかないです。 

——自粛に関して「行き過ぎ」という話もあった。公開にあたり、コンプライアンスやリスクマネジメントという観点で問題ない、という判断か

多田社長:ここ10日間くらい、製作委員会と社内で話し合った中で厳しい判断をしていったんですが、マニュアル的にやることが果たしていいのかという疑問は持っている、という意味です。

コンプライアンスという意味であれば、社内でも「公開はおかしいんじゃないか」という声はあるかもしれませんけれども、真摯に説得してまいりたいと思います。

また、少々株価が落ちるかな、ということは覚悟しております。

白石監督:僕からも一つ。逮捕されている現状で、公開をどうするか協議するのは当然で、そこで撮り直しをするか公開するか、その判断は各映画会社の判断するのがいいと思います。

あと、過去作ですよね。過去作まですべて選択の余地がないようにするのはさすがにどうなんだろうと思っています。

やっぱり、世に作品を放って公開も終わった状態であれば、観るか観ないかという判断は、ユーザーやお客様に判断を委ねるべきだと思います。

その代わり、今回はポスターや映画のスタートにテロップを載せたりするんですけれど、そういった注意喚起はあってもいいのかなと思います。

過去作まで一律でなくすというのは、文化にとって損失だと思うので、そろそろガイドラインなり何かを作るべきではとないかな、と個人的には思っています。

——作品の中身の確認だが、禁止薬物を使用しているシーンはあるか

白石監督:戦後のシーンで、和田誠監督の『麻雀放浪記』のように、ピエール瀧容疑者ではなく別のキャラクターが当時は禁止されていなかったヒロポンを打っているシーンがワンシーンだけあります。 

——ピエール瀧容疑者側に損害賠償を求める予定はあるか

紀伊宗之プロデューサー:損害賠償については検討しております。先方とのお話も一部始めております。

——前売りの払い戻しはあるか

紀伊プロデューサー:すでにムビチケを売っておりますので、こういう事件が起きたので、不愉快であれば払い戻しは対応します。

——出演者との間の契約上、このような問題が起きた時のペナルティーに関して明文化はされているか

紀伊プロデューサー:契約書ではペナルティーについての明文はされていません。 

——他の出演者と、公開についてやりとりはしたか?

白石監督:事件があってからみんなと会う機会がなかったので特にはない。主演の斉藤工さんとメールでやりとりは少ししました。

『凶悪』に出演したリリー・フランキーさんとは、「何でこんな残念なことになっているのか。あいつは何をやってるんだ」というようなやりとりはしましたが…みんな一様にびっくりしていました。

——損害賠償の対象は。何に対する賠償を請求することになるのか。また、DVDやブルーレイ販売についての対応は

紀伊プロデューサー:現状、まだ製作委員会で協議をしている。

これから、もしかしたら製作委員会から離脱をする会社が現れるかもしれません。その部分に関しては賠償の対象にはなるんじゃないかな、とは思っています。

劇場公開以降の二次利用については、製作委員会方式なのでそれぞれの担当者様の見解をお聞きしながら、今後どのような対応については改めて協議を続けていきます。


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ピエール瀧出演の『麻雀放浪記2020』、ノーカットで公開へ 東映が発表

記者会見する東映・代表取締役社長の多田憲之氏と白石和彌監督

映画配給大手の東映は3月20日、麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたピエール瀧容疑者が出演する同社配給の「麻雀放浪記2020」について、予定通り4月5日に公開すると発表した。瀧容疑者の出演シーンについてもノーカットで公開するという。

同作をめぐっては、瀧容疑者の逮捕を受けてレコード会社が関連商品の販売を自粛するなど波紋を広げており、公開の行方に注目が集まっていた。

「麻雀放浪記2020」より。

20日朝、東映・代表取締役社長の多田憲之氏と、同作の監督を務めた白石和彌監督が記者会見を開き、公開決定の判断に至った理由などを説明した。

多田社長は、賛否両論の意見が寄せられることは覚悟しているとしながら、「劇場での上映は有料であり、かつ鑑賞の意志を持ったお客様が来場し鑑賞するというクローズドなメディアでありますので、テレビ放映またはCM等とは性質が異なります」と述べた。

製作委員会や関係各社と協議をした結果、劇場公開の決断に至ったという。

また、出演者が不祥事を起こした際に劇場公開などを自粛する風潮についても触れ、「スタッフ皆で総力を挙げて作ったものをボツにしていいのかということに関しては疑問を持っていた」と考えを述べた。

「私自身も悩んだ。コンプライアンスという問題もある」としながら、「映画会社の責任として公開したいと社員に話し、(作品に関わる)皆さんを説得しましょうとなった」と話した。

なお、作品のポスターや上映前のテロップで、ピエール瀧容疑者が出演していることを明記するという。

監督を務めた白石和彌監督は、『凶悪』や『孤狼の血』などでピエール瀧容疑者とは何度もタッグを組んできた。「一緒に映画を作ってきた仲間がこういう犯罪を犯してしまったことに対して大変驚いた」と話し、「強い憤りを感じる」と葛藤を吐露した。

その上で、「(薬物は)絶対犯してはいけないという犯罪と思うが、作品そのものには罪はないんじゃないか」と考えを述べ、「嬉しく思っているとは言えないが、東映さんはじめ委員会各社の判断があって公開できることに、まずはホッとしているのが正直な気持ちです」と話した。

 

 

出演作の「自粛」問題に賛否両論

芸能人が不祥事を起こした時に、関連作品が“自粛”の対象になるケースは多い。

2019年2月に強制性交罪で起訴された俳優・新井浩文被告をめぐっては、公開予定だった出演作2作品のうち1本(「善悪の屑」)は公開中止が決まり、もう1本(「台風家族」)は公開延期が決まった。

こうした自粛の風潮が進む中、東映がノーカットでの劇場公開に踏み切ったのは、極めて異例の決断と言える。

瀧容疑者の逮捕報道は、音楽や映画、ドラマ、アニメ、ゲームなど、多方面に大きな影響を与えていた。

ソニー・ミュージックレーベルズは、瀧容疑者が所属するテクノユニット、電気グルーヴのCD・音源を回収および出荷・配信停止することを発表。

NHKは、オンライン配信サービスでの連続テレビ小説「あまちゃん」、大河ドラマ「龍馬伝」など過去作品の全話配信停止に踏み切った。

また、「キムタクが如く」の通称で人気を集めたプレイステーション4用のゲームソフト「JUDGE EYES:死神の遺言」も、販売自粛が決まった。

一方で、出演作が自粛の余波を受ける傾向については、「過剰ではないか」「作品そのものには罪はない」と指摘する声も寄せられている。

署名サイト「Change.org」では、電気グルーヴの作品自粛に反対する署名活動が始まり、20日までに5万3000件以上の署名を集めている。


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#inliving #まみむめもちお から考えるYouTube界の新ジャンル。「ルーティン」動画って何…?

YouTube界に新ジャンル「日常系」が登場 

いまYouTubeチャンネルに、いわゆる王道の「YouTuber像」を覆す新ジャンルが出現している。

YouTubeチャンネルといえば、HIKAKINやはじめしゃちょーに代表される「やってみた系」=マルチ系YouTuber、佐々木あさひのような美容系YouTuber、または兄者弟者のようなゲーム実況が主流だった。

だが、ここ最近、頭角を現しているのが「日常系」と呼ばれる新ジャンルだ。

百聞は一見に如かず、ご覧いただいたほうが早いと思うので、さっそくその代表格である2つのチャンネルを紹介したい。

 

【inliving.】

元女優の「りりか」が出演するチャンネル。もともとファンが存在したとはいえ、昨年10月からはじまったチャンネルにもかかわらず、すでに登録者数18万人という人気ぶりだ。

静かでスピードを抑えた舌っ足らずな語り口に、「ワセリン、コンシーラー、グロスのみ」とナチュラルメイクを想像させる化粧品、しかも購入品紹介は無印良品オンリー。彼女のキャラクターは、いわゆる「ていねいな暮らし」を心がける「自然派」の女性といったところだろうか。

最近公開された動画にも、彼女が浅草で購入したおみくじとお土産を静かに見つめたり折ったり説明したりするだけのものがあるが、それだけで約8万回視聴されている。

「inliving.」の強さは、「ていねいな暮らし」「自然派」を示す記号を随所に盛り込み、強靭な世界観が構築されている点だ(実はこのチャンネル、末永光という写真家がディレクションしており、ビジュアルの完成度の高さは当然といえば当然かもしれない)。

また、右手薬指にはめた指輪、たまに見せる遠くを見つめるような表情など、ミステリアスな雰囲気も漂わせている。一貫したキャラクター設定と、「もっと知りたい」と思わせるそうしたつくり込みが、ファンを惹きつけているのだろう。

 

【まみむめもちお】

元歯科衛生士の「もちお」によるチャンネルだ。こちらも、昨年4月に公開し登録者12万人と大人気である。

こたつやぬいぐるみなど、等身大の女性らしい家具や小物が雑多におかれた部屋で、普段着に半纏をまとった20代の女性が料理を作ったり食べたり掃除をしたりする。

チャンネル開設当初は、「逆立ちして牛乳を飲む」「1秒で500ml水を飲む」等の「やってみた系」動画を投稿していたが、最近はそうした「一人暮らし独身女性のリアルな日常」をそのまま撮ったような自然体の動画にシフトしている。

「食器洗いが面倒で溜めてしまう」「朝大慌てで家を出るので家が散らかってしまう」など、「面倒にならないよう食器はすぐ洗う」「朝は7時過ぎに自然と目が覚める」という「inliving.」のりりかとは対照的に、「ダメなところを積極的に見せる」姿勢が男女問わず共感を呼び、好感度を上げている。

日常系YouTuberの最大の武器は「ルーティン」動画

これら2つのチャンネルの武器は、どちらも「ルーティン」動画である。朝起きた直後や、帰宅してから寝るまでの間にすること、自分の様子などを紹介するものだ。

「赤の他人の生活を覗き見ることの何が楽しいのか」という疑問が生まれるが、inliving.のモーニングルーティンは120万回再生、もちおのナイトルーティンは161万回再生とどちらも驚きの再生回数である。

なぜ、視聴者は「ルーティン」動画にハマってしまうのだろうか。

今回紹介している2つのチャンネルは、それぞれ異なる楽しみ方をされているようだ。

「inliving.」を好んで観ているという何人かの知人に聞いたところ、

「普通にかわいいから観ていて飽きない」(男性)
「映画を観ている感覚」(男性・女性複数)
「無印で買い物している感じ」(女性)

このような感想が挙げられた。

先述の通り、写真家が編集に携わっているので、映像作品としての完成度は当然一級品である。カメラアングルやBGM、光の使い方など、映像初心者の私でもわかるほどクオリティの高い映像だ。

そこに、つくりこまれた世界観とキャラクターが合わさって、例えば岩井俊二監督の映画を観ているような感覚に浸ることができるのだ。「無印で買い物」する時のように、目的を持たず、ただその雰囲気を楽しむためにルーティン動画を観ているのが、「inliving.」の視聴者なのかもしれない。 

「映像、雰囲気を楽しむ」感覚と、「共感、安心したい」欲望

一方、「まみむめもちお」のコメント欄をに目をやると、

「突然片づけしたくなっちゃうのわかる笑 それで寝不足になるよね」
「かっこつけたYouTuberが多い中で新鮮で楽しい」
「ありのままの姿をさらけ出す勇気がすごい」
「ダラダラしているの私だけじゃないって安心できる」

といった内容のコメントが多数。

また、「料理しているだけ偉い」「節約しているところに生活力を感じる」といったコメントもちらほら目につく。

理想的で美しいルーティンを見せる「inliving.」に対し、意図的か否かは定かではないが、あくまで自然体のリアルな姿をそのまま見せる姿勢を貫く「まみむめもちお」。できない姿もそのままさらけ出す様子に、好感を抱き、共感するという視聴者が多いようだ。

それに加え、簡単とはいえ料理している、野菜は再生できるものは育てるなど、だらけているだけではなく節約している様子への好感度も高い。

共感が生む安心感、そして、「自分よりも少し『生活』ができる友達」を応援しているような感覚を、人々はもちおに抱きながら眺めているのだろう。

YouTubeにはまだまだ可能性がある

2つのチャンネルからは、やや飽和状態にある現在のYouTube市場に残された可能性が見えてくる。

YouTubeチャンネルには、まだまだニッチなターゲットがあるということだ。

「inliving.」のように「無印系」「自然派」「ていねいな暮らし」といったキーワードに興味を持つ特定層にリーチできているチャンネルは意外と少ない。大衆向けを前提につくられているチャンネルが多い中、そのエアポケットに見事に入り込んでいった「inliving.」は実に華麗だ。

このチャンネルが狙っている層のように、「確実に存在する一方で、YouTubeという媒体においては“縁がない”存在とみなされてしまっている」ニッチなターゲットはまだまだあるはず。例えば、マガジンハウスの雑誌『GINZA』が対象にしているようなモード系など…。

また、「もちお」の共感・好感度の高さからは、いまの時代、YouTuberが努力次第でテレビタレントと並ぶ、またはそれ以上の存在になれる可能性を秘めていることが分かる。コンテンツ自体の面白さはもちろんだが、若い世代にとってはテレビ以上に身近な存在であるYouTubeというメディア。動画数を増やせば視聴者接点も増やせるその特性も、十二分に活かされた結果ともいえる。

固定観念をぶち壊し、新しいジャンルをどんどん切り拓いていくYouTuberたち。環境変化に呼応し、進化するYouTubeから、まだしばらく目が離せない。


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