あの人のことば

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30年来のパートナーと2児の子育て。ゲイ公表のGAPジャパン社長が語る、家族と経営

「私ができることは、自分がお手本だということ。自分らしい人生を生きながらも、軋轢なく、充実した人生を送ること。体現して見せていくこと」

アパレルメーカーのギャップジャパン代表取締役社長、スティーブン・セアさんは、ゲイを公表している経営者としての姿勢をそう語る。

セアさんは、競争の激しいファッション界でグローバルに活躍するエグゼクティブ・リーダーであり、30年来の男性パートナーと、10歳と12歳の子どもを育てる父でもある。

日本のLGBTをめぐる現状をどう思うのか。

LGBTの働きやすい環境を作るために、企業ができることは?

日本の同性婚の訴訟をめぐる動きについて、感じることは?

「他の子どもたちと少し違う」と感じていた幼少期、素直にセクシュアリティを表明したら好転しはじめたキャリア、そして愛する家族について、ハフポスト日本版に語った。

 

同性パートナーも家族割、世界のギャップの基準

 ――ギャップジャパンでは、「ダイバーシティ&インクルージョン」というポリシーを掲げていますが、LGBTについては具体的にどのような施策をされているのでしょうか?

会社としては、多様性を非常に重んじています。LGBTだけではなくて、ジェンダーギャップ(性差)もそうです。それから人種などで差別をされることはありません。

どんな人でも本来の自分らしさを保ったままで、リーダーになるチャンスを与えられていることが私たちのポリシーです。

同性のパートナーに関しても、ヘルスケア、あるいは退職後のケアなどもあります。世界のギャップではそれが基準ですが、日本では、多少際立ってユニークだと思われるかもしれません。

たとえば、福利厚生プログラムの一つに「従業員割引」の制度があり、この制度は従業員とその家族が利用できます。日本でも同性のパートナーに適用しています。日本でいわゆる婚姻関係になくてもパートナーに対して認められています。

 

――性的マイノリティが働きやすい職場環境を作る団体「Work With Pride」が策定する「PRIDE指標」で、2018年に最高評価のゴールドを受賞されました。

受賞をとても嬉しく思っています。私たちは企業として、平等性、権利、そしてダイバーシティをとても重要視をし、常に大切にしていますので。

アメリカでは何十年もの間、ギャップは企業として、こういった価値観や権利を大切にし、そしてリードをしてきました。

私個人の喜びだけではなくて、会社はそういったいろいろな人達がつくってきたという自負があります。それぞれが努力し導いてきたことを、従業員一人ひとりが誇りに思ってくれればいいなと思っています。

 

――セアさんは、LGBT当事者の就活生などに対しても講演されていますね。

私ができることは、やはり自分がお手本だということ。自分らしい人生を生きながらも、軋轢なく、充実した人生を送る。体現して見せていくことだと思っています。

私もリテール界、小売業界で30年間ビジネスをしてきましたが、今では私らしくありながら、日本でリーダーの立場になりました。セクシュアリティを障壁とせずに、ビジネスの世界でここまで生きてきました。

若い人達に、社会に出て自分らしくありながら成功できることをお見せできればと思います。それは私にとっても非常にエキサイティングなことです。

  

他の子どもたちと違う、と感じた子ども時代

 

――若い頃、セクシュアリティについて悩んだりした経験はあったのでしょうか?

そうですね。イエスでもあり、ノーでもあります。幼い頃、自分でセクシュアリティという言葉を自覚する前に、他の子どもたちと少し違うな、と自分自身で感じていました。

たとえば興味を持つことが、典型的な男の子らしいスポーツというよりは、音楽だったり、劇場のお芝居だったり。そういった意味で、自分は違うな、という自覚はありました。

ただ、悩んだり苦しんだりしたことは大学時代になるまでなかったんです。大学の頃、何が悩みだったかというと、その時代――1980年代の後半は、自分のセクシュアリティを表明することに対してリスクがありました。

いわゆるエイズが蔓延していて、社会的にもエイズの危機の真っ只中な時代でもありました。その頃はカミングアウトすることで、今後の就職や、キャリアの構築、人生の幸せに関しても、常に何かつきまとうものがあるのではないかと思っていたんです。

ただ、私の結果、経験上では、自分のセクシュアリティを素直に表現しだした途端に、より人生がハッピーになりました。それによって、よりよい就職、よりよいキャリアの道も開かれたのです。

 

――カミングアウトして「人生がハッピーになった」とのことですが、日本では、LGBTの当事者であることを公表している経営者は、ほとんどいません。セアさんが初めてではないでしょうか。この現状についてどう思いますか?

何事も、最初というのはいいものです。ただ、私はビジネスのリーダーとして自分をとらえたときに、ゲイのリーダーと考えたことはありません。

私がここまでこられたのは、やはり戦略や収益に対する思い。そしてお客様に対する捉えかた。お客様が私たちの商品を愛してくれるように、どうビジネスを効率良く運営しているか。やはりそれがエグゼクティブ・リーダーとしての私の仕事だと思っています。

同じように、私は(ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の)柳井さんを、“ストレート”の“男性”のエグゼクティブと考えたことはありません。柳井さんは、素晴らしく才がある革新的なリーダーだという捉えかたをしています。ですから、私のリーダーシップは必ずしもLGBTに紐付いているものではないと思います。

LGBTであっても同じように均等に機会があり、こういった役職や職務を務められる。そういったチャンスが与えられる。そう見ていただけるのであれば幸いです。

  

東京レインボープライド、匿名で取材に応じる人たち

TOKYO RAINBOW PRIDE2018のパレードに参加

――日本で、カミングアウトしづらい状況について、どう思いますか?

新聞で、東京レインボープライドの翌日に記事を読んで、何人かが、「パレードには参加をしたけれども、インタビューは匿名でしたい」と言っていると知って、とても衝撃を受けました。あまりにもアメリカで私が捉えていたことと違っていたからです。

それから自分でも調べたり勉強をしたりました。日本のカルチャー自体が、LGBTだけではなくて、慎ましい。「プライベート」(私的な)と英語ではいいますけれども、少し慎ましいところがあると思います。アメリカと比べるとやはりオープンではない。

ですが、私個人としては、パレードに参加をするけれども匿名でしか話をできないという人たちを批判するつもりも、ジャッジをするつもりもありません。

これは日本でのビジネストレンドにも例えられることができると思います。日本は変革、あるいは変化に対して、とても注意深くアプローチをする傾向があると思っています。

例えば、始まるまでは非常にゆっくりなんですけれど、一度それが起こってしまうと、急速に動き出すことがあります。

ファッショントレンドにおいても、まだ日本の人たちはこのトレンドを捉えていないなと思っていても、始まった瞬間にものすごい勢いで広がっていく。0から100までのスピードが速いんですね。

もちろん人生がファッショントレンドに例えられるわけではないんですが、今は日本でも様々な動きがありますので、いつか本当に真の自分らしく、誰もがオープンにできることが価値があること、そして喜びであるという時代が来ればいいなと思っています。

 

30年連れ添ったパートナーとの子育て

 ――家族の日常をInstagramで発信されています。30年連れ添ったパートナーと、2人の子どもを東京で育てているそうですね。家族についてちょっと紹介してもらえますか?

夫のピーターは1989年に出会いました。今年は彼とのパートナーシップが30周年を迎えるということになります。息子は12歳になりました。クーパーです。そしてリリィ、娘が10歳ですね。

いま子どもたちはアメリカンスクールに行っているんですが、子どもたちは言葉も勉強していて、北京語も話しますし、学校で日本語も勉強しています。

日本にいる間に、人生の可能性というのは無限であるということを学んでほしいなと思っています。

 

――日本は、自治体の一部でパートナーシップや里親認定が始まったりしていますが、まだまだ同性カップルの子育てが認知されていません。セアさんは、どう思いますか?

世界中に今いろいろなファミリーがいて、いろいろな環境で子育てをしている家族があると思います。

子どもたちにとって一番重要なのは、子どもたちが愛されているということ。理解されているということ。そして、子どもたちの自信を深めて、後々には自分の人生を歩めるように自立をさせるということ。

そういったことができる人たちであれば、誰であれ親になってもいいと私は思っています。それは歓迎し、受け入れるべきだと思っています。

ただ、日本ではそういった状況では当たり前ではないことはわかっています。多くの人たちが、日本を変えようとしていることも事実です。ギャップジャパンの元従業員で、今は渋谷区でLGBTの活動を進めて活躍している人もいます。

日本では里親の制度も一部で認められているということですが、里親だけではなくて、実際に養子縁組をして実際の親となることが、LGBTの人たちだけではなくて、いろんな人の選択肢になればいいなと思います。

――日本でもそのようなことが認められる日が来るでしょうか。いま日本でも同性婚の訴訟が始まりました。

私がお話している状況が、昔から可能だったかというとそうではありません。 

先ほど、30年パートナーと一緒にいます、と申し上げましたけれども、本当に市民としての権利を獲得したり、アメリカ全土でこういった権利が当たり前になったりしたのは、最近の話。正式に、法的に結婚しているのは、ここ5年なんです。

5年前に同性婚が可能になりました。それは素晴らしいことだと思っています。

日本は昨今、いろいろなことが変わってきています。LGBTについても平等に扱おうという動きも大きい。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本はもう世界の中心になっていくと思います。

そのときに向けて、日本が、そして私たちのやっていることが、グローバルの視点で認知が高まっていくと考えています。

 

平等さが広がれば、企業に恩恵がある

 ――最後に、経営者として、LGBTが生きやすい社会のために、企業がビジネスを通じてできることは何でしょうか?

ビジネス上で何ができるか。これは文化的な変革、あるいは社会の変革ですが、私たち企業にとっては文化的なベネフィットです。平等さがより広がることは、実は私たちのビジネスにとっても恩恵があると思っています。

どんなところにもいるトップタレント、非常に才能のある社員を集める。その人たちがベストな仕事ができるのであれば、私たちはどんな人も歓迎します。

お互いの理解があって、お互いの恩恵を得ることで、相互感謝ができると思います。

チームにおいて私が信じているのは共同関係。LGBTだけでなく、複数の観点を持ち合わせるほうが、よりビジネスは成功する、繁栄すると考えています。

 

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「大坂なおみ選手は日本人」と浮かれる前に、日本は二重国籍禁止を見直すべきではないか。

全豪テニス/ビーチで撮影に応じる大坂なおみ選手

2018年9月の全米に続き、先日全豪を制覇して女子テニスの世界ランキング1位となった大坂なおみ選手。毎日新聞客員編集委員で帝京大学教授の潮田道夫氏が1月27日、以下のようにツイートし、日本と米国二つの国籍を持つ大坂選手が米国代表として東京五輪に出場するだろうとの見方を示したことが波紋を呼んだ。

「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」

二重国籍を有する大坂選手が脚光をあびることで、二重国籍とそれを背景としたナショナルチームへの参加への要件、ひいては日本人とはなにかが話題に上ることは、グローバル化が進み、国際結婚が珍しくなくなった現在、良いことであると筆者は思っている。

では、本当に大坂なおみ選手はアメリカ代表としてオリンピックに出場するのだろうか。ここで、今回の問題を整理したい。

周知のとおり、大坂選手は父親がハイチ系アメリカ人、母親が日本人であり、日米二つの国籍を有している。現在、国籍上は日本人でもあり、アメリカ人でもある。3歳で渡米して以来、アメリカで長く暮らし、アメリカでテニスのトレーニングを受けた彼女。試合後のインタビューなどを見てもわかる通り、日本語よりも英語で話す機会が多い。そのうえで彼女は、国際テニス協会における国籍登録、つまり「テニス選手としての登録」では日本国籍を使用している。

この前提を踏まえて、2020年のオリンピックについての話をしよう。

■大坂選手は「日本代表」

結論からいうと、大坂選手は東京オリンピックにアメリカ代表として出ることは非常に難しく、出場するならば日本代表になると考えるのが妥当であろう。なぜなら、現実的にみてオリンピック憲章規則の条件をクリアーすることが難しいからである。

オリンピック憲章規則の41の付属細則のその1にはこう書かれている。

「同時に2つ以上の国籍を持つ競技者は、どの国を代表するのか、自身で決めることができる。しかし、オリンピック競技大会、大陸や地域の競技大会、関係IF(IOC公認の国際競技連盟)の公認する世界選手権大会や地域の選手権大会で1つの国の代表として参加した後には、別の国を代表することはできない。ただし、国籍を変更した個人、もしくは新たな国籍を取得した個人に適用される以下の第2項の定める条件を満たした場合は、その限りではない。」

簡単にいうと、選手は自由にどの国を代表するか選ぶことはできるが、一度選んだ国籍で指定の大会に出場すると、別の国の代表になることができないということだ。大坂選手は2017年の国別対抗フェド杯に続き、2018年4月のフェド杯世界グループ2部入れ替え戦にも日本代表として出場している。つまり一度日本という国籍を選択して大会に出場している以上、アメリカの代表にはなることができない。

次に、上記の条件が適用外になる第2項の定める条件を踏まえ、もし大坂選手が日本国籍を放棄した場合、アメリカの代表としてオリンピックに参加できる条件を満たしているのか見てみよう。

第2項の定める条件には、

「上記の大会で1つの国の代表として参加したことがあり、かつ国籍を変更した競技者または新たな国籍を取得した競技者は、以前の国を最後に代表してから少なくとも3年が経過していることが新たな国を代表してオリンピック競技大会に参加する条件となる。」

と書かれている。

これは、一度選んだ国籍で指定の大会に出場したとしても、それから3年経過した場合にはそれとは異なる国の代表になれるという意味だ。前述の通り、大坂なおみ選手は2018年4月にフェド杯世界グループ2部入れ替え戦に日本代表として出場している。東京オリンピックが開催されるのは2020年、この3年経過という条件を満たさなくなる。

確かに、この第2項の最後には以下のように記載があるので、アメリカ代表としての参加は不可能ではないのだが、あまり現実的ではなかろう。

この期間については、当該NOC(国内オリンピック委員会) とIF (国際競技連盟)の合意のもとに、IOC 理事会が個々の状況を考慮し、短縮することができるばかりか、場合によっては撤廃することもできる。

結論からいうと、大坂選手は東京オリンピックにアメリカ代表として出ることは非常に難しく、出場するならば日本代表になると考えるのが妥当であろう。なぜなら、現実的にみてオリンピック憲章規則の条件をクリアーすることが難しいからである。

■グローバル化する世界、”複数の国籍”

今回の大坂選手の活躍は期せずして、日本社会に「国籍とは何か」、ひいては、「日本人とは何か」という2つの点で大きな課題を提示していると言えるのではないだろうか。その課題とは、時代遅れとも言われる、日本の二重国籍禁止規定の是非である。

現在、法務省は二重国籍を原則認めていない。二重国籍を認めていない国は、概ねアジアとアフリカに多く見られるが、世界的には少数派である。OECD加盟国を見ても、二重国籍を禁止する国は少ない。グローバル化が進むなかで国境を越えた人の移動が頻繁になり、国際結婚も珍しいことではなくなる中で、二重国籍禁止がどのような意味を持つかを再検討する必要があろう。生まれながらの二重国籍者にとって、どちらの国籍を選択するかはアイデンティティにかかわる問題である。彼らに選択を強要すること自体が、正しいことなのかを、法務省は真剣に検討する必要がある。

■実は「二重国籍」には罰則がない

国際結婚で生まれ、アメリカと日本2つの国籍を持つ大坂選手は、二重国籍をみとめない日本の国籍法に則り、今年10月16日、22歳になるまでにアメリカ国籍か日本国籍のどちらかを選択することになる。

 

実は、この国籍法は罰則がないので、”ザル法”とも言われている。正確な数字はわからない(おそらく法務省も正確には把握できていないのではないか)が、二重国籍者の9割は、22歳を過ぎても二重国籍のままであると言われている。いかにも日本的な建前と本音というダブルスタンダードだ。

とはいえ、大坂選手の場合は、彼女が二重国籍であることがことあるごとに取り上げられるので、周知の事実となってしまっている。流石の法務省も、見過ごすことは難しいのではないであろうか。

そうなると、公平を期する観点で、今まで見てみぬふりをしてきた法務省も厳格に二重国籍解消をせざるを得なくなると推測できる。

つまり、法務大臣からの国籍選択の催告と外国籍の離脱を証明する公式書類提示の厳格化を真剣に行わなければならないのではないだろうか。もしそれができないのであれば、形骸化した二重国籍禁止事項を国家の面子として維持するか、もしくはこれを機会に二重国籍禁止を見直すか、2つに1つしかない。

しかし、安倍首相が国威発揚の場と考える東京オリンピックだ。高度な政治的判断で、大坂選手の二重国籍問題を法務省がお目こぼしする可能性も否定はできない。現実主義な筆者としては二重国籍に賛成であるが、もし見直しとなった場合、日本国内で大きな議論を呼ぶだろう。

問題は大坂なおみ選手だけではない。現在、国内外にいる二重国籍を持つ有能な人材が、国籍選択を迫られたときどうするかである。彼らの中には、日本国籍を放棄するものもそれなりにいると聞く。大坂なおみ選手も、オリンピック後に放棄したアメリカ国籍を再度取得する可能性もある。いずれにしても、我々は、「大坂選手は日本人」と浮かれる前に、真剣に二重国籍の問題を考えるべきではないであろうか。


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言葉のセンスは磨ける。歌人・穂村弘さんと“素人さん”に学ぶユニークな日本語の世界

可能な限り働きたくないと思っていた20代、私は多くの文学作品に触れた。日本人だと阿部公房と初期の村上春樹作品が好きだし、ドイツ文学とアメリカ文学が好きだ。

一方で、イギリス文学とフランス文学は肌に合わない。それが言い切れるくらいに読書をしたお陰で、書店員になり、仙台店の店長までやらせてもらっている。

いざ本を扱う仕事をしてみると、「やはり本屋は言葉を売る仕事だなあ」と思うし、「言葉を扱うのはセンスだなあ」とも思う。

センスまで教えることは難しくても、「本屋が売るのは、言葉」だということは伝えたくて、アルバイトの研修期間にはそのことを繰り返している。

さて、言葉を売る仕事をしていると、独特な言語感覚に出会うことがある。

例えば、短歌。相手に意味を伝えるのではなく、五・七・五・七・七のリズムから相手にその言葉の先の意味を想像させる。それが面白い。

今回紹介する『短歌ください』は雑誌(ダ・ヴィンチ)の読者投稿企画から歌人穂村弘さんが短歌の背景にあるであろう状況の解説を加えてくれているので、こちらの乏しい想像力を補填してくれる。

ペガサスは 私にはきっと優しくて あなたのことは殺してくれる 

(冬野きりん・女・18歳)

世界が張り裂けて溢れてしまった愛の歌、との評。

愛の歌。愛のうたかぁ…。

総務課の 田中は夢をつかみ次第 戻る予定となっております

(辻井竜一・男・29歳)

ふつうは「夢」をつかんだら戻らないと思うんだけど、「予定」では戻る、というところがいい、との評。

仕事を辞めたいなぁと漠然と思っている方の短歌だと思っていたのが恥ずかしい。

要するに、短歌を考えているのも読者もほとんどが短歌素人さん。

世の中にセンスの良い素人が多いのか、解説が良いのか、はたまた両方か。回を重ねるごとに読者の上達が凄い。みんな真面目。

そこにきて思うのは、言葉のセンスは修練できるのだなあということ。雑談力や伝え方の本を読んで「自分には無理だ」と諦めたかたにこそ触れてもらいたい。空前の俳句ブーム(?)の陰に隠れてはいるが、短歌もなかなかいいですよ。

ちなみに、穂村弘さんはエッセイも面白い。話の面白い人が独り言をずーっと言っている感じ。こんな話の面白い人と雑談できたら人生楽しいだろう。友達になりたい。お勧めは同じ角川文庫から出版されている『蚊がいる』。秀逸です。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

穂村弘『短歌ください』(角川文庫)

今週の「本屋さん」

金子圭太(かねこ・けいた)さん/くまざわ書店 エスパル仙台店(宮城県仙台市)店長

どんな本屋さん?

今年で開店4年目となる当店は、JR仙台駅直結のエスパル本館3階にあり、新幹線の時間を気にされているお客様がパッと来てパッと買えるよう整理された売場が魅力です。一方で、地元新聞社のブックガイドコーナーや書評を中心とした時事・教養コーナーなど、地元のお客様や知的好奇心の高いお客様に選ばれる店作りもしっかりと心がけています。10年20年と愛され続ける書店を目指して、日々奮闘中です。

撮影:田中姫菜(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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知らない間にはまっている”フレーム”を外してみよう。 そこから自由は始まる。

何の為に医者や看護師やってるの?

どんな看護師になりたいの?

で、ここに何を求めてやってきて働いてるの?

そして次はどこで何をするの?

それは何の為に?

それで、そこでそれをする意味は?

その結果、どうなりたいの?

と、矢継ぎ早に質問して攻め立ててみる。

まあー、そこまで皆深くは考えてないようだ。

一度しかない今の人生だからね、ちゃんと考えて生きたほうが質が高まると思うのよ。

人生はそのプロセス(過程)にこそ、真実があるのだから。

だから、

「何かを始める」「何かを求める」

そういう時でさえ、まず自分が知らない間に押し込まれている”フレーム”を疑うところから始めた方がいいと思ってる。

例えば、一昔前は(もしかして今でもかな?)、医学生や若い医者達に将来を尋ねると皆、一様に先端的医療がしたいという。

海外ボランティアをするとか、休学をするとか、それは彼らにとって”先端的医療からの離脱”を意味していて、時代から取り残されるのだと認識していて、とてもストレスがかかるという。

でもね、考えてみてよ!

先端的医療を必要とする患者って一体、患者の何パーセントよ?

100パーセント近い人間がそれを目指してどうするのよ? と、私はいつも思ってる。

なぜか、医者たるもの皆、先端的医療をしなければ国民を苦しめるという、得体の知れない誰かが植え付けたと思われる罪悪感を、知らぬ間に背負わされている。

そういうフレームね。植え付けられた。

まずはそれを外さないと。

フレームのイメージ

こういう根拠のないフレームが巷にはあふれていて、個人をうまくコントロールしたい権力や権威を持つ者に、皆、利用されている。

海外、特に途上国で医療をやる。そうすると、日本人は必ず医療の自立というのは「現地人だけでやるのが素晴らしいのだ」という考えをまあ、ほぼ全員が信じている。

私はそうは思っておらず、そのことにより「現地人だけでやる」ことが目的化され、肝心の医療の充実がおろそかになる可能性があることに危機感を抱いている。だから、私は今も自ら医療活動を続けている。

現実的な国籍や免許の問題を除けば、その国の人だけで完結する科学分野の構築は時代の流れに逆行している。恐ろしく独断的に進められている軍事や個人情報の収集など、おおよそ人類全体の利益を損なう分野だけがそのような時代遅れの考え方で運営されているとすら感じている。

その「途上国の人間だけで運営できることが素晴らしいことだ」というフレームは、「医療は患者のためにある」という大原則を考えれば、患者にとって最良の医療を提供してくれる医療こそが最善であり、提供する側の国籍などどうでもいいことだと思う。

私がその国の人間だけで運営できるのがいいと考える理由は、経済効率と現状の免許や国籍などのシステムによるところであり、他の日本人たちが信じているような”それが素晴らしい!”という理由からではない。

さて、先端医療をしなければ罪なことだと若い医療者たちに刷り込んだのは果たして誰なのか?

大方、先端的医療しなければならないと刷り込んだのは大学や大型病院で、大学の医局に医者を集めるため、あるいは権威を保つためにそのような考えや雰囲気を作り出していると思う。

日本の医療界は多分に漏れず”数は力”の論理が強いなと感じる。

大学にいかなければならないとか、英語ができなければならないとか、男はこうあるべきだとか、日本は素晴らしい国だとか…。

なんか全ての人に普遍的にさも正しいかのように刷り込んでくるから。

看護師は患者の言うことに理解を示さなければならないとかね。

お客様はどの人も大切にしなければならないとか。

本来、こんなのはケースバイケースなのに、なぜか普遍的に、そうしなければおかしいようなフレームを植え付けられている。

結果、誰もがストレスを抱えて青息吐息になって疲れているように見えてる。

話を戻すと、あるべきだと刷り込まれたフレームをいったん外してみて、自分に向き合ってみることをオススメする。

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そうすると、当たり前に大方、何の為に看護師や医者をやってるかも分かってくる。

お金を稼ぐ手段。

自己実現の手段。

でも、結局、今それをやってる究極の目的は、豊かな人生を生きるためでしょ? 違うかな?

お金を稼ぐのも、自己実現も、それは豊かな人生を生きるために必要なものだからじゃないかな?

ほとんどの職業は服みたいなもので、いつでも脱ぎ捨てられるし、新しいものに代えることができる。

その服を着るために人生をすり減らし、自己嫌悪に陥り、挙句、大きな病気になったり、鬱になって自殺したりする。それでは本末転倒だろう。

お金などにあまり縁のない私でさえ、お金は大切でそれがないと生きていけないことは知っている。

では、一体いくらあれば、節約したら生きていけるんだろう? と考えてみる。

こんな時代だから安定を求めるという人もいるけど、20世紀後半の一時期を除き、個人が今よりも安定していた時代などこの国には一度もないと思う。平均寿命が延びているということはすなわち、安定しているということだと思うけど。

多くの人は、お金はこれくらいあればいいのだ、という基準を設けたほうがいい。

今を犠牲にして、未来の安定を買うために、時間を投下する。

そしてその未来になれば、再び同じことを繰り返し、気が付けば生きる時間が終わろうとしている、あるいは無為な日々を送る老人になってしまっている。若い輝ける時間を犠牲にして、無為な老齢の時間を手に入れたなどという笑えない冗談を、一度しかない人生でやらかす気には、私は到底なれない。

私の中で楽天家というのは、”まあっ、いいか”と思える人間のことだ。

自分を追い詰めすぎない。

「こうすべきだ」

「こうあらねばならない」

を、自分の人生を犠牲にしてまで求めすぎない。

自分の人生を犠牲にしているかどうかは、他人には分からない。

だから自分に聞くしかない。

自分は今幸せだと感じているか?

今、希望を持てているのか?

時間の密度はかつてないほど濃密なものか?

もしも1年後に死ぬ病になっていても時間をもったいないと感じないのか?

人生はそぎ落とし。

いらないものをそぎ落としていく。

そうすれば自分に本当に必要なものだけが見えてくる。

お金も、時間も、友達も、仕事も、所有物も。

自分の人生に本当に必要なものは何か?

それはどんな人生を歩みたいから必要なのか?

本当の自分にとっての幸せとは何なのか?

私が世界から強制されるべきフレームなど本来はないのだけど、自分自身が知らぬ間にはめ込まれているフレームを外すことから自由は始まる。

そのために人生に揺らぎを与えねばならない。

揺らぎを与えるというのは、毎日の思考や常識、習慣を疑い、もう一度自分の人生にとって必要かどうか、それが本当の幸せをもたらすのかを、自分の心に聞き返し、そぎ落とす。

でないと、これから人生100年だから。

無為な老後が長くなる。

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辺野古に基地を移すなら「辺野古基地設置法」の制定が必要 憲法学者・木村草太さんが主張する理由

辺野古移設問題について憲法学者の木村草太さんに聞いた

2018年末、インターネット上で沖縄にある米軍基地問題をめぐり、声を上げる動きが広がった。普天間飛行場移設に伴う辺野古新基地建設工事について、トランプ大統領に工事中断を求める署名はネット上で火がつき目標の10万筆を大きく超えている。憲法を通して見ると辺野古問題はどう映るのか。憲法学者で首都大学東京教授の木村草太氏が、12月20日放送のdTVチャンネルのネット番組「ハフトーク」で語った。

木村教授は元大阪市長の橋下徹さんとの著書「憲法問答」(徳間書店)などで、もし新たに辺野古に米軍基地を建設するならば、憲法に基づき「辺野古基地設置法」の制定、さらに基地を立地する自治体の住民投票が必要になるのではないかと主張している。

その理由は何か。まず問題の前提を整理する。

「沖縄県民や辺野古周辺の住民は日本全国からみると少数派です。軍事的な合理性を考えるなら、本当は、米軍基地は沖縄県外に移設してもよかったとしても、沖縄に基地を作ろうという声は受け入れられやすい。全国的に考えれば、自分たちの自治体周辺に基地負担が無く、安全保障の効果は享受できる、という状況を歓迎する人が多いからです。民主主義の下では、少数派である沖縄に不公平な負担が押し付けられやすい状況にあるということが前提になります」

「その上で考えないといけないのは、国が特定の県、自治体にだけ負担を押し付ける政策を進めていいのかという問題です。それでは公平な行政、公平な政治は実現できませんから、それにブレーキをかけるような装置が憲法に組み込まれています」

そもそも米軍基地を作るとはどういうことなのかを考えてみよう。日米地位協定では、日本の国内法が不適用となる事項が規定されているので、米軍基地があるところでは、自治体の自治権が制限される。

憲法92条は、「地方公共団体の運営」にかかわる事項は法律で定めるように求めており、自治体の自治権を制限するのは、当然、憲法92条の「地方公共団体の運営」に関わる問題にあたる。

米軍基地のような地方自治体の権限をかなり制限するようなものを新設する場合には、自治権をどこまで制限するのか、法律で定める必要があるという趣旨だ。

また、92条以外にも問題がある。立法事項について定めた41条だ。

「憲法41条は、国会が立法機関であることを定めていますが、何でもかんでも細かいことまで法律を作る必要があるわけではありません。国政の重要事項については、国会が法律によって定め、細かいことについては、内閣が決めてよいとされています」

「ただ、米軍基地をどこに作るのかは国政の重要事項のはずです。それなのに、現在は内閣だけで決めている。本来ならどこに米軍基地を作るのかは、国会で法律を作って決める必要があるのではないか。辺野古でいえば辺野古基地設置法のような法律を定めなければいけないのではないかというのが私の考えです」

さらに憲法95条に「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」とある。

「一の」というのは「特定の」という意味だ。国が特定の自治体に対して不利益を課すような法律を安易に作らせないために定められた条文だ。

95条に基づけば、自治権をどのような範囲で制限するのかを定めた法律や、米軍基地の設置場所を定めた法律について、辺野古のある名護市はもちろんのこと、自治権を制限される沖縄県の住民投票も必要になるのではないか。

「米軍基地の設置場所は内閣が勝手に決めていいと考える人もいると思いますが、それならば内閣が勝手に決めていいという法律を定めればいい。その代わりに内閣がルーレットで決めた、ダーツで決めたと言っても文句が言えなくなります」

木村教授はこう強調した。

「(沖縄だけでなく)うちの自治体に米軍基地設置が決まったとしても、この手続きなら仕方ないと国会議員だけでなく住民も納得できる。それが憲法の要請する手続きです」

問題は「沖縄」にはない。沖縄に起きていることが、もし自分の地元で起きたら納得できるだろうか? これが大事な問いである。


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「向上心」「自己責任」といった強者の論理に飲み込まれる前に…世界の構造に近づくための1冊

金曜日の夜。

仕事帰りに、神保町の書店まで一駅分歩く。

週末に読む本はどれにしようか。

店内を彷徨いながらただ書棚を眺める時間。

都内で会社員として働いていた頃は、大きなストレスはなかったものの、このままこの会社で働きつづけるのだろうか、これがやりたかったことなのだろうかという迷いを抱えていた。仕事に楽しさややりがいを見出していたし、人間関係も良好だった。けれど…。

いつから通うようになったのか、そのきっかけも思い出せない。

神保町にある東京堂書店は、ぼくにとって「本屋」の原体験だ。

見たこともない本が整然と並んでいた。静かな佇まいの本。それらを眺めていると、この世界のことなんてほとんど何も知らないんだなと思った。不思議と焦りはなく、何も知らないということの清々しささえ覚えた。

決断できなくても、期待に応えられなくても、受け容れてもらえる場所。

たくさんの世界、たくさんの価値観が並ぶ場所。

本屋は、大げさにいえばぼくにとって「救い」のような存在だった。

こういう場所のためになら、一生を捧げて働けるのではないか。

仰々しいので、人から尋ねられれば「趣味が高じて」と一言で済ませているけれど。

会社を辞め、青山ブックセンター本店で2年半働き、その後地元である茨城を中心に書店チェーンを展開するブックエースに転職した。現在TSUTAYAララガーデンつくばに配属されて5か月が経つ。

「本当はもっと売りたい本、教えてください」。

そう聞かれて真っ先に浮かんだ本がある。

オーウェン・ジョーンズ『チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社)だ。

左派論客である著者が、イギリスの労働者階級がいかに蔑視され、貶められているのかを暴いたノンフィクション。「チャヴ」とは、労働者階級を指す蔑称で、そのイメージは「暴力、怠惰、十代での妊娠、人種差別、アルコール依存など」酷いものばかりだ。

サッチャリズム、ニュー・レイバーの政策によって破壊された一次産業とコミュニティ。政治家とメディアが結託して行う差別的なイメージ操作。「いまやわれわれはみな中流階級」であるという欺瞞…。

筆者はこう指摘する。

ニュー・レイバーの政治家たちは、労働者階級の子供の学業成績がふるわないことや、貧乏が世代から世代へと受け継がれていることの理由にも、たびたび「向上心の乏しさ」をあげた。

p.115

結局、メリトクラシーは、「頂点に立っている者はそれだけの価値があるから」とか、「底辺にいる者はたんに才能が足りず、その地位がふさわしいから」といった正当化に使われる。

p.122

メリトクラシーとは「能力主義」のことだ。聞こえはいいし、馴染みもある。民間企業で働く人の多くは「成果主義」という言葉に好意的であるはずだ。だが、ここでは社会問題をあくまで「個人」の問題にすり替えるための口実にされてしまっている。

BNP(極右政党のイギリス国民党/著者補足)は不平等を人種問題にすり替えて焦点を当て、多文化主義を悪用した。つまり、白人労働者階級を、迫害された民族的マイノリティと見なしてプロパガンダに用い、反人種差別的な外見を整えたのだ。

p.289

2000年代には、労働者階級を代表しているかのような体裁を整えた極右政党、イギリス国民党(BNP)が支持されるが、その実BNPの経済政策は労働者階級に資するわけではない。その上、労働者階級には「移民嫌悪」というレッテルまで貼られてしまう。

つまり、あらゆる側面で問題がすり替えられ、隠され、労働者階級が敵視されている。

富裕層による脱税という「何百億もの略奪」は見過ごされているのにだ。

自分の理解が表面的なものであったことに衝撃を受けた。

ブレグジットもニュースは見ていたものの、「右傾化」「移民嫌悪」の表れだと単純に考えていた。だが、根底には「雇用」という経済問題が横たわっている。ないものにされた「階級」は厳然としてそこにあるのだ。それを構造的に支える「エスタブリッシュメント」層とともに。「向上心」とか「自己責任」といった強者の論理が虚しく響く。

最後に著者は述べる。

新しい階級政治は、いまやイギリスだけの現象ではない。億万長者のビジネスエリートたちがグローバル化したのであれば、労働者階級の人々もあとに続かなければならない。

p.330

なかなか世界中の労働者と連携して闘うというイメージは持ちづらいが、問題は国家を超えて関係し合っている。オーウェン・ジョーンズがあぶり出した「弱者を敵視する社会」とその構造だって他人事ではないはずだ。

何が起きているのかを知ること。できることをひとつひとつ積み上げていくこと。

『チャヴ』を読むと、暗澹たる気持ちになると同時に、腹の底から力が湧いてくる。

この世界の真実は往々にして見ることができない。あるいは、巧妙に隠されてしまっている。本は、それらの「見えているはずなのに、見えなくなってしまっているものを、人の営みによって見えるようにするもの」だと思う。『チャヴ』を読んでそのことを体感いただけたら書店員冥利に尽きる。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

オーウェン・ジョーンズ『チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社)

※咋年12月にはオーウェン・ジョーンズの最新刊『エスタブリッシュメント』(海と月社)も刊行。『チャヴ』とあわせて。

今週の「本屋さん」

益子陽介(ましこ・ようすけさん)さん

TSUTAYA LALAガーデンつくば(茨城県つくば市)

どんな本屋さん?

「TSUTAYA LALAガーデンつくば」は、ひたちなか市にあるコーヒー専門店「SAZA COFFEE」との県内初のコラボとなる、BOOK&カフェスタイルの書店です。お子様連れのファミリー層のお客さまが多いため、休日はお店の前にある広場で書店イベントなども開催。広い店内には「お店に置いていない本はないのでは!?」と思うほど、豊富なジャンルの書籍が並んでいます。

ファミリー層に特化したお店なので、児童書と教育書コーナーは広く、お子様が伸び伸びと遊びながら気になった絵本が読めます。

益子さんはビジネス書が大好きということで、「ビジネス書コーナーに革新を!」と思わず手に取ってしまうような素敵な棚づくりを日々実践中、見どころの1つです。

撮影:橋本莉奈(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)


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大人が思っている以上に、子どもは人なんだ vol3

チャーミングケアという、病気や障害のあるどんな子どもにも、子どもらしくいるための外見ケアやメンタルケアなどの重要性を推奨・啓蒙しているチャーミングケアラボの石嶋です。

チャーミングケア ラボで連載している「大人が思っている以上に、子どもは人なんだ」の第3弾として全介助が必要なお子さんのケアをしながら病児服などを扱うECサイト「パレットイブ」を運営している奥井のぞみさんに寄稿していただきました。

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ

大人が思っている以上に、子どもは「人」なんだ vol2

写真提供:奥井のぞみさん

親の目線、きょうだい児の目線

24時間人工呼吸器管理、胃ろう、導尿・ナイトバルーン、全介助が必要な伊吹(小2)と、次男(小1)を出産するまでの葛藤。そして、きょうだい児として育つ次男にとって障がいを持つ兄はどう映るのか、本人に聞いてみました。

夫からのひとことで、初めて自分の姿に気が付いた

2010年6月、原因不明の出産事故により、伊吹はピクリとも動かない障がい児になってしまった。

なにがいけなかったのか

なんで私はうまく産めなかったのか

出てくる言葉は、なんでなんでなんで。いつまでも自分を責める私にしびれを切らした夫が言った。

夫「いつまで悲劇のヒロインぶってんの。一番かわいそうなのは伊吹だよ。」

私「…産んでもないくせに、何がわかるの!!」

しかし、時間が経つにつれ「こんな体に産んでごめんね」と思う回数が減ってきた。

この言葉は自分ことしか考えてない言葉だと思えてきた。

一番「なんで?」と思っているのは伊吹本人かもしれない。

いくら自分を責めても、健康だった伊吹の体は戻ってこない。

伊吹と私たち夫婦の遺伝子検査の結果は、誰にもなんの問題もなかった。

医師「次はほぼ健康なお子さんを望めます。」

緊急帝王切開になった私のお腹には、縦に手術の痕が残っていた。

医師の言葉で、確信した。

私たちには問題はなかった。…次は絶対健康な子どもを産む。

衝撃の事実

世の中にはVBAC(帝王切開で出産後に、次の出産するときに経腟分娩で出産をすること)という方法があるらしい。ネットで経験者の話を読んでは期待し、母子ともに高リスクを負う出産方法であることに恐怖を感じた。

そんなことよりも次は絶対普通分娩で!!変な使命感が私にはあった。

だって、私たちにはなんの問題もなかった。だから普通に分娩ができるはず!

伊吹を出産して1年が経過し、第二子を妊娠した。

「よっしゃ、絶対できた!!!」(直感)

病院に行ったらだいぶフライングをしていたようで翌週に持ち越しになったが、その後無事に妊娠が確定した。

そんな矢先、自宅に分厚い封筒が届いた。

産科医療補償制度の原因分析の報告の書類だ。

難しい医学用語の中に「子宮下節の菲薄化」という言葉を見つけて血の気が引いた。

妊婦健診に書類を持って行き「これはどういう意味ですか?」と産科医に聞いた。

産科医「本物(原因分析の冊子)初めて見たな~!こんなんなんだー!」

(いやいやいや、関心せんで答えてください。)

産科医「そうですね、子宮壁の一部が薄くなっていたということですね。」

VBACなんて無理だ。

だけど、次の子どもを産める体を残してくれたことに心の中で感謝した。

そして、帝王切開にて次男が誕生。

が、オペ室で取り上げた次男の鳴きが悪い。テレビで見て感動のご対面と違う。

オペ執刀医「N(NICU)の先生呼んできてー!」

横目で見える赤ちゃんの血色が明らかに悪い。伊吹の介護のおかげで、私の知識レベルが上がっていた。

カンガルーケアはいらないから、早くNICUに連れてって…。心の中で叫んだ。

NICUに運ばれた赤ちゃんには3日間、人工呼吸器が挿管された。

しかし色々あったが、私たちの第2子は母親よりも2週間ほど後に無事退院することができた。

晴れて障がい児と赤ちゃんがいる新生活がはじまったのである。

編集・制作:チャーミングケア ラボ

お母さんはスーパーマンじゃないといけないのか??

経験のある方もいるであろう、ガルガル期。新生児がいても我が家の生活はすべて伊吹を中心に時間が組まれている。そんな我が家は夫の母、つまりは義母と同居をしている。

翌日仕事にしっかり専念してもらうためにも、夜間のケアはすべて私がやっていた。そこに新たに新生児が加われば、それこそもう医療機器のアラーム音と痰の絡む音と新生児の鳴き声の戦場だ。

またこれがタイミングよく伊吹のケアの時に限って次男が泣き出す…。伊吹を待たせて授乳をし、隙を見ては吸引・オムツ替え・体位交換…そして泣き出す次男に授乳…。

いかん、このままじゃ発狂する。

助けてほしいけど2階で寝ている夫と義母を起こすのは忍びない。でも、聞こえん?泣いてる声?ぐるぐると頭の中で葛藤をする。

ある日「夫はほかの家庭の夫よりもよく家のことをしてくれているんだから、もうちょっと休ませてあげて。」と言われた。

なにかが切れる音がした。

その日から2日間、私は夫に伊吹のことも次男のこともさせず、全部一人でやった。もう意地だった。

「気がおかしくなったんじゃないか?」

いい嫁キャンペーン終了のゴングが鳴った。

一つ屋根の下で暮らす以上、言いたいことを言えず暮らすのはこれ以上無理!夫と話し合って決めた伊吹のケア分担。どうにもこうにもしようもない。私だって自分の体を大事にしたい。

自分の意見をできるだけ伝えるようにした。口答えをする嫁の完成だ。結果、年に一度はガチンコでぶつかることが今でもあるが、一緒に買い物や食事、お出かけもする、ほどよい距離感を義母とは築いている、と思う。

これがあの「きょうだい児」というものか

伊吹が一時危篤になった時は、私たちにとって次男を預ける保育園は救世主だった。

在宅介護をしていると、日中の外出なんてできず、児童館ではすでにママグループが構築されている。私には近くに住むママ友がいなかった。しかし、保育園なら同年代の子どもたちと一緒に過ごせる上に、家にいるよりも子どもの成長に絶対いい!そう思っていた。

保育士「日中、次男くんが荒れていて…ご自宅でなにかありましたか?」

3歳の子どもだからあまり伊吹の状況はわからないだろう。そう思っていた私たちは後悔した。伊吹にばかり重きを置いていたことを、小さい体でわかっていた。

次男との時間をきちんと作ろう。両親揃ってお出かけすることは難しいけれど、土日はどちらかが次男を連れていろんなところに出かけよう。健康な次男と行ける場所は、いっぱいあった。

もちろん、伊吹も一緒に家族揃ってのお出かけもいっぱいした。

上野動物園、ディズニーリゾート、近所のお祭り、水族館、温泉旅行、いろんなところにみんなでお出かけをした。

年齢を重ねてくると、次男は伊吹におみやげを買ってくるようになった。

次男「いぶにぃー!みてー!」「いぶにぃにもおかしあげるね。」(口に突っ込む)

話しかける声はとても柔らかくやさしい口調だ。

次男は6歳になるまで伊吹がどうしてベッドの上で生活しているのか、動いたりしゃべったりできないのか聞くことはなかった。

きっと彼の中でこれが当たり前なのかもしれない。

写真提供:奥井のぞみさん

次男にとっての「障がい児」とは「よくわからない」

出かけ先で車いすに乗る子どもを見かければ、ソワソワしだし、近寄っていこうとする。そして、次男は伊吹との「違い」をこっそり耳元で教えてくれるようになった。

伊吹とおでかけをすれば、自分がバギーを押す!(前、前、前!!!)

伊吹がお風呂に入ると、自分も手伝う!(頼むから気切あたりにお湯かけないでー!)

いぶにぃの隣で寝る!(伊吹を踏まないでぇぇぇぇ!!!)

この文章を書くにあたり、小学1年生になった次男に聞いてみた。

―――――――――――――――――――――――――

いぶにぃと一緒に遊んだりできないけど、どう思う?

次男「ん~、しかたないよね!」

いぶにぃがいると、お父さんとお母さん二人そろって次男とお出かけができないけど、どう思ってる?

次男「それはそうでしょ!たまに寂しいけど、いぶにぃも一緒におでかけすればいいんじゃん!」

―――――――――――――――――――――――――

最近とても驚かされたことがある。

次男「おとうさんとおかあさんがいなくなったら僕がいぶにぃをみなくちゃいけないから、いろいろおぼえないとね!」

唖然としつつも「いぶにぃを看るのはお父さんとお母さんのやることだから、次男はいぶにぃのお世話しなくちゃいけないって思わなくていいんだよ。」と答えた

伊吹のことは私たち両親が覚悟を決めて在宅介護を選んだので、次男にその責任を負わせることはしたくない。もちろん、本人が自然な流れでやりだすのなら問題ないのだが、なぜか私たち両親がいなくなった後の心配をしだしたので思わず笑ってしまった。

でも、そんなことを言った次男に心がギュっと苦しくなり、私は思わず抱きしめた。

いぶにぃと仲良くしてくれて、ありがとう。

——————————————————–

子どもの視点を伝えたい

チャーミングケアは、子どもが子どもらしくいるための治療以外のトータルケアをさすものです。

今回取り上げたメンタルケアだけではなく、どんな子どもでも可愛らしさやかっこよさを諦めない外見ケアなどの話も、子どもの目線を踏まえた上でクローズアップしていけたらいいなと思っています。

みんなのチャーミングケアラボラトリー


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記者からのセクハラ質問に驚きの切り返し 独サッカー男子チームを率いる女性コーチ 

BVクロッペンブルクのImke Wubbenhorstコーチ

ドイツ・男子サッカー5部リーグのBVクロッペンブルクの女性コーチが、記者のセクハラまがいの質問に対して驚きの切り返しをしたとドイツ紙「WELT」に明かしたと複数の海外メディアが報じた。

彼女はドイツの上位5部リーグで史上初めて、女性としてコーチに就任した人物だ。12月のチーム参加以来、5部への残留をかけてチームを指揮している。

男性チームを指導する彼女に向けられたのが、彼女が更衣室に入る時はパンツを履いておくようにと選手たちに指導しているのか、というものだ。

このセクハラともとれる質問に、彼女は皮肉っぽく以下のように答えたという。

「もちろんそんな指導はしませんよ。私はプロです。選手たちをペニスの大きさで起用していますから」

残念ながら彼女に対する性差別的な反応は、これが初めてではない。

FOX SPORTSによると彼女のチームのアシスタントコーチが「女性のために(練習用の)三角コーンを拾う」ことを拒否したとしてすでに解雇されている。

こうした状況に彼女は「私のことを、男性か女性かではなく、運動面のパフォーマンスで評価して欲しい」といい「残り12試合、チームのリーグ残留をかけて厳しい戦いが続くが全力を尽くしたい」と意気込んだ。


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パタゴニアの森から海へ旅する

パタゴニアの森から海へ旅する

原生林と川と湖と氷河に囲まれた南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーを綴っています。今回は、その27回目です。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」11月30日の日記から

今朝は、晴れて、日差しが強かった。丘を降りると、昨日の雨で草が濡れていて、靴がびしょ濡れになった。空は青く、雲ひとつない。春を飛び越して、一気に夏が来たようだ。

ゲートの外で、ハビエルが待っていた。「おはよう!」と、挨拶をして、ハビエルの車に乗る。今日は、チリのIDカード(身分証明書)を更新するために、チャイテンにある住民登録所に行くのだ。チャイテンは、ラフンタから150キロ北にある太平洋に面した小さな港町である。

車に乗ると、道路と平行に流れているパレナ川が見えた。パレナ川は、毎日、色が変わる。今日は、空の青を映して、濃いブルーだ。森は、芽吹き始めた新緑で輝き、山頂は深い雪で覆われていた。

「春は、いいなあ。どこを見ても、新緑がきれいだ」と、ハビエルが言った。

「今日、チャイテンに行けてよかった」窓の外を眺めながら、私は、昨日のことを思い出していた。

IDカードを更新するために、元々は、300キロ南にあるプエルト・アイセンという、もっと大きな町に行くはずだった。政府のサイトで調べたら、IDカードの更新するには、外国人は、出入国管理部門がある警察署に行かなくてはならないと書いてあって、それがある最寄の町は、プエルト・アイセンだったのだ。

でも、プエルト・アイセンへ行く道は、工事中で、土砂崩れが起きたりして、何日も閉鎖される可能性があったし、往復の日にちを入れて、5日ぐらい家を明けなければならない。今、ちょうど、野菜の苗が育っている時期で、毎日、水をやる必要があるので、家を空けるのは、避けたかった。

「もしかしたら、奇跡的にラフンタで更新できるかもしれない」

そう思いついて、昨日、最近オープンしたばかりのラフンタの住民登録所に行ってみたのだった。

すると、住民登録所の女性は、こう言った。

「警察署に行かなくても、ここで、IDカードの更新、できますよ。でも、外国人の方が登録できる設備が整うのは、12月15日以降になります」

なんと、残念な。私たちのIDカードは、12月11日で期限切れになってしまう!

「期限が切れた後でも、更新できますか?」試しに聞いてみた。

「できないことはないけど、手続きが複雑になるので、期限が切れる前に更新した方がいいですよ。プエルト・アイセンに行かなくても、チャイテンで更新できます。バスは、週に3回出ています」

がっかりした。どうしても、家を数日、空けるのは、避けられそうもなかった。すると、友達のマカレナが通りかかり、とても、いいアドバイスをくれた。

「チャイテンへ行く道路は、ほとんど舗装されていて、車で行けば、2時間で着く。IDカードの更新はすぐできるから、日帰りできる」と言うのだ。それは、願ってもないことだった。早速、ハイヤーサービスをしているハビエルに連絡すると、運良く、スケジュールが空いていて、車の手配もできた。

ところが、一つ、忘れていたことがあった。提出書類のコピーを取らなければいけなかったのだ。気づいた時には、夜遅く、ラフンタのオフィスは閉まっていた。

「もし、チャイテンにコピーする場所がなかったら?あっても、コピーマシンが壊れているとか、トナーがないとか、店が閉まっているとか、何かの理由で、コピーができなかったら???」

不安が、どっと押し寄せてきた。チャイテンは、9年前の火山爆発で町が灰に埋まり、住民は全員退去。数年前に、やっと復興し始めたばかりだ。不安が募るのも、無理はなかった。そこで、必要な書類を写真に撮り、プリンターで印刷した。

「150キロも旅して、書類不足なんてことのないように、全部、書類を揃えておくに越したことはない」と、ポールは念を押したのだった。

「今日は、ラッキーだ」ハビエルの声で我に返った。車は、順調に走っていた。道路工事で何度か、止められたけれど、5分も待たずに通してもらえた。書類も全部、揃えたし、何も問題はない。この分なら、11時ぐらいに着きそうだった。

と、その時、カーブを曲がったところで、ハビエルが、ブレーキをかけた。一方通行なのに、大きなコンクリートミキサーが、こちらへ向かって来たのだ。私たちの車に気づいて、ミキサーは方向転換をしようとバックしたのだが、道路の側溝にズルズルと、はまってしまい、道路をブロックしてしまったのだった。

トラックが道をブロック

「ああ、起きてほしくないことが、起こった!」ポールが、叫んだ。

ミキサーの運転手は、前進しようとしたけれど、車は傾いて、さらに側溝にはまった。横転しなかったのは、ラッキーだった。運転手が、車を降り、こちらへ向かって歩いて来た。

「牽引してもらわないといけないから、他の作業員がいる所まで乗せて行ってもらえないか?」と、運転手は言った。

「トランシーバー、持ってないの?」と、ハビエルが聞くと、「持ってない」と答えた。

仕方がないので、運転手を乗せて、他の作業員がいる場所まで戻り、牽引できる大きなトラックを探して、行ったり来たりした。道路は通行止めになり、車の長い列ができて、人々はいらいらし始め、車を降りて、抗議し始めた。チャイテンには、空港と港がある。長蛇の列の中に、飛行機やフェリーに乗るために、先を急いでいる人たちがいた。

この時点で、もう、30分が経過 していた。ようやく、大きなトラックが来たけれど、牽引に失敗し、もっと大きなブルドーザーを探しに行かなければならなかった。

住民登録所は、午後2時に閉まる。十分、時間があると思っていたけれど、それも、怪しくなって来て、心配になり始めた。すると、もっと大きなブルドーザーが来た。でも、それも、牽引に成功するかどうか、わからなかった。ポールも、そわそわし始め、車を降りて、魔法瓶からコーヒーを注いで飲み始めた。ポールは、いつも、最悪のシナリオになった時のことを考えて、解決法を探す。

コーヒーを飲み終わると、ポールは、言った。

「もし、2時前にチャイテンに着けなかったら、ハビエルにはラフンタに帰ってもらって、僕らは、チャイテンに一泊しよう。オフィスには、明日の朝、行けばいいし、帰りは、ヒッチハイクで帰ってくればいい」

「うん、そうだね。OK」

次の行動を決めると、ポールは、ずっと、リラックスしたように見え、私も、安心して、気が楽になった。

すると、面白いことが起こった。執着を手放して、必要な手続きは明日やろうと決めた途端に、道路がオープンしたのだった。

「わーい!」私たちは、喜びの声を挙げた。チャイテンまでは、あと、1時間。午後12時には着きそうだ。しばらく走ると、氷河が見えた。氷河から流れてくる川に沿って走り、雪山を背景にして、美しいイェルチョ湖が見えると、まもなく、チャイテンに着いた。

イェルチョ湖と氷河

「わあ、潮風だ!」チャイテンに着くと、海の匂いがした。

チャイテンは、3年前に来た時とは、比べ物にならないくらい復興していた。3年前は、まだ、建物が火山灰に埋まっていたのに、その面影はなく、新しい店やレストランができて、銀行まであり、住民登録所も、新しい設備が整えられていた。

係りの女性は、親切に笑顔で対応してくれた。オフィスには、日本人形がたくさん飾って、驚いた。「私、日本のファンなの。庭に、今、日本庭園を作っているところなのよ」と、彼女は言った。役所の人が、親しみやすいのは、ありがたい。チリでは、役所に行くと、気さくに対応してくれることが多いのだ。笑いながら世間話をしている間に、あっという間に、手続きは終わった。結局、準備していった書類は、半分以上は必要なかった。

「思ったより簡単に済んでよかった!」オフィスを出ると、ポールが溜息をついた。

「さて、バケーションだ!」

ハビエルを誘って、魚料理で有名なレストランに行き、白身魚のフライを食べた。外はカリッと揚がっていて、肉厚で、中は、ジューシー。とても、美味しかった。

それから、波止場に行った。青い海と白い砂浜があり、どこまでも続く森が見えた。

森と海が出会うビーチ

私は、ハビエルに言った。

「私たちが、初めてパタゴニアに到着したのが、この波止場だったんだよ。フェリーから、この壮大な森を見た時に思ったの」

すると、ハビエルが後を続けた。

「探していた場所は、ここだって!」

「そう!」

ベンチに座って、しばらく、寄せては返す波を眺めていた。森と谷に囲まれたラフンタとは、全く違う世界だった。潮風を胸一杯に吸い込んで、私たちは帰路についた。

帰り道、ポールが川に降りて、氷河の水を水筒に入れた。水は、きーんと冷たく、甘かった。

氷河から流れる水を飲む

「本当に素晴らしい場所だよね。3時間、車で走って来る間に、海と氷河と原生林と川と湖が、全部あるんだから」と、ポールが言った。

10年前、初めてパタゴニアに来た時に通ったのは、この道だった。壮大な森から、圧倒的なエネルギーを感じて、感動したことを覚えている。

森は、命で溢れていた。何千万本もの、木々が生い茂った、未だ、人が入ったことのない密林。広大なスペースの中で、私の存在も大きく広がったような気がして、無性に嬉しかった。

今では、3日、ラフンタを離れると、森が恋しくなる。私は、すっかり、森の住人になってしまったようだ。

菊池木乃実オフィシャルウェブサイト

「Beautiful Life 世界の果てで暮らしてみたら」菊池木乃実著


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名門医学部「純血主義」が生む「不正」「性犯罪」「医療事故」–上昌広

不正入試問題のあった東京医科大学

2018年は医学部の不祥事に明け暮れた1年だった。それを象徴するかのように、12月14日、文部科学省は医学部を対象に実施した入試状況の緊急調査の結果を公表した。この調査では、全81の医学部のうち、9校が「不適切」と認定された。女子や浪人の受験生を差別し、OBの子弟を優遇していたことが明らかとなった。

慶大の不正入試疑惑

不適切と認定されたのは、岩手医科大学、東京医科大学、昭和大学、順天堂大学、日本大学、北里大学、金沢医科大学、神戸大学、福岡大学の9校だった。さらに聖マリアンナ医科大学は差別を否定したため、「不適切の可能性が高い」とされ、大学は調査を求められた。

12月29日には、東京医大が第三者委員会(委員長・那須弘平弁護士)の調査結果を公表した。女子や多浪生への差別は2006年度から始まり、伊東洋・元学長が指示したと認定した。その理由として、附属病院の経営のため、結婚や出産で離職する可能性がある女子学生の合格者数を抑えたいという思惑があったと結論した。

わが国は憲法14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定されている。東京医大の行為は憲法違反の可能性が高い。民主主義の根幹に関わる問題であり、病院経営というゼニカネの問題で済ませてはならない。

東京医大の問題は、これだけではない。調査報告書では、さらに、入試問題漏洩、OBの国会議員による口利き、寄付金が合否に影響した可能性も示唆された。

こうなると「犯罪」だ。関係者は民事、刑事で厳格に処分すべきだ。また、不正に入学した学生は退学させ、不正に入学し、医師免許を得た者は、資格を抹消すべきだ。この際、膿を出し切らなければならない。

もちろん、これは氷山の一角だろう。知人の東京医大幹部は、「私たちだけが批判されているが、もっと悪質な連中は他にもいる」と言う。今回、名前は挙がらなかったが、男女の合格率が異なる大学は他にもある。例えば、慶應義塾大学の女子の合格率は男子の0.55倍だ。平等に扱って、このような偏りが生じるとは考えにくい。

慶大の不正入試疑惑は、これだけではない。月刊誌『選択』は2019年1月号で「慶應医学部『系列校進学』に情実疑惑」という記事を掲載した。新入生を対象とした1名の研究医養成枠は、附属高校から、成績と関係なく、小論文と面接だけで入学させるらしい。誰もが選考基準に興味を抱く。ところが、昨年入学した1名は、医学部長(当時)を務めていた人物の子弟だった。医学部長は、入学試験の最高責任者だ。『選択』は「『あいつが反対したから、自分の息子が選ばれなかった』と後からにらまれたくないとの思惑も働いたのではないか」との関係者の見方を紹介している。誰もが納得するだろう。この件、違法ではないが、世間の常識からは逸脱している。

閉鎖的なムラ社会を形成

どうして、こんなに医学部で不祥事が相次ぐのだろう。なぜ、こんなことでやっていけるのだろう。

それは、我が国では政府が医学部の新設を認めないため、新規参入者との競争に曝されないからだ。優秀な生徒を入学させ、しっかりと教育しなくても、入学希望者は殺到する。何もしなくても、カネが入ってくる。その1例が東京医大の裏口入学だ。

さらに、東京医大の贈収賄事件で明らかになったように、監督官庁である文科省とも癒着している。前出の東京医大幹部は、「文科省に我々を処分する資格はない」と開き直る。

医学部がここまで腐敗してしまったのは、なぜか。それは閉鎖的なムラ社会を形成しているからだ。特に私大医学部で、その傾向が強い。

まず、学費が高い。安いとされる順天堂大でも6年間で2080万円もかかる。埼玉医科大学(3957万円)や北里大(3953万円)とは比べものにならないが、一般家庭が払える額ではない。この結果、「半分以上の学生の親が医師(順天堂大OB)」という特殊な環境が出来上がる。

さらに、多くは単科大学だ。まわりは医者の卵ばかり。授業や実習はもちろん、私生活まで共にするところもある。順天堂大や昭和大では新入生は寮生活を送ることが義務付けられている。

順天堂大の場合、発祥の地である千葉県佐倉市近郊の啓心寮に入寮する。同大は、そのホームページで「順天堂大開学以来の伝統」と誇り、「最終日の裸まつり。寮生全員でミコシを担ぎ酒々井町を練り歩きます。寮祭を終えた寮生は誰もが熱い感動で充たされ、固い友情と順天堂で学ぶ誇りが生まれてくるのです」と自画自賛する。まるで昭和のノリで、いまどき、体育系大学でも、こんなことは言わない。

課外活動で付き合うのも医学生ばかりだ。慶大のような総合大学でも、サークルやクラブは医学部独自のものが存在する。若者が成長するには自らと異なる存在との接触が欠かせない。ところが、現在の医学部教育は、このような視点が皆無だ。

私大医学部の多くの教員は、このことに問題意識すらもっていない。自らも狭いムラ社会で育ってきたからだろう。特に名門とされる医学部に、その傾向が強い。

教授の大半が自校卒 

東京で名門とされるのは戦前からの御三家である慶大、東京慈恵医科大学、日本医科大学に加え、順天堂大、昭和大、東京医大の6校だろう。このうち3校が、文科省の調査で「不適切」と認定された。さらに、慶大の疑惑も紹介した。

一方、それ以外の東京の私大医学部5校のうち、「不適切」と認定されたのは、わずかに日大だけだ。大きな差がある。

私が注目するのは、「名門大学」では、教授の大半を自校卒の医師が務めることだ。特に臨床系で、その傾向が強い。『医育機関名簿2017-’18』(羊土社)を用いて、我々の研究所(医療ガバナンス研究所)が調べたところ、臨床系教授(特任や客員は除く)のうち、自校の卒業生が占める割合(大学院卒も含む)は、慶大の86%を筆頭に、最下位の順天堂大でも50%だった。順天堂大は天野篤心臓血管外科教授を筆頭に、スター教授を外部から招聘するが、それでもこの数字だ。

 ちなみに、「その他」の5大学に分類された帝京大学は2%。教授陣の多くは東大など別の大学の出身者だ。このような「人事交流」が学内に異なる文化を持ち込んでいるのかもしれない。

「名門医大」は純血主義だ。そして、そのことを誇りに思っている。国立大学を卒業し、ある「名門医大」の教授を務めた人物は、「毎年、新年会の理事長の挨拶では、団結や母校愛が強調され、なかば強制される。余所者には入れない独特の世界」と評する。

 余談だが、東京の大学で閉鎖的な大学が、もう1つある。それは東京大学だ。教授の大半は自校出身で、鼻持ちならないエリート意識をもつ。本稿では詳述しないが、東大から不祥事が続出している病理も、「名門医大」と似ている。

関連病院とのいびつな関係

話を戻そう。閉鎖的な環境で生まれる名門意識が関連病院との付き合い方もいびつにする。慶大OBである土屋了介・元国立がん研究センター中央病院長は、「東大と比較して、名門とされる私大は関連病院を完全に仕切りたがる。慶應の場合、関連病院を慶大一色にしがちだ」という。

慶大の代表的関連病院である東京都済生会中央病院は、29の部長ポストがあるが、我々の研究所が調べたところ、そのうち24を慶大卒(大学院を含む)が占めていた。

この傾向は慶大に限った話ではない。東京医大の系列である戸田中央総合病院では、理事長、院長、4人の副院長全員、部長以上31人中、20人が東京医大出身(大学院を含む)だった。

東大の関連病院とされている虎の門病院では、49の部長ポストのうち、東大卒が占めるのは19だけ。歴代院長は東大卒だが、過半数の部長が他大学卒だ。東大の都合では動かない。

もちろん、「その他」に分類される医大は関連病院も少ないから、こんなことは起こり得ない。

こんな状況が続いて、腐敗しないほうがおかしい。その最たる例が性犯罪の多発だ。

古くは1999年5月、慶大医学部の学生5人が20歳の女子大生を集団でレイプした(逮捕は7月)。主犯の男は23歳だったが、実名は報じられなかった。被害女性との間に示談が成立し、最終的に不起訴処分となった。この学生は慶大を退学したものの、他の国立大学医学部に再入学し、現在は医師として働いている。

このような事例は慶大だけではない。慈恵医大では、2009年1月には36歳の内科医がビタミン剤と偽り、妊娠した交際中の看護師に子宮収縮剤を飲ませ、さらに「水分と栄養を補給するため」と称し、陣痛促進剤を点滴した。

この件は妊娠した看護師の知るところとなり、この男は不同意堕胎罪で逮捕され、懲役3年執行猶予5年の判決を受けた。さらに厚労省から医師免許を取り消されている。

2017年2月には、慈恵医大の31歳の医師ら3人が、泥酔した10代の少女を集団で準強姦した容疑で逮捕された。この件では不起訴となったが、暴行の事実は隠せない。

戦前からの医科大学で残るのは日本医大だ。同大では強姦事件はないが、恋愛での刃傷沙汰が起こっている。2017年5月、同大学の4年生が東京医科歯科大学付属病院に乗り込み、勤務中の41歳の歯科医に隠し持っていた刃渡り21センチの牛刀などで切りつけた。幸い、歯科医は一命を取り留めたが、全治3週間の重傷をおった。学生は駆けつけた警官に逮捕され、その後の捜査で交際中の女性をめぐるトラブルが原因と判明している。

このようなケースは氷山の一角だろう。事件化しなかった多くのケースがあると考えるのが普通だ。

「医療事故」「医療犯罪」が続出

こんな状況で、まともな医療が出来るわけがない。医療事故が多発する。なかには「犯罪」と言われて仕方ないものまである。

例えば、2012年には慶大の呼吸器外科教授だった野守裕明氏(当時)が、自らが主導する臨床研究のため、26人の肺がん患者の手術中に無許可で骨髄液を採取していたことが明らかとなった。

傷害罪で刑事罰を受けてもおかしくないケースだが、慶大は野守教授と専任講師を停職1カ月にしただけで、厚労省も刑事告発しなかった。

その後も事態は改善されないようだ。『選択』は2016年7月号で「実録『慶應病院オペ室』封印される手術ミス『続発』の戦慄」という記事を掲載している。この記事の内容は、知人の慶大の外科医から、私が聞いている話とも矛盾しない。

このような状況は慶大だけに限った話ではない。慈恵医大では2002年に有名な慈恵医大青戸病院事件が起こった。

この事件では経験の乏しい泌尿器科の医師が、高度先進医療であった腹腔鏡下前立腺摘出術を行ったところ、静脈を損傷し、患者を死に至らしめた。術者と第1、第2助手は業務上過失致死で起訴され、最終的に執行猶予つきの禁固刑が確定した。

慈恵医大の医療事故は、これだけではない。2017年1月には消化器・肝臓内科を受診した72歳の男性がCT検査を受けたところ、肺がんの疑いを指摘されたが、主治医が検査の報告書を読まず、約1年間、放置していたことが明らかとなった。患者は適切な治療を受けることなく、死亡した。

順天堂大も例外ではない。2018年4月には新生児の取り違えがあったことが判明しているし、2017年9月には無痛分娩の事故で提訴された。

このような事情を知る知人の開業医は、「自分の患者は紹介しない」と言う。このことは、データでも確認できる。

例えば、大学病院のドル箱であるがんの手術件数だ。『手術数でわかるいい病院2018』(朝日新聞出版)によれば、2016年の胃、大腸、肝胆膵、肺がんの手術数の合計は順天堂大898件、東京医大675件、慶大約670件、日本医大545件、慈恵医大477件、昭和大約450件だ(いずれも本院)。がん研有明病院の2025件、国立がん研究センター中央病院の1528件はもとより、順天堂大学以外は、学術研究にウェイトを置く東大病院(853件)にも及ばない。

特記すべきは、がん研有明病院や国立がん研究センターからの医療事故の報告が少ないことだ。2~3倍程度の手術をこなしているにもかかわらずだ。量が質に転化しているのだろう。このままでは、淘汰されるのは時間の問題だ。

「金融業者には絶好のカモ」

明治以来、首都の医療をまもってきたのは私大医学部だ。ところが、閉鎖的な男性社会に閉じこもり、「世間知らずのエリート」ばかりの集団になってしまった。女性差別、裏口入学、贈収賄まで罷り通っている。医療レベルは低下し、患者からも見放されようとしている。

人気漫画『ナニワ金融道』の著者である青木雄二氏は、以下のように言う。

「カネ貸しはね、自分より賢いやつにゼニは貸しません。これ、鉄則」

「金融業者は弁護士にはカネを貸さない。追い込みをかけようとしても、あれこれと頭のいい抜け道を使われたら、金融業者の手に負えなくなってくる。けど、医者には貸す。医者はいくら頭がよくても、やはり世間の知識にうといから、金融の抜け道なんていうのは知らない。学校の先生や警察官、公務員もこの類いだから、金融業者にとっては、絶好のカモ」

医師は医学バカであってはならない。医学的な専門知識とともに、社会的な常識をわきまえなければならない。グローバル化、情報化が進む世界で、求められる「社会的な常識」は増えている。いかにして、よき医師を育てるか、医学部教育の抜本的な見直しが必要である。


上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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(2019年1月10日フォーサイトより転載)


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