アート&カルチャー

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「変わり続けるのも乃木坂の美しさ」生駒里奈の卒業コンサートが示したアイドルと”変化”

「人は色々成長して次に向かう生き物ですけど、ここに居続けながら変わり続けるのも乃木坂の美しさで。未来の後輩にも、この乃木坂46を大切にしてほしいし、新しい乃木坂46にしてほしい」。

 22日に東京・日本武道館で開催された生駒里奈の卒業コンサートで、Wアンコール・2度目の『君の名は希望』を歌った後の言葉だ。見ごろを迎えた一面のネモフィラ畑のように、生駒のカラーである青と紫の組み合わせになったサイリウムが揺れる中、MCで繰り返し言及したのが、この「変化」についてだった。グループの変化、自分自身の変化。7年間、そのことを誰よりも実感してきたであろう生駒によるこの発言は、アイドルとは何かを真っ直ぐに捉えている発言のようにも思えた。

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 この1、2年の活躍だけを知る人はあまり意識しないことかもしれないが、乃木坂は当時、すでに”国民的”とも形容される存在になっていたAKB48グループの「公式ライバル」としての運命を背負わされてデビューした。つまり結成当初の苦労については、乃木坂46もその例外ではないどころか、プレッシャーはむしろ相当なものだったといえる。今もしばしば目にする「私たちには、超えなければならない目標がある!」というキャッチフレーズも、暗にこのことを示してきたはずだ。そして、この苦闘の中心には、いつも生駒がいた。(デビューすると同時に世間の注目を集めるに至った欅坂46などは、むしろ稀有であると言っていい。とはいえ、平手友梨奈がオーディションに応募したきっかけが、『制服のマネキン』でセンターを務めていた生駒の姿を見たことだったということは、触れておかないわけにはいかない)。

 7年間の歴史を”大ブレイク”前後に分けた場合、その前半を描いたといえるのがドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』(丸山健志監督、2015年)だ。中でもとりわけ印象深いシーンと言えば、結成翌年の2012年1月、AKB48のコンサート「AKB48リクエストアワーセットリストベスト100」のオープニングアクトで発売前のデビューシングル『ぐるぐるカーテン』を披露するシークエンスでは無かっただろうか。

 やはりこの時のことは、メンバーの中でもひときわ鮮明な思い出のようだ。生駒がMCで「素人だった」「全然プロじゃなかった」と振り返る、痛々しいほどの緊張感。センターを任され、震えながら「私達には超えなければならない目標が、目標が…それはAKB48さんです」と絞り出し、そのすぐ後ろで頷く白石麻衣…。楽屋に向かう通路で白石は「みんな暖かかったな…」と、生駒の肩を抱いて号泣していた。

 白石もこのときのことに触れた。「一緒にその時、肩を組んで励ましていたというか、泣いたことがすごく思い出に残っていて。今でも仕事終わりでテンション上がったりすると、肩を組んで話すのがあの時と変わってないなって思います」。

 初期の代表曲であり、生駒が”私の代名詞”と表現する4thシングル『制服のマネキン』(2012)、そしてアイドルソングとしては極めて異質な世界観を描き、それ故に乃木坂46の方向性を決定づけたとも言える5thシングル『君の名は希望』(2013)を経たことで、後続のセンターはAKBグループとは異なるこの新しいアイドル像を提示ながら進んでいく。(なお、作詞を手がける秋元康氏は、コンサートに寄せたメッセージで『君の名は希望』が生駒に当て書きしたものだったことを明かし、「卒業しても、みんなの希望でいてください」という言葉を贈っている)。

 その後、6thシングル『ガールズルール』(2013)ではセンターの座を一旦降り、後を白石に引き継ぎ、さらに”強すぎるライバル”AKB48への交換留学(2014年)も経験。これはグループ、そして生駒にとっても大きな変化となった。

 以後、再び生駒がセンターになるのは、『太陽ノック』(2015)のみであり、西野七瀬、堀未央奈、生田絵梨花、齋藤飛鳥、卒業メンバー、そして3期生がセンターを務めるという状況が続く。

 それゆえ、”生駒は一線を退いてしまった”というような印象を持っていた人がいたことも否定はできないだろう。しかし実際のところ、本人としては後進のことを考えることが多くなっていったようで、むしろその状況を肯定的に捉えていたようだ。「”ありがとう”って言ってくれる、みんなに”ありがとう”って言いたい」。卒業シングルとなる『シンクロニシティ』(2018)でもセンターの打診を断って白石に譲り、全体を見渡せる2列目の中心に立てたことをむしろ喜んでいるかのようだった。

 しかし「集団行動が苦手だった」というコンプレックスを抱えてセンターに据えられ、孤独と闘ってきた生駒は、その後もメンバーたちの支えであり、目標になっていたのだった。白石と並んで、今や乃木坂の”顔”となった西野七瀬も口を揃える。「生駒ちゃんの背中を見て、こうしなきゃとか、全体を考えなきゃとか。生駒ちゃんが居なかったら私はここまで成長できなかった」。普段はどこかクールな齋藤飛鳥も「前向きな卒業なのはわかっているけど、生駒ちゃんが残りたいって思えるグループでいられなかったことが悔しい」と言って涙を見せた。

 松村沙友理のボケにツッコミを入れ、それでいて高山一実らのイジりもバッチリ受け止める。体を張った企画や、バラエティ番組の盛り上げ役としても欠かせない存在になっていた。2列目にいても、3列目にいても、やはり生駒は「努力・感謝・笑顔」の精神的”センター”だったのである。

 本人の意向が強く反映されたと思われる卒業コンサートのセットリストには、次代に引き継ぐ、という思いも表れていた。

 当時ファンの間では”禁じ手”とも受け取られた「AKB留学」を踏まえた楽曲群。厳しいレッスンなど、苦労を乗り越えてステージに臨む心境を描いた『初日』では3期生、デュエット曲『てもでもの涙』は同郷の2期生・鈴木絢音をそれぞれ指名。そして『心のプラカード』の歌唱後には、休養中の2期生・北野日奈子が「任せてください」とのプラカードを持って登場、大きな感動とともに、これからの展望も描いてみせた。

 初期の1列目をともに支えてきた生田絵梨花、星野みなみの「生生星(いくいほし)」の思い出にも時間が割かれた。3人並んで、静かに「今度、お酒でも飲みに行きたいね」と語り合った。15歳だった生田は21歳に、16歳だった生駒は22歳に、そして13歳だった星野は20歳になっていた。『ぐるぐるカーテン』の間奏では、メンバーが作る輪を俯瞰のカメラが映したとき、43人になったグループの歴史、大きさを思わずにはいられなかっただろう。

 さて、少し長くなるが、終盤の生駒のスピーチを引用しておこう。

 「周りに尊敬できる人がたくさんいて、成長できることをたくさんもらったけど、それよりもなによりも、私は上手くなりたいと思ってしまった。もっともっと険しい道を登りたい、進みたいって思った。すげえわがままなことだと思います。こんなに充実しているのに、こんなにすごい場所なのに。でも、それよりも私は上手くなりたいと思った。この世界に夢を持ってしまった。その先に続く夢を掴みたいと思ってしまった。だからこそメンバーには、自分もいつかそうなった時に胸張って、一人で仕事ができるところを見せてあげたい。お父さんとお母さんにはこれからも結構迷惑かけると思うけど、いつか東京に家を建てるから待ってて下さい。スタッフの皆さんにはまだまだお世話になることがたくさんあると思うんですけど、”生駒に仕事たくさんあげたい”って思える人間になりたい。ファンの皆さんには、生駒ちゃんを見たときに、現実を忘れて心の底から楽しんでもらえるようなエンターテイナーになりたいと思います」。

 武道館の1万2千人と、全国128の映画館で行われたライブビューイングに詰めかけた6万人のファンに、そう力強く語りかけた。「乃木坂46の」という肩書を捨て「生駒里奈」として歩み出す道は、決して平坦では無いはずだ。これまで以上の困難に見舞われるかもしれないという不安は、並大抵のものではないはずだ。それでも生駒は「卒業できるってすごいなって思うんです。ぽかーん、ですよね(笑)」と、あくまでもポジティブだ。

 「こんなに人間って変わることが出来るんだなってことも、乃木坂46で教えてもらったことだなって思います」「私は自分のためだと頑張れなくて、何かのために頑張らないと力を発揮できなくて。それは乃木坂46だからできた」「今後、乃木坂が活躍していくために活躍したい」。

 いつも不安に涙し、「15歳で、なんにもできない素人だった」22歳は、そんな決意を淀み無く語った。

 ラストシングルの表題曲『シンクロニシティ』のセンターは辞退した生駒だが、カップリング曲『Against』では、最後のセンターを務め、渾身のダンスパフォーマンスを見せた。秋元氏が付けた歌詞は、直視できぬほどに皆の心境を切り取っていた。

“僕らは変わらなきゃいけない 永遠なんか信じるな 昨日の自分とは決別して生まれ変われ!

 このままここに居続けるのは誰のためにもならない 新しい道を切り拓いて立ち向かうんだ”

 デビューした瞬間から、アイドルグループは再編や解散へ向かって、そしてメンバーは卒業へ向かって進まなければならないという宿命を背負っている。今年中には「4期生」の加入も予想される。受け入れがたい現実を目の当たりにしながらも、ファンも応援し続ける。生駒里奈が7年間で体現しつづけたもの、それは”変化を肯定し、楽しもうよ!”という、メンバー、そしてファンへの後押しだったように思えてならない。

(AbemaTIMES取材班)

▶『乃木坂46ゲーム女子会〜1期生vs2期生勝つのはどっち〜』をAbemaビデオで配信中。

(2018年4月25日AbemaTIMES「『変わり続けるのも乃木坂の美しさ』生駒里奈の卒業コンサートが示したアイドルと”変化” より転載」

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人は模倣する生き物、メディアはそのことを意識すべき。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』監督インタビュー

 2017年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに輝いた映画『ザ・スクエア』が4月28日より公開される。

 監督は、日本では『フレンチアルプスで起きたこと』で知られる、リューベン・オストルンド。人間の行動原理を社会学的なアプローチで描く新世代の巨匠だ。

 本作は、現代アートの美術館のキュレーターが仕掛ける「ザ・スクエア」という参加型アートを展示することで巻き起こる奇妙な騒動を描いている。そのアートは以下のような参加ルールを掲げている。

“ザ・スクエア”は〈信頼と思いやりの聖域〉です

この中では誰もが平等の権利と義務を持っています

この中にいる人が困っていたら それが誰であれ

あなたはその人の手助けをしなくてはなりません

 主人公のクリスティアンはこのアートの展示によって、現代の経済的格差やヒューマニズムの欠如について問いかけることを意図している。しかし、この展示が始まると、クリスティアンは思わぬ災難に巻き込まれ、自身の格差差別や偏見と対峙せねばならなくなる。さらには、アートの宣伝のために雇ったPR会社の炎上マーケティングも重なり、クリスティアンはどんどん複雑な事態に巻き込まれていく。現代アートへの皮肉、格差問題、ネット動画の炎上等、現代的な要素を数多く詰め込んで、人間の深層心理に迫る意欲作だ。

 監督のリューベン・オストルンドに本作について話を聞いた。

実際のアートプロジェクトから映画作りが始まった

――この映画は監督が友人と始めた、美術館でのプロジェクトが発端だそうですね。そのプロジェクトをやってみて、実際に人々はどんな反応を示したのでしょうか。

リューベン・オストルンド監督(以下オストルンド):スウェーデンに2つの街とノルウェーの街の3箇所で実施したんですが、反応は街によって様々でした。ある場所では、宣伝不足もあってか、単にパブリックアートのように受け止められましたが、ベーナムーという小さな街では、いろいろな人に利用してもらえましたね。

例えば、障害者が障害者手当をカットされてしまったことを訴えたら、それを取り戻すきっかけとなる動きが起きました。地元の新聞記者がやってきて報道してくれたんです。それから若い移民がスウェーデンから追い出された事件があったんですが、スクエアでキャンドルデモを行った人もいました。学校で射撃事件がスウェーデンで起こった後に、非暴力を訴えるデモをした人もいましたね。

設置したスクエアは、そうした様々な人道的価値を訴える場所として利用されました。非常に感動的でしたね。

――このスクエアの中にいる人の助けは、人は必ず聞かねばならないというルールなわけですよね。例えば、少し意地悪な質問かもしれませんが、理不尽な願いを要求してきた場合も、我々はそれを聞き入れねばならないのですか。実際にこのスクエアを悪用する人はいませんでしたか。

オストルンド:ありませんでしたね。仕込んであったLEDライトが盗まれ、ルールを記載した銅のプレートが壊されるということが初日にありましたが、トラブルと言えるものはそれぐらいです。

ベーナムーという街は、キリスト教の影響が強いコミュニティなんですが、我々はこれはきっと教会の仕業に違いないと冗談を言っていました。教会が自分たち以外の人助けをしている連中が気に入らなかったんだろうと。(笑)

――このプロジェクトを最初に実施したベーナムーという街は小さい街だそうですね。同じことを東京のような大きな都市でやった場合、同じ反応が得られると思いますか、それとも違った反応があると思いますか。

オストルンド:都市が大きくなればなるほど、何かを変えよう、社会規範の変革を訴えるようなメッセージを伝えるのは難しくなるでしょう。

我々のプロジェクトは、ベーナムーがラジオ局が一つしかなく、皆が同じ新聞を読んでいるような小さい街だから出来たことだと思います。大きい都市でやる場合は、それこそYouTubeに小さな女の子を爆破する動画をアップするなどして注目を集めるしかないでしょうね。(笑)

――この映画は現代アートの世界を舞台にしていますが、アートとは何かという問いも投げかけていると思います。冒頭、主人公のクリスティアンがインタビューを受けていますね。そこで彼はインタビュアーのバッグを指して、それも美術館に展示すればアートになりうると言っていますね。

オストルンド:このような問いは、100年以上前マルセル・デュシャンがトイレの便器を美術館に置いた時から、なされています。しかし、美術館はいまだに同じ問いに執着しているんです。私に言わせればそれはどうでもいいことで、私が関心があるのは、それがなんであれ新しい体験をもたらしてくれるかどうかということなんです。

アートの世界の住民はもうちょっと自分たちに対する野心を上げるべきだと思います。そういう現代アートの世界を私はこの映画で皮肉を込めて批判しています。

アテンションの奪い合いが過激化する現代

――映画の中で、PR会社のマーケターが炎上動画を作成します。美術館へのアテンションを高めるための施策ですが、あの手の騒ぎはインターネットの世界で毎日のように起こっています。映画の中では言及されていませんが、あの施策で美術館への来場者は増加したのでしょうか。

オストルンド:はい、増えました。

――ということは、マーケティングとして成功だと言えると?

オストルンド:ええ。あの動画は、人道的なメッセージを訴えるアートのPRのために、非人道的な手法を用いています。現代は、こうした手法がマーケティングの名の下にどこまでも過激になる傾向があります。

こうした過激化は、政治の世界でも起きています。スウェーデンの自由党が党のロゴを変更した際に、ネットで横にするとペニスに見えると話題になりました。そうしたら党メンバーの一人は「注目されるなら言いことだ」とインタビューで答えたんです。皆アテンションの奪い合いに絶望的なくらいやっきになっているんです。(参照

――本来、ああいうものがマーケティングとして成功してしまうことに問題があると思います。あれによって成果が上がってしまう社会全体のシステムの問題かもしれません。これを変えるためにはどうすればいいと思いますか。

オストルンド:難しい問いです。例えばトランプは良くないと書けば皆トランプへの投票を避けるだろうとメディアは考えましたが、実際にはトランプに関する報道が増えれば触れるほどに彼への投票も集まる結果になりました。人間は思ったほど合理的でもなければ理性的な存在ではないのです。人間は模倣する生き物だと思います。そういうことをメディアはもっと意識する必要があると思いますね。メディアが流したイメージはもう一度再生産され、同じような行動を人々の間に生んでしまうということを。

メディアだけでなく映画にも同じことが言えます。例を一つ挙げましょう。イタリアの『ゴモラ』という、マフィアについての本の著者(ロベルト・サビアーノ)が言っていたのですが、クエンティン・タランティーノの映画が登場して以来、マフィアが銃を横に倒して構えるようになったそうです。横に倒せば当然命中率はさがります。(命中率が下がって何発も撃つから)死体もヒドいことになって、警察が現場の片付けが大変になったそうです。(笑) 明らかに合理的な選択ではないですが、人間の行動はそうやってメディアや映画の影響を受けているんです。

――今の話で表現の自由と責任について思いました。表現の自由は当然守られるべきものですが、同時に大なり小なり社会に影響を与えるものであることも確かです。現代は誰もが自由に意見や表現物を発信できる時代ですが、自由ばかりが重んじられ、責任が顧みられていないようにも思います。監督は表現の自由と責任についてどう考えますか。

オストルンド:私は検閲には反対ですが、教育は必要でしょう。それぞれの表現が現実に影響を与え、人の行動を変えてしまうことがあることをもっと教えなくてはなりません。私の娘たちのような次の世代は、我々の世代に比べればはるかに多くの表現物にさらされているわけです。それこそ小学校の頃から教育を始めて、新しい科目を作るぐらいのことをしないといけないと思いますね。


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「記憶の解凍」:白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け

渡邉英徳研究室は,4月より東京大学大学院・情報学環に移籍しました。首都大学東京のメンバーのうち4名も一緒にお引っ越し。ようやく環境の変化に慣れてきたところです。

今回の記事では,ここ1年半のあいだ取り組んできた「ニューラルネットワーク(人工知能技術)による白黒写真の自動色付け」による「記憶の解凍」の活動について説明します。

これは,100年以上前の日本,1908年にArnold Gentheによって撮影された写真です。オリジナルの白黒写真は,アメリカ議会図書館のデジタルアーカイブで公開されています。右側は,早稲田大学の飯塚・シモセラ・石川先生のチームが公開しているAI技術「ディープネットワークを用いた白黒写真の自動色付け」でカラー化したのち,さらに画像処理ソフトによる色補正を加えたものです。

左側の白黒写真では背景と同化し,静止していた人物が,右側のカラー化写真では息づきを得て,前景に浮かび上がってくるような印象を受けないでしょうか。カラー化することによって,一世紀前の「過去」を生きた人々が,「現在」を生きる私たちと同じく,人間であったことが強調されます。最新技術でつくりだした「過去にひらく窓」を通して,向こう側の人々に思わず語りかけたくなるような衝動にかられます。

さらに,こうした色付け写真をツイートすると,リツイート,リプライ,いいねを含む多くの反響があります。例えばこの写真は,現在までに2400回以上リツイートされ,4500以上のイイネが付いています。

109年前の日本,男の子をおんぶする少女。Arnold Gentheが1908年に撮影したもの。掲載するのは二度目,お気に入りの一枚です。ニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/xSwOrdpeS0

— 渡邉英徳 (@hwtnv) September 13, 2017

また,たくさんの方々から,さまざまなリプライが付いています。こうしたコミュニケーションはおそらく,アメリカ議会図書館のデジタルアーカイブの奥底で「凍っていた」白黒写真のデータからは,得られなかったものではないでしょうか。

御髪の様子や眉をあたってるので、もしかしたら姐やではなくお母さんじゃないか悩み中ʕ•ᴥ•ʔ
この写真を見て、一回り上の従姉妹と祖母の話で盛り上がりました^^;
祖母は十五で最初の子を産んでいます。

— hiroko (@slowslowfood) October 3, 2017

「凍って」いた資料の印象を人工知能技術で「溶かし」,ソーシャルメディアのタイムラインに「流す」ことによって,人々の対話が生まれています。このプロセスは,ケヴィン・ケリーが「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」で述べた「FLOWING」のコンセプトとも符号しています。

われわれの関心は,形のある品々から手に触れられないコピーのようなモノの流れに移っている。モノを構成する物質だけでなく,その非物質的な配置やデザイン,さらにはこちらの欲求に応じて適応し流れていくことに,われわれは価値を見い出すのだ。

われわれは常にツイッターの流れやフェイスブックのウォールに流れる投稿を注視している。写真や映画や音楽をストリーミングで楽しんでいる。(中略)流れの中のある瞬間に対してタグ付けしたり,「いいね!」や「お気に入り」を付けたりしている。

ここまでに述べたような「社会に”ストック”されていた資料を情報デザインによって”フロー”化し,そこから創発したコミュニケーションによって,過去を未来に継承する営み」のことを,私たちは「記憶の解凍(Reboot Memories)」と呼んでいます。

私たちの研究室では,デジタルアースや人工知能技術を応用して,この試みを進めてきました。

2011年に発表した「ヒロシマ・アーカイブ」などの”多元的デジタルアーカイブズ”についても,この「記憶の解凍」のコンセプトに基づいて説明することができます。デジタル「アーカイブ」から,身の回りの「フロー」へ。技術とコンテンツが社会に果たす役割は,時代にあわせて,少しづつ進化していきます。

こうした「記憶の解凍」の成り立ちについては「立命館平和研究(立命館大学国際平和ミュージアム紀要)第19号」の巻頭論文で詳しく解説しています。以下はCC-BYで公開している草稿へのリンクです。ぜひご活用ください。

以下のツイートは,2016年10月30日に,私がはじめて早稲田大学のチームのカラー化技術を試した際に,驚きを込めてつぶやいたものです。

「原爆ドームと調査団」の写真え自動カラー化。「ヒロシマ・アーカイブ」より。こちらも早稲田大のサービスを利用。ほんとうにすごいと思う。 https://t.co/5aVTQMlCPGpic.twitter.com/qy7uVtuVZ6

— 渡邉英徳 (@hwtnv) October 30, 2016

その後,このサービスにどっぷりハマり,「ニューラルネットワークによる自動色付け」という注釈付きで,日々カラー化写真のツイートを続けてきました。その間,戦前〜戦後の呉にまつわる写真の色付けを通して,「この世界の片隅に」の片渕須直監督との交流も生まれるなど,活動は多方面に広がっています。

72年前の今日。1945年7月28日の呉軍港空襲で破壊され,大破着底した巡洋艦「青葉」。1946年11月28日に撮影されたもの。「この世界の片隅に」にも,同じアングルで登場。ニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/T7tReXEiho

— 渡邉英徳 (@hwtnv) July 27, 2017

呉の写真のカラー化,その後の片渕監督とのやり取りについては,以下のTogetterまとめをご覧ください。

この活動を続けるなかで生まれたのが「記憶の解凍」のコンセプトです。特に,断絶された過去と現在をつなぐことを意図した「○○年前の今日」にまつわる色付け写真のツイートは,毎朝の日課となっています。「いま」が流れてくるTwitterのタイムラインに「むかし」を流し込む試みです。

73年前の今日。1945年4月7日14時20分過ぎ、沖縄に向けて航海中の戦艦「大和」は多数の爆弾と魚雷による攻撃を受け、坊ノ岬沖で沈没した。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/qhkZcc7EgF

— 渡邉英徳 (@hwtnv) April 6, 2018

さて,こうした「白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け」のうち,特にご好評をいただいているのが「戦前の沖縄」シリーズです。

1935年に朝日新聞のカメラマンが撮影した写真をもとに,人工知能技術と取材による考証を組み合わせ,カラー化を続けています。これは,私の研究室に所属する記者兼大学院生の與那覇里子さんが主軸となり,朝日新聞・沖縄タイムスとの共同プロジェクトとして進めているものです。

戦前の沖縄。1935年に撮影された那覇の市場。沖縄出身の記者兼院生・與那覇里子さんが現地調査を経て、さまざまなことを見出しています。記事は近日公開。ニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/iWIb7BlXkJ

— 渡邉英徳 (@hwtnv) December 14, 2017

開催中の「よみがえる沖縄1935」展にて,5月から追加展示される写真の一枚目。傘をさした着物姿の糸満の女性。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け。展示に際し,再レタッチしました。 pic.twitter.com/c6HZjqjhpY

— 渡邉英徳 (@hwtnv) April 7, 2018

戦前の沖縄。1935年に撮影された写真。降り出した雨にうたれるセーラー服姿の女子学生。ニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/j99QnIBiiT

— 渡邉英徳 (@hwtnv) December 17, 2017

これらの写真に写し出されているように,「戦前」の沖縄には,いまと変わらぬ平和な日常がありました。このことは,私たちがふだんは意識していないことかも知れません。沖縄戦の「鉄の暴風」が時の流れを切断し,「戦前の沖縄」の記憶を「凍らせた」のではないでしょうか。ヒトとAIのコラボレーションによりカラー化された写真は,その記憶を「溶かし」,私たちの時代につなげてくれるように思います。

73年前の今日。1945年4月17日,読谷飛行場の対空砲火。4月14日から18日,大日本帝国の連合艦隊は特攻作戦「菊水3号」作戦を発動,アメリカ軍は雨のような砲火で応戦した。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/cFBp2uQJx4

— 渡邉英徳 (@hwtnv) April 14, 2018

これらの写真と與那覇さんによる取材報告は,朝日新聞・沖縄タイムスの朝刊やウェブ版で特集され,大きな反響がありました。與那覇さんによるwithnews記事をぜひお読みください。

一部のカラー化写真について,現在,横浜の日本新聞博物館で開催中の「よみがえる沖縄 1935」展で展示中です。現在,3点のカラー化写真が大判印刷されて展示されています。5月の連休から展示がリニューアルされ,さらに多くのカラー化写真が展示される予定です。

また,5月26日と6月23日(沖縄慰霊の日)には,白黒写真のカラー化の体験ワークショップを開催する予定です。ぜひ,ご参加ください。


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B’zの松本孝弘さん、「ピンクのミュージックマン」と20年ぶりに再会。ファンのミエナイチカラが結集した

B’zの松本孝弘さんが、行方不明になっていた90年代後半に愛用したギター「ピンクのミュージックマン」と、約20年ぶりに再会を果たした。

4月23日、B’zの公式SNSで報告された。SNSには、ギターを愛おしそうに抱きかかえる松本さんの写真も公開されている。

Thank you sooo much. I truly appriciate your kindness. The Pink is back!

B’zさん(@bz_official_insta)がシェアした投稿 –

ことの発端は、4月14日。

B’zが結成30周年を記念して開催している展覧会「B’z 30th Year Exhibition “SCENES” 1988-2018」に、本来であれば展示したかった松本さんのギターの行方について、SNSで情報を呼びかけたのだ

投稿には「1997年に保管先より忽然と消えてしまった」「当時、あらゆる可能性を考えて捜したものの所在がつかめず、手がかりもないままに捜索が断念されておりました」と当時の状況が綴られた。

続けて、「当時とは違い、SNSによる情報の発信・拡散によって様々な奇跡もおきている昨今。突然のお願いで恐縮ですが、皆さまのお力をお貸しください」と熱く呼びかけた。

投稿は瞬く間に拡散され、願いは見事に叶った。わずか1週間でギターは松本さんの元に帰ってきた。

情報提供の呼びかけの後、とある楽器メーカーの倉庫に保管されているという情報が入り、松本さんが現物を確認した。本人が「間違いない」と判断したという。

B’zの公式SNSによれば、松本さん自身も「このピンクのミュージックマンとの奇跡の再会を大変喜んで」いるという。

見つかった「ピンクのミュージックマンは、B’zのシングル曲「ミエナイチカラ ~INVISIBLE ONE~」のジャケットにも写っていることから、Twitter上では「ミエナイチカラのおかげかな」「 ミエナイチカラとはこの事を言うのですね」などといった投稿も相次いだ。


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スピルバーグ監督最新作『レディ・プレイヤー1』を観る前に知っておきたい3つのこと

4月20日(金)に全国公開となった『レディ・プレイヤー1』。アーネスト・クライン原作の大人気SF小説『ゲームウォーズ』(原題はREADY PLAYER ONE)をスティーブン・スピルバーグ監督が映画化し、注目を集めている。

今回は、80年代のディープなポップカルチャーからの影響が随所に見られるこの新作を楽しむ前に、この映画について知っておきたい3つのことをご紹介しよう。

1. アーネスト・クラインによる原作『ゲームウォーズ』の素晴らしさ

J・K・ローリングにとっての『ハリー・ポッター』のように、2011年に出版されたクラインのデビュー小説『ゲームウォーズ』は圧倒的な成功を収めた。『フィフティ・シェイズ』シリーズや、『ゲーム・オブ・スローンズ』などのような作品と競い合い、NYタイムズベストセラーのトップ10にランクインしていたのだ。

クラインの子供時代に影響を及ぼした80年代の映画や音楽への賛辞とも言えるこの作品は、瞬く間に批評家の反響を呼び、『エンターテインメント・ウィークリー』誌や『ボストン・グローブ』などから好評価を得た。世界での評価も高く、これまで20カ国以上の言語に翻訳された。また、米国図書館協会の目に留まり、プロメテウス賞を獲得した。

2. 『レディ・プレイヤー1』は80年代のエンターテインメントファンにとって完ぺきとも言える内容

舞台は、貧困の差が激しい2045年。人々は、思い浮かんだ夢が実現するVRワールド「オアシス」に没頭していた。そんな世界で、1人の青年ウェイド(タイ・シェリダン)が思いがけず仮想世界のヒーローとなる。

この仮想現実の世界では、往年のアイコン的存在がズラリと登場する。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンから『エルム街の悪夢』のフレディ・クルーガー、米アタリ社のゲーム機「Atari2600」、カナダのロックバンド「Rush(ラッシュ)」に至るまで、実に様々。ガンダムやキティちゃんなど日本生まれのキャラクターも登場するので必見だ。

3. そもそもスピルバーグ監督のSF映画を見逃すことができるだろうか?

スピルバーグ監督は、かつて『激突!』や『JAWS/ジョーズ』、『1941(いちきゅうよんいち)』の時に用いた風刺を酷評されてからは特に、自身の作品に他作品との関連性を盛り込みすぎることには積極的でない、と言われていた。それでも彼は、監督としてだけでなく、様々な世界を作品の中に取り入れる”設計者”として、様々な作品の断片を、仮想現実の世界で見事につなぎ合わせている。

文字どおり世代を超える映画ファンたちを魅了してきたスピルバーグ監督。もちろん、そんな同監督の映画に登場してきたキャラクターも新作に登場する。

『レディ・プレイヤー1』は、4月20日(金)から絶賛公開中。

■参照リンク

http://www.moviefone.com/

(2018年4月22日AOLニュース「ついに公開!スピルバーグ監督最新作『レディ・プレイヤー1』を観る前に知っておきたい3つの事」より転載)


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一挙手一投足から感情が溢れ出す映画『リズと青い鳥』山田尚子監督インタビュー

『けいおん!』や映画『聲の形』の京都アニメーションの最新作『リズと青い鳥』が4月21日から公開される。

 武田綾乃氏の原作小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』の映画化にあたる本作は、コンクールに向けた新しい自由曲「リズと青い鳥」のソロパート担当である鎧塚みぞれと傘木希美の2人に焦点をあてた作品だ。

 吹奏楽部の多様な面々の群像劇的な『響け!ユーフォニアム』シリーズの描き方とは打って変わって、本作で掘り下げるのはみぞれと希美の2人の世界だ。

 ささいな一挙手一投足から感情が溢れ出す、美しい青春映画であり、言葉ではすくい取れない「名前のない感情」を映像によってすくい取ろうという意欲的な作品となっている。

 彼女たちの思春期の瞬間を「まばたき一つも取りこぼすのが惜しいと思った」と語る京都アニメーションの山田尚子監督に本作について伺った。

言葉で彼女たちを決めつけたくなかった

――今回、キャラクターデザインをTVシリーズのときとは変更していますね。

山田尚子監督(以下山田):今回は一つの欠片をすくい取るみたいな作品で、まばたき一つ、吐息一つだったりというものにフォーカスしていく作品で、そういったもので微妙な揺れとかズレをちゃんと描きとれるものでありたいというお話をキャラクターデザインの西屋太志さんとしました。そうしたらその感じを西屋さんがすごく理解してくださって、じゃあこれくらい繊細な感じでいってみないかということで今回はこういう感じになったんです。

――かなり大胆に変更したなという印象でした。

山田:確かに肉感とかも抑え気味で、絵が語りすぎないようにしたという感じです。この作品は少しずつ、小さく小さく変化させて組み上げていく作品だと思ったんです。色んな要素で一つのものを語りたい作品で、(絵が)空気感のなかの一つというか、音符の中の一個というか、全部が合わさって一つの音楽になるみたいな感覚にしたかったんです。

――今回は山田監督が1人で全シーンの絵コンテを切ってますね。

山田:今回はコンテを書く人間が途中で変わっちゃまずいと思ったんです。みぞれと希美の2人の、(物語の)途中から途中までを切り取ったような作品なので、ほんの少しずつの変化を描いていくために、最後まで一人で切りたいと思いました。

――今回、原作にはないオリジナルのエピソードがたくさんありましたね。エピソードを加えるにあたってどんな点に気をつけましたか。

山田:そうですね。みぞれという女の子と希美という女の子の色味をちゃんと描きたかったですね。二人が身を置いている環境の違いとか。

――2人の世界の違いということですね。例えば希美の周囲には後輩たちがたくさんいておしゃべりしているけども、みぞれは生物学室でフグに餌をやってるような対比ですね。

山田:そうですね。みぞれが常にいる場所がほしいなという話をしていて、みぞれの感情の置きどころ、感情の向う先は人じゃなさそうだ、という感じだったと思いますね。あそこにいる時は練習もしていなくて、音楽から解き放たれてる瞬間なんだと思います。

――余白を重要視している作品だなと思いました。作中の滝先生の「譜面と譜面の間の感情をすくい取って演奏する」というような台詞がありましたけど、そうした行間にいっぱい感情があって、そこをちゃんと捉えようとしている映画ですね。

山田:一見静かなんだけど、そこにある感情はめくるめくものであるというのを目標にしていました。言葉だけで彼女たちを決めつける見せ方をしないように気を付けました。彼女たちから発せられた言葉であっても、それが彼女たちの本心だとは限らないと思うので…。他にいっぱい考えがあって想いがあって出てくる言葉だから、そういうの想いを尊重したかったんです。

まばたき一つも取りこぼすのが惜しい感情たち

――本音と実際の行動が違うという点で、今回のメインの2人は特にそれが顕著なキャラクターですよね。原作では2人の間を久美子が取り持って、本音が描かれるようなシーンがあります。でも今回の映画では、そういう構成にはしていませんね。

山田:やはりこれはみぞれも希美も、本人たちが向き合うべき問題かなと思ったんです。間にだれかが入ってやっと心情を吐露するみたいなのは、このお話では少し遠い気がしたというか。ダイレクトに話して、でもダイレクトに話してもなお伝わらないというのが今回大事な部分な気がしたので。

――芝居や映像の空気感で引き込む作りをしているなと思いました。言葉にならない、微妙な感情をていねいに追いかけているなあと。

山田:そうですね。この映画って途中から途中を切り取った映画だと思っていて、物語が始まって終わっていくというよりかは、思春期の女の子たちがこれからもいろいろあるだろうなってところでザクッと切って見せている感じなので、すごく一つの物事の解像度が高いといいますか。

おのずと彼女たちの思いから生まれてくる動きとかにフォーカスしていくというのが出てきたというか。一分一秒彼女たちは息をしていて、その度に彼女たちは何かを考えている、まばたき一つも取りこぼすのが惜しいなと思ったんです。

――例えば原作小説で武田先生も、「希美がみぞれに微笑のような何かを向けた」と書かれていたりします。微笑ではなく「微笑のような何か」のような割り切れない感情が見事に映像に定着していると思いました。しかし、商業アニメの世界では、こうした微妙な感情を描くのは、手間暇など色々なことを考えるととても難しいことだと思います。多くのスタッフとそれを共有するのもわかりにくい感情であればあるほど困難になると思うのですが。

山田:そういう観点でいくと、リミテッドアニメというのは、情報量を削ぎ落とすのがキーポイントというか、観ている人にシンプルに齟齬なく情報を伝える為にあまり情報を複雑化しないように気を付けます。すごく端的に言ってしまうと「楽しい」の表現方法は「笑顔を描く」ということで表現されることが多いかもしれません。

ただ今回は「今楽しいよと言っていても本当に心から楽しいって言ってるのかどうか?」、という作品なので、作品世界の純度を上げるために「微笑みのような何か」を定着できるような手法を探りました。京都アニメーションのスタッフはそういう機微に関してとても理解がありますし、ずっとそういうのを積み上げてきたスタッフですから。


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